第288話 ありがとう

 それからしばらくして、ボク達は森の奥にあるジンガさんの工房に着いた。


「ジンガさん、居ますかー」

 ボクは工房の前まで言って大きな声で呼びかける。

 呼び掛けて、少ししてからジンガさんが出てきた。


「……あ、出てきた」

「お爺ちゃん、おはようございます……」

「……おう、来たか」


 ミーシャちゃんは挨拶をしたが、

 ジンガさんはどこか気まずそうな表情をしていた。


「その……今日はサクラって子は一緒には来てないのか?」

「あ、はい! お姉様は今日は一緒ではありません」


「……お姉様」

 ジンガさんは複雑そうな顔をした後、すぐにいつもの仏頂面に戻った。


「そうか、……まぁいい。」

 ミーシャちゃんとボクが挨拶すると、エミリア、レベッカ、姉さんがジンガさんの元へ行って挨拶する。


「どうも、ご無沙汰です」

「お久しぶりでございます。ジンガ様」

「また来ちゃいました……」


 三人は各々らしい挨拶をして、ジンガさんは頷く。それと……。


「……そこの竜はなんなんだ?」

『えっ』

 周囲を飛び回っていたカエデはジンガさんの鋭い眼に睨まれて軽く怯む。


「あ、この子はボク達の仲間で……」

「……そうか。竜は斬り慣れているからつい斬ってしまいそうだった」


『ひっ!?』

 カエデは(元々だけど)青い顔をして、ボクの背中に隠れてしまう。

 ……カエデはジンガさんに会わせない方が良かったかな?


「ところで、見慣れない奴がいるな」

 ジンガさんはボク達の後ろで静かに立っていたカレンさんを見て言った。


 カレンさんは、自分に注目がいってることに気付いて、

 一礼してこちらに向かって歩いてくる。


「失礼しました。私は、カレン・ルミナリアと名乗っています。あなたが、ジンガさんですね。お会いできて光栄ですわ。レイさんから腕の立つ名工だとお聞きしています」

 カレンさんは普段のボク達に対する態度に比べると、フレンドリーさに欠けた硬い挨拶をした。


「……俺に何か用か?」

 ジンガさんはその態度があまり気に入らなかったのか、やや不機嫌そうに話す。


「その件は後に。まずは、レイ君? あなたの用事を済ませて」

「あ、うん」

 ボクはジンガさんに向き合った。


「剣は出来上がってます?」

「ああ、『ほぼ』済んでいるぞ。いつでも持っていける」


 ほぼ? まだ完成していないということだろうか。


「入れ。すぐに分かる」

 ジンガさんはそう言うと工房の中に入っていき、ボク達もそれに続く。


「……これは」

 中に入るとそこには、鞘に納められた剣が置かれていた。


「鞘がないようだったからな。これも一応作っておいた」

「一日でですか?」

「そうだが?」


 錆び錆びの剣を磨いて魔石を魔法石として使えるように加工して、こんなカッコいい鞘まで用意したのにそれをたった一日でやったのだろうか。


「……本当に、聞いていた以上ね」

 後ろで見守っていたカレンさんがボソッと言った。


 鞘を手に取り、剣を取り出すと淡い青色の美しい刀身が現れた。


「綺麗……」


 ミーシャちゃんが感嘆の声を上げる。

 他にも鍔の真ん中と柄頭の部分に水色と赤色の光沢を放つ魔法石が組み込まれている。片方はボクが渡した魔石を加工したものだろう。


 軽く剣を振ってみると、殆ど力を入れなくても鋭い風切り音が聞こえてくる。

 これなら、十分に戦える。


「ありがとうございます!」

 ボクはお礼を言いながら頭を下げる。

 しかし、これで『ほぼ』なのか?何も問題なさそうに思えるのだけど……。


「お爺ちゃん。この剣は完成品じゃないの?」

 隣で見ていたミーシャちゃんも同じ事を思ったのだろう。


「ああ、これはまだ完成とは言えない。

 聖剣を聖剣足らしめるのであれば、最後に一手間必要なんだ」


「それは、何ですか?」

「名前だ」


「この武器は今の状態でも聖剣としての基本的な能力は持ち合わせている。

 しかし、聖剣は名を与えられることで、初めて聖剣として覚醒しはっきりとした意思を持つようになる。即ち、この武器の所持者であるお前がこいつに『名前』を与えなければいけない」


 ジンガさんはボクを指差して言った。


「ただ名前を付ければいいだけなんですか?」


「聖剣と波長が合えばそれでも効果はある。

 だが本来なら聖剣に名付けをする際は上位の神官の力を借りて儀式を行い、そこで名前を付けなければいけない。仮決めしておいても問題ないが、最大限に力を発揮させるなら儀式は必要だ。

 今でも十分な強さだが完全ではないという事だな」


 つまり、この剣にボク自身が『名前』を付けたうえで、

 儀式を行わないとちゃんとした聖剣としては使えないという事か。


「どうすればいいんですか?」

「……そこは自分で考えろ。言っておくが、他人に言われたままの名前を付けようと思うなよ。そんなことをすれば、聖剣に見放されてしまうぞ。アドバイス程度なら良いが、最終的にはお前自身の考えで名前を付けないとダメだ」


 ジンガさんは厳しい口調で言う。


「分かりました……」

 ボクは、もう一度剣を見る。


『聖剣』ではなく、この剣にボクが付けてあげるべき名前か。

 うーん……どういう名前がいいかな?


「姉さんはどう思う?」

「……いきなりアドバイスを求めるなよ」

 ジンガさんは呆れた顔をしながら言う。


「え、えっと、そうねえ……」

 アドバイスを受けた姉さんは、ジンガさんの言葉に苦笑しながら言った。


「聖剣ピュアリィクリスタルとか、神剣ダインスレイブとか、究極剣アルティメットエンドとか、終末の剣エタニティエンドとか、まぁそんなくらいしか思いつかないわ……」

「……」


 この一瞬でよくそんなに名前が出たなと感心する。

 ただ、名前に関してはハイセンスというか何処かで訊いたことのある名前であまり参考になりそうにない。ボクは助けを求めるようにカレンさんを見たけど、目を逸らされてしまった。


「レイ君? あなたが自分で考えてあげなさい」

「……はい」

 流石に丸投げはやめておこう。


「(聖剣の名前かぁ……)」

 綺麗な青色の剣身、まるで透き通る水のようだ。


「(そういえば……)」

 地球も月面から見た時にそのように語られたと聞いたことがある。

 なんだっけか、『地球は青かった』って、初めて月に降り立った人物がそんな名言を残してた。


「(地球……か……)」

 故郷の両親を思い出す。

 あれから1年経っちゃったけど、元気で暮らしているだろうか。

 せめて、また子供を授かって幸せに暮らしていることを願う。


「……ともあれ、俺の仕事はここまでだ。

 あとはお前自身が、自分で名前を考えてなんとかしろ」


「はい、色々とありがとうございます」


「修繕費と加工に必要になった代金は、金貨二百枚程度だが出世払いでいい」

「ど、どうも……」


 今払えと言われたら下手すると剣を返すしかなかった。

 ジンガさんが優しい人で良かった。危ないところだった……。


 ともかく、剣は出来たわけだし後は名前を考えれば良いってことだね。

 神官というのが気になるけどウィンドさんか姉さん辺りで良いのかな?


「……それで、そこの青髪の女」

「カレンです」


「名前など良い。……俺に何か用事があるのだろう?」

 ジンガさんはカレンさんの方に向き直り、尋ねた。


「はい、少しお話があります」

 カレンさんは真剣な表情になり、ジンガさんを見つめる。


 なんだか空気が重くなったような気がするのは気のせいだろうか。


 カレンさんはジンガさんに姿勢を正しながら言った。

「……ジンガ殿、あなたの腕を見込んでお願いがあります。

 <王都イディアルシーク>へ私達と一緒に来てくれませんか?」

 カレンさんは真剣な眼差しで、ジンガさんを誘う。


 まさかの勧誘?

 それに、ここに来て初めて王都の名前を聞いた気がする。


「目的はなんだ?」


「あなたのその技術、是非王都で振るっていただきたいのです。

 王都は、遠くないうちに魔王軍と戦争状態に突入します。その時に備えて少しでも戦力を増やしておきたい。人員もですが武装もです。その為にもあなたの鍛冶師としての力添えが必要なのです」


「王宮の騎士か」

「似たようなものです。……それで、如何でしょうか?」


「……断る」

 ジンガさんは即答した。

 一瞬で断ったことで、張り詰めた空気が余計に緊張が走った気がした。

 

 ただ、断られた当のカレンさんはそこまで表情を変えていない。


「……理由を訊いてもよろしいでしょうか?」

 カレンさんは答えを初めから分かっていたかのように落ち着いて尋ねる。


「もう、戦争に関わるつもりはない。相手が魔物だろうが、人間だろうがな」


「……お爺ちゃん」

 ミーシャちゃんはジンガさんの服を引っ張った。

 今でもこの人はかつての戦争の中に囚われてしまっているのではないかと。

 その不安が、ミーシャちゃんの行動に出たのかもしれない。


 ジンガさんはそんなミーシャちゃんの白い髪を大きな手でごしごしと撫でてながらカレンさんに向けて言った。


「話は終わりだ。俺は俺が気に入った奴以外に協力するつもりはない。

 戦争でも何でもやるがいい。だが、俺を巻き込むな。それに、この子の前で二度とそんな事を言うんじゃない」


「……そうですか」

 カレンさんは残念そうな顔をしたが、すぐに普段の表情に戻った。

 心なしか緊張が解けたような感じだ。


「変な事を言ってごめんなさい。

 私も立場上、協力者を募る義務があるの。一応王都に関わる人間ですから」

 さっきに比べると随分と語尾を緩めた気がする。


「ふん……さっきまでの態度はどうしたんだか」

 突然口調も雰囲気も変わったカレンさんに対して、ジンガさんは呆れたような声を出す。

 しかし、そのおかげで場に張り詰めいた緊張感が解けたような気がした。


「聖剣を修復できる技師なんて探しても見つかるものではないの。

 王宮の人間として、それだけの人材の存在を知りながら何もせずに帰るわけにはいかない。でも確かに、孫の前で戦争の話なんてするべきじゃなかった」


 カレンさんは一歩下がって頭を下げて「ごめんなさい」と言った。

 そして踵を返して、ボクに一言告げた。


「……お待たせレイ君。私の用事はこれで終わりよ」

「カレンさん、良いの?」


「いくら大義名分があったとしても、無理強いは出来ないわ。ただ……」

 カレンさんは再び、ジンガさんに振り向いて言った。


「貴方に一緒に来てとはもう言いません。

 だけど個人的な依頼であれば、どうでしょうか?」

「……まぁ、いいだろう」


「――よかった。また会いましょう」


 カレンさんは微笑みながら言うと、そのまま工房を出ていった。

 ボク達はその後ろ姿を見送った後、ジンガさんに視線を向ける。


「……別に怒っていない。気にするな」

 ボクの心配に気付いたのだろう。ジンガさんはぶっきらぼうに言い放った。


 そんなに機嫌を悪くはしてないみたいだ。

 多分、ミーシャちゃんが傍にいるおかげだろう。


「ジンガさん、ありがとうございます。こんな立派な剣を作ってくれて……」


「礼はいらん。それに俺が一から作ったわけでは無い。

 以前にも言っただろう。その剣をどう使うか、どう生かすかはお前次第だ。

 少なくとも魔物を殺すだけの道具にしてくれるなよ」


「しません。ボクは家族や仲間を守りたいだけですから」


「ふん、言うようになったじゃないか……」

 ジンガさんはボクの言葉を聞いて口角を上げた。……ちょっと大口を叩いてしまったかもしれない。


「……でも約束します」


「ならいい。……ほら、行け。お前の仲間たちはもう工房から出て行ったぞ」

 ジンガさんの言葉を受けて後ろを振り返ると、もう誰もいなかった。

 ここに居るのはボクとミーシャちゃんとジンガさんだけだった。


「みんないつの間に……」

「あの女と俺が話している間に外に出て行ったぞ」

 少し険悪な雰囲気になりかけたからだろうか。


「そっか、じゃあボクも行きますね。

 ジンガさん、本当にありがとうございました」


「もういいと言っている。

 それより、もし何かあった時は、またこの工房に来るがいい」


「はい! 絶対に来ます!」

 ボクはそのまま工房出ようとするが……。


「ミーシャ、お前はいかないのか?」

「あ、うん。……お爺ちゃんに伝えたいことがあって」

 二人の会話が気になって、ボクは工房の入り口傍に隠れて聞き耳を立てる。


「伝えたい事? なんだ、言ってみろ」

「うん……。ジンガお爺ちゃん、弱虫なボクを育ててくれてありがとう」

「……」


 ミーシャちゃんの言葉を聞いて、一瞬、ジンガさんが息を呑んだような気がした。


「お爺ちゃんの鍛錬は凄く厳しかったし怖かったけど……。

 それでも、ボクを想ってくれてたのは分かってたよ。だから、今までこんなボクでも冒険者として過ごすことが出来たんだと思う。でも、昔はボクそんなお礼を言える余裕なんて全然無かったから、こうやって一度ちゃんと言いたかったんだ。お爺ちゃんとこんな風に話せて、ボク凄く嬉しかった」


「………そうか」

「うん。……これからも元気でね」

「ああ……お前もな」


 短い言葉だったがそのやり取りだけで二人の間にある絆を感じる事が出来た。

 ボクは、二人の邪魔をしないように今度こそ工房を出る。


「(……盗み聞きしてた自分が恥ずかしい)」

 外では、すでに準備を終えた皆が待っていた。


「あっ、やっと来たわね」

「遅いですよ、レイ」

「ごめん、ちょっと長引いたよ」

 二人の会話が気になって足を止めたのは内緒だ。


「ミーシャはどうしたの?」

「ジンガさんと話してる。家族水入らずだし、しばらく待っていようよ」

「分かりました……その間に、私達も少し話しましょうか」


 ボク達は工房近くの壁に寄りかかりながら、少しだけ時間を過ごした。

 それから数分後、ようやくミーシャちゃんが出てきた。


「お待たせしました」

「ううん、話せてよかったね」

「はい!」

ミーシャちゃんは機嫌よく返事をした。


「さて、それじゃあ帰る前に……」

 ボク達は、二人が戻る前に話していたことを実行することにした。

 森を出るのはその後だ。

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