第472話 幼女にときめくレイくん

 ネルソンさんと決闘の約束を交わしてから数日後。

 僕は、騎士の任務と並行して、積極的に仲間と模擬戦をして決闘に備えていた。


「誰が模擬戦に付き合ってもらえますかー」

 訓練場にて、僕は同じ騎士団の仲間達に声を掛ける。

 しかし、誰も彼も忙しいのか、 頼みを聞き入れてくれる人は現れなかった。

 僕は訓練場を出て、通りがかったアルフォンス団長を見つけて駆け寄る。


「団長、模擬戦に付き合ってくださいよ」


「ああん? 俺は忙しんだよ、暇そうな奴に付き合って貰えよ」


「でも、みんな相手にしてくれなくて……」


 どういうわけか知らないが、

 新規で入ったメンバーは僕が声を掛けると皆逃げていくのだ。

 副団長として認めてもらえて親交を深めようとしてるのにこれである。


「あー……就任式の時に、派手にやったからなぁ」


「……何かやりましたっけ?」


「お前が副団長になるって紹介した時に、新参の奴らに散々言われてただろ。その時にお前の実力見せつけて脅したから、他の連中は近づき難いんだろうよ」

 そんなつもりは無かったのだけど……。


「ま、頑張れや」

 そう言って彼は去っていった。

 このままじゃ、一人でやるしかないけど……。


「……仕方ない、今日はもう止めとこ……」

 僕は諦めて、王都の巡回に向かう事にした。


 ◆


 僕は王宮の外に出て、王都の街を巡回する。

 広場は子供達が無邪気に遊んで、商店街は人通りが多く賑わっている。

 今日は晴天で良い天気だ。絶好のパトロール日和でもある。


 一見平和な街の中だが、何が起こるか分からない。騎士に守られて設備も整っているが、以前に魔王軍で攻め込まれたため、決して警戒は怠れない。


 理由はそれだけじゃない。

 こうやって巡回するのは街の人々と交流して、顔を覚えてもらうのも理由だ。

 日頃から親睦を深めて信頼してもらった方がいざという時に守れる。


 自分は新参にも関わらずいきなり副団長に成りあがってしまった。陛下の計らいで、僕が勇者であるこという事を伏せたまま、僕の活躍を民衆の前で公表してくれているが、やはりカレンさんやアルフォンスさんと比較すると知名度が圧倒的に乏しい。


 数日前、陛下は僕に仰っていた。


『レイ君、君は既にこの王都で英雄に相応しい武勲を上げている。

 だから、これからは多くの人の為に働き、人々の心に名を残して欲しい』と。


 そう言われた以上、僕も頑張って働かなければならない。

 何よりも……。


「(騎士のお給金、それなりにいいんだよね……)」

 通常の冒険者の一月の収入と比較すると、十倍近い金額が支払われる。これは、魔族との戦いが長引くことが予想されるため、 騎士達の士気を上げるために給与面を充実させたという理由がある。


 更には、殉職した際の家族への補償が充実している点も大きい。

 お陰でうちの家族パーティの財政も何とかなりそうだ。


 だけど、これからも戦いが続くのであれば、貯蓄に回せるお金は多い方が良い。

 僕は改めて決意を固めながら、王都を巡回していた。


「あ! きしさま!」

 すると、突然、幼い女の子の声が聞こえてきた。

 声の方を見ると、幼い黒髪のクリクリ目の少女が僕に向かって手を振っている。少女は大人の女性と手を繋いでおり、少女と手を繋いでる女性は少女の母親のようだ。


「や、やぁ……」

 僕は出来るだけ優しい笑顔を向けて、彼女に挨拶する。

 ……正直、騎士様と呼ばれ慣れていないため、かなりくすぐったい。


「きしさま! 大人になったらきしさまのお嫁さんになりたい!!」


「えっ!? ……ええと、ありがとうね」

 僕は戸惑いながらも、なんとか返事をする。


 すると、少女と手を繋いでいた母親が「ごめんなさい」と僕に謝罪してから、「こらこら、リアラ、騎士様を困らせちゃいけないわ」と注意をする。


「だって、強くてカッコイイもん!! ママもきしさまと結婚したいでしょ?」


「ママはもう結婚してるから……」

 母親も苦笑しながら、娘の頭を撫でる。


「リアラちゃんって言うんだね」


「うん、騎士様はなんてなまえなの!?」


「レイだよ、サクライレイ」


「レイさま!!」


「ふぐぅッ……」


 少女の無垢な瞳と言葉が胸に突き刺さり、思わず胸を押さえて膝をつく。

 ヤバい、軽くときめいてしまった。レベッカで慣れてるつもりだったけど、こんな無垢な少女が僕に憧れを抱くというのは、なかなかクるものがある。


「だ、大丈夫ですか!?」


「あ、ああ、平気です。凄く嬉しいことを言われてしまったので、つい‥…」


「ふふふ、騎士様は冗談がお好きなのですね……」


「あはははははは……」


「……?」


 僕の反応を見て、母親は微笑んでいるが、少女はよく分かっていなかった。


「あ、そろそろ行かないと」


「そうね、それじゃ、失礼します」


「じゃあねー、レイさまー!!」

 親子はペコリとお辞儀をして去っていった。


「ふう……」

 僕は立ち上がり、再び巡回を続ける。


「(結婚か……)」

 もし自分が結婚したとしたら、どういう家庭を築くのだろうか?


「(やっぱり相手はエミリアかレベッカ……いやいやいや……)」

 一応、エミリアとは付き合ってる事になってるけど、ここ最近、色々あり過ぎて関係が全く進んでいない。エミリアはクールだから、そんな雰囲気になりづらいし、逆にレベッカはアピールが多いから意識してしまう。


「でも進展が全然無いし……僕からデートに誘ってみるとか……」

 考えて口に出してみるけど、インドアな自分にデートなんて難易度高い気がする。そもそも、女の子との付き合い方もよく分からないし、こういう時、恋愛経験豊富な人だったら上手くやるのだろう。


「(……一人で考えてるのが情けなくなってきた……)」

 誰かに見られても恥ずかしいし、今は騎士としての仕事に集中しないと。


 ◆


 街を巡回してると、見知った仲間を見掛けた。

 副団長の片割れであるサクラちゃんだ。彼女は、何故か冒険者と思わしき男性と向かい合って剣を構えている。


 サクラちゃんと男性の周りにはグルりとギャラリーが集まっていた。チャンバラをやっているようで、二人が向き合って剣技を披露しながらせめぎ合っている。


 男性の方は力強い動きで彼女に攻め込むが、身軽に動くサクラちゃんにあっさり凌がれ、軽く一本入れられる。どうやら勝負が付いたようだ。


「ふぅ、疲れたぁ」

 サクラちゃんは水筒を取り出して、ギャラリーの前で水を飲んでいる。

 僕が様子を見てると、サクラちゃんがチラリとこちらを見て僕に気付いた。


「あ、レイさーん♪」

 サクラちゃんは楽しそうに、剣を上にブンブン振ってアピールする。

 危ないって。


「何やってるの、サクラちゃん」


「ちょっと腕試しです。ほら、私達って自由騎士団の副団長になりましたしー。こういう時って、腕に覚えのある人が挑んできたりするんですよねー」


「へ、へぇ……」


 平和な街だと思ってたのに、血の気の多い人が集まってる気がする。

 陛下が強い人を集めてるのが理由だろうか。


 ギャラリーの人の視線がサクラちゃんと話していた僕に向けられる。


「ん、そっちの男の人はもう一人の副団長か?」


「ですよー、レイさんです」

 サクラちゃんが僕の紹介をしてくれる。


「……なんか、パッとしないな」

「うぐっ」

 いきなり辛辣な評価を貰ってしまった。


「レイさんは凄く強いですよー」


「そうなのか、ならアンタも参加してくれよ。

 彼女は今の所7連勝中だぜ、ギャラリーの何人かは彼女に負けた奴らだ」


 ギャラリーは筋肉質で強そうな男性ばっかりなのだけど、

 細身のサクラちゃんのが圧倒的に強いらしい。


「レイさんもやってみます?」


「一応仕事中だからね?」


「こうやって、王都の人達と触れ合うことも大事なんですって」


「それは分かるんだけど……っていうか、サクラちゃん。今日、外に出るんじゃなかった?」

 彼女の今日の分担は、外の魔物を討伐する仕事だ。定期的に周辺の野生の魔物を狩って王都に魔物が入り込ませないための重要な仕事だったのだが……。


「あ、そうでした!」


 サクラちゃんはそう言って、周囲のギャラリーに頭を下げてから走っていった。

 僕はため息を吐いて、ギャラリーに向かって言った。


「……はい、皆さん、解散です。

 ここは公共の場ですよ。通行人の邪魔をしちゃダメです」


 僕は、そう言ってパンと両手を叩く。

 すると、集まっていたギャラリーはゾロゾロと散っていく。


 ◆


 それから数時間後、夕暮れになって僕が王宮に戻る途中―――


「……あれ、あの二人は……」

 少し前に見掛けた少女と少女の母親が手を繋いで歩いていた。

 二人とも紙袋を片手に持っているところを見ると、買い物を終えた帰りらしい。

 だが、彼女らから少し離れた場所で怪しい男二人が、親子をつけ回している。


「(誘拐?)」

 まさかと思いつつも、一応念の為、僕は彼らの後を付けることにした。


 男二人は、裏通りに入った親子をこっそりつけて、人気のない場所まで来るのを待つ。やがて、彼らは親子が路地に入っていく様子を確認すると、ニヤリと笑みを浮かべた。


「よし、今のうちだ」

「ああ、早く連れて行こう」


 男達は、慌てて彼女達の後を追う。

 そして、彼等は駆け出し親子二人の背後から手を回そうとしたところで―――


「――その辺にしといた方が良い」

「ッ!!」

「な……!?」


 僕が声を掛けると、驚いた表情で振り返る。


「だ、誰だお前……!!」

「さぁ……誰だろうね。一応、今は騎士って事になるか。

 君達が何するつもりか分からないけど、二人から離れてほしい。

 まだ今なら牢屋行きは勘弁してあげる。でも、いう事聞かないなら――」


 僕は、脅しのつもりで右手で鞘に納めた剣のグリップを掴む。


「ぐ……」

「ど、どうする……?」


 僕達が緊迫した状況で睨み合ってると、前を歩く少女がこちらを振り返る。

 そして、少女は僕の顔を見て言った。


「あ、レイさまー」

「どうしたの、リアラ? ――っ!!」


 少女の声で振り返った少女の母親は、僕達の姿を見て何かを察したようだ。

 少女の手を取ってその場から逃げ出そうとする。


 しかし、男の一人はナイフを取り出し、それを僕に向けてきた。

 そして、もう一人の男に叫ぶ。


「おい、あっちの女のガキを人質にしろ!」

「おうよっ!」


 男は少女を捕まえようと、男の一人が走り出そうとする。


「(仕方ない、か!)」

 僕は迷う前に剣を抜き放ち、そのまま振り抜く。


「――がぁ!?」

 僕の剣は、走り出そうとした男の両脚の太腿を数センチ程度浅く斬る。

 男は両脚から血を流しながら、痛みでその場に転がって呻く。


 そして、呆気に取られていたもう一人の男のナイフを剣で弾き飛ばしてから、彼の首元に切先を突き付けた。


「動かない方がいい。下手に動くと手元が狂って、首が飛ぶよ?」

「ひぃ……!」


 男は観念したのか強張った顔で両手を上げてその場で直立する。

 その間、少女の母親は少女を連れて遠くに逃げられたようだ。


「……さ、何をしようとしてたのか聞かせてもらうよ」


 ◆


 その後、僕は誘拐未遂の男達を衛兵に引き渡したあと、少女と少女の母親にお礼を言われた。


「ありがとうございました、騎士様」

「いえ、仕事ですから」


 少女は母親の後ろに隠れながらも、ペコリとお辞儀をする。


「本当に何度感謝しても足りませんわ。

 私一人じゃ娘を助けられなかったと思います、騎士様のお陰です」


「気にしないでください。

 それよりも、あまり裏通りを通らないようにしてくださいね。

 人通りの少ない場所だと、ああいう輩が潜んでますので」


「はい、気を付けます」

 そう言うと、彼女は娘を抱きかかえて立ち去ろうとするが――


「れいさまー、こっちきてー」と、

 少女に呼ばれて、僕は彼女の方に歩いていく。


「どうしたの?」

「しゃがんでー」

「ん?」


 僕は言われるまま膝を折って屈む。

 すると、少女は僕の頭を撫で始めた。


「えへへ~お礼~」

「あはは、くすぐったいなぁ……でも、ありがとう」

「うん!」

 そう言って、彼女は母親に連れられて帰っていった。


 その様子を見て、僕は思った。


「(……人助けも悪くないなぁ)」と。

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