第471話 保護者同伴

 翌日、僕とカレンさんは二人で王宮に訪れていた。

 理由は、昨日相談したことを実行するためだ。


「ほ、本当にやるの?」

「ええ、勿論よ」


 カレンさんはそう言って歩き出す。

 今日のカレンさんは軽鎧とドレスが合わさったドレスアーマーを身に纏っている。

 白衣のドレスに上半身は白銀の鎧という見目麗しい衣装だ。

 王宮の騎士だから王宮に訪れる時は相応の衣装でないとダメらしい。


「カレンさん、身体の方は大丈夫?」


「心配してくれるの? ……大丈夫よ、ちょっと歩くだけだし」


「そっか、良かった……」


「ふふ、ありがとう」

 彼女は優しく微笑む。


「あ……でも、もし私が辛くなったら……レイ君が私を支えてね」


「うん、その時はカレンさんをおぶって戻るよ」


「もう、そういう事じゃなくて……」


 冗談を言いながら歩いていると、あっという間に玉座の間に辿り着く。僕は扉の前で見張っている兵士さんに声を掛けて、扉を開けてもらい広間に通してもらった。


 玉座の間では、陛下が玉座に座って僕達を待っていた。

 陛下が僕の隣にカレンさんが立っていることに気付くと陛下は言った。


「やぁ……無事に目覚めて良かった、カレン君」

 陛下はそう言いながら、真面目な表情を安堵の笑みで崩す。


「国王陛下、ご無沙汰しております」

 カレンさんはスカートの端を持って膝を曲げてお辞儀をする。


「ふむ、つもる話はあるが……雑談をしに来たわけでもないだろう。……ならば、君達がここに来た理由だが……」


「ネルソン殿の件で、レイ君……隣の彼に相談を受けまして、今日は私と二人で説得に向かおうかと」


「ほう……」

 それを聞いて、陛下は少し驚いた顔をする。


「そういう事なら、牢獄に向かう許可を出そう」


「あ、ありがとうございます」


「うむ………ああ、そうだ。

 義手の件をアザレア殿に頼んでおいた。彼を連れていくといい」


 陛下がそう言って、パンと手を叩くと、陛下の私室の扉が開く。そこには、相変わらず煤汚れた白衣を着ており、無精ひげを伸ばした細身の男性の姿があった。外見だけで判断するとそうは思えないが、彼はサクラちゃんの父親であるアザレアさんだ。


「やぁ、久しぶりだね」

 アザレアさんは眼鏡をクイッと掛け直して、僕達に向けて言った。


「あ、どうも」


「お久しぶりです、おじ様。いつもサクラにお世話になっていますわ」


 僕はちょっと緊張気味に挨拶する。

 反対にカレンさんは姿勢を正して丁寧に挨拶をする。


「カレンさん、しばらく重症で伏せていたと聞いていたが大丈夫なのかい?」


「えぇ、おかげさまで……」


「サクラもキミの意識が戻って、ようやく元気を取り戻してくれたよ。

 あれほど落ち込んでたのは初めてだったからねぇ……私達も苦労したよ」


「あら、そうなんですか?」


「うん、まぁね。あぁ、そうそう、義手の事だけど、彼の腕のサイズなどを調べないといけないからね。君達に付いていくよ」


「ええ、構いませんわ」


「よろしくお願いします、アザレアさん」


「では行こうか」

 こうして、僕達は三人揃って王宮の地下の牢獄へと向かうことになった。


 ◆


「……また来たのか」

 ネルソンさんは、相変わらず虚ろな目でボロボロのベッドで横になってた。


「さ、本番よ。レイ君、ちゃんと言える?」

 僕はカレンさんに小さい声でそう囁く。


「うん……ネルソンさん、話があります」


「俺は話すことなんてないぞ」

 彼は横になったまま言う。


「いえ、聞いてください。何も答えなくてもいいので」

「……」


 僕はそう彼に返し、彼は黙認したのかこちらに顔だけ向ける。


「今から二週間後、貴方をここから出します」


「……だから、俺は出ないと――」

「――そして、僕と決闘をしてもらいます」


 僕は彼の言葉を遮るように話す。


「なっ!?」

 僕の言葉が意外だったのか、

 無気力だった彼の身体がビクンと跳ねてベッドから起き上がる。


「いきなり何を……!」


「闘技大会の準決勝、結局貴方は魔物に取り込まれて意識を失ってしまいました。

 つまり、本当の意味で貴方と僕の決着は付いていないことになります」


「……確かにそうだが、今の俺は―――」

 ネルソンさんは自分の失った右腕を見て、辛そうな表情をする。


「―――すまない、レイ君、少し話に割り込ませてもらうよ」

 と、僕が彼と会話を交わしていると、アザレアさんが僕の隣に歩いてくる。


「……さて、初めまして、ネルソン。君の事は陛下から聞いている」


「……アンタは?」


「私は、魔道具開発部門、七代目部長のアザレア・リゼットだ」


「……そうか、それで俺に何の用だ?

 まさか、わざわざ世間話をしに来たわけじゃないだろう」


「あぁ、勿論だとも。

 単刀直入に言わせてもらおう、君の腕を可能な限り戻したい」


「……人体から消失した肉体は、回復魔法を以ってしても再現はほぼ不可能だ。切断された直後で、腕が綺麗に残ってさえいれば可能性はなくはないが、俺の腕はもう……」


「そうだね、君の言う通り魔法の力を以ってしても完治は難しい。

 回復魔法というのは、本人の自然治癒力を極限まで高めて傷口を塞ぐものだ。

 だが、それはあくまで怪我を負った時の話。例えば、失われた部位を再生させるような高度な技術は、特化した回復魔法使いでも扱うことはできない。それが出来るのは、神の御業だけだ」


「なら、無理だな」

 ネルソンさんは興味を失ったように言った。


「……だが、それはあくまで魔法に頼った場合の話だろう?」


「どういう意味だ?」


「私の専門はあくまで『魔道具』だ。

 魔道具とは、魔力の込もったものや、込められた効果を発揮するものの総称そして、その定義に当てはめれば、腕の機能だけを取り戻すくらいは可能だよ」


「そんなことが出来るわけがないだろう!

 それが本当だとしても、何故お前が俺を治療しようとする!?」


「正義感でやってるわけじゃないよ。私が求めるのは、如何に人間の技術力で『神の御業』に辿り着くかにある。

 この世界は、まだ解明されていないことが沢山ある。それを私達が解き明かしていくのは面白いじゃないか。だから、これは私にとっての神への挑戦とも言えるね」


 神への挑戦……凄い自信だ、と僕は思った。

 アザレアさんは、白衣についた煤汚れを払いながら話を続ける。


「……だが、あくまで私がキミに提供できるのは『義手』だ。

 それでも良ければ、私の力でキミの右腕の機能を取り戻し、戦士として再び戦えるようにしてあげよう」


「!!」

 ネルソンさんは今の言葉に衝撃を覚えたのか、目の光が一瞬戻る。

 しかし、彼は納得がいかない表情で言った。


「……だが、どうして俺にそこまでする?

 知っての通り、俺は重罪人だ。他に優先すべき人材もいるだろう?

 例えば、先の戦いでの怪我人、あるいは重症の患者などだ」


「ふむ……確かに、私から考えてもキミより優先して救うべき人物は多い。

 だがこの技術はまだ未発達であり、挑戦だ。

 誰も実現させなかった技術というのは失敗が付き物だ。

 だからこそ、キミのような罪人を【実験】に使って、実現可能な技術であることを確定させて、広める必要がある。その為に、キミが選ばれたというわけだ」

 

 その言葉を聞いて、ネルソンさんは暗い笑みを浮かべた。


「……なるほど、俺は【実験台】というわけか」


「そうだ、キミを利用させてもらう」

 アザレアさんは、彼の言葉を否定せずに同意する。

 

「ふん……なるほどな……こんな極悪人でよければ好きに使うといいさ」

 ネルソンさんは諦めたように言った。


「ありがとう、協力感謝するよ」


 アザレアさんは、そう彼に言いながら、白衣のポケットから鍵を取り出す。

 そして、彼の入っている牢屋の鍵を開けると、彼は自ら扉へと向かって歩き出した。


「では、キミの身体のサイズを測らせてもらうよ」

「………」


 ネルソンさんは嫌そうな顔をするが、

 黙ってアザレアさんの指示を受けて従っていた。


「……よし、これくらいで良いかな」


「終わったのなら、さっさと離れてくれ……男に触られる趣味は無い」


 ネルソンさんは疲れたと言わんばかりの表情をしていた。

 反面、アザレアさんは満足そうな笑みを浮かべながら、牢屋から出てきた。


「さて、悪かったね。それじゃあ、二人とも、私はこれで」


「え、ええ……」


「おじ様、いつになくご機嫌でしたわね?」


「ははは……研究者の性という奴さ。今からこのデータを持ち帰って、彼の骨格を復元し、義手を作る準備に取り掛かるとするよ」


 そう言って、アザレアさんは戻っていった。


「……それで、俺と決闘するとはどういうことだ?」

 ネルソンはため息を吐いてから、僕の方を見て言った。


「言葉通りです。二週間後、闘技大会の時のように僕と決闘をしてください」


「……何故、今更」


「あの時は貴方が魔物に取り込まれて意識を失ってしまいました。

 しかし、今は違います。僕と貴方はまだ戦える状態です」


「それは、そうだが……。仮に、俺が勝ったらどうするつもりだ?」


「その時は、あなたの望みを言ってください。

 僕が陛下に直接掛け合って叶えてもらうようにお願いします」


「……俺が負けた場合は?」

「その時は、えっと………」


 僕は後ろで見守っていたカレンさんに視線を移す。


「……なんで私の方を見るの?」

「言い辛くて……」

「もう、私に頼らずに言えてたのに……仕方ないわねぇ」


 呆れた様子で彼女は毅然とした表情で言った。


「もし、レイ君が勝ったら、敗者として彼の言葉に従いなさい。

 これは騎士であるレイ君と戦士である貴方のプライドを掛けた一騎打ちよ。

 逃げることは許さないわ……どう、受ける?」


「………良いだろう」

 彼女の言葉で、ネルソンさんは承諾してくれた。


「……ありがと、カレンさん」

「ちゃんと自分で言えるようになりなさいな、もう……」

 カレンさんに呆れられてしまったが、僕は気を取り直して彼に言った。


「二週間後に再び会いに来ます。それまで、ネルソンさんはアザレアさん義手の扱いに慣れておいてください。訓練用の剣もその時に、渡してもらうように手配しておきます」


「……ああ」

 彼の返事を聞いて、僕達は王宮へと戻っていった。

 こうして、僕は二週間後に決闘を行うと約束を交わした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る