第683話 出稼ぎ勇者

 次の日の朝。

 僕、レベッカ、カレンさん、ルナに4人は移送転移魔法陣を使って再び森に転移する。

 そして森の入り口で待っていたミーシャちゃんとアリスちゃんの二人と合流する。


「し、しばらくの間、お世話になります!」

「アリス達をお願いしますっ!」


 ミーシャちゃんとアリスちゃんは僕達に向かってペコリと頭を下げる。


「うん、二人ともよろしくね」

「ミーシャ様、アリス様、短い間ですがよろしくお願いしたします」


 僕達は数日間、彼女達を鍛えながら冒険者として過ごすことになる。


「パーティを組むにあたって二人の事を知りたいんだけど……」


 僕は彼女達の事をよく知っているカレンさんに尋ねる。


「そうね。アリスちゃんは後衛の魔法使い。ミーシャは前衛の戦士ね」


「なるほど」


「ミーシャ様は剣と盾の扱いに長けておられるのですね」


「あ、いえ……ま、まぁそれなりに……」


 ミーシャちゃんはレベッカの感心するような視線に耐えられなかったのか目線を逸らして曖昧に笑う。


「アリスちゃんは魔法が得意なの?」

「うん! 見ててねー」


 ルナがアリスちゃんに尋ねると、彼女は大きく頷いて、近くの樹に向かって杖を構えて詠唱を行う。


「雷よ、穿て―――<中級雷撃魔法>サンダーボルト!」


 瞬間、空が一瞬光り輝いて、上空から樹の上に雷が降り注いで樹を一瞬で黒焦げにした。

「おおー!」

「すごーい!」

「前よりも威力が上がってるわねー」


 僕とルナは純粋に感心し、カレンさんも彼女の魔法を褒める。流石にエミリアの魔力には遠く及ばないものの、威力は十分なようだ。


「他にも、炎、氷、風、それに水属性の攻撃魔法も使えるよー」


 証明するかのように彼女はそれぞれの属性の初級魔法を連続して放っていく。詠唱速度も比較的早く威力も安定して出せるようで、純粋な魔法使いの実力としてはまずまず高いようだ。


「ちょっと心配してたけど……ちゃんと戦力になりそうで少し安心したわ」


 カレンさんは軽く息を吐いて安心したように言った。


「それで、ミーシャちゃんの方だけど……」


 僕がそう言うと全員の視線がミーシャちゃんに注がれる。するとミーシャちゃんは生まれたばかりの小鹿のように足をプルプルと震わせていた。


「あ、あの……その……」

 ミーシャちゃんは言葉にならない声を何度も漏らしている。どうやら彼女は相当なあがり症のようで、僕達の視線に耐えきれなかったのか顔を真っ赤に染めて目をグルグルと回していた。


「ミーシャ様は一体どうされたのでしょう……?」


 レベッカは彼女の態度に困惑しているようだ。


「もしかして、自信が無かったり?」

「ギクッ」


 ルナの一言にミーシャちゃんが肩をピクリを震わせる。


「はぁ……アンタね、未だにそんな弱腰なの? サクラと組んでた時から何も変わらないのね」


「ひ、酷いですよカレンさん! ぼ、ボクも自分なりに頑張ってたんですから!」

「ふーん、それで?」


 カレンさんに問い詰められながらミーシャちゃんは涙目になっていく。


「ううっ……あ、あの頃はサクラお姉様達が凄すぎたというか……」


 ミーシャちゃんは涙目になりながら言い訳をするように呟く。どうやら彼女が弱腰なのは昔かららしい。前衛にしては不向きな性格に見えるけど……。


「あのおままごとみたいな模擬戦見てて嫌な予感してたけどね」


「うっ……!」


「仕方ないわね……レイ君、この子は戦力にならないようだし、私達がその分働きましょ」


「ぐ、ぐ……」


 カレンさんの辛辣な物言いにミーシャちゃんは歯ぎしりしながら唸り出す。


「か、カレン様、言い過ぎでは……」

「ミーシャちゃん泣きそうだよぉ……」


 あまりの物言いに思わずレベッカとルナが彼女を庇うように言う。


「(……うーん、少し不憫だし……少し励ましてあげよう)」


 カレンさんはサクラちゃん絡みで色々あったからか彼女に冷たい。一時的にとはいえパーティを組むのであれば不和は活動にも悪影響を及ぼす。何より、このまま放っておくとミーシャちゃんが可哀想だ。


 僕は彼女に「ミーシャちゃん」と声を掛ける。ミーシャちゃんは、「は、はい!」とおっかなびっくりといった態度で返事をする。


「サクラちゃんと組んで大規模な塔を攻略してたんだよね。えっと、『霧の塔』……だっけ?」


「えっと、ボクが居ない時も多かったですけど、そこそこ上層まで……あ、でもその時はそこの鬼……じゃなくてカレンさんも一緒でした」


 ミーシャちゃんがカレンさんの事をチラッと見て何か不穏な事を言いかける。しかし言い直してカレンさんの同行も伝えた。


「結構凄いダンジョンだったってサクラちゃん言ってたよ。それなら、ミーシャちゃん結構強い魔物と戦ったことあるんじゃない?」


「そ、そこまで大した相手は……」


「例えば、どんなモンスターと戦った?」


「えっと……あの………その…………ごにょごにょ………」


 ミーシャちゃんは僕達に視線をチラチラ向けながら小さな声でぼやく。

「えっと……ゴブリン…………と、オーガ…………とか‥……」

「……ん?」


 彼女の声が小さく途切れ途切れに言うものだから、よく聞こえなかったけど、ゴブリンとオーガの後で何か言ってたような……。


「ご、ゴブリンウォリアーとオーガロードです……」


 ミーシャちゃんは恥ずかしそうに小声でそう言った。


 ルナはそれを聞いて「ね、サクライくん。そのモンスターでどの程度強いの?」と僕に質問する。僕は「ゴブリン系上位種と、オーガ系の上位種だから結構強いよ」と返事を返す。


「……まぁ、その時は私が指示を出してたけどね」

 カレンさんは肩を竦めてそう言った。


「(……なるほど、一応ポテンシャルはあるのか)」


 僕は彼女の実力がそれなりのものだと把握した。ただ、カレンさんの言葉通りであれば自力で突破したとは言い難い。


 もしかしたら、彼女自身の自信の無さはそこから来ているのかもしれない。なら彼女に自分の実力を自覚させてあげれば少しは自信も付くはずだ。


「ミーシャちゃん、街に着いたら一度、僕と模擬戦しようか」

「えっ!?」


 僕が提案するとミーシャちゃんが目に見えて動揺した。


「そ、そんなに驚くことかな……?」


 もしかして、僕は嫌われてたりするんだろうか……そうだとしたら割とショックなんだけど……。


「あのね、レイさん。ミーシャは一度も男の人とパーティを組んだことが無いからいきなり模擬戦と言われて怖がってるんだと思う」


「あぁ、なるほど」


 アリスちゃんが説明してくれるとミーシャちゃんは顔を赤くしながら「うう、言わないで!」と憤慨する。しかし、嫌われてるとかじゃなくて僕は少し安堵した。


「ならどうしようかな……じゃあ僕の代わりにカレンさんに模擬戦を……」


「ヒィィィッ!! そ、それだけはご勘弁を……!!」


 カレンさんの名前を出すと、ミーシャちゃんは震え上がって涙目でアリスちゃんに縋り付く。


「カレンさん……僕よりも警戒されてない?」


「あー、まぁ色々あったし………あの子サクラに手を出そうとした罰だから仕方ないのよ」


「そ、そうなんだ……」


 カレンさんは遠い目をしながらそう言った。


「じ、じゃあレベッカさんで!」


「わたくしでございますか?」


 いきなりミーシャちゃん指名されたレベッカが自分を指さして驚く。


「ご指名してくださるのは光栄なのですが、わたくしは槍を紛失しているためミーシャ様の相手をすることが出来ません」



「な、なら……ルナさんで」

 今度はミーシャちゃんが妥協気味にルナを指名する。

 指名されたルナは、一瞬ポカンとした顔をして、「ええー? いや、私はどっちかというと魔法使い?だよ、ね? サクライくん」と同意を求めてくる。


「まぁそうだね」

 ていうかルナは戦闘経験が殆ど無いからミーシャちゃんよりずっと弱いと思う。


「ってなると、消去法的に僕と模擬戦するしかないんだけど……」


「い、いえいえ!! レイさんにそんな事をさせるわけには! アリスとやりますから!!」


「いや、だからおままごとじゃ意味ないでしょ」


「そ、それはそうなのですが……」


 カレンさんの呆れ言葉に、ミーシャちゃんは自分で分かっていたのか渋々同意する。


「……ふむ、皆様。ひとまず街に行きませんか?」

「そだね……ずっと立ってて足が疲れちゃった」


 レベッカの提案にルナが同意する。そして、その言葉に皆が頷く。その際、ミーシャちゃんは「ホッ」と安堵の息を吐いていた。


「それじゃあルナ、お願いできる」

「うん、任せて」


 ルナは頷いて僕達から少し距離を取る。


「ルナさん、何かするんですか?」

「見てれば分かるよ」


 不思議そうな顔をするミーシャちゃんに僕は一言だけ告げる。そして、3秒後、ルナの身体が光ったと思ったらその身体をどんどん大きくさせてオレンジ色の竜の姿に変化する。


「「え」」

 その竜の姿に、ミーシャとアリスの二人が絶句する。


「ルナは<竜化>っていう能力で人間と竜の姿に切り替えられるんだよ。……っていうか、元の名前は『カエデ』って言うんだけど、二人とも気付いてる?」


「え、カエデなのっ!?」


「ぜ、全然気付いてませんでした!!」


「……」


 驚く二人に僕は苦笑いを浮かべる。


「(まぁ、無理もないかな……)」


 そもそも今は改名してるし二人は人間状態の彼女の姿を知らない。ドラゴン形態の時も、今と違って小型の竜だったし推測するのは難しいだろう。


『サクライくん、オッケーだよ』


 竜化を終えたルナがドラゴン特有の唸り声を上げながら人間の言葉でそう話す。僕は「分かった」と頷いて、「行こう、皆」と皆に声を掛ける。


「あ、は、はいっ!」

 ミーシャちゃんが返事をして皆も頷いた。そして、僕達は彼女の背に乗る。


 僕達を乗せるとミーシャは『いくよー』と言いながらゆっくりと翼を広げて空を飛び始める。そして、半刻ほどの時間を掛けて目的の街へ到着した。

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