第930話 ヒロイン達の心境

 レイがキマイラ相手に圧倒している時、それを近くの崖から見守っていたエミリアは……。


「……強い……。いつの間にそれほどまでに……」


 エミリアはレイの戦い振りに驚愕していた、三年前に彼がこの世界に転生してからというもの、エミリアは未熟な彼を導くために様々な事を彼に指導したり勉学も出来る範囲で教えることもあった。


 そして何やかんやで彼はこの世界の女神ミリクの目に留まり勇者となり、見事期待通り魔王討伐を果たした。しかしその功績は何も彼一人のものではない。


 彼が歩みを止めた時や迷った時は自分や仲間達が彼を支えて、元は臆病で内向的だった彼は少しずつ頼もしくなっていった。


 最初は弟を見ているようでその成長を喜ばしく思っていたものだが、どういうわけか女性ばかりが周囲に増えて彼の成長を手放しで喜べなくなった自分が居る。


 特にカレンと出会ってから彼の成長は目覚ましく、レイ自身も明らかに彼女の強さを目標にしていた。

 

 それだけじゃなくカレンも彼の事を気に掛けている素振りが多く、レイもそんな彼女を異性として意識しているように見えた。


 その事もあり、ちょっと彼に対して素っ気ない態度を取っていたところもあるのだが……。


 ……話が逸れてしまった。

 ……ともかく、今の彼は誰よりも強い。


 私は勿論のこと、彼が目標としていたカレンや芸達者のレベッカよりも今の彼は実力が明確に上になっている。同じ勇者のサクラと彼が戦えば、おそらく今は彼の方が勝つだろう。


「……寂しいですね」


 心に思った言葉をポロリと口にしてしまった。


 彼が強くなってくれた事は素直に嬉しいのだが、あっという間に自分を追い越して成長していたレイにほんの少しだけ寂しさを覚えていた。


 出会ったばかりで泣き事をよく言っていた彼はもう何処にも居ない。

 だけど、そんな彼に自分は……。


「あ、ようやく見つけたわ」

「ここにおられたのですね、エミリア様」

「ひえっ!?」


 突然、後ろから自分の名前を呼ぶ二人の声が聞こえて慌てて振り向く。そこには少し前まで魔物との戦いでボロボロになっていたカレンとレベッカの姿があった。


 今は怪我の治療が済んでいるようで細かな傷が消えており、心なしか覇気も戻っている。


「お、驚かさないでくださいよ……」


「え? そんな驚かせたつもりは無かったのだけど……」


「レイ様のご様子をご覧になっておられたのですか、エミリア様」


 レベッカの質問に答えるように、エミリアはコクコクと頷く。


「二人はどうしてここに?」


「実はね、アンタに言われて私たちが後ろに下がっていた後……」


「その時、急いでこちらに向かってきたレイ様と少しだけお話をしまして……」

 


 ――二人の回想開始。



 レイがエミリアの危機に駆けつける二分前の話。カレンとレベッカが傷付いた身体を引きずってベルフラウ達の元へと戻ろうとしていた時に、突然正面から走ってきたレイに声を掛けられる。


「二人とも!」


「え」

「レイ様、どうしてここに!? もうお目覚めになられたのですか……!」


 レイは自分の顔を見て驚く二人の腕を掴み、自分の方に手繰り寄せる。

 そして彼は目を瞑って詠唱を行う。


「聖なる光よ、傷付いた彼に癒しを与え給え―――<完全回復>フルリカバリー


 レイの指先から白く温かな光が放たれカレンとレベッカの傷ついた身体を包み込む。二人の身体の傷がみるみるうちに塞がっていく。


「ありがとう……助かったわ、レイ君」

「しかしこの治癒の魔法……」


 二人は彼の治療を受けて当然感謝の気持ちもあるのだが、その効果の強さに驚いていた。


 彼が義姉のベルフラウから回復魔法を教えられ、今ではその最上級の<完全回復>まで修めていることは知っていたが、ここまでの威力では無かった。


 何より単体回復魔法である<完全回復>を二人同時に使用するのはベルフラウですら不可能な芸当だ。


「二人とも、まだ辛い? 酷い怪我してたもんね……」


 レイは戸惑う二人がまだ不調そうだと勘違いしたのか、心配そうに声を掛ける。しかし、二人は首を横に振る。


「いえ、そんな事はございません。先程までの身体の痛みも殆ど治まりました」


「魔力が殆どカラの状態だから戦うのはちょっと厳しいけどね。でも驚いたわ、レイ君がそこまで回復魔法が得意だったなんて」


「良かった……」


 レイは安心した様子でそう呟く。しかし、すぐに表情がキリッと切り替わる。


「そうだ、二人とも。エミリアは? 姉さん達が救援に来てくれたって言ってたけど……」


 レイに質問されて二人も表情を改める。


 二人は手短に「自分達の代わりに化け物を抑えてくれている」と伝える。その言葉を聞いたレイは二人の腕から手を放して、今度は二人の手を優しく握って言った。


「二人は姉さんの所まで戻って……後は」


 レイはそう言って最後に二人の手を強く握りしめてから手を放して、エミリアが戦っている方向へ歩き出す。


「レイ君?」

「まさか、お一人で……?」


 無茶だ。と二人はレイを止めようとするのだが、レイは振り返って二人の顔を見つめると優しく笑顔で返す。まるで当然のように彼は言った。


「後は、僕に任せて」


 そう言葉にした彼は笑顔から凛々しい表情に変わり、聖剣を鞘から抜いて颯爽とエミリアの方へと駆けていった。


 その背中を見送ったカレンとレベッカはというと……。


「素敵……♪」


「カレン様、瞳がハートになっております」


「そういうレベッカちゃんだって周囲にハートマークが飛んでいるわよ?」


「わたくしはその……レイ様の妹でございますので」


「それを言ったら私はレイ君のお姉さんような立ち位置だもの」


「……」

「……」


「レイ君は私達の……♪」

「お慕いする方でございます……♪」 


 カレンとレベッカは手を取り合って恋する乙女の目でレイの走り去っていく姿を見つめていた。


 二人にツッコミを入れる勇気ある存在は現れる事は無かった。



 ――回想終わり。


「ということがあったのよ♪」

「レイ様はやはりわたくしの王子様だと確信するに至りました♪」


 二人は手を取り合って周囲をハートのエフェクトで埋め尽くす。


「………そ、そうですか」


 そんな二人を見て、エミリアは引きつった笑顔で返す。


 エミリアは内心「自分が命懸けで時間を稼いでる時に恋する乙女モードに突入してんじゃねーですよ!!」とツッコミを入れたくて仕方がなかったが、ギリギリの所で耐えた。


 そして長い尺を取った割に特に重要な回想でもなく、二人がレイに惚れ直したという内容だったことにエミリアは呆れ果てていた。


 というか……。


「(この二人、お互いが恋のライバルって自覚あるんですかね……)」


 絶対ないだろうな……とエミリアは確信する。

 自分は二人に対して結構なライバル心を抱いているのだが……。


 だが今は、そんな事はどうでも良い。


 数話前までは恋バナに花を咲かせるような状況ではなく、現に今だって私たちは戦いから離脱こそしているがまだ戦いの最中なのだ。


 自分達の想い人であるレイがあの化け物相手にたった一人で戦いを挑んでいるのだから。


 だから、今はそれを忘れている目の前の二人の事はどうでも良い。


 以前にレイが私に告白してくれて少し前まで一応付き合っていたのだけど、その後色々あって関係を解消して、今レイは私の事をどう思っているのか物凄く気になるがそれもどうでもいい。


 ……いや、全然どうでも良くないですけど。


「こ、コホン……二人とも、気を抜き過ぎです! 今、レイが命懸けで私たちの為に戦ってくれているんですよ!!」


「!!」


「そ、そうでございました」


 エミリアの言葉を聞いて二人は顔を引き締めて遠くからレイが果敢に戦う姿を食い入るように見つめる。彼女らの視線の先には、レイが巨大なキマイラの攻撃を流麗に躱して、目にも止まらぬ斬撃で圧倒している場面だった。


 その強さは一党パーティで戦っていた時と明らかに違う。

 まさに一騎当千と呼べるものであった。


 ……もしかしたら彼は連携している時は足並みを乱さないため、敢えて実力を抑えていたのだろうか?


 そんな疑問を感じてしまうほどであった。


「凄いわ……」


 レイの姿を見てカレンは感嘆の声を上げる。

 カレンの言葉にエミリアとレベッカも強く同意する。


 三人はあの化け物と対峙して、あの魔物がどれほど凄まじい力を持っているか理解している。


 だがそんな化け物を相手に圧倒するレイの強さは尋常ではない。


 敵の攻撃を先読みする様に攻撃を危なげなく回避し、他の魔物であるなら一撃で即死するような強烈な反撃を繰り出して化け物に大ダメージを与える。


 自分達が必死の想いで一撃を与えても即座に再生する化け物を相手に、自分の強さを試すよう余裕を持って相手取るレイ。そして一度距離を取れば、途方もない破壊力の聖剣技や魔法剣を駆使して容易く化け物の命のストックを削り取る。


 彼女達も別にレイの雄姿が見たくてここで観戦しているわけではない。


 もし彼がピンチに陥ればすぐにでも戦いに参戦して彼のサポートをするつもりいた。


 しかしこうして客観的な立ち位置で彼の動きを見ていると……。


「……私たちが助けにいっても足手まといになりそうね……」

「……そうでございますね」


 今のレイは私達が連携で行うだけの戦闘力を彼単独でやってのけている。


 エミリアは気づいていた。レイの技量が自分達とは比較にならないほど上達していることを。そしてそれは自分やカレン、レベッカも同じこと。

 

 既に彼は自分達と次元の違うステージへと到達しているのだ。


 今までに戦った強敵達も今の彼が本気で戦えば、ものの数分も持たずに倒してしまうに違いない。


 かつての戦った最強の魔王ナイアーラすらも……おそらく。


 一人だけ遠い場所へ行ってしまったレイの事を寂し気に見守る。せめてこの戦いの顛末を見届けようと再び三人に静けさが訪れる。


 それと同時に彼女達の拳にも無意識に力が籠った。彼の姿を最後まで見届けておきたいと言うのもあるが、同時に自分達も今この戦場でともに戦えずにいるのが情けなかった。


 醜悪な化け物相手に凛とした表情で果敢に戦うレイの姿は、正に物語に語られる英雄そのものだ。そんな戦いを三人はただ黙って見つめていた……。

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