第597話 タイムリミット

 次の日の朝の港にて。

 僕達は、港に集合して予定していた船に乗り込む。


 が、その前に―――


「―――ルナです。皆さん、改めてよろしくお願いします」


 ルナは、仲間達の前で挨拶をする。


「ルナ……カエデじゃなくて、ですか?」

 エミリアは彼女の自己紹介にやや困惑の色を見せながら言った。


「良いんです、エミリアさん。私はもうツバキカエデじゃありませんから……。今の私は『ルナ』……昨日、彼と相談してそう名乗ることに決めたんです」


「貴女がそういうなら……」


「でも、雰囲気変わったわね……カエデちゃん……じゃない、ルナちゃん」


 困惑していたのはエミリアだけじゃない。

 彼女の変身と決意を聞いていた僕以外、全員彼女の変わりように驚いていた。

 それは彼女が人間の姿になったからじゃない。彼女の人格の方だ。


 ルナは言った。


「今までの私は、無理して明るく振る舞っていました。でも、もういいんです。雷龍っていう呪縛が解けた私は、自分を偽る必要もなくなりました。

 ……だけど、それで終わりってわけにはいかない。サクライくんに聞きました。皆さんは、『カレン』という大切な人の為に困難に立ち向かおうとしているって。

 なら、私も手伝いたい……雷龍としての私では無く『ルナ』としての私を皆の仲間に迎えてください」


 ルナは姉さん達に頭を下げる。


「……」

 僕はそんな彼女の様子を黙って見守っていた僕自身、彼女が何も言わなくても仲間だと思っている。だけど彼女自身が自分の言葉で仲間に伝えたいと言っていた。


 なら、彼女の意思を尊重しよう。大丈夫、僕の仲間は彼女を絶対に受け入れてくれる。僕達の絆は、誰よりも強く結ばれているのだから。


「勿論よ。一緒に頑張りましょう」


「えぇ、私からもお願いします。これからもよろしくお願いします。ルナ」


「ルナ様、わたくし達と共に参りましょう」


「ルナさん、よろしくね♪」


 姉さん、エミリア、レベッカ、サクラ。

 4人は深い詮索などせず、ルナを快く迎え入れてくれた。


「ありがとうございます」


 ルナは涙を浮かべながら礼を言う。

 そして、彼女はここに居るもう1人の女性に視線を向ける。


「……ウィンドさん、お世話になりました」


「……いえ、ルナさん。結局、私は貴方の力になることは出来ませんでした。ですが、貴女の命が失われなくて良かった……レイさん達の力になってあげてください」


「……はい!」

 こうして、ルナは正式に僕達の一員となった。

 僕達は今度こそ船に乗り込み、出航の準備を行う。


 姉さん達は先に船の中に入ってもらう。

 そして今、船の外に居るのは僕とウィンドさんの二人だけだ。

 僕達は船に渡る橋の前で向かい合って話し合っている。


「ウィンドさんは来ないんですか?」

 今回の旅に向かうのは、僕、姉さん、エミリア、レベッカ、サクラ、ルナの6人だ。船の手配をしたウィンドさんは数に入っていない。


「ええ、今回の旅、私は同行できません。カレンの事も心配ですし、あなた達の手の届かない事柄をスムーズに進めなければいけません。今の『私達』には時間がありませんから……」


「……そうですね」

 僕は彼女の言葉に同意する。

 今の彼女の言葉は、姉さん達が想像する意味とは少し違う。


 僕とウィンドさんは、カレンさんの呪いの一端を受け持つことで彼女の症状の緩和を担うと同時に、彼女と運命を共にする覚悟を持っている。仮に、カレンさんが死ぬようなことがあれば、僕達二人……いや、王都で待つリーサさんを含めて全員死ぬ。


 勿論、この事は他の仲間には告げていない。言ってしまえば、彼女達も自分達の命を投げ出してまで僕達に付き合うと言いかねないからだ。僕とウィンドさんは、その事を充分理解しているから、あえてこの事は秘密にしているのだ。


「……そうだ。今でないとこの話が出来ないと思うので伝えておきますが……」

「……?」

 ウィンドさんは甲板の先の内部に視線を移していった。


「彼女、ツバキカエデの事です。いえ、今は『ルナ』と改名していましたね」


「ルナがどうかしたんですか?」


「彼女の昨日の言動から察して、雷龍時代、何故彼女が暴走していたか、推測できました」


「……暴走」

 確かに、彼女は僕達と出会う以前は理性を失っていた。僕達が彼女の痕跡を発見した際、夥しい数の魔物を食いつくした現場すら目撃したことがある。


 しかし、今思えばアレは不自然過ぎた。いくら暴走してたとはいえ、本質的には内気だった彼女があれほど残虐な行為を行うだろうか。


「一体、何が理由だったんですか?」


「シンプルな話ですよ。彼女は、生まれ変わった自身を拒絶していたのです。元の世界で、自ら命を絶って元々生きる気力が無かったというのに、こちらに転生した際に人間では無い化け物の姿にされてしまった。精神の未熟な彼女にとって、それだけでも過酷だったのでしょうが、更には――」


「……まだ何かあるんですね」


「ええ……ここからは私が集めた情報から推測する内容になるのですが……。

 彼女、こちらの世界に来て、早々に魔王軍に侵略された街の惨劇を目撃してしまったようなのです。

 ……彼女自身は何も語りませんが、その惨状を見て完全に心を壊してしまい、見たままの理性を失ったドラゴンとして暴れまわったというのが真相だと思います」


「そんなことが……」


「……はい。彼女を転生させた神様も、まさか、こんなことになるなんて思ってもいなかったでしょう」


「……」


「救いがあるとすれば、貴方と再会できたことでしょうか。もし、何かのニアミスで彼女が再会できなければ、彼女は我々の敵になってしまったかもしれません。

 仮に人間に手を掛ける様な行いをしていたなら、私達も彼女に慈悲を与えることは無かったでしょう」


「……」


 僕は、あの時、彼女と出会っていなければと考える。

 もしも、彼女が既に僕の知らない所で誰かを殺していたら。

 彼女が自分の意志とは無関係に、罪もない人を手にかけていたとしたら。

 僕は、果たして彼女を許せただろうか?


「――ですが、そうならなかった」

「……!」


 彼女の言葉で、僕は最悪のIF展開を頭の中から消し去る。


「ええ、そうなりませんでした。だから、彼女は前に進むことが出来た。全ては貴方のおかげです」


「……僕は、何もしてませんよ」


「いいえ、していますよ。少なくとも、彼女にとっては貴方が存在がどれだけ救いになっていた事か想像に難くない。だからこそ、これからも彼女を支えてあげてください。今の彼女なら、貴方の隣を歩けるはずですから……」


「……当然です。彼女は、僕の大切な仲間ですから」

 僕の言葉に、ウィンドさんは頬が緩んで軽く笑みを浮かべた。


「その言葉が聞けて良かった……。さて、彼女の事はそれでいいとして、最後に一番大事な事を伝えないといけませんね」


「大事な事、とは?」


「―――我々のタイムリミットの事です」

「―――っ!」


 彼女のその言葉に、僕の心臓がトクンと跳ねる。

 僕は服の上から手の平で胸を押さえつけた。


「……やはり、貴方も感じているようですね。

 この魔王の呪いは、カレンだけではなくて確実に私達をも蝕んでいます」


 カレンさんも僕と同じく、自身の胸を手で押さえる。


「良いですか、レイさん。『半身反魂術』の効果により私達はカレンと呪いを共有し続けている状態です。私達が分割していることで、彼女はいくらか延命できている状況ではありますが、それでもあまり時間は無い。それまでに、私達は目的を確実に達成しなければなりません」


「……分かっています」

 僕達は呪いの共有化によってカレンさんの命を繋ぎ止めているが長くは持たない。


「レイさん。ベルフラウさんからお聞きしましたが、後一月後くらいに貴方の誕生日と聞きました」


「はい、それは合っていますが」


「……おおよそ、その時期です。

 おそらく、カレンと私達の命が尽きるのはそのタイミングだと思ってください」


「――っ!?」


 僕の中で、焦燥感が沸き上がってくる。僕がこの世界に召喚されてからもうすぐ二年。残された時間はあまりにも少なかった。


「私達のタイムリミットは、貴方の次の誕生日バースデーです。残された時間は少ないですが、それを踏まえて行動しましょう」


「……分かりました」


「私はこちらに残って可能な限りの情報収集と手続きを行いますが、こちらから通信魔法を用いて連絡も行います。辛い状況ですが、挫けないでください。まだ希望は捨てるべきではありません」


「……はい」


「良いですか、レイさん。貴方は孤独じゃない。

 私やリーサさんは貴方の今の辛さを共有している。そして、貴方の周りには私以上に頼りになる仲間が居る。この戦いが終われば、私達の戦いの使命はきっと終わる。その時こそ、本当の意味で平和が訪れるでしょう。だから、それまでは頑張りなさい。それが私の最後の願いです」


「――っ!……はい」


「……では、レイさん。生きて、また会いましょう」


「……ええ、必ず!」


 僕とウィンドさんは船の前で互いに握手を交わす。


「そろそろ出航の時間ですよ、レイさん」


「……はい、それじゃあカレンさんをよろしくお願います」


「ええ、任されました」


 僕は彼女に背を向けて、船の桟橋を渡る。

 そして、船の出航の合図と共に、僕達はフォレス大陸へと出発した。

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