第598話 再会して即ベッドイン
港町を出航して数時間―――
僕達は、一旦自室で荷物を置いて軽く休憩を取っていた。
フォレス大陸への船の旅は、およそ3日ほど。
西の航路を進んで、途中にある島で補給をしながら進む予定だ。
「ふう……」
僕は自室のベッドの上に腰かけて、軽く息をつく。
「……っ!」
安心して息を付いたと同時に、また心臓が痛み出した。
「……大丈夫、まだ……大丈夫……」
僕は自分に言い聞かせながらそう呟く。
ウィンドさんの推測では、まだ一月ほどの時間の猶予がある。
それまでに、神依木を見つけ、今度こそ魔王カオスを消滅させる。
そうすれば呪いが解けてカレンさんは助かるし、僕達も死なずに済む。
「……カレンさん、もう少しだけ待ってて……」
ここには居ない、僕にとって大事な人の名前を呼ぶ。
「――っ!」
すると、また心臓がズキンと痛んだ。
「……カレンさん、会いたいよ」
僕は無意識のうちに、そう言葉を漏らしていた。カレンさんと離れてまだ数日しか経っていないというのに、既に僕は彼女に会いたくて仕方が無かった。きっと、僕自身、弱気になっているのだろう。
「……」
……部屋を出よう。そして、仲間となんでもいいから話そう。
ここままだと自身の不安と責任感と、苦しさでどうにかなってしまいそうだ。
そう思い、僕は部屋のドアを開ける。
すると、僕の部屋の向かいから人が歩いてきた。ルナだった。
僕に気付いたルナは、明るい顔をして声を掛けてきた。
「サクライくん、丁度良かった」
「ルナ?」
「今から食堂の方で皆と話し合おうってエミリアさんが」
「分かった。僕も行くよ」
丁度良かった。
皆と話すことで、少しでも気持ちが楽になればいいんだけど……。
そんな事を考えつつ、僕とルナは連れ立って歩き出す。
「ねえ、サクライくん」
「ん?」
「……その、大丈夫?」
………。
「……僕は大丈夫だよ。ルナこそ人の姿に戻って間が無いけど、大丈夫?」
「うん、皆、私に優しくしてくれてるから……でも……」
ルナは僕の方をチラリと見る。
「?」
「……ううん、何でも無い」
僕達はそのまま、特に会話も無く廊下を歩く。
「着いたね」
「うん」
やがて、目的地である食堂の前に辿り着く。
食堂の真ん中あたりに、仲間であるエミリア達が陣取っていた。
「あ、レイ様、ルナ様、こちらでございます」
僕達に気付いたレベッカが、こちらに向かって手を振る。
どうやら、僕達の食事を既に頼んでくれていたようだった。
「おまたせ」
「待ってました。食事を済ませながら今後の方針を相談しましょう」
エミリアはそう言って僕達を席に着かせる。
そして、食事をしながら僕達は今後の事を話し合う。
◆
「フォレス王国はここから西に行った場所にあり、自然との調和を大切にする国というお話です。それが理由かは不明ですが、基本的に出される食事は野菜ばかりで、お店でもお肉が殆ど出ないとか」
「う……所謂、ベジタリアンってやつね」
レベッカの言葉に、姉さんは露骨に嫌そうな表情を浮かべる。
「なんていうか、お腹が空きそうな国ですね」
サクラちゃんもちょっと不満そうだ。
「フォレス王国に来る旅人は皆、お肉を食べたくなって長く滞在することは少ないらしいですね。……わたくしとしては、故郷に居た時は似た様な食文化だったため、さほど違和感を覚えないのですが……」
「まぁ、僕も正直お肉が食べられないのはちょっとね……」
ただえさえ色々不安定な状況なのに、食事まで制限されるとなると相当なストレスを感じてしまいそうだ。
「私も、お肉が食べられないのはちょっと不満かも……」
ルナは少し控えめに言った。
「ルナはドラゴンに変身して魔物を食べればいいのでは?」
エミリアは彼女にそう質問する。
「えっ、今の私にはそんな事出来ないよ」
「そうですか? ……カエデ……ルナは、少し前まで普通に魔物や魔獣を食べてた気がするのですが」
エミリアは彼女の言葉に首を傾げる。
「人間に戻っちゃったから、魔物を丸飲みにするのは抵抗感があるのかもね」
姉さんは笑いながら言った。
「ウィンド様が仰るには、フォレス城下町のフォシールに密かにお肉料理が振る舞われているようです。ただし違法な手段を使って入手しているので、国に隠れて経営しているようですね」
「ウィンドさん、詳しいわね。フォーシールに行ったことあるのかしら」
「師匠は暇さえあれば本を読んでるか、何処かに飛んでいきますからねー」
「ふーん……」
サクラちゃんの解説に僕は気のない返事をする。
「また、そのお店は、国外から訪れた冒険者や旅人を行き交うらしいので、情報集めにおススメなそうでございますよ」
「なるほど、国に到着したらその店を探すといいかもですね」
エミリアはレベッカの話を聞いて、そう話す。
「でも、そういうお店ってガラの悪い人達が多いんじゃないんですかね?」
サクラちゃんは心配そうにそう呟いた。
「でしょうね。違法な店って話ですし、国の軽犯罪者が隠れ蓑にしてても何らおかしくないでしょう」
エミリアはやれやれと言った表情で言った。
「姉さんは一人で行っちゃダメだよ、危ないから」
僕は念の為に姉さんにそう念押しする。
「私は大丈夫よ」
「本当? お腹空いてこっそり一人で食べに行ったりしない?」
「……う、鋭い……さすが私の弟……」
僕の指摘に、姉さんは観念したように肩を落とす。
「フォレスには国を統括する国王様がいらっしゃるそうです。ウィンド様の話によると、その方の許可を取らないと森に入ることが出来ないとか」
「それは困りますね。神依木を探すなら森に入らなければいけないというのに」
「こっそり森に入ればいいんじゃないですか?」
サクラちゃんは呑気そうに言うが、流石に姉さんが否定する。
「さすがに無断で入るのはまずいでしょ。国のお尋ね者になっちゃうわ」
「それは、そうなんですが……」
エミリアは姉さんの言葉を渋い顔をして頷く。
気持ちは分かる。そんな暇はないと言いたいのだろう。
「……という事は、フォレス国王様に謁見しないといけないって事か」
僕はため息を付く。王都のグラン陛下はフランクで優しい方だったけど、他の国の国王はそうはいかないだろう。
僕がそう悩んでいると、レベッカは軽く思案した後、僕達を顔を伺って言った。
「……ふむ、ではレイ様。国に到着したら、それぞれ役割を分担しませんか? わたくしとサクラ様とベルフラウ様は、国王様の所に向かい許可を取って参ります。
レイ様とエミリア様とルナ様は、フォレスの城下町を探索し、セレナ様と例の食事処を探すというのは?」
レベッカの提案に、僕はホッとした表情で頷く。
「助かるよ。正直、王様と謁見するのは僕としても気苦労が多いし……」
「いえ、レイ様は少々お疲れのようでしたし……面倒事はわたくし達にお任せくださいまし」
レベッカは、僕を癒すように微笑みかけてくれた。
◆
食事を終え、僕達は部屋に戻る。
「フォレスか……」
僕はベッドに横になりながら、頭の中でこれからの事を整理する。
フォレス王国に向かうのは三日後。
そして、到着してから数日以内に神依木を見つけなければならない。
フォレス王国は自然との調和を大切にしているという。
ならば、自然豊かな森の中にある可能性は高いはずだ。
だが、問題はどうやって探すかだ。エミリアのお姉さんが見つかれば良いが、もし見つからなければ自力で捜索する必要が出てくる。
「……その場合、ルナの背中に乗せてもらって空から探すかな」
ルナは雷龍にはなれなくなったけど、以前とは別の竜に変身することが出来るようになった。彼女に森の上空を飛んでもらい、エミリアの<索敵>の魔法でマナを濃い場所を探しながら数日掛けて捜索する。
何日掛かるか見当も付かないけど、今はこれしか方法が無い……。
「(……でも、三日は長い………長すぎる……)」
こうしている間にもカレンさんの呪いが悪化して彼女の命が危うい。ウィンドさんは一月がタイムリミットだと言っていたけど、今後何が起こるか分からない。
「……早く、急がないと……」
僕はそう思いながらも少しずつ意識が途切れ始める。
どうやら、空腹を満たしたせいか眠気を感じ始めているようだ。
僕は目を閉じて、意識を混濁させていった……。
◆◆◆
【視点:レイ】
――――?????
「……ここは?」
僕が目を開けると、そこは船の個室ではなく、真っ暗だけど現実感の無い場所だった。
……どうやら、今、僕は夢の中にいるようだ。僕は周囲を見回す。
「(……珍しいな、夢の中で夢だと気付くなんて……)」
夢の中とはいえ、この感覚は久々だった。前に見たのは何時以来だろうか?
「(……確か、こういうのって明晰夢って言うんだっけ?)」
何処かの本で読んだ気がする。
明晰夢は夢の内容をある程度コントロールできるらしいけど……。
「……はぁ、ならせめて……」
僕は夢の中でそう呟く。
彼女が意識を失ってから心がずっと沈んだままだ。
おそらく、それは僕だけじゃない。
彼女にとって最も親しい友人であるサクラちゃんも、他の皆だってそのはず。
皆、それでも表情に出さないように振る舞っているが、内心の不安を隠せていない。
そして、僕は……。
「……カレンさん、夢でも会いたい……」
そう、夢の中でポツリと呟いた。すると、次の瞬間―――
――キューン
「――――!?」
突然、変な音と共に夢の中の光景が歪み始める。
今まで真っ暗で歪な空間だった周囲が、何処かで見たような屋敷の中に変わり始める。
「え、どゆこと……?」
突然の事で呆然とする僕。
やがて、周囲の景色は完全に変化し、とある屋敷の内部に似た場所へと変化した。
目の前の屋敷の景色には見覚えがある。
これは、カレンさんの実家の屋敷の中に酷似している。
そして、目の前に扉がある。この扉の先は……カレンさんと以前、夜にお茶会をしたあの部屋だ。
「……」
僕はその扉の取っ手を握る。あり得ない幻想の夢の中の筈なのに感触があった。
「(……まさか)」
僕は予感を覚えつつも、ゆっくりとその部屋のドアを開く。部屋を開けると、やはり以前に入ったことのあるカレンさんの部屋そっくりだった。
彼女の部屋のテーブルには、あの時のお茶会と同じように紅茶が入ったティーカップとお茶菓子が用意されていた。
……そして、部屋の脇にあるベッドには……。
「……カレン、……さん……」
そこには、私服姿のカレンさんが安らかな表情で寝息を立てていた。
「どうして……」
僕は、まるで吸い寄せられるようにベッドに近づき、眠る彼女を眺める。
「カレンさん……起きて……」
僕は彼女の肩を揺する。
「………ん……」「!!」
彼女は少し身じろぎして、瞼を開いた。
「…………あれ………レイ君………」
彼女は寝ぼけ眼で僕の名前を呼びながらその上半身を起こす。
「か………」
「…………か?」
彼女は不思議そうに僕を見ながら、首を傾げる。
「カレンおねえちゃあああああああああ!!!」
「ちょ、ちょっ………わあああぁぁぁ!!」
僕は我慢できずに彼女に抱き着いて、その身を押し倒していた。
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