第599話 眠り姫とボク

 ――レイが自室で仮眠を取り始めた頃……。


 王都の病院にて。

 カレンの専属のメイドであるリーサは彼女の看病をするために夜中も彼女の枕元で看病を続けていた。


「……カレンお嬢様」

 リーサは、ベッドの上で静かに眠っている主人の頭を撫でながら声を掛けるが、返事はない。


「……お休みになられてからもう数日になりますね。そろそろ目を覚まして頂かないと困りますよ、お嬢様」


 そう言っても、もちろん反応は無い。


「……カレン様、あまりお寝坊ですとまた身体が鈍ってしまいますよ」


 リーサはそれでもめげずに彼女に声を掛ける。意識不明の病人で眼を醒まさなくとも、声を掛け続けることで意識が戻るという話を聞いたことがある。呪いと病気はまた別物であるとリーサは理解してるのだが、それでも微かな希望があると信じている。 


「お嬢様の帰りを待つ人は沢山いるんです。早く元気になって下さいまし」


 ――ガチャ。カレンの病室のドアの開く音がする。


「どちら様でしょうか」

 リーサは視線を病室のドアに移す。

 そこには一日ほど前に港町にレイ達を送り出したウィンドの姿があった。


「リーサさん、御苦労さまです」


「ウィンド様。レイ様達は無事に船で発たれましたか?」


「ええ、今朝には問題なく。少々ハプニングがあって遅れましたが、三日もすればフォレス大陸に到着するでしょう」


「そうでございますか……」


 リーサは軽く胸を抑えて、ホッと息を吐く。

 ウィンドはリーサの質問に答えると、彼女達の元へ歩いてくる。


「カレンの様子はどうですか?」


「今の所、大きく変わった点はございません……しかし、時折苦しそうに声を出すことがございます……」


「……そうですか。私達が呪いを分散しているとはいえ彼女の身体は確実に蝕まれています。今は病室に設置された魔法陣により、王都全体から魔力をかき集めていますが、依然危険な状態には変わりありません。もしものことが無いように、誰かが傍に居なければ……」


「私は、カレン様のご両親のカール様とルイズ様にお世話を仰せつかっておりますので、お嬢様から片時も離れずにおりますよ」


「……有難うございます。ですが、リーサさんも負担が大きいでしょう。今は私が彼女を見ていますから仮眠を取られても良いですよ」


「いえ、私は大丈夫でございます。それより、ウィンド様こそ休まれた方が宜しいのでは? ここ最近、まともに睡眠を取っていないのではないでしょうか?」


「ふふ、私の場合は普通の人間とは少々異なりますので、多少融通は利くのです。……もっとも、貴女もそうかもしれませんが」


「……?」

 リーサはウィンドの言葉の意味を測りかねず、首を傾げる。


「……なんでもありません。ですが、一睡もしないわけにはいかないでしょう。今日からは交代で看病に当たりましょう」


「分かりました……それでは、少しだけ席を外させて頂きます」


 リーサはウィンドの言葉に素直に従い、席を立つ。

 その前にベッドで眠っている彼女に声を掛けようとカレンの方を見ると――


「……おや?」


「どうかしましたか、リーサさん」


「いえ、先程まで息苦しそうだったカレンお嬢様の表情が……」


 リーサはまじまじと眠っているカレンの表情を伺う。

 すると、カレンの表情が何処となく嬉しそうな表情に変わっていた。


「あ………レイ……くん……」

「……!」


 カレンの口から洩れた寝言を聞き取ったリーサはハッと目を見開き、そして微笑んだ。


「レイ様の夢でも見ているのですね。夢の中くらい幸せであって欲しいものなのですが……」

「ふむ……夢ですか……」


 ウィンドは思案しながら、彼女のその様子を見守っていた。


【視点:レイ】 


 その頃、レイは夢の中でカレンと再会しており、嬉しさのあまり彼女をベッドに押し倒していた。


「カレンお姉ちゃああああああん!!」

「ま、待って、レイくんってば、私、まだ心の準備が!!」


 カレンは顔を真っ赤にして慌てているが、そんなことは関係なかった。

 僕は彼女に抱き着いて離さない。


 だって、そうだろう。

 呪いで眠ったままだったカレンさんがこうやって目を醒ましているなんて。

 それこそ、まるで夢みたいで……。


「………?」

 ……よくよく考えると、この状況はおかしい。

 僕は夢を見ていた筈だし、カレンさんがここに居るはずがない。


「……あ、あれ?」

「……?」

 僕は抱き着いていた腕の力を弱める。カレンさんは不思議そうに僕を見る。冷静になって考えると、もしかして、このカレンさんは僕が夢の中の妄想で作り出した幻ではなかろうか。


「………」

 そう考えて、僕の心はどんどんと冷めていく。僕はカレンさんに抱き着いてる腕をゆっくりと緩めていき、そのまま離れて立ち上がった。


「レ、レイ君?」


「……すみません、カレンさん」


「えっ?」


「ちょっと、確かめたいことがあるので失礼します」


 そう言って僕は、このカレンさんの部屋の壁の目の前まで歩く。


 ―——ゴンッ!!


 そして、壁に手を付いて壁目掛けて頭をぶつけてみた。


「!?」

「痛……い………あれ、これ、夢じゃないの……?」


 ぶつかった額をさすりながら、これがただの夢でないことを確認した。


「れ、レイ君……何してるの……?」

 カレンさんは、突然奇行を始めた僕を見て驚いているようだ。


「あの、カレンさん、質問いいですか?」


「え、何、突然」


「カレンさんって、僕の作り出した妄想だったりします?」


「……レイ君、頭おかしくなった?」


 カレンさんが呆れたような目で僕を見ている。


「……あれ、じゃあ本物? いや、この反応も僕の夢が作り出した幻という可能性も……」


「貴方が何言ってるか全然分からないわ……ここが……夢?」


 カレンさんはキョロキョロと辺りを見回して、自分のいる場所を確認する。


「……ここ、サイドの私の屋敷の中じゃない。なんで……?」


 カレンさんは戸惑った様子で周囲を見渡している。


「僕は直前まで船の中に居たんですけど……。

 それで、自室でそのまま寝ちゃって……多分、僕の夢の中だと思うんですが」


「あはは、レイ君、変な事言うわね」 


 カレンさんはクスッと笑い、それから真剣な顔になる。


「……でも、確かに違和感を感じるわね。この場所、何処となくおかしいわ。本物みたいに見えるけど、どこか歪んでる……まるで、誰かの記憶を元にして生成されたような……」


 と、カレンさんはそこまで言ってから、目を見開く。


「――思い出したわ。私、王都で突然胸が苦しくなってから――」

 カレンさんはそう言いながら、しゃがみ込んで自分の胸を抑えて苦しそうにする。


「! だ、大丈夫、カレンさん?」

「え、ええ、大丈夫……それに、今はそんなに苦しくないの……」


 カレンさんは心配する僕を手で制すると、少しだけ辛そうにしながらも窓の外を眺める。


「……外は真っ暗ね、星空も見えないわ」

 カレンさんは言いながら、テラスの扉を開けようとする。しかし……。


「あれ……開かない……」

 カレンさんが手で押しても引いてもドアノブを捻ってもびくともしなかった。

 試しに僕もやってみるが、同様に扉はビクともしなかった。


「……おかしい、ここ、私の家じゃないわ。まさか、本当にレイ君の夢の中だっていうの……」


「そうなると、やっぱりここは僕が見ている夢の世界?」


「……いえ、違うわね」


 カレンさんはそう呟くと、自室のタンスまで歩いていき、引き出しを開ける。

 すると、カレンさんは一枚の封筒を取り出した。


「……レイ君、この封筒見た事ある?」

 カレンさんが見せてくれたのは、サクラの花の模様の入った封筒だった。


「いや、見たことないです。カレンさんの私物?」

「そうよ。幼少の時、サクラが私の誕生日に送ってたプレゼントなの」


 カレンさんはそう言いながら中身を取り出す。

 中には、サクラの花の押し花が入っていた。


「へぇ……」


「……つまり、これはレイ君の記憶にないものって事よ。レイ君は一度か二度私の部屋に入ったからこの部屋は記憶してるかもだけど、この封筒は知らない……という事は」


 カレンさんはそう言いながら、サクラちゃんに貰った押し花を封筒に戻す。


「……この世界は、レイ君の夢じゃなくて、私の記憶の中から生成された夢の中……と考えるのが自然でしょうね」


「……つまり、僕はカレンさんの夢の中に迷い込んだって事?」


「多分ね。……ねぇ、レイ君。現実の世界の私は、今どうなってるの?」


「……それは」


 僕は一瞬言いよどむ。今のカレンさんは、魔王の呪いで王都の病院の病室で寝たきりになっているはずだ。


「……やっぱりね。つまり、ここは現実とは違う場所。恐らく何らかの理由で、私が眠っている間にレイ君の夢と私の夢が繋がったんだと思うわ」


「一体、何が理由で……」

「それは私にも分からないけど……あれ?」


 カレンさんは何かに気付いたようで、自身の手の甲を見る。


「なにかしら、これ」

 彼女の手の甲は、薄い文様が刻まれていた。

 その文様は僅かに光り輝いていた。


「魔法陣? いや、なんかちょっと違うような気が……」

「それは、僕が掛けた『半身反魂術』の……」


 僕が彼女に術を掛けた時に、僕の手の甲にも同じ文様が刻まれている。

 そして、カレンさんと同じように僕の文様は光っていた。


「レイ君、今『半身反魂術』って言った!?」

 カレンさんは血相を変えて、僕に詰め寄る。


「あ、うん。言ったけど……」


「それって、確か、術者が対象に生命力を分け与えるっていう禁呪の……まさか、私に使ったの!?」


「……うん」


「馬鹿、なんでそんな無茶な事を―――」


「……だって、カレンさんを助けたかったから……」

「!」


 僕の言葉を聞いて、カレンさんはハッとした表情を浮かべる。


「……ごめんなさい。貴方がこんなに私を心配してくれてるなんて思わなくて……ありがとう、レイ君……そして、ごめんね、レイ君」


「……ううん」


 カレンさんは目に涙を溜めながら、僕にお礼を言い、そして謝罪をする。


「……だけど、これで分かったわ」

 カレンさんは目元に溜めた涙を手で拭いながら言った。


「……どういうこと?」


「つまり、レイ君が私に『半身反魂術』を掛けたのが理由。その術は生命力を分け与えるだけじゃなくて、精神と心をリンクさせる副作用もあると聞いたことがある。結果、私とレイ君が同じタイミングで夢を見たことで、レイ君が私の夢の中に入ってきたんでしょうね」


「そうか……それで、この夢の中は……」


「うん。きっと、私とレイ君の心の中にある思い出の場所を再現して作られた夢の中だからここまで鮮明なんでしょうね。部屋から出られないのは、多分、私の身体が呪いに侵されて、自由に動けないのが理由なのだと思うわ」


「そう、なんだ……」


「でも大丈夫、どちらかの意識が浮上すれば自然に目が覚める筈……」


 カレンさんはそう言って微笑んでくれる。


「……」

 つまり、僕が目を醒ましてしまえば……。


「……どうしたの、レイ君?」


「……出たくない」


「えっ……」


 僕は思わず本音を漏らしてしまった。


「僕はまだこの夢の世界に居たい……」

「……どうして?」


 カレンさんは不思議そうな顔で僕を見つめる。


「だって、今のカレンさんは寝たきりで眼を醒まさない状態なんだよ!?

 もし僕が目を醒ましたら、もう二度と会えないかもしれないじゃないか! それに、カレンさんだって独りぼっちになっちゃう!!」


 僕はつい感情的になって声を荒げてしまう。しかし……。


「……泣いてるの、レイ君?」

「……え」


 気付けば、僕は涙を流していた。自分でも気付かないうちに。


「あ……僕……」

「……ありがとう、レイ君。私の事を想って泣いてくれたのね」


 彼女は僕の涙を手で拭いながら僕に近付き、そっと抱きしめてくれた。


「カレンさん……」


「……レイ君達、きっと今、私の為に頑張ってくれてるんでしょ……?」


「うん……」


「なら、きっと大丈夫。レイ君達が私の事を想ってくれているかぎり、きっとまたこうして会えるわ……だから……」


 そう言いながら、カレンさんは僕に顔を寄せて、優しく口づけをした。


「ん…………」


 突然のキスに僕は軽く動揺するが、そのまま目を閉じて彼女を受け入れる。

 そして、それから十数秒ほどして、彼女の唇が僕の唇から離れる。


「……元気出た?」


「……う、うん」


「ふふ、良かった。……私も、少しだけ勇気を出しちゃったわ」


 口づけをしたカレンさんは恥ずかしそうに、頬を染めながら一歩離れる。


 僕とカレンさんはお互い顔を赤らめて見つめ合っていると――


「———?」

 僕の身体が急に軽くなってきた。これは……。


「どうやら、レイ君が目を醒ます時間のようね」


「カレンさん、僕は……」


「また、会いましょう。レイ君」


「……うん。僕達は、きっとカレンさんを助けてみせるよ」

「……ふふ、期待して待ってるわね」


 カレンさんは悪戯っぽく笑って見せると、

 その笑顔を最後に、僕の意識は現実世界へと戻っていった。


【視点:レイ】

 ―――――現実世界。


「――っ!!」

 僕が目を醒まして起き上がると、そこは元の船の中の船室だった。


「……夢か」

 ……正直、あんまり覚えていない。ただ、何か凄くいい夢を見ていた気がする。


「なんだろう……なんか、カレンさんと話した気がするんだけど……?」

 なんとなく気になって、自分の唇に手を当てる。何故か、唇に温かい感触が残っていた。


「……?」

 僕は頭を捻りつつベッドから出て、部屋の外へ出る。すると。


「あ、レイさん。おはようございますー」

 丁度サクラちゃんが廊下に出ていたので、挨拶をする。


「うん、おはよう」


「随分と寝てたんですねー。夕食に誘ったんですけど、全然出て来ませんでしたよ」


「え、そうだったの?」


「はい♪ ……というか、どうしたんですか、レイさん」


「え、何が?」


「なんかご機嫌そうな顔してますよ? 何か良いことあったんですか?」


「い、いや……別に何もなかったけど」


 僕は慌てて両手で自分の頬を触る。……うわぁ、確かに口元緩んでる。僕、そんなに嬉しかったのか……覚えてないけど、どんな夢見てたんだろ。


「折角だし、一緒に朝食行きません?」

「うん、分かった」


 そうして、僕とサクラちゃんは肩を並べて食堂に向かうのだった。

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