第706話 意外と堅牢な魔王城
「――以上だ。何か質問はあるか?」
僕達は会議室に集まり、陛下と共にこれからについて相談していた。一通り今後の予定や作戦についての話をした所で、グラン陛下がそう言ったので僕は挙手した。
「グラン陛下、質問宜しいでしょうか?」
「何かね」
「陛下が全世界から戦力を招集し最終決戦に備えているのは分かるのですが、それだけの戦力はどうやって魔王軍の拠点へ運ぶのですか?」
「ふむ……キミ達が、私がどういう手段を取ると思う?」
「……」
僕は考える。魔王軍が拠点としている場所の大まかな場所は既に判明している。過去に龍王ドラグニルが健在の時に住処にしていた溶岩地帯、世界の果てと呼ばれる凶悪な魔物が跋扈する恐ろしい場所だ。
もしそこに攻め込むのであれば、時間を掛けて戦艦などで海を越えて向かうか、それともドラゴンなどに騎乗して空から行くかだ。
「海を渡って直接、拠点に乗り込む……とか?」
「それも手段の一つだが少し違う。……以前、魔法都市の話をしたと思うが」
「空に浮かぶ空中都市国家……エアリアルの事でしょうか?」
僕の代わりにカレンさんが陛下の問いに答える。
「うむ、その話だ。あの国は賢者たちが魔法の真理へと至るために集まったのが発端で、知識を得るために集まった人間達が暮らし始め、今では一つの国家として成り立った。しかし、驚くべきはその絶大な魔法文明にある」
グラン陛下はエアリアルについての説明を続ける。
「あの国が空中都市として空に浮かんでいるのは、魔法文明によって生み出した魔道具の力によるものだ。そして空に浮かせるだけではなく、空飛ぶ乗り物を作り出し自由に空を駆けまわる事すら可能だという」
「……国王陛下、まさか」
リカルドさんはゴクリと唾をのみ込んで陛下に質問をする。
「貴方の考える通りだ、リカルド殿。その魔法都市の力を借りてそのまま魔王軍の拠点へ移動し、上空から奇襲を仕掛けて一気に攻め込むという寸法さ」
「「おお~……」」
リカルドさんやウオッカさんは感心したように声を上げる。確かにそれほどのエアリアルの魔法技術力なら、それが可能になるかもしれない。
「とはいえ、空中から攻めるとしても敵軍が無防備とは限らない」
「それは何故ですか?」
「魔王軍の拠点にしている大陸は、かつて龍王ドラグニルが支配していた領域で、奴の眷属は未だにその場所に住み着いていた。
今の魔王軍が放置するはずもない。間違いなく魔王軍の戦力として使われているはずだ。空を飛び回る竜たちは対空防衛としてうってつけの存在だ」
グラン陛下は厳しい表情のままそう言った。実際の魔王軍の支配下にある竜達はまだ見た事ないが、竜は並の魔物よりも強力な事が多い。戦うとなれば一筋縄ではいかないだろう。
「……つまり魔王軍に攻め込むときは、竜系の魔物との戦闘は避けられねぇって事かい」
「まぁそういう事だな……」
ウオッカさんはダルそうに椅子でだらけながら話し、隣で彼の言葉を聞いていたリカルドさんが同意する。
「ドラゴン相手に……!?」
「アリス達も、一応ドラゴンと戦った経験は無い事も無いけど……」
ミーシャとアリスの二人は僕の方を伺いながらそう話す。数日前、一緒にワイバーンを討伐したことを言ってるのだろう。
「当然だが、魔王軍側の魔物も強敵ぞろいだ。
四人の内、三人に
確かに魔王軍の魔軍将たちは全員強敵だった。
これまでの魔物とは比べ物にならない程の強さを誇る。しかし、僕達は奴らと幾度となく死闘を繰り広げてきたのだ。今更怖気づくようなことはない。
「……残る魔軍将というと……」
「ああ、先の襲撃の際に私に襲い掛かってきた、悪魔の翼を持つ少女……」
陛下は以前の事を思い出しながら語る。
「……確か、彼女は自分の事を”アカメ”と名乗っていたのよね」
カレンさんは実際に彼女と会話を交わした僕に質問する。
「実際に名前を付けたのはレベッカで、彼女はそれをそのまま名乗ってるだけのようですが……」
……今思えば、彼女が僕に会いに来た理由が分からない。最初、僕を利用して何をさせようとしていたのだと当時は考えたが、あれ以降彼女が僕に会いに来ることは無かった。かといって、魔王を討ち倒した僕らに復讐するような真似もしてこない。
「(レベッカが言うには、彼女は僕を戦いから遠ざけようとしていた)」
その時は、僕という存在が魔王軍にとって邪魔だからだと思った。だが、今思えば何か別の意図があったのではないか……?
「どうかしたんですか? 何か悩まし気な表情をしてますが……?」
「レイさんも堅苦しい話は苦手? アリスもこういう話辛いよー、足が固まっちゃうー」
アリスとミーシャが僕の表情を見てそう言った。アリスちゃんは椅子に座ったまま足をバタバタさせている。
「……いや、ごめんごめん。ちょっと考え事をしてただけだよ」
「本当かぁ、何か知ってんじゃないんか?」
「誤解ですよ。以前、アカメと話した時の事を思い出しただけで……」
ウオッカさんは疑うようにジロジロ見てくるので僕は素直に答える。ウオッカさんは見た目は考えなしに見えるが、実はかなり頭の切れる人物だ。
「っていうかアリスちゃん。ここには国王陛下がいらっしゃるんだから、そんな失礼な言葉を言ってはダメよ」
「むー、だってだってぇ……」
カレンさんの叱咤にアリスちゃんが甘えるような猫なで声で文句を言う。
「……二人とも、今は黙ってなさい」
二人の隣で座っていたジンガさんが二人に向かって呟く。すると、二人を口を閉ざして動きを止めて大人しくなった。
「……いくら戦力とはいえ、子供を会議に交えるのは……」
生真面目なリカルドさんは、アリスとミーシャの二人を見て憂鬱そうに頭を抱える。
しかし、グラン陛下は言った。
「いや、構わないさ。それにあまりに重苦しい会話になっても、この子たちが可愛そうだ」
「しかし、陛下……」
リカルドさんは納得いかずに、グラン陛下に抗議しようとする。
「私が許すのだ、リカルド殿。彼女たちは冒険者である前に私の協力者であり同志なのだ。子供は子供らしく甘やかすのも私の役割だよ」
「……承知しました」
リカルドさんはグラン陛下の言葉に折れて、それ以上は何も言わなかった。
―――トントン
そこに誰かが部屋のドアをノックする様な音が響いてくる。
「国王陛下、王宮魔道士のウィンドです」
「……入れ」
ドアの外からウィンドさんの声が聞こえた。グラン陛下はそれに答え、ウィンドさんは部屋のドアを開けて部屋に入ってくる。
「失礼いたします」
そして彼は部屋の中をぐるりと見回し、陛下の姿を見つけると一礼する。彼女の横には、僕達の仲間の一人であるサクラちゃんの姿もあった。
「ごめんなさい。仕事してたら遅れました!!」
サクラちゃんはそう言いながら陛下に向かって謝罪するのだが……。
「……サクラ君、キミが職務をすっぽかして、レイ君の所に遊びに行っていた事はアルフォンス団長から既に報告を受けている」
「はう!?」
「……まぁ、私はその程度の事で怒ったりはしない。が、罰として減給だ」
「そ、そんな……わたしにはお腹を空かせた子猫ちゃんたちが……!」
「……キミが子猫を飼っているなどという情報は初めて聞いたが……」
「あう……バレてしまいました……」
陛下にバラされ、サクラちゃんは混乱しているのか目をぐるぐると回している。どうやらサクラちゃんにとっての<子猫>とは、小さくて可愛い生き物全般の事を指しているらしい。
「あはは、サクラってば馬鹿なのー!」
「ってぇ、アリス!? ミーシャも一緒だし、どうしてこんなところに居るの!?」
アリスちゃんの笑いにサクラちゃんが驚いている。
「サクラお姉様、ミーシャとアリスも今回の戦いに参加することになりました」
「アリス達、サクラが居ないところで頑張って修行してたんだよっ」
「え、そうなの!? すごい!!」
「ふふーん」「えへん」
アリスちゃんとミーシャはサクラちゃんに褒められてドヤ顔をしている。そんな三人を入ってきたウィンドさんがうっとおしそうな目で見ながら静かな口調で言った。
「……サクラ、貴女のせいで会議が完全の流れが完全におかしくなってしまいました。謝罪しなさい」
「はい、ごめんなさい師匠!! ……って、これってわたしのせいですか!?」
「……」
ウィンドさんはサクラちゃんの疑問に答えず、無言で横を向いた。
「むぐぐ」
納得がいかないのか、サクラちゃんは唸っている。すると、陛下がパンと手を叩いて口を開いた。
「まぁ、その話は後で詳しく話すとして……今は会議の途中だ。二人も今は黙って座って会議に参加しなさい」
「仰せのままに」
「減給……減給……」
ウィンドさんとブツブツ呟いているサクラちゃんは陛下の呼びかけに応じ、ミーシャたちの席から少し離れたところの席に座った。
「さて、話を戻そう。どこまで話したかな……」
陛下の言葉に、特務隊のウオッカさんとリカルドさんが反応する。
「何だったか……<アカメ>とか言う魔王軍の幹部級の敵の話だったか?」
「ああ、確かそういう話だったはずだ」
リカルドさんはウオッカさんの言葉に頷いてからこちらを見る。
「それで、少年。そのアカメとやらと会話を交わしたことがあると言っていたが……」
「ええ、といっても、あの時はあちらから降伏勧告のような事を提案してきただけで、僕が断ってからそれっきりですが……」
「……ふむ、魔物など烏合の衆でまともな話も出来ない化け物共かと思っていたが、存外に人間の言葉を話す輩もいるのだな」
リカルドさんは信じられないといった表情でそんな事を呟く。
「とはいえ、悪魔系の魔物も一応人間の言葉は話していただろ?」
「……私が驚いているのは、人間と対話しようとする魔物が居たことだ。少なくとも、私が知ってる人語の話す魔物共は、口から出る言葉は『殺せ』だの『人間風情が』だの、碌な物ではなかった」
ウオッカさんの言葉にリカルドさんはため息をついて答えた。
「……んで、レイ。その<アカメ>って奴は強いのかよ?」
僕にウオッカさんが質問してくる。彼の言葉は一見軽いが、その視線が若干険しくなる。
「……僕自身は彼女と戦ったことはないのでなんとも。ですが、僕の仲間のレベッカとエミリアが彼女と対峙した際、彼女達を退かせる実力者でした」
「……そいつらって、お前と一緒に居た仲間の名前だよな。
「トンチキとは失礼な。私は彼女達に見合った呼び方をしていただけだ」
「うるせぇよ。……で、合ってるか?」
「合ってますよ。エミリアは魔法が得意な魔法使いで、レベッカは槍と弓が得意な子です。二人とも善戦したみたいですが、アカメの予想外の攻撃を受けて後れを取ってしまったみたいです」
「ほーん……なら、そいつをフリーにしておけねぇな。お前の仲間を撃退するほどの敵なら、野放しにしたら大勢被害が出るかもしれねぇ」
ウオッカさんはそう言って腕を組みながら頭を捻る。
「……そうですね。万一、戦うことになったら、僕かサクラちゃんが受け持つことになると思います」
「え、わたし?」
減給されたことにショックを受けていたサクラちゃんが、自分の名前が出たことで正気に戻って反応する。
「うん、サクラちゃんはアカメと戦ったことあるんだよね?」
「……あー、うん……えーと……なるほど、大体理解しました、うん」
「(あ、これはサクラちゃん、忘れてるね……)」
彼女はアカメと一戦交えたことがあるはずなのだが、その後のゴタゴタで忘れてしまったようだ。そんな彼女を横目に、ため息を吐きながらウィンドさんが話し始める。
「……まぁ、ウチの馬鹿弟子には後で思い出してもらうとして」
「誰が馬鹿弟子!?」
サクラちゃんは抗議するが、やっぱりウィンドさんに無視される。
「レイさんかサクラが戦うのは得策ではありません。あなた達はこちらの最大戦力。出来るかぎり力を温存した状態で魔王と決戦を迎えなければいけません」
「でも……」
「もし戦うのであれば、以前のようにレベッカさんやカレンが戦うのがベストでしょう」
「あら、私?」
「ええ。貴女としても、以前に彼女に痛い目に遭わされたのだから丁度いいのでは?」
ウィンドさんが言ってるのは、アカメから召喚された魔物にカレンさんが呪いを受けてしまって長い間苦しめられたことだろう。しかし、カレンさんはウィンドさんの提案をきっぱりと拒否する。
「……無理ね、私単独では勝てない」
「おや、貴女の言葉にしては随分と弱気ですね」
「以前のように<召喚魔法>を使われたら何を呼び出されるか分からない。もし、彼女と単独で対峙することになったら、速やかに戦略的撤退するか、こちらも仲間を呼んで対抗するしかないわ」
「……ふむ、勇猛果敢な貴女らしくない言葉ですが、実際に戦った貴女の意見を無下には出来ませんね……」
カレンさんの言葉に、ウィンドさんは納得いったようだ。
「……となると、並の冒険者に<アカメ>は任せられないな」
僕達の話を聞いて、グラン陛下はそう結論付ける。
「……ですね。以前、私やレベッカと対峙した時の彼女が本気だったかは不明ですし、まだ力を隠し持っていた場合……」
「その場合、下手をすれば魔王並の脅威となる可能性もある……か」
「……はい」
カレンさんの言葉に、グラン陛下がその言葉の続きを推測し、カレンさんも同意する。
「……厄介な相手だな。魔王を倒すまでに削っておくのがベストなのだが……」
「魔王軍はこちらに一度大敗してるんだろう? そうなると敵さん陣営も警戒して守りを固めて中々出て来ないだろうさ。少なくとも俺ならそうするね」
リカルドさんの言葉に、ウオッカさんがそう答えた。
「……ウオッカ殿の考えも尤もだな。アカメに関しては今は保留にしておこうか」
陛下はそう言って一旦この話題を区切り、一旦会議は休憩を挟むことになった。
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