第707話 魔法の国

 一旦休憩を挟んだ後会議を再開する。ちなみにミーシャとアリス、それにさっきの会議で一言も言葉を発しなかったジンガさんは会議から抜けている。彼女達が一時的に住まいとする仕事場が決まったらしく、王宮の兵士達に連れていかれてしまった。


「ここからは魔法都市エアリアルの話へと移らせてもらうが……」


 そう言いながら陛下は僕達全員の顔を見渡す。


「キミ達は、あの国についてどの程度の知識がある?」


「……知識と言われると少し違うかもしれないが……」


 陛下の問いかけに、リカルドさんが答え辛そうに顔を顰めて話し始める。


「過去、とある事件をきっかけに、そこの出身の男と話をしたことがある。彼の名前は……確か、アスタロと言っていたか」


「アスタロ? 俺はそんな話知らねえぞ?」


 聞き慣れない言葉にウオッカさんがリカルドさんの言葉を聞き返す。しかし、グラン陛下は心当たりがあったようで、彼の言葉にこう質問を返す。


「ふむ、魔法都市管理局長のご子息の名だな……知り合いだったのか?」


「知り合いというほどの間柄ではありません。5年ほど前……私が<特務隊>に入ってまだ間もない頃に仕事でヘマをしてしまった。その時、たまたま街の近くを通りがかった彼に助けてもらったという話です」


「なるほど、局長のご子息は見聞を広める為に旅に出たと聞いている。おそらく、その時にリカルド殿と知り合ったのだろう」


「……まぁ、彼は自分の事をあまり語ってくれませんでしたので」


 リカルドさんはそう言って苦笑してから話を続ける。


「彼の話によるとエアリアルは魔法至上主義国家らしく、魔力の低い人間は重要な役職に就くことが叶わず、良い扱いをされないとか……。

 彼にとっては、魔法が使える使えないに関わらず平等に扱われる【冒険者】は素晴らしい制度だと言っていました」


「なるほど、彼が家を出ていた理由はそういう背景があったのか……」


 リカルドさんの言葉に、グラン陛下も納得したように頷く。


「それで、そのエアリアルの実態だが……」


 グラン陛下は一呼吸置いてから話を続ける。


「あの国が魔法至上主義国家というのは本当だ。

 魔法の真理の探究という目的の為に優れた人間を集めた結果、彼らの血筋の濃い孫や子供達がより魔力が濃くなって生まれてくるようになった。

 結果、プライドの高い人間ばかりが集まってしまい、そこから生まれたあの国の国教たる<創世の御柱>の教義を絶対とするようになってしまっている」


「創世の御柱……」


 陛下が口にした単語に、僕は思わず反応してしまう。


「すまない、説明不足だった。キミ達があの国の教義など知るわけもないな。

 簡単に言えば『魔法は全て、原初の神が生み出した奇跡であり、我ら人間が扱う魔法は、原初の神の恩恵を受けた存在である。故に、高度な魔法を扱う人間はより神に近い存在である』という教えだ。この教えが絶対であり、国を治める者達は皆これに従って行動している」


「つまり、『魔法至上主義』というのは?」


「魔法が全てであり、優れた魔法使いは神に選ばれた者とされる。

 故に、魔法が使えない者は神に見放された者、役立たずと見做される。……まぁ、それが理由で少々人を見下した態度を取る人間が目立つ部分がある」


 陛下は苦虫を噛み潰したような顔で語る。陛下にとってもあまり好印象な国家では無いらしい。


「……で、国王陛下は、そんな国に協力を要請するってわけかい。中々面白い冗談だな」


 ウオッカさんが半眼でそう言い放つ。


「勘違いしてほしくないのだが、全ての人間がそういうわけではない。

 創世の御柱という教義も、あの国では義務教育のように幼少から仕込まれているというだけの話であり、それが全てと思ってる人間は少数だ。ウィンド君、そうだろう?」


 陛下はそう言って、正面に座っている魔道士のウィンドさんに話しかける。


「……はい。現に私も<創世の御柱>に関しては懐疑的ですから」


 ウィンドさんはそう言いながら、いつの間にか注がれていた湯呑を手に持って中の温かいお茶を口にゆっくり流し込む。


「何を隠そう彼女は魔法都市エアリアル出身だ。

 幼少の頃から育ての親である国の賢者に育てられ、その賢者の先代の教え子だった現魔法協会会長の娘に才能を見出された。

 そして才能を開花させ、今は祖国を飛び出してこの国の王宮魔道士になったという経歴の持ち主だ」


「師匠が!?」


 陛下の説明に、サクラが驚いた顔をする。ウィンドさんがエアリアル出身という事は知らなかったようだ。


「……なんかすげぇ経歴だな……」

「そんな方がなぜこの王宮にいるのですか?」


 ウィンドさんの経歴を聞いて、ウオッカさんとリカルドさんが驚く。


「簡単に言えば私がスカウトしてここに連れてきた。彼女の余りある才能を、あのような歪んだ国に埋もれさせるのは惜しいと思ってね」


「……そういう事でしたか」


 カレンさんは意外そうな顔をしてウィンドさんの顔をまじまじと見る。


「彼女の祖国という事で、あの国との外交は彼女に任せている。そのお陰もあって、以前、王都に魔王軍の手に掛かりそうな敵にも協力を仰ぐことが出来た。

 ……まぁその後、色々と要求を受けてしまい、私の保有する聖剣をあの国に献上する事になってしまったが……今はそういう話ではないな」


 コホン、と陛下は咳払いをして続きを話し始める。


「魔法都市エアリアルは『魔法が全て』という教義を持つ国家だ。

 だからこそ、そこの出身者は皆魔力が高い。そして、あの国は優秀な魔法使いの育成に力を入れている為、魔法に長けた者達のレベルが他の国に比べて高い水準にある。上手く交渉すれば、魔王軍との戦いに力を貸してくれるかもしれない。今はそれを含めて交渉の最中なのだが……」


「どうも上手くいってない、ってわけかい」


 ウオッカさんの指摘に陛下は渋い顔で頷く。


「……そういう事だ。今の所、あまり協力的な態度とは言えないな」


「だったらよぅ、さっきリカルドの話に出ていたアスタコとかなんとかって奴に協力してもらえねぇのか?」


「……アスタロだ」


 リカルドさんはウオッカさんの言い間違いを訂正する。


「そうそう、アスタロ! そのアスタコとやらには協力してもらえねぇのか? その方が話が早いだろう」


 ウオッカさんがそう提案する。しかし、グラン陛下は頭を横に振る。


「残念だが、彼自身はあの国では重用されている身分ではない。協力を得られたとしても、今の彼に誰かに働きかけるというのも難しかろう」


「……ですが陛下、そのアスタロという方は【魔法都市管理局長】という立場の方のご子息という話ではありませんでしたか? 彼から彼の父上にお願いをしてもらえばあるいは……」


 カレンさんは陛下にそう進言する。が、それに否を唱えたのは意外にもリカルドさんだった。


「……いや、彼はおそらく協力を拒むだろう」


「何故、リカルドさん?」


「アスタロ殿は、自分が魔法至上主義国家である魔法都市エアリアルの出身である事をあまり快く思っていない。おそらく、その国を飛び出した原因もそこにあると思われる」


「……それはどういう?」


「……予想だが、彼は自身の国に失望して国を飛び出したのだと思う。そんな彼が協力をしてくれるとは思えない」


 リカルドさんは当時のアスタロさんを思い浮かべるように天井を見上げてそう語る。彼の話を聞いていた陛下はため息を吐いて、こう言った。


「それ以前に、アスタロは国を飛び出してから現在まで消息を絶っている。……正直、今どこで何をしているか見当もつかない」


「消息不明?」


「ああ、連絡すら寄越さないものだから生きているかどうかすら不明だ。おそらく、国に戻るのが嫌で何処かで身分を隠して平穏に暮らしているのだろうが……」


「……なんというか、自由な方ですわね」


 陛下の言葉にカレンさんが苦笑いを浮かべる。


「そういうわけだから、協力を得られる見込みは少ないのだ」


「なるほどねぇ……。しかし、お前がエアリアルに知り合いがいるとは思わなかったぜ。そいつから何か聞いちゃいねえのか?」


 話を聞き終わったウオッカさんは腕を組んで、リカルドさんの方を見る。


「特に何も……彼は自分の事をあまり話さなかったからな……。ただ、冒険者という仕事に感銘を受けていたようだから、今頃、何処かで冒険者をやってるのかもしれないな」


「わははっ、国を飛び出してやることが『冒険者』かよ!」


「……彼にとって、そう思うほどには、自国であまり良い扱いを受けていなかったのだろう」


 リカルドさんの言葉にウオッカさんはケラケラと笑う。


「仮に管理局長の前でご子息の名を出そうものなら逆効果になりかねん。今の所は、水面下で交渉を進めている。だからこそ、今回の話は早急に進めておきたいのだが……」


「そういう話であれば、私も外交に参加させてください、陛下。彼らの協力が無ければ魔王打倒が叶わないというのであれば、自分なりに最善の努力を尽くしていきたいです」


「そうか……。ありがとう、カレン君」


 カレンさんの申し出に陛下は安心したように微笑む。


「では簡易的な形ではあったが、今回の話はここまでとしよう。私の長い話に耳を傾けてくれて感謝する」


 こうして今回の陛下の話は終わった。

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