第708話 悩む冒険者

 陛下との会議が終わり、魔法都市エアリアルとの交渉に参加することになったカレンさん。

 会議を終えた後、カレンさん達はこの後の話し合いがあるということで、僕は一人で王宮を後にして宿へ戻ることにした。


 その帰りの道中にて――


「……うーん」

 帰りの宿に戻るまでに足を運びながら、頭の中では今回の件の事を考えていた。


「(魔法都市エアリアル……力を借りるのは良いのだけど、聞いていたイメージと違って、随分と閉鎖的で排他的な印象だったな……)」


 そんな変な場所にカレンさんを行かせて大丈夫なのだろうか?

 カレンさんは僕よりも全然しっかりしてて大人な対応が出来る人だけど、今はまだ病み上がりで一人にするにはちょっと心配な面もある。


 よく分からない思想のある国で偏見の強そうな国だし、今のカレンさん一人で行かせるには……。


「(……正直、僕が役に立てるか分からないけど、一緒に行った方が良いんじゃ……?)」


 普段はカレンに甘えっぱなしのレイだが、今回は珍しく自分の頭で考えて行動しようとしていた。王都に来て様々な仕事や事件に巻き込まれた結果、彼自身も少しは成長してきたのだろう。


「(よし、決めた。皆を誘ってカレンさんに付いて行こう!)」

 僕は頭の中でそう決めて宿へ向かう足の歩みを早めるのだった。その途中―――


「……ん、あの人って?」

 宿の少し前に橋の上に立ち止まって空を見上げている冒険者風の鎧を着用した男性の姿があった。

 その人物はこちらに背を向けているため顔を見えないが、着用している装備に覚えがある。


「……はぁ」

 その人物は、橋の前でため息を吐いていた。どうも何か落ち込んでいるらしい……。


「……あの」

 思い切って、僕はその人物に声を掛けてみた。


「……ん?」

 その男性は、僕の声に反応してこちらを振り向く。そして、僕に視線を合わせると何かに気付いたようで、


「……キミは、確か……」

「やっぱり……」


 僕はその人物が自分の知り合いであることを確信する。


「お久しぶりです、カシムさん」

「……もしかして、キミは……レイ……だったか?」


 その男性、カシムさんは僕に確認を取るようにそう聞いてきた。


「はい、そうです。レイです」

 僕はそれに頷いて答える。すると、カシムは驚いた表情になる。


「……本当に久しぶりだなぁ。エニーサイドで別れてからもう1年以上になるかな?」


「そうですね、もうそれくらい経つかもしれない。カシムさんもお変わりないようで安心しました」


「……ははは、変わりない……か」


 カシムさんは僕の言葉に愛想笑いを浮かべて呟く。……もしかして、言葉を間違えてしまっただろうか?あまり良い反応とは思えなかった。


 カシムさんは、僕がゼロタウンで活動していた時に知り合った冒険者だ。真っ白で清廉な鎧を身に纏う顔立ちの整った男性で一団のリーダーを務めていた。


 しかしその後、大型ダンジョン攻略の為にエニーサイドという村を訪れた時には、一団は解散しており、彼は新たな仲間を求めて色々なパーティと組んでいたようだ。


 最後に僕達パーティとも一度組んでみてからそれっきりだったが、こんな所で再会することになるとは思わなかった。


「カシムさん、こちらに来てたんですね。今も冒険者を続けているんですか」


「私は冒険者が一番しっくり来ているからね。そこまで目立った戦果を挙げているわけじゃないが、生活も安定する様になった。キミの方はどうなんだい?」


「僕ですか? えーっと……」


 彼のこの様子だと、僕が有名になったことを知らないようだ。元々目立つ事が好きじゃ無い僕としては有り難い話ではあるのだけど。


「……ええ、今でも当時の仲間と一緒に冒険者活動も続けています。他にもやりたいことが出来たので、前よりも冒険者として活動することは少なくなりましたが」


「……そうなのか。他にやりたい事って将来の夢でもできたのか?」


「はい」


「……若いっていいなぁ。私とは大違いだ……」


「そうですか? カシムさんも全然若いと思うんですが……」


「……いや、そういう意味じゃないんだが。しかし、キミも変わったな……以前だと新進気鋭の若い冒険者って感じだったんだが、今は随分と落ち着いた雰囲気になってる」


「そんな事も無いと思いますけど……カシムさんはどうしてここに?」


 僕がそう質問すると、カシムさんは言葉を詰まらせて、「それは……」と、呟く。


「……ま、自分探しの旅……と言ったところかな」

「な、なるほど……」


 どうやらこの人は嘘や誤魔化しが苦手らしい。何か言えない事を隠しているのが見て取れた。「あまり詮索しないでほしい」というのが何となく顔に出ていたので追及は避けることにした。


「ため息付いてたみたいですが、何かあったんですか?」


「……ああ、いや……ちょっと」


 カシムさんは口をモゴモゴと動かして、何か言いづらそうに言葉を濁す。


「えっと……言いづらいなら無理には聞きませんけど……」


「……いや、実は少し前に仲間の冒険者達と喧嘩になってしまってね。少し気分を変えてこっちに引っ越すことにしたんだ」


「喧嘩?」


「ああ……。一応、私もまだ冒険者をやっているから彼らも私に対して色々と思うところがあるようでね。それが今回の旅で爆発してしまったという訳だ」


「カシムさんはそういう人と上手く付き合っていけそうな印象だったんですが」


「案外そうでもないよ。私自身、人付き合いがそこまで上手いわけじゃない……もし、そうだったら、国を飛び出すなんてことは……」


「……え?」


 後半の方、声が小さくて聞こえ辛かったが、国がどうとか聞こえた気がする。


「あ、いや……今のは無しにしてくれ。……コホン、キミもこっちで暮らしているんだろう? もし何かあればまた頼むよ」


「ええ、是非に……」


「それじゃあまた会おう。……ため息吐いていたことは気にしないでくれよ。人間、時折昔を思い出してノルスタジックな気分になることもあるものさ。キミだってそういう事あるだろう?」


「……まぁ、それは確かに」


「そういうことさ……それじゃあ、私はもう行くよ」


 そう言って、カシムさんは橋を渡って街の中に消えていく。その背中にどこか哀愁を感じたのは気のせいだろうか……?


「……まぁ、今度会ったときに元気付けてあげればいいか」


 カシムさんの背中を見送りながら僕はそう呟く。そうして僕もまた宿に向かって再び足を動かした。

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