第410話 解説役と化したレイくん

 腕試しの催しに参加した僕とサクラちゃん。

 だけど、出場した他の参加者さん達は戦いの経験のない人ばかり。

 僕は一回戦敗退して、残りはサクラちゃんに任せることにした。


 そして、再びサクラちゃんの出番が来た。


「じゃあ、行ってきますね!!」

「き、気合い入れ過ぎ……、あと金的絶対ダメだよ!?」 

 彼女は意気揚々と次の試合に向かった。


 一応、僕の言葉で遠慮する気になったのか、サクラちゃんは金的は使用せず、開始から10秒で勝負を付けた。


「勝者、サクラ選手です!!」

「ふふーん♪」


 結局、その後の戦いも全部瞬殺。

 そのせいで他の参加者がどんどん萎えてしまっている。

 流石にこれ以上はマズいと思い、途中で僕が止めに入った。


「あの、すみません。このままだと僕の連れが全部勝っちゃいそうなので、棄権させてください」

 僕はスタッフの人に二回目のお願いをする。


「ええっ!? またですか!?」

「嫌ですよ、レイさん! せっかく盛り上がってきたのに!!」

 僕が棄権を申し出ると、スタッフの人とサクラちゃんが驚く。

 スタッフの人には無茶なお願いして本当に申し訳ない。


 でも、サクラちゃんは状況が見えてないっぽい。

 僕は言い聞かせるように、彼女を説得する。


「いやいや、サクラちゃんの気分は盛り上がってるかもしれないけど、他の参加者さんが可哀想だよ。サクラちゃんと当たりそうな参加者さんもビビっちゃって固まってるし……」


 僕は、次の試合のために椅子で座ってる一人の男性を指差す。彼は次の試合でサクラちゃんと当たるのだが、さっきから肩を震わせて黙り込んだままだ。


「それに、完全なワンサイドゲームになって観客が白けちゃってる。決勝が誰に当たるかは分からないけど、僕が様子を見てる感じ、サクラちゃんに敵いそうな参加者は居なさそうだし……」


 僕がそうコメントを出すと、

 今度は司会の人がこちらの様子に気付いて声を掛けてくる。


「おい、どうした?」

「いえ、それが……」

 スタッフの人は事情を説明した。

 話を聞いた司会の人は、渋い顔をしながら言った。


「一応、この企画を出した人間が、決勝で勝ち上がった者と戦うっていうサプライズがあるんです。彼は冒険者として腕に覚えがあって、それなりに強い……はず……なんですが……」

 そう言いながら、チラリとサクラちゃんを見る。


「……その人、サクラちゃんに勝てそうですか?」

「……じ、自分は無理ですが、彼ならその………まぁ……」

 司会者は言葉を濁す。


「じゃあ、決まりですね」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!! 俺は戦えるぞ!」


 背後から突然太い男の声が聞こえた。

 すると、設営用のテントで控えてた人が突然現れる。


「えっと……あなたは?」

「今回の企画を通した者だ。武者修行をして自分なりに実力を付けて、この大会に主催者側として参加する予定でいたんだが、今更棄権など許さないぞ。彼女には参加してもらう」

 男は自信満々といった様子で答える。


「……えっと、サクラちゃんと戦いたいってことでいいんですか?」

「ああ、そうだ」

「……その、ちょっと耳を貸してもらえませんか」

「ん?」

 僕はそう言って、彼の耳元で小さく言った。


「……優勝賞品の万能ポーションって本物ですか?」

 僕の質問に、主催者の男は怪訝な顔をして答えてくれた。


「あの賞品は、俺が武者修行の旅の途中で、とある行商人から買ったものだ。どんな傷も病も治す最高峰の傷薬らしくて、それを特別サービスということで安値で売ってくれたのだ」


「安値って、いくらくらいです?」

「金貨二十枚だ。参加者は思った以上に集まったし、観客もそれなりだから俺が負けても十分元が取れる計算だろ? もっとも、俺が勝てば賞品は俺のものだがな」


「……そうですか」

 ……多分、この人、騙されてる。

 万能ポーションはさっきのサクラちゃんが言ってたように相当高額なポーションだ。以前、エミリアに聞いた話でも一本飲むだけでパーティの予算が消し飛ぶこともあると聞いた。


 金貨二十枚程度で、購入できるとは思えない。それに、万能ポーションが本物だとしても、HPやMPは全快しても病気まで治すという話は聞いたことが無い。

 少なくともエミリアはそんな事言ってなかったし、もし彼女が知っていたらきっとここに来るまでに彼女は病に苦しむ人を助けるために使ったはずだ。


 彼に売った行商人が大げさに話を盛ったのだろう。

 まだ賞品は見ていないけど、多分偽物だと僕は確信する。


「(……どうしようかな、言うべきか)」

 サクラちゃんは、僕を不思議そうな目で見ている。主催者の男性も僕を怪訝な眼で見つめている。これ以上揉め事を起こさないために、下手にケチを付けない方が良いかもしれない。


「……分かりました。サクラちゃん、参加してもいいよ」

「やった!」

 こうして、サクラちゃんと戦う事が確定した。

 肩を震わせていた人は、案の定、彼女に秒殺された。その後、何の盛り上がりも無く決勝に勝ち上がり、決勝の人は20秒ほどサクラちゃんの攻撃に耐えてからギブアップした。


「さぁ、いよいよエキシビジョンマッチが始まります!ここまで圧倒的な強さを見せてきた少女、サクラ選手!対するは、五年の武者修行から帰ってきた、我が大会の主催者!!!! 一体どちらが勝つのか―――!!」


 司会の人が声高らかに叫ぶ。

 ちなみに、観客席の人は、完全に冷めきっており、最初の時から観客数が1/10くらいにまで減っていた。敗退した参加者たちも、サクラちゃんが勝つと思っており、遠い目をして見つめている。


 僕は彼女のセコンドとして彼女に忠告する。

 本当はアドバイスする所なんだけど、意味があるとは思えない。


「あー……サクラちゃん、一応見せ場を作ってあげてね?」

「いえ、勇者は常に全力全開で」

「うーん、まぁ……程々にね?」

「はい、頑張ります!」

 ……サクラちゃんが頑張ると、一瞬で勝負が付きそうなんだよなぁ。


「それでは、試合開始です!」

 司会が試合開始を告げ、サクラちゃんと主催者が向かい合って武器を構える。どうでもいいけど、サクラちゃんがボロボロの皮鎧と檜の棒なのに、主催者さんは鉄の剣と鉄の鎧装備してる。


「(……まぁ、いいか)」

 正直、僕もサクラちゃんが負けるとは微塵も思っていない。

 むしろ、彼女の実力がどこまでのものなのか見てみたい気持ちもある。

 こんなのハンデにすらならないだろう。


「……行くぞ!!」

 主催者の男がそう叫び、サクラちゃんに向かって斬りかかる。


「……えいっ」

 だが、サクラちゃんは気の抜けた掛け声と共に男をぶん殴った。


「ぐわっ!」

 主催者の男は、顔面に拳を入れられて軽くふらつくが、

 数歩後ろに下がりながらも倒れずに構え直す。


「や、やるな……!!」

「えっと……大丈夫ですか?」

 サクラちゃんは、主催者の男の鉄の兜を素手で殴ったのだけど、むしろ兜がへこんでいた。もし兜が無かったら今ので気絶していたと思う。


「この程度……! 五年間、修行していた俺の成果を見せてやろう!」

 そう言いながら、男は構える。そして、真横から一閃、サクラちゃんの左肩目掛けて剣が振るわれる。しかしサクラちゃんは手に持っていた檜の棒で難なく受け止めてしまう。


「えいっ」

 サクラちゃんは、右手で受け止めた剣をそのまま下に払い、空いた左手で主催者の腹パンを入れる。


「ぐほっ!?」

 そして、サクラちゃんの蹴りが炸裂し、彼の身体が宙に浮く。

 そのまま地面に叩きつけられる。


「あっちゃあ……」

 僕は頭を抱える。サクラちゃんは手加減して檜の棒を武器にせず防御だけに使ってるんだろうけど、彼女はそもそも素手でも並の戦士より遥かに強い。


「ぐ……こ、この鎧にヒビが入るだとぅ……!!」

 主催者の男は、鉄の剣を支えにして何とか起き上がるが、

 サクラちゃんの腹パンを受けた鉄の鎧は亀裂が入っていた。


「……なんだ、あの女の子、人間か?」

「見た目滅茶苦茶可愛いのに、オーガよりもずっと強いんじゃないか?」

「いや、それより、あの子の動き全く見えなかったんだけど……」

 観客達がざわつき始める。


「こ、ここからは本気だ! 俺の本気を受けてみろ!!」

 男は剣を地面に突き刺し、両方の手の平を組んで印を刻み始める。


「あれは……」

 エミリアに聞いたことがある。一部の戦士や魔法使いは、身体から直接魔法陣を刻むことで上手く魔法の発動を安定させると。

 確か、身体の一部を使って<印>を組むことで、魔力の扱いが下手な者でも並程度に扱えるようになるらしい。

 彼の手の平から小さな魔法陣が展開され、淡い光が彼を包んでいく。


 その光景を見ていた司会者の男性が言った。

「ちょっ!? オーナー!! 魔法は反則行為なのでは!?」

 しかし主催者の男は言った。


「う、うるさいっ! こんな年端もいかない少女に負けたんじゃ恰好が付かないだろう!!?」

 そう言って、彼は地面に刺さった剣を再び手に取って構える。

 そして勢いよくサクラちゃんに剣で斬り掛かる。


「おわっと!?」

 サクラちゃんは直撃寸前で剣を避ける。


「はぁぁぁあああっ!!」

 その後も、男は何度もサクラちゃんに斬り掛かっていくが、サクラちゃんは全て紙一重で避けていく。


「(主催者の人が使ったのは強化魔法かな……)」

 多分、使用した魔法は<感覚強化>だ。

 自身の感覚を研ぎ澄ませて、命中率や回避率を大きく底上げするという効果がある。実際、彼の剣技や身のこなしはさっきよりも格段に良くなっている。


「(……だけど)」

 サクラちゃんは何の魔法も使用していないが、彼の攻撃は掠りもしていない。攻撃を完全に見切っており、むしろまだ全然余裕がありそうに見える。


「はぁはぁ……ど、どうだ! 我が我流の奥義、夢想の剣は!?」


 主催者の男は攻撃を一旦中断して、二歩下がり、息を整える。

 しかし、サクラちゃんはケロッとした表情で言った。


「あ、ごめんなさい、今の技だったんですね」

「な、何ぃ……!」

「それじゃ、私からも行きますよー!」

 サクラちゃんはそう言うと、手に持った檜の棒を投げ捨てる。


「な、何の真似だ……?」

「いえ、こんな武器なら、素手の方がまだマシなので」

 サクラちゃんはそう言って、拳を構えて主催者の男を見据える。


「そ、そんな馬鹿げた話があるか――!!」

 主催者の男は、再びサクラちゃんに襲い掛かった。


「えいっ」

 サクラちゃんのアッパーカットが、男の顎を捉え、空中に打ち上げる。


「ぐはっ!?」

「りゅーしょーけーん! ……なんちゃってー」

 サクラちゃんは、空高く打ち上げられた男に向けて人差し指を向ける。そして数秒後、打ち上げられた男は設営用のテントに墜落し、動かなくなった。


「勝者! サクラ選手!!」

 司会の男がサクラちゃんの勝利を宣言する。

 会場からは拍手が巻き起こった。


「すげぇええええええ!!!」

「やべぇなんてもんじゃねえな!」

「もう、一人で魔王倒せるんじゃないのか?」

 と、観客席の人達は大興奮だった。


「……まぁ、こうなるよね」

 僕は頭を抱えたまま、サクラちゃんの元へ向かった。


「サクラちゃん、大丈夫?」

「はい! 圧勝できました! 勇者ですから当然ですね♪」

 サクラちゃんは、Vサインを作って笑顔を見せる。


「うん、すごいすごい」

「ちゃんと褒めてます?」

「褒めてるって、それよりも主催者さん大丈夫かな」

 テントに落ちてたけど、首から落ちてたら洒落にならない。


「少し確認を……」

 司会者さんは、主催者の男の兜を脱がし、顔を確認する。


「……気絶してるだけでした。良かったです」

「……いや、良くないと思うんですが」

 こんな締め方で良いのだろうか。


「それでは、優勝者のサクラさんは景品の“万能ポーション”です! お受け取りください!」

「わーい♪」

 サクラちゃんは、司会者の男性から万能ポーションを受け取る。


「準優勝者には、少々見劣りしますが、こちらの上級ポーションを贈呈いたします。他の参加者の方々は参加賞として初級ポーションをお配りいたしますね。それでは、皆様。ありがとうございました!!」

 そうして、このちょっとした腕試しは幕を閉じた。

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