第926話

 一方その頃……。


 ベルフラウとノルンはエミリアの言いつけ通りに倒れたレイが目覚めるまでの間、意識の無いアカメとルナに薬を飲ませて彼女達の様子を見守っていた。


 エミリアが救援に来てカレン達の助太刀に向かってから小一時間は経過している。


 時折、激しい轟音と僅かな振動を感じ取れば、山の何処かでエミリア達があの魔物と戦っていると思うとベルフラウは落ち着かなかった。


 自分達も彼女達と一緒に……と戦いに赴こうとするのだが、彼女達も残り魔力が心もとなく手助けに行ったところで大して役に立つことが出来ない。


 それに、この子達を放っておくなんて……とベルフラウはレイ達の寝顔を眺める。


 ……のだが。


 一瞬、ノルンの膝の上に顔を乗せて眠っていたレイの目元が動いた気がする。


 見間違いかと思ったが彼の口元も僅かに動いて、「……ん」と小さく声を出したので間違いない。

 

「……っ! ノルンちゃん、今、レイ君が!」

「……! レイ、起きたの?」


 言われてノルンはレイに声を掛ける。

 するとノルンの膝の上のレイはゆっくりと目を開ける。


「……ここは」


 自身の顔を覗きこむノルンとベルフラウの顔をぼんやりと見つめるレイ。


 どうやら意識が覚醒したようだったが、状況を理解できてないのかレイは二人を見つめ続けていた。そんな彼の不安を感じ取ったベルフラウが彼に声を掛ける。


「レイくん……覚えてない……? 私達、冒険者ギルドのミライさんに依頼されて魔物の討伐の為にこの山に来たの」


「そして見た事も無い正体不明の魔物と戦って、私たちは……」


 ベルフラウの言葉に補足する様にノルンが続きを話すのだが、そこでようやくレイは思い出したのか軽く目を見開いて上半身を勢いよく起こす。


「そうだ、あの魔物はどうなったの!? いや、違う……アカメとルナはどうなった!? それに、他の皆は……!」


「落ち着いて、レイ」


 彼にしては珍しく取り乱した様子でノルンの肩を掴んで揺さぶる。

 そんなレイを心配そうに見つめるノルンとベルフラウ。


「少なくともアカメちゃんとルナちゃんは無事……まだ眠っているけどね……」


 ベルフラウはそう言って背後を見る。レイも彼女の背後を覗くと、そこにはアカメとルナが姿勢よく地面に横になっていた。


 身体が冷えないように布に巻かれており、目は瞑っているがその表情は普通に眠っているようだった。


「ぶ、無事なの、二人とも……?」


「うん。エミリアちゃんが言うには、二人とも毒を受けて意識を失ったって話なんだけど……」


「エミリア?」


「そうエミリアちゃん。私達と別れた冒険者さん達と会ったらしくて救援に駆けつけてくれたの」


「レイの傷を治してくれたのも彼女よ。後でお礼を言ってあげなさいね」


「エミリアが……」


 レイは自身のお腹の辺りを摩って傷の具合を確認する。エミリアの薬が効いたのか、まだ鈍い痛みはあるが傷口はほぼ塞がっているようだ。


「それでレイくん以外の二人は毒を受けたみたいなの。それでエミリアちゃんに薬を渡されて二人に飲ませてあげたのよ。エミリアちゃんの調合してくれた薬ならもう安心でしょう」


「……そっか」


 レイは二人の話を聞いて胸を撫で下ろしてホッするのだが、すぐに別の事を思い出す。


「そうだ、あの化け物…… は何処に? カレンさん達がここに居ないのはもしかして……」


「……うん、レイくんの想像通り、まだ戦闘は続いてるわ。エミリアちゃんもさっきカレンさん達に加勢しに行ったわ」


「!」


 それを聞くとレイは立ち上がってすぐに向かおうとするのだが、走り出したところで膝をがくりと崩しそうになる。


「ダメよ、レイ」


 が、横からノルンに肩を掴まれてその身体を支えられる。


「あなたは回復したばっかりなのよ。体力も魔力も万全じゃない。傷口は治ってるけどまだ戦える状態じゃないわ」


「で、でも……!」


 レイはそれでもとノルンから離れて足を前に踏み出そうとする。そんなレイをベルフラウが背後から優しく抱きしめる。


「レイ、お願いだから無理しないで……私達も心配だけど、エミリアちゃんやカレンさん達なら大丈夫。もし危なくなったらきっと逃げてくると思うし……」


「……姉さん、ノルン……」


 レイは自分を心配して引き留めてくれる自分に対しての優しさを十分に理解しているつもりだった。

 だが、レイは静かな口調で言った。


「……ありがとう二人とも。でもね、あの化け物を放置は出来ない。もしアレが地上に降りて人里に向かえば沢山の人が被害に遭うかもしれない」


「それは……」


「アイツの強さは今まで戦った誰よりも強いかもしれない。

 でもね、もし僕がここで立ち向かわず逃げてしまって、あの化け物を放置したら……きっと一生後悔する事になる。僕が本当の意味で『勇者』であろうとするなら……ここで逃げる事は出来ない」


「……」


「だから僕は行くよ」


 レイはそう言って歩き出す。


「……ノブレスオブリージュね」


 と、そこでノルンがそう呟く。


「ノルン?」


「……高貴な生まれの人間のみに許された尊ばれるべき人の在り方を示している言葉よ。他人を思いやり、その身に降りかかる全てや事象と向き合い抗う事こそが高貴な身分の者の義務であるって意味なのだけど……」


 ノルンはレイに説明するようにそう話す。


「レイ。貴方のその高潔な精神は正に勇者その物よ。……ねぇ、もういいんじゃない? 彼がそこまで決意してるのよ……ベルフラウ?」


 ノルンはレイにしがみ付くベルフラウにそう声を掛ける。


「……そう……ね……」


 ベルフラウは、諦めたようにレイから離れる。そして、ポケットから緑色の結晶を取り出してレイに手渡す。


「……?」


「それはね、魔力を結晶なの。本来ならここから脱出する為に使うつもりでいたんだけど……」


 ベルフラウは「すぅ」と深呼吸して表情を改める。


「……エミリアちゃんから伝言よ。


『まだ戦う気力が残っているなら、その結晶を使って私を助けに来て下さい』……って」


 ベルフラウはそう言って柔らかく微笑んでみせる。


「そっか、エミリアが」


「うん。付き合いが長いだけあってレイくんの事よく分かってるわ。……もうお姉ちゃんは止めたりしない。レイくん、あなたのやりたいようにやって」


「姉さん……」


「でも、これだけは約束して。必ず……必ず私達の元に帰ってきてね。お姉ちゃん、レイくんの帰りを待ってるから」


「……うん!」


 レイは力強く頷いてベルフラウから結晶を受け取る。


「それを砕いてみて」

「こう?」


 ベルフラウの言った通り緑の結晶に力を込めて手で砕くと、砕かれた結晶の粒子がレイの身体に吸い込まれていく。


「うわ!?」


 そして途端に体が輝きはじめ……気が付くと先程までの不調はどこへやら。レイの身体は羽のように軽くなっていた。



 ――レイのHPとMPが全回復。全状態異常が解除された。



「これなら戦える……! 姉さん、ノルン! 僕、行ってくるよ!!」


 レイは晴れやかな笑顔を見せてそう言う。そんな彼にノルンとベルフラウは笑顔を向けると、ベルフラウはか細い声で言った。


「うん……うん! 行ってらっしゃい! 気を付けてね!」

「……頑張ってね、レイ」

 

 二人の激励を受けて、レイは再び走り出すのだった。


「……」

「……」


 その背中を見送りつつノルンが呟く。


「ねぇ、ベルフラウ。彼を行かせて後悔してる?」


「……ううん。もうあの子は立派に成長したもの……身体も心も……ね?」


「……そうね」


 ベルフラウの言葉を聞いて、ノルンは表情を緩めてそう頷いた。

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