第925話 覚悟完了

 前回までのあらすじ。


 合成生物と死闘を繰り広げていたレイ達だったが、長い戦いで疲労が溜まっていた彼らは化け物に不意を突かれて敗北を喫してしまう。


 致命傷を負ってしまったレイと意識不明の仲間達を逃がすため、カレンとレベッカは命を賭して二人で立ち向かう。


 一方、その頃。


 ノルンは二人に頼まれて悲しみに暮れるベルフラウとレイ達を逃がすために行動を開始する。


 しかしそこに彼女達の頼もしい仲間、魔法使いのエミリアが現れてレイの傷を癒した後、アカメとルナの行末を案じながらレイへの言伝を残して飛んでいくのだった。


 傷付いた仲間達の処置を施した後、エミリアは魔法で空を飛びながらカレン達の救援に向かっていた。

 エミリアはレイ達と違って自力で敵の気配を感知することは出来ないが、<索敵>サーチという魔法を使う事で敵や仲間の位置の探知が可能だ。


 山頂のレイ達から離れ山の中腹まで気配を辿っていくと、エミリアはそこで恐ろしいモノを見てしまった。


「なんです……か……あれは……!?」


 飛行しながらカレン達の近くまで辿り着いた彼女は遠くから様子を見ていると、彼女達と対峙する魔物の姿を目にする。


 だが、その姿はあまりにも醜悪……。


 太ったオークのような顔にやせ細った骸骨のような人間の身体。しかし下半身は獣のような体毛に野生の四肢を思わせる強靭や四肢と人間など容易く斬り裂く鋭い爪。


 しかし、その背中は人間の腸のような血みどろの内臓が背中や顔から蛇のようにウネウネと飛び出しており、化け物の身体から腐臭と赤黒い血がとめどなく噴き出していたのだ。


 対峙するカレン達に傷付けられたという可能性も否定できないが、おそらくそういうわけではないだろう。カレン達はボロボロの姿になりながらも果敢に立ち向かっている。


「……っ。こうしてはいられません!」


 観に徹している場合では無いと判断し、エミリアは上空に飛んで魔法を詠唱し始める。


「地獄の業火よ、我が呼びかけに応え、現世へと来たれ――」


 エミリアは杖を上空に振り上げて詠唱を続ける。


 彼女を中心にマナが渦を巻いて集まり、グルグルと唸りを上げながらとぐろのように巨大なエネルギー体となっていく。


 そしてそのエネルギー体が紅く染まっていき……。


<上級獄炎魔法>インフェルノ!!」


 エミリアが魔法を唱え終えると同時に彼女が振り上げた杖の先端から勢いよく炎が噴射され、化け物に向かって凄まじい速度で放射されていく。


「「!」」


 魔物と戦っていたカレン達は背後からの魔法の気配に気付いて魔物の周囲から飛びのく。その数秒後、エミリアの紅蓮灼熱の炎が化け物の体を包み込んだ。


『AAAAAAAAAAAAAA!!!』


 エミリアの炎に包まれた魔物……否、魔物などという呼び名は生易しいその”化け物”は苦痛の悲鳴を上げてその場で藻掻く。


「私の炎の魔法は簡単には消えませんよ……!! 醜悪な汚物らしくそのまま消毒されてこの世から消え去ってしまいなさい―――!!」


 叫びながらエミリアは更に炎魔法を連発して魔物に放射していく。


 その威力は圧巻の一言。


 凄まじい熱量と圧倒的な物量により、さしもの不死身の化け物も奇声を上げながら苦しみ悶えてその命を散らしていく。


 エミリアはここまで全速力で駆けつける為の飛行魔法とレイを助けるために使った魔力で、全体の五割近くの魔力を消耗してしまっているが、それでもレイ達一党の中でも屈指の魔力を誇る彼女の魔法なら残った魔力でも容易に焼き殺せるのだった。


 炎の中で悍ましい魔物の肉や内臓がドロドロに焼かれてしまい、その腐臭や中身などが周囲を撒き散らしながらその存在が希薄になっていく。


『AAAA……AA……OOOO……!!』


 そんな苦痛に満ちた咆哮を上げて魔物は海獣としての生を終え、ただの死体となった姿で残された。


 ……と、エミリアは思っていたのだが。


 数秒後、灰になった化け物の姿がビデオの逆再生のように元通りに戻っていく。


「なっ……!!」


 レイ達をあんな姿にした魔物ならばこれしきで終わらないと考えていたエミリアだったが、流石にこれは予想外だった。


 負けじとエミリアも熱量を更に増して炎魔法の追撃を繰り返して化け物の部位を消滅させるのだが、その身体の腐臭からは想像も出来ない生命力により再生を繰り返す。


 その異質な能力にエミリアも驚愕の表情を浮かべていた。


「一体、この化け物は……こうなれば極大魔法で……!!」


 悪態を吐くエミリア。このままでは埒が明かないと判断したエミリアは全力で仕留めようと更に魔力を使おうとするのだが……。


「エミリア!!」

「エミリア様!!」

「ッ!!」


 仲間達の自分を呼ぶ声に少しだけ冷静さを取り戻したエミリアは、攻撃を中断して地上でこちらを見上げている二人の元へ降りていく。


 飛行魔法で急降下し着地の寸前でふわりと衝撃を和らげてエミリアは地上に降り立つ。


 すると、カレン達が彼女の傍に駆け寄ってくる。二人とも息を切らしており、かなり消耗している様子だった。


「はぁはぁ……エミリア様……ご無事で……」


「助かったわ、エミリア」


「いえ、こっちこそ二人が無事で良かったです……が――」


 仲間達が無事でホッとした様子のエミリアだったが、先ほどの化け物が気になって視線を送る。


「あれは一体……」とエミリアは口にする。


 その言葉にカレンは化け物に敵意を剝き出しにして言った。


「何度倒してもああやって一瞬で元通りになってしまうの……そのせいでレイ君や皆は……!」


 カレンやレベッカは悔やむ様な表情を浮かべる。


「……そういう事情でしたか。でももう大丈夫ですよ。私がここに来た時に皆治療してきましたから。ベルフラウ達も近くに居ますし、もう間もなく目を覚ますでしょう」


「ほ、本当でございますか……?」


「はい。私の治療の後にアカメ達に良く効く薬も置いてきましたので、後はベルフラウとノルンが何とかしてくれるでしょう。だけど、問題は……」


 そう言って三人は化け物に視線を向ける。


 先程までエミリアの炎で燃やし尽くされていた筈の化け物は完全な姿を取り戻しており、ずるりと蟲が這うようにゆっくりとこちらに接近していた。


「……コイツをどうやって仕留めるか、ですけどね」


 エミリアはそう言って二人を庇うように前に出て杖を片手で構える。


「……っ!」

「……!」


 カレンとレベッカも同じように剣と槍を構えるのだが、明らかに疲労の色が濃く肩が上下している。長く戦い続けて体力も魔力も底をついていた。


「二人は下がっててください。後は私が……」


「気持ちは嬉しいけど……一人では無理よ」


「あの魑魅魍魎……姿が不気味なだけでなく、驚異的な生命力に再生能力を持っております……。

 加えて奴の周囲に蛇のように浮かんでいる無数の触手……もしアレに拘束されてしまえば、瞬く間に意識を失ってしまうでしょう」


 とカレン達がそう言うと、化け物……合成獣の顔の部分から気色の悪がこちらを威圧していた。


「あんな魔物見た事ありませんよ。見ているだけで正気を失ってしまいそうです……」


「同意ね……昼からずっとアレを戦い続ける私も正直現実感が無いわ……まるで悪夢に閉じ込められているよう……」


 カレンはそう言って背筋を震わせる。


 その様子を見てレベッカは「ですが」と呟き、「間違いなくここは現実でございます」と続けた。


『AAAAAAAA!!!!』


「……お喋りはここまでみたいね、来るわよっ!」


「 もうじきレイの意識が戻って助けに来てくれるはず。私がなんとかここで足止めしてみます! ですので二人は―――」

 

二人は逃げてください。とエミリアは言い掛けたのだが。


「いいえ、エミリア様。ならばわたくし達もここで逃げおおせるわけには参りません。真打のレイ様が目覚めるまでは――」


「私たちが時間を稼がないとねっ!!」


 カレンとレベッカはそう言って武器を構えて飛び出す。


「二人とも!」


 エミリアは二人の覚悟と意志に心打たれる。

 ならば自分は二人を死なせないよう、自身の全てを尽くそう。

 三人はレイが必ず来てくれると信じて立ち向かう事を決意するのだった。

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