第924話 魔法より有能な調合師エミリア

 「……え……み………り………」


 突然現れた声を主を聞いてレイはその人物の名を口にしようとするのだが意識が途切れてしまった。


「……エミリアちゃん。どうしてここに……?」


 ベルフラウは空に浮かぶ少女に向かってそう声を掛ける。

 レイが最後に呼びかけた人物……それは彼らの仲間であるエミリアだった。


 しかし彼女は別件でこの場にはいないはずだった。しかも空から彼女はゆっくりと飛来し、レイが眠る真横に降り立つと彼に向けて手を当てる。


<能力透視>アナライズ……体力も魔力も限界近い状態ですね。しかも血を流し過ぎています……」


 レイの状態を把握したエミリアは少し焦った表情で言った。


「ベルフラウ、レイをそこに寝かせてあげてください。ノルンは彼の身体がこれ以上冷え切らないように魔法か何かで身体を温めてあげてもらえますか」


 二人にそう指示をすると、エミリアは持っていた鞄からいくつかの薬を取り出してテキパキと準備を始める。


 ベルフラウとノルンも彼女の指示通りにレイをその場に寝かせて、ノルンは彼の身体を温めるために彼の上半身の装備を脱がして自分の膝の上に彼の頭を置いて手を這わせる。


 ノルンは自身の手に僅かな魔力を込めることで掌の温度を上げて彼の身体を温めているのだ。


 二人がそうしている間にエミリアは何かしらの器具を用いて薬の調合を手早く行い、調合を終えたのか一つの小瓶を持ってきてベルウラウに渡す。


「これをレイに飲ませてあげてください。ひとまず腹部の傷は塞がると思います」


「うん、ありがとエミリアちゃん」


 薬を受け取ったベルフラウはレイの口に注ごうとするのだが、意識を失っているせいで上手くいかない。


 ベルフラウはエミリアに貰った薬を自身の口の中に含む。


 そして彼の口と自分の口を重ねるように固定し、ベルフラウは薬を吐き出さないよう口を手で塞ぐ。そして水を口移しでレイの体内に流し込んだ。


 その光景を見ていたノルンは驚いた顔をしていたが、何も言わずにレイの身体を支えてベルフラウの邪魔をしないようにしていた。


 この動作を何度か繰り返して薬を飲ませることに成功したベルフラウはゆっくりと口を離す。


「……はぁ」


 ベルフラウは自身の息を整えてレイの顔色を覗く。今の所、様子が変わった感じがしない。


「……これで大丈夫なの?」


 ノルンは背を向けているエミリアに質問を投げかける。エミリアはまた別の薬を調合している様子だった。


 エミリアは背を向けて作業を続けたままノルンの質問に答える。


「いえ、まだです。今飲ませた薬はあくまで傷口の処置。今のレイは血を流し過ぎています。大量の輸血だけでは満たせないくらいに……こうなると普通の手段での回復だと間に合いません」


 エミリアの言う通り、彼は先程まで大量に血を流していて顔色も蒼白になっていた。


「じゃあどうするの」


「ちょっとだけ反則的な手段を使います………よし、出来ました」


 そう言ってエミリアは容器に入った薬の中身をレイの傷口辺りに直接垂らすようにかける。

 

「……」


「<流るる命……紡がれる血潮……我に従い、力となりて繋ぎ止めたまえ>」


 エミリアはクスリを垂らした傷口辺りに掌を向けて聞き慣れない呪文を唱える。すると傷口の辺りから光の粒が溢れ出て来てゆっくりと傷を塞いでいき、彼の血色が徐々に良くなっていく。


「これは……魔法?」


「回復魔法じゃないですよ。私はその類のモノは使えません。だけど薬に対しての効果を魔力で増幅する事で効果を底上げしているんです。後は少し時間が経てば目を覚ますと思います」


「一体、何を飲ませたの?」


「万能ポーションを私がアレンジして作った薬です。所謂、エリクサーっていう物ですね。とはいえ私の技量では足りないので魔法の力を借りてどうにか再現したって感じですが……」


「エリクサー……って、あの?」


 所謂、ゲーム等で出てくる最高峰の万能回復アイテムの名前である。


「といっても作って1分以内に服用しないと元通りになってしまいますから万能には程遠いですよ」


 そう返事をするエミリアは顔に汗をびっしりと掻いていた。


「あとは……アカメとルナですね……」


 エミリアはそう言いながら倒れた二人の額に手を当てる。


「……神経毒を受けていますね。彼女達が目覚めないのはそれが理由です」


「神経毒?」


「彼女達、何かしらの攻撃を受けていませんでした? 直接的に怪我を負った以外にも、何かしら有害なものに長時間触れられていたとか……」


「そういえば……」


 ルナはあの化け物の触手に掴まって急に意識を失ったように思えた。もしやあの触手に毒が……。


「とりあえず毒消しと気付け薬を渡しておきます」


 そう言ってエミリアは二人分の薬を鞄から取り出してノルンたちの前に並べる。


「こっちの緑のビンに入ってるのが毒消しです。私が調合で作った薬なので市販のモノよりも効果は保証します。こっちの黒いビンの方は気付け薬です。

 毒消しを飲んで時間が経っても目覚めない場合飲ませてあげてください。ただ、死ぬほど辛くて苦くて不味いのでしばらく舌に味が残り続けると思うので最終手段にしてくださいね」


 エミリアは二人にそう説明すると立ち上がって何処かに向かおうとする。


「エミリア、何処に?」


「事情は途中で出会った冒険者から聞きました。


 カレンとレベッカがここに居ないという事は何者かと戦闘中なんですよね?」


「……ええ」


「レイやルナ達をここまで追い詰める怪物が二人だけでどうにか出来ると思いません。微力ながら私も手伝ってきます。二人はここに居てください。もし勝てそうにないなら二人を連れて逃げてきますよ。……それと、ベルフラウにこれを渡しておきます」


「これは?」


 エミリアが渡してきたのは緑色の結晶のような物体だった。掌に収まるサイズでベルフラウはそれを受け取ると彼女はこう言った。


「結晶化したマナの塊です。いざ使用すれば魔力が完全回復すると思います。もし逃げるのであればベルフラウが使用して魔力を取り戻して空間転移で脱出しましょう……あるいは」


 エミリアはノルンの膝の上で眠っているレイに視線を向ける。先程までと比べて血色が随分と良くなっており表情もまるで眠っているように穏やかだった。


「……レイが起きたら伝えてください。

『まだ戦う気力が残っているなら、その結晶を使って私を助けに来て下さい』……と」


 エミリアはそう言ってから、箒を取り出して飛行魔法で山を降りて行った。彼女が向かった方角はカレン達が魔物を引き付けて戦っていると思われる場所だった。


 エミリアのレイへの言伝を聞いた二人は、彼が目を覚ますまでの間、アカメとルナにエミリアから貰った薬を飲ませるのだった。

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