第923話 救援の女神さま?

 醜悪な臭いと触れるだけで全身が侵されそうな邪気を放つ化け物を前にし、カレンは両手で聖剣を構えて化け物と相対する。


 彼女自身、長い戦いで全身ボロボロとなり、残る魔力もそう多くない。


 聖剣を握る手もずっと力強く握り続けていたためか、両手が震えており、それを誤魔化すために聖剣を力強く握るもののカタカタと震わせる。


 疲労もピークを迎えており、両脚で大地を強く踏みしめていないと今にも倒れそうになる。


 そして彼の傍らにいるベルフラウも今にでも死んでしまいそうなほどに顔色が悪い。


 だがそれでも彼女の膝の上に苦悶の表情を浮かべている愛おしい弟の為にベルフラウは回復魔法の行使を続ける。例えその魔法の行使が彼女の全生命力と引き替えだとしても一切躊躇なく助けるだろう。


 レベッカとノルンも、カレンの隣で武器を構える。本来、戦闘が得意ではなく普段はは眠そうな表情でマイペースに過ごしているノルンすら、今は決死の表情でいる。


 理由は倒れた仲間達を守るため。例え自らがこの場で命を落とそうとも、彼女達の後ろにいるベルフラウ達には指一本触れさせない覚悟だった。


 しかし、カレンは言った。


「……ベルフラウさん、レベッカちゃん、ノルン……話を聞いて」


 ルナとアカメは意識を失い、自身よりも強大な能力を持つレイすらも化け物によって倒されてしまった。


 英雄と呼ばれたことのある彼女でもこの状況で生き残ることは不可能だと理解している。 しかし彼女はそれを分かっていながら……否、だからこそ言葉を続ける。


「……ここは私一人で受け持つわ。皆は倒れているレイ君達を連れて今すぐここから離れて」


「……」


「……っ。なにを……言ってるの、カレン……!?」


 彼女の言葉を聞いたノルンは意味が理解できずにそう叫ぶ。

 レイを含めて対峙している化け物は死を超越した恐怖を具現化したような怪物。

 だがここにいるのは自分一人でどうにかすると言い切ったのだ。


 それは満身創痍の彼女の心が壊れてしまったからなのか、それとも彼女なりの強がりなのか……。


 しかしその意味を正しく理解していたレベッカは彼女に静かに問う。


「カレン様、ですが―――」


「言わないでレベッカちゃん。私も自分がかなり無茶な事を言ってるのは理解してる。

 でも、こうしないと私達全員死んでしまう……誰か一人コイツを抑えないと逃げる事すら出来ない。それに一番適しているのは多分私よ」


 カレン自身、この化け物の危険性を肌で感じて理解している。そして今自分が全滅を避けるために何をしなければいけないのかも。


「……では、せめてわたくしも残らせてくださいまし。カレン様を置いて逃げたとあれば、わたくしはレイ様に合わせる顔がございません」


「それなら私も!」


 レベッカの言葉の後に続いてノルンも名乗り出るのだが、カレンは一言、「駄目」と口にする。


「ベルフラウさん一人で倒れた三人を離脱させるのは難しい。今、レイ君の治療をしているベルフラウさんも限界だし彼女が動けなくなった時は誰かが傍に居ないと危ういわ」


「それは……」


 ノルンはレイの治療に専念しているベルフラウの顔を覗きこむ。


 ……彼女の顔色はかなり悪い。思い出すと、彼女はここに来る時に空間転移を失敗して余分な魔力を消耗してしまっているのだ。


 その後も回復魔法や防御魔法などの魔法を絶え間なく連発しており、魔力切れ寸前なのでは?と思ってしまうほどの顔色だ。


「そういうわけで二人とも……よろしくねっ!」


 そう言ってカレンは化け物に向かって駆け出す。そして化け物の注意を自分に引き寄せるように敢えて俊敏に動き回りながら斬り掛かる。


 その動きは明らかに今の彼女の状態からすればオーバーワークだ。当然、そんな状態が長持ちするわけがない。それを見抜いたレベッカはノルンに言う。


「ノルン様、わたくしはカレン様と共に残ります。ノルン様はベルフラウ様と一緒に皆様を連れてこの場から離脱してくださいまし」


「無茶よ。貴女もカレンも……!」


「承知しております。ですが、これしか方法が無いのも事実……だからこそノルン様に託すのでございます。……わたくしは、カレン様をお助けするためにも、あの魍魎をここで食い止めて見せます」


 そう言ってレベッカもカレンの隣に立つ。彼女も焦っているのか呼吸がかなり速い。


 だがそれ以上に決死の覚悟を決めている彼女の目はそれ以上だ。仲間を救うために自ら化け物の前に立ち塞がった二人の少女をノルンは止めることは出来なかった。


 レベッカの真摯な願いを託されたノルンはベルフラウに声を掛ける。


「……ベルフラウ、逃げるわよ」

「……駄目、レイくんの治療がまだ済んでない……!」

「ベルフラウ!!」

「っ!」


 ノルンに怒鳴られて、ようやく我に返ったベルフラウはレイの治療を一旦中断する。レイの傷は最初に比べて半分くらい傷が塞がっていたのだが、それでもまだお腹に小さな穴が開いた状態だった。


「……ごめんなさい、私……もう魔力が残ってなくて……何もできない……」


「貴女が謝る事なんてないわ」


 涙を流しながら辛そうに話すベルフラウにノルンはそう答えながら、手早く自分の魔力をレイに送り込んで表面的にレイの傷を覆った後に、自分の袖を破ってレイの傷口に当てる。


「う………!」


 痛みを感じたのか、レイは呻いて小さく目を開く。


「……よかった。何とか意識は保ってるわね……」


「レイくん……大丈夫!?」


 二人にそう心配されてレイはお腹の痛みを感じながら起き上がろうとするのだが……。


「だ、駄目! お腹に穴が開いたままだよ!」


「血止めの為に私の魔力で傷口を覆っているけど動ける状態じゃないわ。大人しくしてて」


「………?」


 レイは苦しそうな顔をしながら首を動かして視線を彷徨わせる。


「……ふ……た……り……は……」


 おそらくカレンとレベッカの事を言っているのだろう。

 ノルンは彼の頭を撫でて言った。


「……レベッカとカレンはあの化け物を抑えてくれているわ。彼女達が安心して逃げられるように私たちも安全な所に身を隠しましょう」


「……く……そ………」


 レイは無力な自分の怒りで拳を地面に振り下ろすが、その一撃で激痛が走り思わずうずくまる。


「あ、動いちゃ駄目……死んじゃう!」


 ベルフラウは慌ててレイの身体を起こして彼を背中におぶさる。血を流し過ぎて身体が冷たくなっていたレイは彼女の背中の温かさを感じて安心したのか、意識が朦朧とし始める。


 そんな彼を見てノルンは言った。


「……せめて、薬があれば……」


 だが、次の瞬間。何処からともなく……。


「――薬ならありますよ」


 ……と、空から声がした。


 ノルンとベルフラウは夜の空を見上げるとそこには……。


「……あ!」

「……どうして貴女がここに……?」


 腹部の痛みと流した血の量で意識が朦朧とする中、レイはその声の人物に覚えがあった。


 周囲が暗い事もあり意識が朦朧とするレイにその姿がはっきり分からなかったが、そのシルエットはとんがり帽子とスカート短めの魔道士衣装を身に付けた少女の姿のように思えた。


「……え……み……り…………」


 レイがそのシルエットを見てそう呟くとそこで意識が途切れてしまった。

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