第922話 絶体絶命

 化け物との戦いが始まって数刻が経過―――


 北の山に到着した頃は青空だった空も既に夕刻をとうに過ぎ、闇が支配する深夜に差し掛かっていた。


 夜の闇は魔物の世界。夜目の利かないレイ達は強敵を相手にしてより戦いが厳しくなり、反面闇の権化の化け物はより力を発揮し始める。


 何度倒しても復活する化け物と戦い続けて、レイ達は徐々に体力を削られていた。


「はぁ……はぁ……!」

「……っ……!」


 荒い息を吐き、戦い続けるレイ達。


 戦闘が始まって七時間以上の時間が経つが、それでも尚終わりが見えない。化け物の命を削った回数は既に二十を超えていたがそれを数える余裕はもう無い。


「……いい加減、しつこいわね!」


 カレンは一気に決めようと化け物に斬り掛かる。


 しかし、周囲が暗くなっているのが理由か、それとも疲労によるものか、彼女の放った剣撃は化け物の表面を僅かに切り飛ばすのみ。


 そんな彼女の攻撃の隙を突いて化け物は触手を彼女の腹部に向けて放つが、間一髪の所でレベッカの放った矢が化け物に命中したことでカレンは何とか攻撃を逃れる。


「ごめん、レベッカちゃん!」


 自身が隙を晒して助けられたことを自覚したのか、カレンは彼女に謝罪しつつ化け物から一旦距離を取る。


『GAAAAA!』

「っ!!」


 しかしそうはさせまいと化け物はカレンを追うように接近して掛かるのだが、そこにレイが立ち塞がって果敢に攻撃を仕掛ける。


 普段のレイであれば涼しい顔で敵の攻撃を受け止めて反撃を繰り出すだろう。


 だがカレンと同じように最前線で抑え続けていた彼もまた限界が近い。


 幾度も化け物の命のストックを削ってきたその剣の威力も衰え、何とか化け物の動きを止めるのが精一杯だ。


 しかし、彼なりに今までの戦いに勝利してきた密かな誇りがギリギリ敵の攻撃を捌き切って、そこに上空からルナの援護が入る。


『サクライくん!!』


 ドラゴンの唸り声を上げながら氷の魔法で化け物の周囲に氷柱の槍を複数生成し、化け物の機動力を削ぎながら串刺しにしてそのまま後方へ押し込んで攻撃を中断させる。


 そこにチャンスと考えたレイは剣を大きく振り上げて渾身の一撃を放つ―――が。


「あ……っ!?」


 体の動きが僅かに鈍っていたためか、一撃で倒しきれずに化け物の右の腰辺りに深々と刺さる程度に留まってしまう。


 レイは即座に剣を手元に引き戻そうとするのだが、化け物はレイの剣が刺さった状態で自己再生を始め、レイの剣が食い込んだまま動きを止められてしまう。


「け、剣が抜けな―――」


 次の瞬間、レイの頭上に化け物の触手が束になって振り下ろされる。


「レイくん!!」


 彼の姉のベルフラウが悲痛な声で叫ぶが彼女が助けるには距離が遠すぎる。

 近くにいたカレンも咄嗟に動こうとするが、間に合わない。


「――っ」


 レイ自身も回避出来ないと確信して覚悟を決めた時だった。


「やああああ!!」

 叫び声を上げながら横からアカメがレイを突飛ばす。突然の事でレイも驚くが、彼女のお陰でレイは無傷で攻撃を回避することが出来た。


「ぐっ……!」


 しかし突き飛ばされた勢いでアカメと一緒に無防備に地面に転がってしまう。だが化け物の肉体に固定化されていた剣が抜けて一緒に地面を転がる。


 レイは即座に剣を片手で掴んで立ち上がって剣を構える。そしてまだ倒れたままの妹に声を掛ける。


「アカメ、大丈夫!?」

「……う」


 レイの言葉に何とか応じるアカメだったが、どうやら化け物の攻撃が僅かに掠っていたらしく仰向けの状態からすぐに立ち直る事が出来なかった。


「く……」


 妹のアカメを守るためにこの場から動くことが出来ない。


 カレンも出来るかぎりレイに攻撃が集中しないように果敢に攻めるのだが、体力が消耗している上、頼みのレイも今は自分の身を護るので精いっぱいだった。


 上空に飛んでいるルナも攻撃に参加し、遠距離に徹していたレベッカも槍に持ち替えて前線に出てくる。そして後衛のベルフラウとノルンは補助魔法と弱体魔法で援護に掛かるのだが、その効果も今一つで決定打にはなりえない。


「はぁ……はぁ……」

「う……く……」


 一度でも攻撃を喰らえば致命傷になりかねないレベッカとカレンの二人は、肩で息をしながら必死に化け物の攻撃を回避し続ける。


 消耗度合いであれば二人もレイとそう変わらない。


 ここで上空から支援していたルナは考える。


『(駄目……もう皆も限界……!)』


 ルナはレイに自分達に何かあった場合、撤退の判断を委ねられている。前線で必死に戦っているレイやベルフラウその判断が出来るはずなのだが、疲れで判断が鈍っているのか、それとも目の前の化け物を逃がしてしまった後の事を考えて躊躇っているのか分からないが、お互いに防御と援護に専念するだけで一向に撤退の指示を出そうとしない。



『サクライくん、撤退を――』

「――それはダメだ!!」

『っ!』


 レイはルナから撤退の指示を出された瞬間に大声で拒絶する。


 その事に動揺した彼女は指示の言葉が止まってしまう。


 そんな状況も分かっていないのか、上空で待機しているルナが焦燥に駆られた声で叫ぶ。


『サクライくん、もうそんな余裕はないよ!? このままじゃ……!!』


 そんな怒声を通信で飛ばしてくる彼女にレイもまた怒鳴り返すように言い返す。


「今、僕達が逃げようとしたらアカメが狙われる!!」

『……っ!!』


 アカメは言われて気付く。先程からレイがあまり動かずに防御に専念しているのは、背後に倒れているアカメを守るために戦っていたのだろう。


 倒れたアカメを化け物から引き離さない限り、彼は絶対に撤退を選ばない。そうしなければ彼の言った通りの状況になってしまう。


『あ、アカメちゃんは……!!』


 自分が攻撃を受けるのを承知でルナは高度を少し下げて仲間の元へ近づく。


 そしてレイの背後を凝視するとアカメは仰向けに倒れた状態で身動きをする様子が感じられなかった。

 おそらく意識を手放しているのだろう。


『(なら、私が……!)』


 幸い、化け物は地上で戦ってるレイ達に意識を向けている。


 私が彼女の元まで飛んで安全地帯に避難すれば、彼らも安心して撤退を選ぶことが出来るだろう。


 そう考えて、ルナは行動に移そうとするのだが―――


 ――ギロッ!!


 化け物の視線がルナを捉えて、彼女に触手を向ける。


『あ……』


 突然、自分に標的を切り替えられたルナは動揺でその身を一瞬硬直させてしまい、その一瞬の硬直が明暗を分ける結果となった。


『避けて、ルナちゃん!!』


 慌ててベルウラウが弟に声を掛けて対処を促すが、言葉の通りに動くには時間が無い。


 やがて触手が彼女に対して放たれ、ルナは化け物に拘束されてしまう。


 そして意識を失ったのか、ルナの姿は竜化が解けて元の人間の姿へと戻ってしまった。


「―――ルナ!!」


 半ば衝動的にレイは飛び出して化け物に斬り掛かるのだが、冷静さを逸していた彼の一撃は化け物の触手で容易に弾かれてしまい、残った触手でレイの腹部を貫かれてしまう。


「がはっ……!!」


 貫かれた腹部と彼の口から大量の鮮血が迸り、彼が手にしていた聖剣がカランと音を立てて地面に転がり落ちてしまう。


「レイくんっ!! いやぁぁぁぁぁ!!」

「レイ……!」

「レイ様!!」

「れ、レイ君!!」


 彼の姉のベルフラウはその光景を見て悲鳴を上げ、カレンは激高して化け物に斬り掛かる。


 怒りを込めた彼女の一撃は見事にルナとレイに向けられた触手を切り落として二人の拘束を解くことが出来た。


 地上に投げ出されたルナはそのままアカメと同じように地面に倒れて意識を失い、レイは一度倒れて苦悶の表情を浮かべて自身の腹部を手で抑える。


 彼の倒れた地面から大量の赤い血だまりが広がっていく。


 それを見たベルフラウは彼に寄り添って必死で回復魔法を使用して泣きじゃくる。


「レイくん……返事して……レイくん……!!」

「……っ」


 触手によって貫かれた腹部の穴の直径はおよそ15センチ程で出血も多い。


 本来、これほどの傷を負えば流血で意識を失ってしまうはずなのだが、彼は今までの戦いの経験故かどうにか意識を保ったまま苦しそうな表情で痛みに耐えている。


 ルナとアカメが意識不明の状態。

 レイは意識こそあるが重傷を負って戦闘不能に陥ってしまった。

 そして相対する化け物は、二十以上の命が奪われてなお健在。


 レイ達はここに来て最大級の危機を迎えてしまった

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