第927話 蒼銀の勇者

「はぁ……はぁ……」


 一方その頃、エミリア達は化け物相手に苦戦を強いられていた。三人は肩で息をしながら何度攻撃を繰り返してもすぐに再生して元通りになる化け物相手に手立てが失いつつあった。


「く……魔力がもう……」

「わたくしも……既に矢が残っておりません……」


 前衛で戦うには常に膨大な魔力を消費するカレン。そして矢の攻撃に限りのあるレベッカは攻撃の手段に限りが出てきた。


 二人とも腕に力が入らなくなってきたのか武器を持つ手も震え、普段の彼女達から感じる達人級の技の冴えも無くなってきている。


 だがここまで休憩を挟まずに常に戦い続けていた二人の消耗は仕方のない。精神的主柱のレイや他の仲間達が次々と離脱する中、よくここまで戦い抜いたと称賛すべきだろう。


「(二人はもう限界です……私もまだ戦えますが分が悪すぎる……)」


 化け物の再生能力は異常だ。何度倒してもすぐに復活するというのもあるが、カレンやレベッカの攻撃をヒットさせたとしても数秒後には傷の修復が始まって元通りになってしまう。


 本来の彼女達ならば一撃で倒しきれなくとも簡単には再生できないダメージを蓄積させるくらいは可能だっただろうが、今の彼女達にそれだけの力は残させていない。


 唯一致命傷を与えられるのはエミリアの上級以上の攻撃魔法だが、それも連発が前提。


 エミリアも魔力を更に高めた全力で一気に仕留めたいところ。だがしかし目の前の相手にはそれだけの詠唱時間を確保できる余裕はない。


 それに彼女が使用できる最大の奥義である極大魔法を以ってしても一度倒すのが限界だろう。


「(レイの回復の為に使った魔力と最初の攻撃で魔力を無駄遣いし過ぎました。あと何発上級魔法を撃てるか自分でも把握できません。もし極大魔法を使えばおそらく魔力切れで倒れてしまうでしょうね……ならば)」


 ならば……ここからは出来るかぎり魔力を節約して守りに徹するしかない。


 今までエミリアが攻撃に専念出来ていたのはカレンとレベッカの支援があってのものだ。


 彼女達が前衛とサポートしてくれたお陰でエミリアは攻撃に集中出来たが、彼女達の疲労困憊具合を考えるとそれは期待できない。


 むしろ、自分が彼女達を守らなければ……とエミリアは考える。


『GAAAAAAALLUU!!』


 化け物は咆哮を上げ、エミリアに向かって突進する。


「ちっ……! 設置魔法起動!! 氷の檻フリーズケージ!!」


 化け物が動くと同時にエミリアはステップで後退しながら事前に用意しておいた魔法を起動させる。


 彼女がさっきまで地に足を付けていた場所を中心にして地面から氷の柱が何十本も乱立していき、それは化け物の体も覆い隠して氷で固めてしまう。


 だがこれは動きを一時的に封じる足止めにしかならないだろう。その間に……。


「カレン! レベッカ! ここは私が引き受けますから二人はベルフラウ達の元へ逃げてください!」


 エミリアは二人を呼びながら後退し、彼女達の側まで下がる。彼女のその叫びを聞いた二人は息を乱しながらも反論する。


「ば、バカなこと言わないでよ……魔法使いが前衛に出てるのに、戦士が尻尾を巻いて逃げ出すなんて……」


「はぁ……はぁ……エミリア様、ここで引くわけには……」


「馬鹿な事言ってるのは二人ですよ! そんな状態で下手に前に出たら死にますよ!?」


 珍しく大きな声を上げながら反論するエミリアに、カレンとレベッカは唇を噛んだ。彼女達に喝を入れながらもエミリアは化け物に杖を向けながら続ける。


「今の二人は足手まといにしかなりません! 私はまだ余力があるのでなんとか戦えますし、いざとなれば飛んで逃げることが可能ですが、疲労困憊の二人を連れて逃げる余裕はありません! なのでさっさと逃げてください! これはリーダー代行としての命令です!!」


「……!」

「……」


 有無を言わせないエミリアの迫力に、カレンとレベッカは何も言えず、唇を噛みしめながらゆっくりと後ろに下がっていく。


 その間、エミリアは化け物の拘束する為に攻撃魔法を継続して時間を稼ぐ。そして彼女達の気配が遠のいていくことを背中で感じたエミリアは次の手を考える。


「(なんとか二人を説得出来たみたいですね……あとは……)」


 目の前の化け物をどこまで抑えきれるか……という話になるのだが……。


 彼女がそう考えていると、氷の檻が化け物によって破壊されてしまう。


 バリバリと内側から崩壊する音を立てて破壊された氷の檻から自由を取り戻した化け物が再び雄叫びを上げる。


 化け物の咆哮に大気がビリビリと震え、放たれた威圧感と瘴気でエミリアは一瞬意識を失いかける。


「くっ……<雷光撃>サンダースマッシュ!」


 だが、彼女は歯を食いしばりながら杖に魔力を込めて雷属性の一撃を化け物に向かって撃ち込む。


『GAAAAAAA!!』


 エミリアの雷光撃が直撃し再び化け物から苦悶の叫びが上がるが、それもあくまでダメージ止まりで大ダメージには程遠い。


 貫通力の高い攻撃であるが出力は中級攻撃魔法程度のものでしかなく時間が経てばすぐに傷口も修復されてしまう。


<火剣>フレイムソード


 防戦に回ってもいずれ追い込まれる。ならば再生の余裕を与えずに攻め切る他ない。


 エミリアは更に魔力を集中させ、今度は炎属性の魔法を杖の先端に込めてそれを魔力によって刃の様な形状に変化させる。


「(レイの魔法剣を参考にした技ですが……!)」


 以前、レイとの模擬戦の後に彼女がレイの技を参考に考案した攻撃魔法だ。他の魔法と違い相手に飛ばして放つものではなく、敵に接近された際の奥の手として残していたものだがその威力は折り紙付き。


「たあぁぁぁぁ!!」


 気合一閃、エミリアは気迫を込めて魔物に向かって突撃する。カレンやレベッカのように残像しか見えないような速度の刺突は到底及ばないが、彼女にとっては渾身の速度で魔物に接近して勢いよく魔物に突き出す。先ほど雷光撃でダメージを与えた部位に突き刺し、そこから更に魔力を解き放つ。


「――<火剣・解放>フレイム・リリース!!」


 彼女のワードと同時に化け物に突き刺した炎の刃の部分が内部で弾け飛ぶ。内部から溢れ出した炎が化け物の体内から焼き焦がす。


『GAAAAAAAAA!!!』

「っ!!」


 耳をつんざく化け物の悲鳴。思わずエミリアはその場から離れて距離を取る。


 そして化け物が苦痛でもがいている間に今度こそトドメの魔法を―――


「……?」


 だが、魔法を放とうとしたエミリアは杖を突き出した状態で固まってしまう。


「(魔力の集中が遅い……! まさか魔力切れ……!?)」


 一瞬そう思ったが、違う。


 本当に魔力切れならば自分はまともに力を入らずカレン達のようになっているはずだ。


 おそらくここまで短時間で強力な魔法を連打し続けて、疲労で自身の集中力が落ちてきているのだ。気が付けば、自分もカレン達と同じように肩で息をし始めていた。


「は、はぁ……はぁ……。それでも……!」


 だがエミリアは自分の状態を自覚するなり集中力を高めようとする。

 そして、今度こそ魔法を完成させる。


「<魔力超強化フルバースト上級獄炎魔法インフェルノ>!!」


 彼女が最も得意とする上級攻撃魔法を更に強化した今の自分の全力攻撃。


 化け物の中心に紅い霧が立ち込めて次の瞬間には大爆発を引き起こし、その爆風で彼女の身に付けていたとんがり帽子が後方に飛んでいく。


 一瞬、それに気を取られてエミリアは後方に意識を削がれてしまうが、すぐに思い直して化け物の方を振り向いた。


 ……が、その一瞬が彼女にとって仇となった。


「え」


 化け物の方を振り向くと同時に、爆炎の煙の中から何かがこちらに飛んでくる。


 彼女の動体視力ではそれが何か一瞬では理解できなかったが、至近距離まで迫ってきたところで、それが大口を開いた化け物の触手であることを認識する。


 触手はエミリアの心臓を狙い撃つように鋭く穿たれ――

 エミリアは先程の大魔法の反動で、身体が思うように動かなかった。


 残り0.1秒後に自分の胸は貫かれて死ぬ。


 自分の事だというのにエミリアは淡々とその事実を受け入れ―


 ―――次の瞬間。


 エミリアと化け物の間に何者かが割って入り、銀色の閃光と共に化け物の触手が両断され宙を舞った。


 触手を斬り払ったそれは蒼い刀身の剣。

 そして自分が次に見たのはエミリアの想い人……銀髪の青年の背中だった。


「――ゴメン、少し寝坊しちゃった」


 彼はエミリアに背中を向けたまま、今の緊迫した状況には似合わない穏やかな口調だった。

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