第928話 最強モードのレイ君
「―――ゴメン、少し寝坊しちゃった」
銀の髪を靡かせてエミリアを自身の背で庇うように化け物と対峙する。
エミリアの危機に割り込んで窮地を救ったのは、先程まで意識を失って眠っていたレイその人だった。レイは背後のエミリアに視線を向けずに油断なく武器を構えながら彼女と話をする。
「レイ……」
「姉さん達から聞いたよ。エミリアが僕達を助けてくれたんだよね。エミリアが来てくれなかったら僕もアカメ達も助からなかった。ありがとうエミリア」
「……!」
姉に話を聞いたという事は、彼は自分がベルフラウに告げた伝言を聞いてここにやってきたということだ。そんなレイの感謝の言葉にエミリアは一瞬間の抜けたをした後、目を細めて視線を前方の魔物に戻す。
「……起きてくるの遅いですよ。普段勉強ばっかりで夜更かししてるから寝坊するんです」
「あはは……面目ない……」
憎まれ口を叩くようにそう言ってくるエミリアにレイも苦笑いする。
心なしか普段のレイよりも随分と落ち着いた様子だった。一度死に掛けたのが理由か、それとも何か心境に変化があったのか。
「エミリア、疲れたでしょ。ここからは僕に任せて」
レイはそう言いながら左手で背を向けたままエミリアを肩をポンと叩く。
彼がそんな事を言うのにエミリアは思わず目を丸くするが、すぐに呆れたように目を細める。
「ちょ、正気ですか? レイもあの化け物と戦ったんでしょう? さっきまで一人でやり合ってた私が言えた事じゃありませんが、アイツ相手に一人で戦うなんて自殺行為ですよ」
こんな状況で冗談とか馬鹿じゃないのかと一瞬思ったエミリアだったが、彼から返事が来ない。
まさか本気で……?とエミリアは訝しんで彼に声を掛けようとする。
「レイ、本気で――」
『GAAAAAAAAA!!!』
しかしエミリアの声を遮るように、化け物が不快な悲鳴を上げて触手を振る。その触手は先ほどとは違って鋭く太いもので、地面が抉られるほどに強く振るわれて衝撃波を放つ。
だが、レイは見向きもせずにそれに反応して魔物の方に剣を突き出す。
次の瞬間、レイの剣から光の波動が迸り、化け物の触手を一瞬で消滅させる。
……は?
「(い、今の何ですか……? 聖剣技……ですよね?)」
カレンが似たような技を使ってた気がするが、予備動作が無さ過ぎて技なのか魔法なのかすらエミリアには判断が付かなかった。
「五月蠅いよ、化け物。今、僕はエミリアと話をしてるんだ」
『GA!?A!……!!』
二度目の化け物の絶叫が響き、極太の触手が再びレイに迫る。だが、その触手はまたしてもレイの剣から放たれた光の波動によって消滅し、魔物は苦痛に暴れながら後ずさる。
そしてレイが両手で剣を構えると、その姿が一瞬消えたように錯覚する。
「(は!?)」
エミリアが何が起こったのか理解できずにいると、次の瞬間には魔物の巨躯の眼前で剣を横薙ぎに振りかぶった彼の姿があり、更に次の瞬間には化け物の下半身と上半身が二分割されて血のシャワーが降り注いでいた。
斬られた化け物はこの世のものとは思えない叫びを上げるが、レイは更に容赦なく今度は縦に化け物の身体を斬りつけて四分割させる。
あまりの早業にエミリアは声にならない声で「ひぃ!?」と呟いてしまう。
レイは化け物の動きが止まった所で剣を鞘に納めて、両手の平を化け物の残骸に向けて一言。
「――消えろ」
ただ一言、彼がそう言うとレイの両手からさっきの光と同じような波動が放たれて、化け物の身体が粉々に砕かれて灰になってしまう。
「………????」
さっきまでの自分の苦戦が嘘のように、化け物が一瞬の間に消え去ってしまった光景にエミリアは言葉を失い呆然と立ち尽くす。
しかし当のレイは特にコレといった反応もせずにごく普通の表情でエミリアの元に戻ってくる。
「どうしたの、エミリア? 何か顔が引きつってるけど……」
「いやどうしたじゃないですよ!? 今何やったんですかレイ様!?」
エミリアはレイが戻ってくるや否や思いっきり彼を怒鳴りつけた。思わず、ですます調でレイのことを
「様付け」で呼んでしまうほど彼女の動揺は激しかった。
「え、いや普通に攻撃しただけ……」
「んなわけないでしょう!? 昨日までのレイも十分強かったですけど、あんな化け物みたいな強さじゃなかったですよ!! なんですか、死にかけパワーアップでもしたんですか!?」
「そんな大げさな物じゃないんだけど……」
「だって、あれだけ苦戦した化け物があんな一瞬で―――」
と、エミリアはレイの理解できない強さに困惑して彼に詰め寄ると、ふら~っと力が抜けてレイの胸に倒れてしまう。
「あ、あれ? ……すいま、せん……なんだか、急に……」
どうやら短時間で魔力を使い過ぎたのが理由で魔力酔いをしてしまったらしい。レイが受け止めてくれたお陰で倒れずに済んだが、今のエミリアは自分で立っていられないくらいに自身の身体が重く感じていた。
「無理しないで。ここは僕に任せてくれて大丈夫だから……」
レイはエミリアの背中を軽く撫でながらそんな頼もしい事を言う。
だが、彼は今おかしなことを言った。
たった今、彼は圧倒的な強さで化け物を粉々に粉砕したというのに一体何を任せてと言っているのか……。
そんな疑問を感じていると――
『GUUUUUUUU!!!』
「!!」
ついさっきレイが倒した化け物の不快な声が再び聞こえ、エミリアは驚いてそちらに顔を向ける。
化け物は完全に消滅したはずなのに何故?と思い化け物がいた場所に視線を向けると、そこには……。
「な……!?」
『GAAAAAA!!』
灰になって散らばったの化け物の肉塊が再び一か所に集まって再生を始めていた。
「う、嘘……」
「あー、やっぱりあんなんじゃ死なないか……」
その光景に絶望するエミリアだったが、レイはとにかく残念そうな口振りでそう呟く。
彼の呟きを聞いてエミリアは唖然とした表情でレイを見つめる。今の攻撃は彼が全力を費やした一撃だと思っていたのだが、自分の攻撃で化け物を倒しきれなかったことに特に驚いた様子もない彼に驚きを隠せない。
いや、そんな筈はない。普段の彼ならもっとショックを受けるはずだ。多分、自分が傍に居る手前、気を遣ってそんな態度を取っているのだろう。
エミリアはレイとそれなりに長い付き合いだからこそ、彼の微妙な変化を感じ取り思う。
……何かがおかしい。
……よくよく考えると、今の彼は穏やかに見えて何処か変だ。何処となく有無を言わさない迫力があるというか……。
「あ、あの……レイ」
「ん?」
彼がエミリアの方に振り向く。
「……その……もしかして、怒ってます?」
エミリアは彼にそう質問する。
何故、怒っていると思ったのだろうか。
エミリア自身、彼が怒っているように見えたわけではない。しかし彼と口喧嘩をすることが多かったエミリアは、彼が実は結構短気であることを気付いていた。
今の彼はそれに近い。
彼女はそう感じたからこそ口に出てしまったのだろう。
「え、怒ってる。僕が?」
レイはキョトンとした表情をエミリアに向ける。その様子だけ見ればとても怒っているようには見えないのだが……。
「……あはは、正解」
次の瞬間、笑顔の彼から言いようのない殺気と怒気がぶわっと溢れてきてエミリアは心臓が止まるくらいに驚いた。
そして、彼は再びエミリアに背中を向けて化け物の方にゆっくり歩き出す。
「そりゃ僕だって怒るよ。アカメやルナが酷い目に遭わされて、レベッカやカレンさんも限界まで戦ってもう倒れそうなくらい弱ってたし、今だってエミリアが殺されそうになってたし……」
レイはそう言いながら再生中の化け物に歩み寄っていく。
「……いくら僕でも、ここまで仲間が酷い目に遭わされて、怒らないわけがないじゃないか」
彼はそう言って、徐々に足が早足になっていく。そして、化け物の再生が終わりかけたその瞬間。
「許さない」
彼の声と同時に、再生を終えたはずの化け物の上半身が再び何処かに吹き飛ばされる。
エミリアの動体視力では完全には追い切れなかったが、彼は一瞬で抜剣して化け物の身体を両断して再び鞘に納めたのだ。
居合い切り……というやつなのだろうか?
本来はカタナと呼ばれる特殊な剣の技だとエミリアは姉のセレナに教わっていたのだが、彼が今行ったのはおそらくそれなのだろう。
だが、あまりにも早過ぎる。
普段の彼の実力から考えればあり得ない……否、本当にそうなのだろうか?
普段、冷静で心優しい彼は私との口喧嘩の時以外は怒りを面に出さないことが多かったが、それは彼が自分の力をコントロールする為に敢えて抑えて戦っていたという可能性は……?
もしそうならば、今の彼は……?
「―――エミリア、さっきも言ったけどここは僕に任せて。多分、僕一人で
―――ゾクッ!
普段の彼がまず口にしないような殺意の籠った言葉にエミリアは肩をビクッと震わす。
その言葉には、有無を言わさない迫力があった。
エミリアは「自分も……」と言い掛けるのだが、その言葉が喉の奥で引っ込んでしまい、思わず摺り足で後ろに下がってしまう。
そして、震える声でエミリアは彼に言った。
「……よ、よろしくお願いします」「うん」
エミリアの言葉に間を置かずにレイは頷く。そして再びエミリアには捉えきれない速度でレイは化け物に攻撃を繰り出し、化け物の身体が再び両断される。
「(……こ、これは……)」
これは、どう考えても自分が立ち入れる
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