第450話 塩対応レイくん
――西の森にて。
森はそこまで港町から離れておらず歩いて三十分ほどで着いた。
日が高いお陰か、森の中だが多少薄暗い程度で視界はそこまで悪くない。
この森の奥に湖があるらしく、僕達の目的地もそこになる。
僕達は目的地を目指して歩きながら話をする。
「それで、どんな魔獣なの?」
僕は先頭を歩くエミリアに聞いた。
「ユニコーンは馬型の魔獣ですが、額に一本の立派な角があるのが特徴です。
人間嫌いらしく、少数で出会ってしまうと襲い掛かってきて、反対に大勢で押しかけるとすぐに逃げ出してしまうため、実際に角を拝借できた冒険者は滅多に居ないらしいです」
「ふむ……中々に賢しい魔獣でございますね」
レベッカはエミリアの説明に頷いて言った。
「だから『万病に効く』なんて効能が正しいのか怪しいところではあります。
元々滅多に見られない魔物な上に、討伐が困難となれば、その信憑性も薄れてしまいますから」
「確かにそうだよね……」
「まぁ仮に嘘だとしても、薬の材料になるのは間違いないので無駄にはなりませんよ」
エミリアは振り返って微笑みながら答えた。
「でも、それって大丈夫なのかしら?」
姉さんは顎に指を当てながら言う。
「大勢で押しかけるとすぐ逃げだすんでしょ? 私達五人もいるけど大丈夫かしら?」
「ああ、大勢といっても話で聞いた時は十人以上だったらしいですよ」
「そんなに?」
「話で聞いたところ、最初はそんな人数じゃなかったらしいです。最初に挑んだパーティは三人パーティだったんですが、ユニコーンに返り討ちにあったそうです」
「へぇー、ユニコーンさんって強いんですね」
サクラちゃんは興味深そうに言った。
エミリアは彼女に頷いてから話を続ける。
「その後、街に逃げ帰って、複数の冒険者パーティが結託して森の中を探し回ったそうですよ。少人数では手に負えなかったからでしょうね。
ユニコーンの角は希少で高額で売れるから、本当なら人数を増やしたくなかったんでしょうが、さすがにそんな状況で黙っているわけにもいかないですから。
で、結果的に大人数になった結果、ユニコーンは途端に逃げ出して、その後その森に現れることは無かったそうです。
それ以降、ユニコーンを討伐する際は、少人数で挑むのが基本になっているみたいですね」
「なるほど……」
「ですが、かなり凶暴な魔獣なので、経験の浅い冒険者パーティはそもそも依頼を受けることすら出来ないんですよ。
下手に新人が刺激してユニコーンを追っ払ってしまうと、冒険者ギルドにとっても大損になりますから。よっぽど信頼してもらえないとベテランにも情報が伏せられるらしいです」
「つまり、今回の場合はわたし達は信用されているということですね!」
サクラが嬉しそうにガッツポーズを取る。
しかし、エミリアは言った。
「いえ、別に今回はギルドを通していませんよ。
単に私が王都で情報を集めていた時に聞いた話なので」
「え……依頼を受けてないの?」
僕は不安になって、エミリアに質問する。
すると、エミリアは頬を膨らませて、少し不満そうな表情をしながら言った。
「だって、私がユニコーンの情報を訊いてギルドで許可取ろうとしたら、
『すみませんが、それは出来かねます』なんて門前払いされたんですよ? しかも、受付の人に『あなたのような若い冒険者が受けるような依頼じゃないです!』って言われましたし……」
エミリアは思い出すかのようにイライラを募らせて、その場で地団駄を踏む。
「でも無許可で討伐するのはマズいんじゃ……?」
僕がそう言うと、エミリアがピタリと動きを止める。
そして、こちらを振り向いて満面の笑顔を浮かべて言った。
「あはは、何言ってるんですか、レイ。
私達は『偶然』ユニコーンと遭遇して、仕方なく『正当防衛』としてユニコーンを斃すだけですよ。結果、『ユニコーンの角』を持ち帰ったとしても何も問題がありません」
「そ、そうだよね……」
僕は苦笑いを浮かべながら答えた。
「それに、もし問題になっても自由騎士団の名を使えばどうとでもなりますよ。仮に問題が起きたらレイ達の方で何とかしてください」
「最後丸投げ!?」
「エミリアさん、結構無茶なこと言いますねー」
サクラちゃんも苦笑いを浮かべる。
だけど、エミリアの行動を意を唱えるつもりはないようだ。
「大体、私達がユニコーンを探してるのは、自由騎士副団長のカレンの為です。王宮で彼女に代わる戦力なんて無いはずですし、文句は言わせませんよ」
エミリアは自信満々に言うと、僕達は顔を見合わせて笑った。
それから僕達は森の奥へと進んでいった。
道中、他の魔獣や魔物と遭遇することはあったものの、まだユニコーンの姿は見てない。
僕達は、目的の湖を目指して歩き続ける。
そして一時間ほど歩いてようやく湖に辿り着く。
「ふむ、ここが目的の場所でしょうか?」
レベッカは周囲を見渡しながら足を止める。湖はそれなりに大きく、水面には青空が反射して輝いている。周囲には背の高い木々が立ち並んでおり、湖の周辺には花も咲いており、中にはポーションの材料となる薬草も生えていた。
「わぁ、綺麗なお水! お魚さんもいますよ!」
サクラちゃんは湖に駆け寄ると、両手で水を掬って口に運ぶ。
「うん、冷たくて美味しいです!」
「これだけ綺麗な湖だと水浴びしても良さそうなくらいね……」
姉さんはポツリと呟いてこっちを見る。
「……何?」
「レイくん、お姉ちゃんと一緒に水浴びする?」
「断る」
「即答!? 普通、男の子ならここは喜ぶところじゃないの!?」
姉さんの言う普通の男の子が何を想像してるのかは知らないけど、
魔物が遭遇する場所で裸になって水浴びとか自殺行為でしかないだろう。
「そんなことよりユニコーンの姿が見当たらないんだけど」
「そんなこと!?」
「確かに、今のところ見掛けませんね……。
エミリア様、ユニコーンはこの辺りに棲息されているのですよね?」
「私はそう聞いてますけどね……うーん」
エミリアは唸りながら頭を悩ませる。
「……もしかしたら、私達が集まってるから怯えて出て来ないのかもしれません」
「ああ、人間嫌いだから大勢いると出てこないという事ですか」
「どうする? それなら、どっかに隠れて出てくるまで待つ?」
僕はそう提案する。
すると、エミリアはニヤリと笑い姉さんの方を向いて言った。
「……良い事思い付きました。
喜んでいいですよ、ベルフラウ。水浴びを許可します」
「えっ?」
姉さんは、喜びと戸惑いが混ざった声でエミリアに反応する。
「エミリア、今はそんな場合じゃ……」
「っていうか、ここにはレイさんが居るんですから流石に裸になるのはどうかなーって……」
サクラちゃんが僕を見ながら苦笑いを浮かべて言った。
「そういう事なら僕は何処か遠くに行ってるけど……」
「あの、レイくん? 少しは愛しのお姉ちゃんに興味持ってほしいなぁって……」
姉さんが本気で水浴びする気が無かったことは気付いてる。さっきから何度も僕をチラチラ見て反応を窺っていたからだ。多分、僕をからかいたかったのだろう。
「まぁ、その辺りはこっちで何とかしますけど……。
作戦としては、ベルフラウに一人で水浴びをしてもらってユニコーンを油断させます。そして、ユニコーンがベルフラウに襲い掛かってきた所で私達が仕留める……そういうプランでどうでしょうか?」
「え、私、囮なの?」
「そういう形にしてもらった方が、正当防衛っぽく完遂出来そうです」
「ふむ……良いのではないでしょうか?」
レベッカはエミリアの提案に賛成する。
「でも、流石にベルフラウさん一人を囮にするのは危なくないです?」
「大丈夫ですよ、ベルフラウは空間転移とかいう便利な技がありますし」
「いや、女神の権能をそんな便利道具みたいに言われても困るんだけど……」
「まぁ、とにかくベルフラウは水浴びして待っていてください。私達は適当に周囲の警戒でもしてますから」
「えぇー……」
「ひとまず私達はこの場から一旦離れましょう。ベルフラウ一人になったと見せかけないとユニコーンが寄って来そうにありませんからね。……ほら、レイも行きますよ」
ぐいっとエミリアに手を引っ張られる。
「分かったってば。手を引っ張んないでよ、エミリア」
こうして僕達は一旦、湖の周辺から離れることにした。
◆
そして、50メートル離れた森の木の影で僕達は待機する。
「レベッカ、ベルフラウの姿はちゃんと確認できますか?」
「……」
レベッカは、湖の方を凝視している。
このメンバーの中では<鷹の目>の技能を持つ彼女の視力が飛び抜けている。
僕達が見えない距離であってもレベッカなら問題ない。
レベッカは、少し間を置いてエミリアの質問に答える。
「………はい、今服を脱ぎ始めましたね」
「本当に水浴びする気なんだ……」
多分、僕の気を引こうとして言った言葉なんだろうけど、姉さんも気の毒に……。
「それで、エミリアさん、どういう作戦?」
サクラちゃんに質問され、エミリアは杖を取り出して言った。
「とりあえず、レベッカはここでしばらくベルフラウの監視です。サクラは姿を消す魔法を使って、ぐるりと回って私達と反対側から見張ってください。レイと私はここで待機します」
「はーい、じゃああっちの方に行ってますね」
サクラちゃんは湖の向こう側の森を指差す。
エミリアはそれに頷く。
「何かあったら通信魔法ですぐに連絡します。
サクラの役割はベルフラウの護衛、彼女を守ることを優先してください。
私とレイは攻撃役としてこの場で待機します」
「了解!」
サクラちゃんは自分の姿を魔法で消して、森の中を走っていく。
「……それで、攻撃役って具体的に何するの?」
「レベッカはユニコーンの姿が見えたら即座に私に知らせてください。
私はサクラに通信魔法で合図を送るので、その間、レイはなるべく気配を消してユニコーンに近付いてください。私が最初に魔法で攻撃しますから怯んだユニコーンに後ろから剣で止めを刺せばOKです」
「分かった……ところで、姉さん水浴びしてるなら裸のはずなんだけど、僕近付いていいの?」
「レイはベルフラウに変な感情抱いたりしないでしょう?」
「自信ないんだけど……」
確かに、今の姉さんには恋愛感情より家族としての愛情が勝る。それでも義理の姉だし、姉さんはすごく綺麗だから目に入っちゃうと意識はしてしまう。
「うーん、それなら指輪の力で女の子になってもらった方が……」
エミリアは、僕にそう提案しようとする。
しかし、今まで姉さんを監視していたレベッカが慌ててこちらに振り向いて言った。
「待ってくださいまし!
レイ様、女性の姿に変身するのはしばらく控えた方が良いかと……」
「……え、なんで? ……あ、勘違いしないでね。僕も別に好んで女の子になるつもりはないし」
そう言っておかないと、僕が好んで女装する変態呼ばわりされかねない。
「……その、以前に変身した時、記憶が曖昧になったと仰っておりましたし……」
「そうなんですか、レイ?」
「あー……うん、理由はよく分かんないんだけど……」
前に変身した時、つまり昨日の任務の最中の時だ。
あの時、何故か女性の姿に変身していた際の記憶が曖昧だった。
どういう行動をしたのか?とかなら覚えてるんだけど、何の会話をしたのか、とか、どういう感情だったのか、とかそういうのが全く思い出せないのだ。
「……どういうことでしょうか?
以前からレイが女性の姿に変わると性格の変化は見られましたが……
もしや、二重人格のようなものが芽生えたのかも……それで記憶が?」
「そんな大げさなものかなぁ?」
「……いえ、エミリア様の言葉が正しいと思います。
レイ様、これからしばらく指輪の力で女性になるのは控えてくださいまし。
他ならぬレイ様自身の為です」
いつになくレベッカの真剣な表情で、僕は頷くしかなかった。
「……わ、分かった。じゃあしばらく指輪は外しておくよ」
僕は左手の指から<身体変化の指輪>を外して鞄のポケットにしまう。
「……となると、どうしましょうかね?
レイが義理の姉に劣情を催して、ユニコーンじゃなくてベルフラウに襲い掛かる可能性が……」
「人を何だと思ってるんだよ……」
「冗談ですよ。流石にそこは信頼してます。
まぁ、それならレイはなるべくベルフラウの姿を見ないようにしてください。
サクラに護衛を頼んでいますから、彼女がいれば大丈夫でしょうし」
「……了解、僕も戦いに集中するよ」
僕は雑念を消すように心がけて、これからの戦いに精神を研ぎ澄ませることにした。
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