第451話 追撃戦
僕達は、万病に効くとされるユニコーンの角を求めて森にやってきた。
だけど、ユニコーンは集団でいると姿を現さず少人数の時しか出て来ないようだ。なのでエミリアの案で姉さんを囮にすることにした。こういう時、姉さんが不憫でならない。
そして僕達は姉さんから離れて気配を消してやってくるのを待つ。
しばらくして――
「来ました、ユニコーンです」
レベッカの声に僕達は戦闘態勢に入る。
「……エミリア、けん制役は任せるけど、気を付けてね」
「分かってます。……レイこそ、しっかり仕留めなさいね」
「うん、じゃあ行ってくるよ」
僕は後の事を任せて、ユニコーンも傍に近付いていく。ユニコーンは湖に浸かっている姉さんの後ろからこっそり近づくように足音を立てずに近づこうとしている。
姉さんは全身浸かってるわけではなく、足湯のように膝下くらいまで水に浸かった状態。上半身は脱いではいるものの全裸では無く下着は付けているようだ。
当然だが、姉さんはユニコーンの接近に気付いていない。
囮の自覚があるのだろうか?
僕達が見守っているとはいえ、もうちょっと警戒心を持ってほしい。
そんなところも姉さんらしくはあるのだけど……。
「……」
ユニコーンも僕が背後に迫っていることに気付いてない。
僕は鞘から聖剣を抜いて、いつでも攻撃できるよう準備を整える。
そして、ユニコーンが後脚を蹴り上げ、姉さんに飛び掛かろうする。
その瞬間―――
「
エミリア達が隠れていた方角から火球の飛礫が魔獣目掛けて飛んでくる。しかし、不意を突かれたにも関わらず、ユニコーンは野生の勘というべきか、咄嵯に身を翻して攻撃をかわす。
だけど、それは元々織り込み済みだ。ユニコーンが避けたことで、姉さんの背後にいた僕と目が合う。僕はすぐさま背後からユニコーンの背中に向かって剣を振り上げて斬り掛かる。
「はああああああ!!」
気合いを入れながら大きく地面を蹴り上げて、十メートルほどの距離を一気に詰める。
「ブルルルル!?」
僕に気付いたユニコーンは後ろ脚で立ち上がり、前足を僕に向けて突き出そうとする。それを即座に右に躱し、ユニコーンの側面に入り込み一閃、
僕の剣先がユニコーンの胴体を掠めてそこから僅かに血が飛び散る。
そして姉さんは叫んだ。
「レイくん!!」
しかし姉さんが叫んだことで、ユニコーンの注意がそちらに逸れてしまい、ユニコーンは再び姉さんに突進しようと走り出す。
「―――っ!! 姉さん、逃げて!!」
「!!」
姉さんは近くに置いてあった衣服を捨てて、湖から逃げ出す。
だが、姉さんよりもユニコーンの動きの方がずっと早い。
姉さんの緩慢な動きではどうやっても回避できない。
そして、ユニコーンの鋭い額の角が姉さんの身体に触れようとする。
だが――
「させないっ!!」
次の瞬間、姉さんとユニコーンの間に僕では別の人物が割り込む。
サクラちゃんだ。
彼女は少し前からユニコーンが飛び出してくるのを待ち構え、姉さんを守るために飛び出してきたのだ。手に持った右手の短剣でユニコーンの角の攻撃を防ぎ、左脚で重心を取りながら右脚で地面を蹴り、そのままハイキックでユニコーンの顎を蹴り上げる。
一瞬、怯んだユニコーンに今度はサクラちゃんが追撃を仕掛ける。
右手の短剣を逆手に持ち替え、勢いよく振り下ろし、ユニコーンの首筋に突き刺す。
「グゥウウッッ!」
首筋からは鮮血が流れだし、ユニコーンは苦しそうな声を出しながら逃げていく。
「あ、逃げた!」
「大丈夫、僕が追うよっ!!」
僕はすぐさまユニコーンの背を追って駆け出していく。
ユニコーンは馬の魔獣だ。故に、人間よりも遥かに脚力がある。
しかし、ここは平らな地面ではない。鬱蒼とした木や草が生えている森の中。
馬の本来の速度は出せない。ユニコーンの体長は三メートル半ほどと馬としては大きい部類に入る。しかし、その巨体故に障害物が多いこの森の中ではどうしてもスピードが落ちてしまう。
もし、ここが開けた場所なら僕がユニコーンに速度で勝てる道理はない。
だが、この場所であるなら、僕は<初速>の技能を用いた加速によりユニコーンの瞬発力を凌ぐ。そして、ユニコーンが森の奥へと逃げる前に僕は追いつくことができた。
「さぁ、もう逃さないよ!」
「ヒィイイン!」
僕に追いかけられている事に気付いたユニコーンは踵を返しこちらを向く。そして、尻尾をブンブン振りながら、後脚を蹴り上げて、こちらに突進してくる。
「っ!!」
速い!!
さっき姉さんに見せた突進の勢いと比べて遥かに速度が上だ。
散々追い回された上、自身の胴体を斬った相手という事で怒りの感情が込められているのだろう。僕は迎撃をせずに、ユニコーンの攻撃を受け流すように身体を回転させながら横に回避する。
ユニコーンの突進は、僕を素通りし、僕の真後ろにあった、
横の太さ一メートル程度の木にぶつかる。
ドスンっ!!
……と、鈍い音が響き、
木の根元から一メートル半辺りの幹の部分にユニコーンの鋭い角が突き刺さる。
僕は、これでユニコーンの動きが制限されたと思いユニコーンに近付く。
だが突進を喰らった木はビキビキと音を立て始め、幹の部分から折れてしまった。
「え、嘘……」
僕はその突進の威力に唖然として声を出す。
そして、ユニコーンはこちらに振り向いて再び突進の構えを見せる。
「……くっ」
さっきの追いかけっこは僕の優勢だった。
しかし、実際に戦闘となれば話は変わってしまう。
巨体のユニコーンとやり合うには周囲に障害物があまりも多すぎる。
これほどの巨体。あの鋭い槍のような角に当たらなくとも身体に当たっただけで僕の身体が紙のように吹き飛ばされてしまう。魔法を使おうにもそれを放つだけの時間的猶予もない。
そうなると、必然的に僕は回避に徹することになる。
「はあっ! はあっ!」
僕は息を切らせながら、ユニコーンの攻撃を必死に避け続ける。
だが、このままではいずれ追い詰められて負けてしまう。
「(……まるで、自動車と戦ってるみたいだ)」
元の世界で自動車に轢かれて死んでしまったのは未だにトラウマだ。
ある意味、今戦っている相手はそれと似たようなものだ。
「くっ!」
僕は何度も突進を回避しながらも徐々にスタミナをすり減らしていく。
この足場の悪いは明らかに不利だ。
だが、僕が背を向けた瞬間、殺意の籠った一撃で背中を貫かれるだろう。
「………ふぅ」
僕は乱れた息を整える。
―――なら、これ以上攻撃を避けるのはやめだ。
僕は聖剣を構えて、ユニコーンに攻撃を仕掛けようと試みる。
ユニコーンは、後脚の片方を蹴り上げて一瞬静止。
次の瞬間、今までよりも更に早い速度で迫ってくる。
「(今だっ!!)」
僕は、剣の構えを変更し、前に槍のように前に突き出す。そして、剣先をユニコーンの胴体目掛けて突き刺す。
グシャッ!!
僕が突き出した剣先がユニコーンの胴体を捉える。
だが、ユニコーンの皮膚は固く、一〇センチほど突き刺さった辺りで動きを止めてしまう。
ニヤリと、ユニコーンが笑った気がした。
勿論人間じゃないユニコーンの笑いなど僕には分からない。
ただ、そう見えただけだ。
だけど、本当の意味で笑ってるのは僕の方だった。
「―――油断したね、これで終わりだと思った?」
「!?」
次の瞬間、僕の剣が紅蓮の炎に包まれる。その刀身が不死鳥の火の鳥のように激しく燃え上がり、体内に突き刺さった先端も五〇〇℃を超える高熱を帯びていく。
「グゥウウウッッッ!!!」
ユニコーンは苦痛の声を上げ、暴れ始める。
僕は即座にユニコーンから距離を取る。
「……ごめんね、今、楽にしてあげるよ」
僕は剣を振りかぶり、今度こそ止めを刺そうと歩み寄る。その姿に恐怖を覚えたのか、ユニコーンは燃え上がる自身の身体の痛みを無視して逃げだそうとした。
だけど、この森の中で僕の速度にはどうやっても及ばない。僕はユニコーンが逃げ出そうとした方向に即座に、回り込んで手に持った剣を振るう。
「さよなら」
そして、僕はユニコーンの首を切り落とした。
僕は、首を失ったユニコーンの胴体を眺めながら呟いた。
「……終わったか」
正直、予想よりもかなり苦戦した。
地の利によってここまで強敵と化すとは想像もしてなかった。
闘技大会で少々好成績を残したからといって自身の強さを過信していたらしい。
「……はぁ、やっぱり僕はまだまだだね」
そう言いながらため息を吐き、僕は剣を納めた。
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