第506話 お兄ちゃんっ子

 これまでのあらすじ。

 僕達は、邪悪な儀式を阻止すべくエメシス・アリターと対峙する。

 そして戦闘となり、僕達は優位に進めていたのだが、途中、背後を取られて不意を突かれそうになった。しかし、そこで敵であるはずのルビーが割って入り、エメシスの動きを封じた。


「………っ!!」

 ルビーは、魔力が底を突きそうな状態なのか、顔を苦痛で歪めながら黒檻の魔法を使い続ける。


「……ルビー、貴女……」

 エミリアは驚いたように彼女に声を掛ける。しかし、ルビーは魔法の制御に必死のようで、エミリアの言葉に反応する余裕が無さそうだ。


「(……ルビーさん)」

 彼女は、エメシスに恐怖を抱いていた。

 今も彼女は、肩を震わせて辛そうな表情で魔法を使っている。


 彼女が無理をしているのは明白だ。

 なのに、僕達のピンチを助けてくれた。

 真意は分からないけど、信じても良いのだろうか……?


「……どういうつもりだ、ルビー・スーリア。何故、貴様が儂の邪魔をする」


 エメシスは、黒檻の中でゆっくりと振り向き、その少女に対して怒りの表情を向ける。ルビーはエメシスの威圧に気圧されながらも、声を絞り出して言った。


「……エメシス、もう止めよう、こんな事、間違ってる……」


「何故だ。我らの目的が成就すれば、貴様の死んだ兄も蘇るのだぞ。……まさか、貴様、この者達に寝返ったとでも言うつもりか?」


 エメシスはそう言って、僕の方を睨み付ける。

 ルビーは、怯えながらも彼女の言葉を否定しながら答える。


「……そうじゃない……こんなことしても、兄さんはきっと喜んでくれない」


 ……そっか、彼女の最愛の人って……お兄さんことだったんだ。


「それに気付いたの……だから……もう、私は……」

「黙れぇ!! この、裏切者があぁぁぁ!!」

「っ!?」


 エメシスは、激昂しながら大声で叫ぶ。それと同時に、エメシスから闇の波動が迸り、彼女が発動した黒檻の魔法が砕け散ってしまう。


「ぐっ……!! ……はぁ……はぁ……」

 ルビーは、魔法が強引に打ち破られてしまったせいか、その場で片膝をつく。

 魔力も限界なのか、息も絶え絶えだ。

 

「裏切者は容赦せん……!!

 こうなれば貴様のその身体を旧神への生贄として捧げてくれよう!!」


 エメシスは右手に黒い槍を作り出し、

 ルビーの首根っこを掴んでその顔を自身へと引き寄せる。


「まずいわ、止めないと!」

 姉さんは叫ぶ。エメシスはルビーを殺す気だ。


 彼女も僕達の敵だったけど、さっき危ないところを助けてもらった。

 このまま見殺しにするわけにはいかない。

 僕はレベッカに目配せをしてから、エメシスに向かって叫ぶ。


「エメシス、その手を離せ!! お前が今戦ってる相手は僕達だろう!!」

 

 僕はそう挑発する。

 しかし、エメシスはこちらに振り向きもせずに言った。


「フン、貴様らなど眼中にないわ、そこで指をくわえて見ているがいい」

 エメシスはそう言いながら、ルビーを喉を左手で押し潰そうと力を込める。


 が、その刹那、

 レベッカの矢がエメシスの頭目掛けて飛来する。


 その矢はエメシスの頭に見事、命中―――――したかに見えた。


 しかし、奴は右手の黒い槍を使って、ギリギリ弾き返す。


「っ!!」

 自身の矢が弾かれたレベッカは驚愕に目を見開く。

 人体の構造上、まず防ぎきれない死角からの攻撃だったはずだ。

 レベッカの心中は穏やかではないだろう。


「馬鹿な真似をしおって……」

 そう呟きながら、エメシスはレベッカに邪悪な笑みを浮かべて再びルビーを締め上げようとする。だがその時、首を絞められているルビーが必死に抵抗し、エメシスの顎を蹴り上げる。


「ぬうっ……、き、貴様ぁぁぁ!!」

 しかしエメシスそれでも手を離さず激高し、さらに手に力を込めていく。


「ううううう……っ!」

 ルビーの顔が苦悶の表情に変わる。


 そして――――


 次の瞬間、僕はエメシスに接近し、剣で奴の左肩を切断する。


「ぎゃあああああああっ!?」

 左肩の根元から切断されたエメシスは悲痛な悲鳴を上げて、

 肩から大量の血を流し、残った手で傷口を抑えてその場でうずくまる。


 そして、切断されたエメシスの腕が宙に舞い、

 三秒後には血の海にポチャリと落ちて沈んでいった。


「き、……貴様ぁぁぁぁ、よくも……よくも……!!」

 エメシスは恐ろしい形相で僕を憎々しげに叫ぶ。


 僕はそれを無視して剣を鞘に納めてからルビーを両腕で抱き起こして支える。

 所謂、お姫様抱っこだ。


「大丈夫かい!?」

「…………う……あ……」


 僕に抱えられたルビーは、答えようとするが声が出せない。

 彼女の首元は、エメシスに首を絞められたせいで黒く変色していた。

 おそらくへし折るつもりだったのだろう。


 顔も青白くなって血の気が引いてしまっている。

 僕は彼女を抱えたまま、エメシスから離れて、姉さんの元へと走る。


「レベッカ、エミリア! そいつが何かしでかさないか見張ってて!」

「任せてください」

「次は外しません、お任せを」


 エミリアとレベッカはすぐに応えてくれて、エメシスから視線を逸らさないまま武器を向ける。


「姉さん!!」

「レイくん、流石だね、後は私に任せて」


 姉さんはそう言いながら腕まくりして彼女の身体に回復魔法を使用する。


「…………っ」

 彼女の身体が癒しの光によって包まれていく。

 すると、少しだけ彼女の辛そうな表情が安らいでいく。

 僕はその様子を見守りながら彼女に謝罪する。


「ごめんね、本当はもっと早く助けたかったんだけど、

 アイツ全然隙が無くて、キミが注意を逸らしてくれないと斬り込めなかった。

 今、姉さんに癒してもらってるから、少しだけ我慢しててね……」


 最初は僕が奴の気を引いてレベッカが隙を突く算段だった。

 だけど予想外にあいつの反応が良すぎて、レベッカの攻撃が防がれてしまった。

 最後は、ルビー本人の抵抗のお陰で奴の隙を突くことが出来たが、もしそれが無ければ一かバチの賭けになっただろう。


 癒しの魔法の効果が効いてきたのだろう。

 姉さんに治療を受けながら、弱りきった彼女はようやく声を出す。


 しかし、彼女の一言目は、僕に対しての疑問だった。


「……な、なぜ」

「え?」

 何故と問われて、僕は頭を傾げる。


「……何故、私を助けた?」

「……何故って?」


「私は……お前の敵よ……?

 お前の事を殺そうとしたし、お前の仲間にだって容赦しなかった……」


 あ、そういう事か。

 僕は彼女の質問の意味を理解して答える。


「それは、まぁそうだったけど、今は違うでしょ?」

「……今は?」


「うん、だって、さっきキミは僕達を助けてくれたじゃないか」

「……っ!」

 ルビーは無表情な彼女にしては、酷く驚いたような顔をする。


「で、でも私は……っ!」

 興奮したのか、ルビーは声を荒げて話そうとしたが、

 エメシスに絞められた首が痛むのか言葉を途切れさせる。


「ほら、ルビーちゃん。大人しくしてて、すぐ終わるから」

 姉さんはそう言って、彼女に注意する。


「……る、ルビーちゃん……?」

「ん、どうしたの、ルビーちゃん」

「……いや、なんでもない」

「そう、じゃあ少しだけ我慢していてね。……はい、終わり。もう喋っても大丈夫だよ」


 姉さんは、そう言って彼女の治療を完了させる。

 ルビーの首の絞められた跡は消えており、肌の血色も元に戻っていた。

 僕は、一旦彼女の足を下に降ろして身体を支えながら立たせる。


「大丈夫、まだどこか痛まない?」

「魔力は大丈夫? 霊薬なら少し持ってるよ、使う?」

 僕はそう言いながら、非常用の魔力回復アイテムの瓶を取り出して栓を抜く。


「いや、そこまでは……うっ」

「あ、ごめん」


 勢いで、そのまま彼女の口に瓶の中身を流し込んでしまった。

 彼女は軽くせき込みながらも、僕が渡した瓶の中をゆっくり飲み干す。


「……一応、礼を言っておくわ」

 彼女はそう言いながら、僕に瓶を突っ返す。

 その表情は、今までの頑なな態度と比べて少しだけ柔らかかった。


「助けてくれてありがとう、ルビー」

「……ふん、勘違いしないで。借りを作るのが嫌だから、仕方なくよ」


 なんか突然ツンデレみたいな事言い始めたんですけど。


「……それよりも、エメシスは?」

「……あれ見て」


 そう言いながら僕はエメシスの方を見る。

 エメシスは肩を押さえながら、よろめきつつも立ち上がりこちらを睨んでいた。

 しかし、先程までと様子が明らかに違っている。


「なによ、アレは……」

「僕が斬り落としたはずの腕が……」


 エメシスの左肩からは、黒い触手のような物がウネウネと伸びていた。そして、切断面から肉が盛り上がっていき、瞬く間に傷口が塞がり始める。


 危険を感じた僕は、近くにいるエミリアとレベッカに声を掛ける。


「二人とも、こっちに来て!」

 僕がそういうと、二人はエメシスから目を離さずに後足で戻ってくる。


 その間、エメシスの黒い触手は、失った左腕の代わりになるかの如く左肩から伸び始めて、それがどんどん腕の形になっていく。そしてその黒い触手によって、エメシスの左肩から先は完全な異形のそれへと変わっていった。


「フハハッ! これが我が神のお力か、なんと神々しく素晴らしい!!」

 エメシスは、狂気的な笑いを浮かべながら、両手を広げる。


「に、人間じゃない……」

 ルビーは、エメシスの姿に恐怖を感じているのだろう。

 僕の服を掴んで震える声で呟いた。


「(彼女が感じてた『得体の知れない何か』というのは、これだ……)」

 僕はエメシスの今の姿を目に焼き付ける。


 奴の左肩から黒いうねうねとした触手が体内から這い出て、それを腕の形にして動かしているという異様な光景。おそらく、エメシスはずっと前から人間では無かったのだ。


 震える彼女に、姉さんは彼女の肩に手を差し伸べてる。

 そして、優しく言った。


「……怖いなら逃げてもいいのよ。私達も責めないわ」

「……それは……」


 ルビーは、姉さんにそう言われて、言葉を詰まらせるが……。


「……そういうわけにはいかない。私も、エメシスと同罪だから、だから私は彼女を止める責任がある。……むしろ、お前たちが逃げるべき。あんな異形の存在、誰も敵わない」


 彼女は、真剣な眼差しで僕らを見据える。


「……心配してくれてるの?」

「ち、違う……私は自分の手でケリを付けたいだけ!」

「あ、そうなんだね……」


 今までと比べて、彼女は随分と表情を出すようになってきた。

 これが、この子の素なのかもしれない。


「……だけど、僕達も逃げないよ。

 元々、この事件を解決する為にここに来たんだから」


「ええ、そうねレイくん。

 ここまで来て、逃げ出すなんて勇者パーティらしくないもの」

 姉さんはそう言いながら杖を構える。


「皆、行くよ」

 僕は姉さん、エミリア、レベッカの三人に呼びかける。


「私はいつでも大丈夫ですよ」

「援護はお任せくださいまし、レイ様」

「よーし、女神様の力、見せちゃうわよー」


 三人は力強い言葉で敵と対峙する。


「勇者、パーティ……それに、女神……? まさかお前は……?」

 ルビーが僕を意外そうな顔で、僕を見つめる。


「その話は後……それよりも、ルビー……僕達に協力してくれる?」


 僕は彼女にそう問いかける。

 もし一緒にエメシスと戦うのであれば、彼女の助力があれば心強い。


「………仕方ない」

 彼女は一瞬黙ったあと、そう言ってくれた。


「ありがとう!」

 僕はそうお礼を言う。


「エミリア、彼女に武器を返してあげて」

「仕方ないですね、ほら」

 僕がエミリアに声を掛けると、エミリアは取り上げていたルビーの杖をこちらにほうり投げる。


 エミリアは彼女に釘を刺すように言った。

「言っておきますが、裏切ったら許しませんからね」


「……ふん」

 彼女は素直になれないのか、エミリアに返事をしなかった。


 僕は苦笑して、彼女に声を掛ける。


「ルビー、今だけで良いからみんなと仲良くしてね」

「……今回だけだぞ」


 すると、今度はちゃんと返事してくれた。

 その様子にエミリアは不満げだったが納得してくれたようだ。

 そして、ルビーを含む僕達はエメシスに武器を向ける。


「ふはははっ!! 貴様ら全員、我が神の贄としてやろう!!」

 エメシスはそう言いながら悠然と構える。


 本当の勝負はここからだ――!!

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