第505話 悪党は許さないレイくん

 地下へ降りると、そこは洞窟のような場所で瓦礫が転がっていた。

 どうやら、元あった階段が取り壊されており、代わりに梯子が掛けられていたようだ。


「……行こうか」

 僕は先に着いていた仲間に、そう声を掛けて三人は頷く。

 そして僕達は、洞窟の先に進む。


 すると、そこは祭壇のような場所だった。

 しかしその周りには、はらわたを抉られた動物や魔獣の死骸が散乱しており、

 どす黒い血と悪臭が漂っている。


「こ、これは……」

 エミリアは、鼻をつまんで顔をしかめる。

「酷いですね……」

 レベッカも、あまりいい表情はしていない。


「……居たわ、あいつね」

 姉さんは、臓物と血の海の先の祭壇を指差す。

 そこには祭壇と血だらけの邪神を模った像が祀られている。

 そして、邪神像の正面には、こちらに背を向けて気味の悪い呪文を唱え続ける魔術師の姿があった。

 エメシス・アリターだ。


 僕達は武器を取り出し、血の海を歩いて祭壇まで進む。

 床が血で滑りやすくなっているため、注意して進まないといけない。

 僕達は、エメシスの背後へと近づく。

 彼女は、呪文の詠唱に集中してるのか、僕達が近づいても反応が無い。


「……エメシス・アリター」

 僕は彼女にそう声をかける。


 そこで、ようやく彼女は、呪文の詠唱を中断しこちらに振り向いた。アリターは相変わらず目元が見えない深い帽子を被っており、その顔が全く見えない。だが、地獄から響くような怨嗟の混じった声を上げながら、僕達に言った。


「……崇高な儀式の最中に邪魔をしおって……儂の邪魔をしにきたか、愚か者どもめ」


 その声は、明らかに怒りに震えてた。

 僕は、その威圧感に呑まれないように、毅然とした声で言った。


「エメシス・アリター……アンタの仲間達も既に抵抗を止めている。その理解不能な儀式を取りやめて、大人しく投降しろ」


「理解不能……この儀式が如何に素晴らしい物か分からぬのか」


 エメシスがそう忌々し気に言うと、姉さんが言い返す。


「何が素晴らしいというの、ただ命を弄んで殺してるだけじゃない!」


「儀式の為にどれほど入念に事を進めていたかお前達には分かるまい! 

 かつてこの世界に繁栄と秩序をもたらした偉大な古き神をここに降臨させ、まがい物の世界を作り直す!! 

 それに比べれば、貴様らのいう命など、それ比べればちっぽけなものよ。これ以上貴様らに邪魔はさせんぞ!!」


「分かるわけないでしょ! 命を何だと思ってるの!?」

 姉さんは目の前の相手の言葉に対して一歩も引かずに言い返す。しかし、エメシスは姉さんの言葉など意にも介さずにこちらを見下して吐き捨てる。


「だろうな、所詮は力無き者の戯言よ!」


「くっ……、いい加減にしなさいよ!

 大体、私はね……これでも、あなた達のいう神――」

 と、姉さんが自分の事を話しそうになる。僕は姉さんの手を引いて静止する。


「って、レイくん、何よ?」

「今は話がややこしくなりそうだから、その話は無しで」

「えぇ……?」


 姉さんは不満げだったが、今はスルーだ。

 それよりも、この女は、今、気になることを言っていた。 


「今、この儀式の為に入念に事を勧めたと言ったか?

 それはいつからの話だ? アンタ達が王都に訪れてからか? 

 ……それとも、まさか」

 

 僕は、嫌な予感がして付け加えて質問する。

 すると、エメシスは「くくく……」と低く笑いながら言った。


「よく調べているではないか……。

 これほどの儀式を行うとなれば、今回だけの血の量では足りぬよ。当然、数十年前から進めている。……だからこそ、計画の邪魔をする貴様らを許すわけにはいかん……!!」


 その言葉を聞いて、僕は目の前の人物の正体を確信する。


「……そうか、やっぱりお前が30年前に、この屋敷で起こった惨殺事件の犯人だったのか……!!」


 僕はエメシスに向かって剣を突きつける。


「貴様らがそれを知ったところで何になる。この屋敷に住んでいた貴族やその使用人共の血と臓物は、この邪神の像に捧げる為のものじゃ。

 なあに……新たな世界への礎となったと考えれば、そやつらも本望であろうよ。この下らぬ世界で生きる人間どもよりも、よほど意味のある生を与えてやったと言っても良かろう……くくくくくくっ!!!」


「この女……!」

 レベッカは、槍を強く握りしめてエメシスを睨み付ける。


「レイ様……これ以上話をするのは時間の無駄かと!!」


 レベッカはそう言いながら、目の前のエメシスを強く睨む。

 そして、エミリアもそれに同意して話す。


「……今の話だと、こいつは大量虐殺の犯人という事です。そんな奴が私達に大人しく付いてくるわけがない。……どころか、口封じで私達を皆殺しにするつもり満々のようですよ?」


「くくく、当然だ……」

 エメシスはその言葉に、不快に笑いながら答える。


「レイ、こうなれば殺す気で行きますよ」

 エミリアは杖を構えて、攻撃の構えを取る。そして、僕を横目で見る。そのエミリアの目は、「覚悟は出来てるか」と僕に問いかけているに思えた。


 ここまで来たら、やるしかない。

 僕は、目の前の相手を人間として扱わない事を決意する。


「…………分かった」


 僕は頷いて、再びエメシスを見る。

 そして、今まで敢えて抑えていた感情を吐露する。

 

「さっきから聞いてれば、何がまがい物の世界だよ……要は、お前の都合の良い世界にするために、旧神かなんだか知らないけど、その力を使って滅茶苦茶にするつもりだろ!!」


 今まで、言わずに我慢していた言葉を吐き出す。

「お前がやっていることは、人の命を弄ぶ最低の行為だ! 絶対に許さない!!」


「……ふん、所詮は子供よ。

 正義感で動いておるようだが、お前のような小童が何を言っても何も変わらんわ」


「……なら、変えてみせる。この場でお前の儀式とやらをぶち壊して、これまでの悪行を全部償わせてやる!」


 僕はそう宣言してから、エメシスに向かって容赦なく斬り掛かる。


「むっ……!」


 エメシスは、僕が斬り掛かると同時に左手を前に出して前方に透明な障壁を出現させる。僕は構わずその障壁に剣を叩きつける。すると、パリンと音を立ててガラスのように砕け散った。だが、その瞬間にエメシスの姿は無く、上を見上げるとエメシスは邪神像の上に浮いていた。


 そして、エメシスは、ここにはいない何者かに祈る。


「古き偉大な神よ……儀式を邪魔する愚か者を屠るために、力を……!!」

 その瞬間、エメシスの身体に黒いオーラが迸る。


「……おおお、これが貴方様のお力か……力が漲る……ふふふ……!!」

 エメシスは、空中で不気味な笑みを浮かべていた。


「……来るわよ! みんな注意しなさい!!」

 姉さんがそう叫ぶと、エメシスの周りに紫色の魔力の渦が発生する。


「くらえぃ! !!」

 エメシスが両手を広げると、僕達に向かって闇の炎が襲い掛かってくる。

 その攻撃にいち早く反応したのはエミリアだった。


「そうはさせませんよっ!!」

 エミリアは、自信満々に言いながら杖を向けて魔法を発動させる。彼女の杖から、エメシスの数倍の規模はあろうかという炎が放たれ、エメシスの放った闇属性の魔法を完全に押し返す。


「うぐぅ……!?」

 エメシスは、自分の魔法が相殺されたことに驚いているようだったが、すぐに体勢を整えて次の魔法の詠唱を始める。しかし、それを阻止するかの如く、レベッカは弓を構えており、エメシスに向かって鋭い一射を放つ。


「だが無駄だ!」

 エメシスは、そう叫びながら手をかざすと、エメシスの前に巨大な氷の壁が現れ、レベッカの攻撃を防ぐ。


「っ……!」

 レベッカはすぐに矢を引き抜いて、新しい矢をつがえる。


「今度はこちらからいくぞ……!!」

 エメシスはそう宣言すると、突然僕達の目の前から消失する。


「一体、どこに……!?」

 姉さんは、慌てたように周囲を見渡すが……。


「後ろだ」

 その声が聞こえ、僕達は即座に振り向く。そこには、エメシスが宙に浮かんでいた。

 そして、その周囲には4つの魔方陣が展開されていて、その中心にはそれぞれの色の光が集まっていた。


「喰らえ!」

 エメシスは右手を振り下ろすと、同時に僕達の視界が真っ白に染まる。

 しかし、数秒後、その光は唐突に消失した。


「……な」

 消失した光で、視界が戻った時、僕達が最初に見たものは、黒い檻に閉じ込められたエメシスの姿と……。


 その背後で、黒檻の魔法でエメシスを拘束しているルビーの姿だった。

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