第504話 本音

 僕達は案内の元、エメシスが儀式の準備をしている場所に訪れた。


「ここだ」

 ルビーが足を止めたのは、屋敷の中央部だった。

 そこは、パーティの会場のような広間となっていて、中央部は巨大な柱が立っている。その柱の一か所に大穴が空いており、穴の中を光で照らすと、地下に降りる梯子が掛けられていた。


「この中に、エメシスが?」

「……ああ……だけど、行くことはおススメしない」


「どうして?」

 僕がそう尋ねると、彼女は苦々しい表情で答える。


「……あいつは何処か普通じゃない。

 ビレッドのように、ただ性根が腐ってるのとは訳が違う。

 何か、その……得体の知れない何かを感じる」


「……」

 彼女は奴と数日行動を共にしていた。

 そんな彼女が言うのであれば、気のせいという事はないだろう。


「ルビー、貴女でもエメシスには敵わないということですか?」

 エミリアはルビーにそう質問する。


「……はっきりとした力差は分からない。だけど、アイツは何処か私やビレッドとは、何かが根本的に違う……。私はアイツと話すといつも背筋が凍るような感覚を覚えた」


「……なるほど」


「……本音を言うと、私はこれ以上、奴と顔を合わせたくない。

 裏切ったことを知られたら、きっと私は殺される……」


「……」

 今まで無表情だった彼女が、恐怖に顔を歪ませている。


「……レイくん、どうする? 彼女の勘が間違ってないなら、エメシスという女は相当危険よ。一旦、王都に帰還して、彼女と男を引き渡して、作戦を練り直すって手もあるけど……」


 姉さんはそう僕に提案するが……。


「それは出来ない。僕は、あの子達に犯人を捕まえると約束した。主犯格であるエメシスを逃がしてしまえば、あの子達の約束に嘘を付いたことになる。だから、僕は一人でも行くよ」


 僕は梯子に手を掛ける。


「レイ様!」

 レベッカは心配そうに僕の名前を呼ぶ。


「大丈夫、僕だってもう昔のままの子供じゃないんだ。

 危なくなったら逃げるし、無理は絶対にしないと誓うよ。

 だから皆はこのまま―――」


 と、そこでレベッカは珍しく大声で僕の言葉を遮った。


「そうではありません!! ……わたくし達も一緒に行くと言いたかったのです」

「え、いや……だけど、これはある意味僕の我儘だし……」


「私も行きます」

 と、エミリアが僕の言葉を遮るように言った。


「いや、だけど……って、痛い痛いっ!」


 僕が言い掛けると、エミリアとレベッカが僕の頭を踏んづけて、

 梯子に手を掛けて僕より先に下に降りていってしまった。


「もう、何なのさ……」


「エミリアちゃんもレベッカちゃんもあなたが心配なの。勿論私もよ、今までずっと一緒に冒険してきたのに、ここで私達だけ帰るわけないじゃない」


「……姉さん」


「それに、レイ君一人で、子供達との約束を守る自信あるの?」

「うっ……」

 それを言われると自信が無い。


「ま、お姉ちゃんたちに任せなさいな。

 きっちりレイくんの約束の手助けしてあげるから」


「……ありがと」

 僕がそうお礼を言うと、

 姉さんはニッコリ笑って女神パワーで空を飛んで降りていった。


 そして、この場には僕とルビーの二人だけが残された。


「……」

「……」

 き、気まずい……。

 雑談している場合じゃないけど、何か言わないと……。


「き、キミは来ないの?」

「………」

 僕はそう問いかけるが、彼女は暗い表情で何も言わなかった。

 無視してるというか、考え事をしてるように見えた。


「……怖いなら、無理して付いて来なくていい、ここで待ってて」

 僕はそう言って、梯子を降りていく。

 すると、暗い顔をしていたルビーは僕に声を掛けてきた。


「……お前達は怖くないのか?」

「え?」

 突然話しかけてきた彼女の言葉を聞くために一旦、足を戻す。


「お前は……ここで何が起きたか調べてるんだろう?

 あの下は、きっと想像した通り、恐ろしい光景が広がっている。私でも吐き気を催すくらい、血と臓物に塗れた地獄のような場所なのに、それでもあそこに行こうとするの?」


 ……そんなの。


「怖いよ」

 僕は正直に答える。


「なら、どうして?」


「……ここで僕が止めたら、この後どうなる?

 エメシスはきっとまた何処かの子供や家畜を浚って儀式の為に殺人を犯す。次はきっと、ばれないように慎重にやると思う」


「……そうかもね、だけどお前たちに関係ない」


「関係ないかもしれない。でも僕達が知らない間に数多くの人達が犠牲になるんだ。なら、誰かがそれを阻止しないといけない。だから、僕達は行くんだ」


 僕はそう言って梯子を降りていく。

 しかし、そこで彼女の息を呑む音と、彼女の呟きが聞こえた。


「……自分の命より、他人の命の方が大事だって言うの?」

「……」

 僕は、その質問に答えず、梯子を降りていった。

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