第239話 褒められると受け入れちゃう

 ――場所を移して、街の近くの森にて。


<初級炎魔法>ファイア!!」

<初級氷魔法>アイス!!」

 ボクは、左手を正面に突き出し魔法を連発してみる。

 すると、魔法自体はきっちり発動した。


「……んー、いつもと違うような」

 いつもだと魔法を使用する際には手先に魔力が集まるイメージなんだけど、今は全身に魔力が駆け巡る感じがする。具体的には、魔法を使用するとなんか体が熱くなる。


 それに威力が不安定だ。

 いつもは十の威力魔法を撃てばそのままの威力を出せていた。

 だけど、今はその威力が大きくブレている。通常よりもかなり威力が出ることもあれば、半分程度の威力にまで下がったり安定しない。一旦魔法の使用を止めて、手を下ろす。


「レイ、問題ありませんか?」

 エミリアが問いかけてくる。

 どう答えようかと考えたが、思ったまま素直に答えた。


「んー……何か変かな。

 威力も安定しないし、魔法撃つ感覚もいつもと違う感じがするよ」


「ふむ……」

 ボクの答えを聞いて、ウィンドさんは一瞬考えてから言った。


「魔法の撃つ感覚の差を教えてくれますか?」


「手に集中していた魔力が何故か分散してしまっている、という感じです。今までだと、掌や剣に集まるんですが、今は魔力を集めても途中で散っちゃって……集中出来てないのかな」


 威力が全然出ないのも多分それが理由だと思う。

 初級魔法がこうなのだから、上級魔法だとちゃんと発動するかも怪しい。


「……なるほど、分かりました」

 ウィンドさんは何やら納得した表情を浮かべている。


「分かるんですか?」


「ええ、レイさんの心が体が一致しないのが理由だと思います。

 精神と身体が不一致なために、本来生成されるマナのキャパシティにも影響が出てしまっているのでしょう。となると、心の問題という事になりますね」


 心は男のままだけど、体が女の子になってるのが駄目という事になる。


「……それは?」


「今は自分を元々女の子だったと思い込むことです。

 そうすれば、精神と身体が一致して通常通りかそれ以上にマナを引き出せるようになります。

 本来、男性よりも女性の方がマナが豊富なので、通常通り引き出せれば今まで以上に強力な魔法を引き出せるようになりますよ。良かったですね」


 ……は?


「いやいや!? そんな簡単に言わないで下さい!!」


「大丈夫です。レイさん、見た目は結構かわいいですから、鏡に向かって自分は女だと言葉にして繰り返せばそのうち精神錯乱して女だと思い込めるようになりますから」


「思い込めませんって!!」


「戻った時色々支障がありそうですが、それはそれで興味深いです」


「興味持たないで下さい!!」

 ダメだこの人、早くなんとかしないと……。


「まぁ冗談は置いておいて、今の話は本当ですよ。実際、私も昔似たような経験をしましたし」


「え、ウィンドさんも?」

 ウィンドさんもこんな風に性別が変わることがあったんだ。


「いえ、性別では無いのですが……。

 アドバイスを送るとするなら、今の自分を否定するのは止めましょう。

 本当は男なのに……と思いながら戦っていると、精神が身体を否定していることになり、ちゃんと魔力を引き出せなくなりますよ。

 なので、レイさんは今の自分を受け入れれば、普通に魔法を扱えるようになるはずです」


「……そんなこと言われても」

 唐突に女の子の自分を受け入れろと言われても困る。

 姉さんは僕の気持ちを分かってくれたのか、ウィンドさんに言った。


「ウィンドさん、流石にそれは無茶じゃないかしら。

 お姉ちゃんの私でもレイくんが急に女の子になったことにまだ戸惑ってるのに、すぐに受け入れろなんて言うのは難しいわ」


 カレンさんもその言葉に同意する。


「まぁ、普通は無理よね。私だって突然男になったら動揺するわよ」

「そうですよね!」


 カレンさんの言葉に激しく同意する。

 そもそも唐突に性別が変わるっておかしいよ。一体どんな薬なんだ。


 話を聞いていたエミリアとレベッカが横で話している。

 何となく気になって、ボクは聞き耳を立ててしまった。


「これはどうでしょう? レイに女の子の良さを分かってもらうとか」

「女性である自身を好きになってもらうという事ですね。エミリア様」

「ええ、今を受け入れられれば、レイもきっと女の悦びに目覚めるはず」

「良いアイデアです。では、早速」


 ……何か嫌な予感がする。

 そんなボクの心中をよそに、レベッカはこちらを振り向いて言った。


「レイ様にお聞きしたいのですが、今レイ様はもっと可愛くなりたいとか着飾りたいとかそういう意思はありますか?」

「えっ!? いや、特にそういうのは――」


 ボクの言葉を最後まで聞かずに、レベッカは手鏡を取り出した。

 えっ、今胸元から取り出したような……。


「いえ、空間転移ですよ。自身の姿をご覧ください。

 普段より小顔で男性の時よりも髪も伸びておりまして、可愛らしいですよ」


「そ、そんなこと……」

 ボクは鏡を見て絶句した。

 鏡に映った姿は、いつものボクとはかけ離れていた。元々中性的な顔をしていたけど、今はさらに丸みを帯びていて幼さが強調されている。


 ――ちょっと可愛いかも。


「ちょっと可愛いかも? ……と、今レイは考えましたね?」

 エミリアは心を読んだかのように言った。


「いやいやいや!! 考えてないから!!」

 エミリアの言葉に慌てて否定したけど、当たっている。

 本当の事を言うと自分がド変態のナルシストみたいに思われそうだ。


「それじゃあ、こういうのはどうですか?」

「えっ」

 エミリアがボクの髪を後ろから軽く掴んで、櫛で結っていく。

 そして、髪を左右両サイドに分けて、最後に持っていた紐で括った。

 所謂、ツインテール。正しくは、ツーテイルの髪型だ。


「うんうん、似合っていますよ。普段より髪が長くなってるのが良いですね。これならきっとレイの心の琴線に触れると思いますよ」


「わぁ……何か、いい!!」

「かわいい……」

 姉さんとカレンさんが目を輝かせて見つめてくる。


「そ、そんなに……?」

 レベッカに手鏡を貸してもらい、自分の姿を見てみる。


 色素が薄かった自分の銀髪も女体化した際に色が濃くなっている。そのおかげでやたら髪がキラキラしてて、サラサラになってて、何というか、こう守ってあげたくなるような雰囲気がある。


 ……何か、目覚めそうな――


「いやいやいや、冷静になれ、ボク!!!」

 危ない、危うく自分が女の子になることを受け入れるところだった。

 ダメだ、落ち着け、まずは深呼吸をして心を鎮めるんだ。


 ……よし、落ち着いた。


「落ち着くのは良いですが、受け入れてくれないと困ります」

「くっ……それはそうなんですけど」

 受け入れてしまうと、自分に一瞬心を奪われたことを認めることになる。

 それに、もし元に戻った時に男の姿に戻れるかどうか不安だ。


「どうしても受け入れられません?」

 エミリアにそう問われて、ボクは少し遠慮がちに頷く。


「うーん、無理なら仕方ないですねぇ。

 女の子として過ごせるようになれば、もっと仲良くなれるかもしれないのに」


「………」


 ――数秒後、ボクは渋々受け入れることにしました。


 ◆


「今の身体を受け入れるためにも装備から変えてみましょう」

 エミリアの提案でボクは武具店に来ていた。

 今、持っている装備はどのみち使えないし、特に異論はない。


「女戦士といえばビキニアーマーが有名ですが、着てみますか?」

「絶対に嫌だ!!」


 エミリアが持ってきたビキニアーマーを全力で拒否する。

 水着みたいだけど、防具として機能するのだろうか。


「ちっ……いいじゃないですか、可愛いですよ」


「嫌だよ、恥ずかしい」


「大丈夫ですよ、ちょっとはみ出てもカバーしてあげます」


「はみ出るって何だよ!?」


「女の子に訊くんですか? セクハラですよ」


「今はボクも女の子です」


「……くっ、言うようになりましたね」


 エミリアは諦めて、次の装備を持ってきた。

 今度はまともなものみたいだ。


「ならこれはどうですか?スカート付きなので露出は少ないですよ」

 そう言って渡されたのは白を基調としたドレスのような服だった。

 ただし、背中が広く露出してて若干ガードが薄く思える。


「これ大丈夫かな、結構大胆に見えるけど」


「これくらいなら普通じゃないですかね。似合うと思いますよ」


「うーん……分かった」 

 デザイン的には結構好みだし、勇気を出して試着してみることにした。


「あと、上下の下着を持ってきたので付けてくださいね。

 ブラの方は紐のない前だけのやつなのではみ出ないから大丈夫ですよ」


「し、下着も……? それは勘弁してほしいんだけど」

 自分で着替える時、色々見てしまいそうだし、まだ心の準備も出来てない。


「当然ですよ。一時的とはいえ女の子になるための試練でもあります。レベッカ、試着室に付いて行ってあげて下さい」


「畏まりました。それではレイ様、行きましょう」

 レベッカに連れられて試着室に入る。そして、服を脱いでいく。


「ではレイ様、お召し替えを致します。もしお恥ずかしいのであれば、わたくしに身を委ねてくだされば、後は目を瞑っていても構いませんよ」


「う、うん……。よろしくお願いします」

「はい、それでは失礼いたしますね」

 レベッカは全てを包み込むような笑顔で言った。そして、ボクの後ろに回って優しく柔らかな手で、ボクに下着や小物などを付けてくれる。


 ……く、くすぐったい。

 レベッカのあったかい手に触れられて、何というか気持ちいい……。

 変な気持ちになりそうなのを、堪えながらレベッカに身を預ける。


「……はい、これでよろしいですね。レイ様、目を開けても大丈夫ですよ」

 レベッカの声を聞いて目を開けると、そこには先程までとは違う自分の姿が映っていた。


「これが今の……ボク?」


「はい、とてもお綺麗でございますよ。

 ……ふふふ、レイ様の事は今までお兄様のように想っておりましたが、今はお姉様でございますね」

 レベッカは微笑んで、ボクの頬に手を添えて優しく撫でてくる。

 その言葉で、ボクとレベッカが姉妹のように生活する存在しない記憶を妄想してしまった。


「……何か、悪くないかも」

「……!」

 ボソッと言った言葉が聞こえたのか、レベッカがビクっと反応した。


「な、なんでもない! 出よう」

「ふふふ、では参りましょうか」

 お姉さま……かぁ、何か言われた瞬間ドキドキしちゃった。

 

 ◆


 試着室を出ると、周囲から視線を感じた。


「うぉー、すげー美人がいるぞ!!」


「本当だ、あの銀髪の子二人かわいい……」


「姉妹かしら? 目の色が違うけど、とっても綺麗ね……」


 周りの人達が口々にそんな事を言っている。


「どうやら好評のようですね」

「そ、そうなのかな……」

 ここまで注目されるとは思わなかった。

 恥ずかしくなって、僕ら二人はそそくさとみんなの元へ戻ってきた。



 そして、戻ってきたボク達二人に、姉さんは一言。


「れ、レイくんがお姉ちゃんみたいな女神様に……!!」

「その感想は流石におかしいと思う」

 姉さんが意識高いナルシストみたいに見えてきた。


「大丈夫、レイくんなら女神様に推薦出来るくらい可愛いよ!!」

 女神様って外見さえ良ければなれるの?


「えっと、とりあえず装備はこれでいいかな……」

「では次はアクセサリーですね、可愛いの買いましょう」


 エミリアはそう言ってボクの手を引いて歩き出す。

 姉さんや仲間達とお店を出て、次は装飾が売られているエリアに来た。

 エミリアに続いて今度はカレンさんが何故かはしゃいでいる。


「レイ君、これなんてどう!?」

 カレンさんが露店から選んだのは青い宝石が付いた黒い紐のリボンだった。

 かなり大きめなリボンで頭に付けるものらしい。


「い、良いと思いますけど、ちょっと派手すぎるというか」

「えー、そんなことないわよー、カレンお姉さんが付けてあげるわ。ベルフラウさーん、レイくんを捕まえててねー」


「はーい、レイくん大人しくしててねー」

 そう言って、姉さんに後ろから抱きしめられる。


 その間にカレンさんが僕の髪にリボンを括り付けた。

 髪を触られるたびに、何か変な感じになってちょっとソワソワする。

 そして、カレンさんは満足そうな顔をしてから離れた。


「ど、どんな感じ?」

 恐る恐る聞いてみると、カレンさんが頬を染めながら笑みを浮かべる。

「うん、似合ってるわよ。とっても素敵よ」

「そ、そう……ですか」

 可愛いのはいいけど、カレンさんの様子が若干おかしい。

 普段のボクを見る目に比べても、ちょっと熱っぽい気がする。


 百合疑惑があったカレンさんだけど、やっぱり男の人より女の子のが好きなのだろうか。どっちにしろカレンさんには変わらないから良いんだけどね。


 それから二時間、あれこれ買い物をしてようやく旅の準備を整えることが出来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る