第240話 空飛ぶ馬車
「お待たせしました。ウィンドさん、リーサさん」
ボクたちが街の入り口まで歩いていくと、既にウィンドさんとメイドのリーサさんが馬車の準備を整えていた。
「ようやく来ましたか、遅いですよ。カレン、それに―――?」
「皆様、お待ちしておりました。それでは参りま―――?」
二人がボクを見て絶句していた。
いや待って、リーサさんはボクが女の子になってることを知らないから分かるけど、ウィンドさんは知ってるよね。
「あの、二人とも?」
「し、失礼しました……随分かわいらしくなりましたね、レイさん」
「私も、ウィンド様に聞かされておりましたが……」
いきなり性別が変わったと言われても普通は信じないよね。
ウィンドさんは何故か動揺してるけど、ちょっと理由が分からない。
「ふふふ、自分よりレイ君のが可愛いから動揺してるんじゃないかしら」
カレンさんは僕に顔を寄せて悪戯っぽく言った。
そうかなぁ、ウィンドさんも綺麗な人だと思うんだけど……。
「違います。妙な憶測は止めてください、カレン。
それよりも準備が出来たなら、早くあの男を追いますよ。
元々そのためにレイさんに試薬を飲ませたのですから」
「………あ、そうですね」
完全に忘れてたけど、元々そういう理由で薬を飲んだんだった。
「それで、あの男は何処に?」
「ここから北の方にある山の方角向かったみたいですね。目的は不明ですが、どうせロクな事を考えていないでしょう」
北の山……何か忘れてるような気がする。
何だっけ?
「それで、レイさん。その身体でも戦えそうですか?」
「多分……」
色々不安要素があるので、本当のところは自信は無い。
でも、あの男は姉さんを人質にして僕達を殺そうとした極悪人だ。
許してはおけない。
「……分かりました。では行きましょう。
あの男に追いつくために、飛行魔法を使用させてもらいますね」
ウィンドさんは、詠唱し始めた。
そしていつものように体が浮くのかと僕は身構えるが……。
今回飛ぶのは僕らではなく、馬車の方だった。
突然二頭の馬と馬車が浮かび上がったせいで、馬車に乗っていたリーサさんが驚きの声を上げる。
「こ、これは何事ですか!?」
「失礼しました。最初に一言言っておくべきでしたね。
今回は無駄な魔力を消費しないために、馬車にだけ飛行魔法を付与させます。皆さん、馬車に乗ってください」
ウィンドさんは魔法を操作して、馬車を再び地上に下ろしていく。
「クロキツネとシロウサギが心配なので、御者席で様子を見ておりますね」
レベッカはそう言って、馬車に乗り込む。
「ボク達も乗ろう」
レベッカの後に続いてボクたちも馬車に乗り込んでいく。
ウィンドさん自身は馬車に乗らず、飛行魔法でぷかぷか浮かんでいる。
再び馬車が浮き上がり、凄い速度で移動していく。
「な、何か怖い……」
固定もされてないのに空中を飛んでるのが怖すぎる。
慌てていると隣に座っているカレンさんに横から抱きしめられる。
「わっ? カレンさん?」
「大丈夫よー、もし落ちそうになったらカレンお姉さんが守ってあげるから」
「あ、ありがとう、カレン……お姉ちゃん」
女の子になって、カレンさんが普段よりも更に優しくなった気がする。
しかし、ベルフラウ姉さんは少し不満そうだ。
「むむむ……レイくんは私の弟なのに……あ、今は妹だけど」
そう言いながら、姉さんはカレンさんの反対側に付いてボクを抱きしめる。
「心配しないでねー、レイくん♪
いざとなったら真のお姉ちゃんであるこの私が助けてあげるからー♪」
二人の年上のお姉さんから抱きしめられて、嬉しいけど恥ずかしい。
「カレンお嬢様ってば………せめて、男の姿の時に積極的に……」
後ろで、ボソッとリーサさんが呟いた。
「う、うるさい!」
カレンさんは顔を赤くしながら怒った。
「……」
エミリアと言えば、そんなボクたちの様子を生暖かい目で見守っていた。
「……エミリア?」
「何でもないです。モテモテで良かったですね、レイ」
エミリアは少し拗ねた様子で答えた。
女の子になった途端にモテモテになっても困る。
「拗ねてないでエミリアもこっち来たら? 今なら抵抗も薄いでしょ?」
「私はカレンと違ってそっちの趣味はありませんから」
「ちょっ!? 別に私だってそういう趣味は無いわよ……みんな誤解してるんだからぁ……」
カレンさんがしょんぼりして俯く。カレンさんが百合なのかどうかは考察の余地がありそうだけど、それは置いておいて。
「えっと……エミリアも一緒にいてくれないかな?」
「わ、私ですか……? 仕方ないですねぇ……。
まぁ普段より抵抗が無いのは事実ですし、寂しがり屋なレイの為に一肌脱いであげますよ」
どっちかというとエミリアの方が寂しそうに見えたんだけどね。
エミリアは咳ばらいをしながら、そっとボクの近くて寄ってボクの手を握った。
「……これでいいですか?」
「うん、ありがとう……何か、ちょっと照れるね」
エミリアの手……ひんやりしてるけど気持ちいい……。
「本当に女の子になっちゃいましたね。身長も低くなってません?」
「うん、測ったら10センチくらい低くなってた。それに……」
こうやってエミリアと手を合わせるとよく分かる。
以前より手のひらも大きさも随分小さくなっている。
「ふーん、それに胸も膨らんでますよね。ちょっと触らせてください」
「えっ」
エミリアはボクの胸に手を伸ばした。そのまま軽く触られる。
「―――っ!?」
胸を触られた瞬間、身体に電撃が走ったような感覚がボクを襲った。
「ど、どうしました? 軽く触っただけだったんですけど……」
「………っ」
口元を抑えて何とか堪えるけど、この感覚は……。
「レイくん、真っ赤だけど大丈夫?」
「体調悪いの? エミリア、レイ君に何したの!?」
「い、いえ、私は軽く胸に触れただけなんですけど……」
こ、この感覚はヤバい。癖になりそう……。
理由は分からないけど、男の時よりも体の感覚が鋭敏というか、その……。
「……もしかして感じやすいとか」
「―――っ、ち、違うよ?」
反応を見て察してしまったのか、エミリアがニヤリと笑って指摘する。
ボクは必死で否定するが、顔が熱いし声も上ずってしまう。
「ほほう、良いことを聞きました」
エミリアは手をわちゃわちゃ動かし、
その指を触手のようにボクの身体に這いまわらせ――
「や、やめてぇぇぇぇ!?」
ボクは耐えられず悲鳴を上げた。
――その時、馬車の外では。
◆
『や、やめてぇぇぇぇ!?』
『ふふ、ここですか? レイはここが気持ちいいんですかぁ?』
『こ、こら! レイ君嫌がってるでしょ!?』
『……エミリアちゃん羨ましい』
馬車の中から、か弱そうな少女の悲鳴と周囲の騒がしい声が。
「!?」
い、今の声は、まさかレイ様……?
「……はぁ」
ウィンドさんは中の様子を把握しているのか、ため息を吐いた。
「……今、馬車の中からレイ様の悲鳴が聞こえたような……」
「……まぁ、命の危険はありませんし放っておきましょう」
中で何が行われているのか興味がありましたが、ウィンド様は教えて下さりませんでした。
「レベッカさんにはまだ早いです。大人になったら教えてあげます」
「そ、そうでございますか……」
ウィンド様に言われては仕方がないですね。
◆
――それから二時間半後。
ボク達がなんやかんややってるうちに目的の山の麓までたどり着いた。
「……はぁ」
あの後、エミリアに散々胸を揉まれた挙句、色々されそうだった。
流石に見かねたカレンさんが止めてくれたけど、もし止めてくれなかったら酷いことになってた。姉さんはボクの顔をじっと見ながら顔を赤らめてたけど、変な嗜好に目覚めたわけじゃないよね?
「レイが女の子になるとこんなに楽しいとは思いませんでした」
「ボクは全然楽しくないよ!?」
どうしてこうなったんだろう。
女の子になってしまった自分の身体を眺めながらため息を吐く。
そこに、レベッカが歩いてきて心配そうに声を掛けてくれた。
「レイ様、大丈夫でございますか? さきほど、馬車の外まで声が聞こえておりましたが、一体何があったのでしょうか?」
どうやらさっきの声は外にも聞こえていたらしい。
滅茶苦茶恥ずかしい。ボク、変な事言ってないよね?
「え……えっと、その……」
純真無垢なレベッカに、馬車の中で卑猥な行為をしていたなんて言えない。
別に一線を越えたわけじゃないけど。
女同士だというのが幸いだけど、別の意味でレベッカの教育に悪すぎる。
大体、ボク自身初経験だというのに……。
「汚された……」
「レイ様!?」
「い、いや、何でもないよ……あはは」
でも、今の自分が女の子であることを自覚出来た。
エミリアに色々まさぐられたのが切っ掛けというのが何とも締まらない。
理由はどうあれ、これで少しはまともに戦えるならオッケーという事にしておこう。そもそも男に戻れるのかとか、この後の生活どうしようとかの不安要素は今は忘れる。
気を引き締めるつもりで顔をぺチぺチ叩き、ウィンドさんに向き直った。
「ここがクラウンが逃げた場所なんですか、ウィンドさん?」
「逃げたかどうかは分かりませんが、この山の中腹辺りにあの男が来ているのは間違いありませんね」
ウィンドさんは村の先にある山を中腹辺りを見上げながら言った。
「それで、どうするの? 今から山登りする?」
カレンさんはウィンドさんに問う。
「私が山登りをしたがるように見えますか? 当然、飛行魔法で向かいますよ」
「でしょうね……」
カレンさんは苦笑していった。
「では行きますよ」
ウィンドさんは、飛行魔法を自分に発動させ、体を浮き上がらせていく。
しかし、二十メートル浮き上がったところで動きが止まった。
それどころか、そこから何故か下降していく。
「……? どうしたのかしら?」
「様子がおかしいわね」
姉さんとエミリアがその様子に疑問を浮かべるが、
一瞬、ウィンドさんの緊迫した表情が見えた気がした。
「もしかして……」
「飛行魔法が使えない……?」
ボクとレベッカが表情を険しくする。
「……くっ、間に合えっ!」
下降では無い。飛行魔法が突然使えなくなったのだ。
突然、自身の飛行魔法を解除されたことに動揺し、ウィンドさんはそのまま地上に叩き落とされそうになる。気付いたボクは咄嗟に駆け出し、ウィンドさんが地面に叩きつけられる前に何とか両手でキャッチする。
「―――っと、ま、間に合った……!! いたた……」
落下の衝撃はなんとか受け止めきれたものの、代わりにボク自身もウィンドさんと一緒に地面を転がってしまった。
結構痛かったけど、怪我はない。
「だ、大丈夫? ウィンドさん……」
「は、はい……ありがとうございます、レイさん」
ウィンドさんは、少し困惑してたがすぐに表情を硬くしてボクから離れる。
「……ウィンドさん、今一体何が?」
ボクは起き上がりながら聞く。
ウィンドさんは険しい顔のまま立ち上がった。
他のみんなも立ち上がり、ボク達の方を見ている。
さっきまで和やかなムードだったのに一転して張り詰めた空気になった。
「……飛行の最中に魔法が弾かれました。おそらく、特定の魔法が無効化される結界が施されています。十中八九、あの男(クラウン)の仕業でしょう。どうやら、私の追跡魔法がバレていたようです、迂闊でした……」
ウィンドさんは普段の表情を崩して、悔しそうな表情をする。
自分の策を読まれていたことが堪えたのだろう。
「―――っ!」
ウィンドさんは更に驚いた表情を浮かべて、ボク達の方を向いて言った。
「飛行魔法と同時に、追跡魔法も無効化されてしまったようです。奴の正確な場所が把握できなくなってしまいましたが、このままおめおめと引き下がるわけにはいきません」
そう言うと、ウィンドさんは再び飛行魔法を発動させて飛び上がる。そのまま高度を上げていくが、やはり途中から飛行魔法が使えなくなるようで、ゆっくり降下して戻ってきた。
「……どうやら徒歩で向かうしかないようです」
「分かりました」
ボクたちは頷き合い、そして馬車に乗っているリーサさんに言った。
「リーサさん、僕達は山に向かいます。
麓の村に馬車を預けて僕達の帰還を待っててください」
「リーサ、お願いね」
ボクとカレンさんの言葉にリーサさんは快諾して言った。
「仰せのままに、皆さま、お気を付けください」
リーサさんはそう言って、馬車を村に運んでいった。
「……さて、私も不慣れですが、山登りをするしか無さそうですね」
ウィンドさんの言葉にボク達は苦笑して、それから山に向かうことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます