第241話 未達

 山を登る途中、何度か魔物に襲われた。大したことない相手ばかりだったので、特に苦戦することも無く討伐できたのだけど……。


 ただ、問題なのはこの先だ。クラウスが逃げ込んだと思われる場所に近付くにつれて、徐々に強力な魔物が出現し始めた。それもあって、ボク達は警戒しながら先へ進んでいく。


「レイ、調子はどうですか」

「良い感じだよ、魔法も問題なく使えるっぽい」


 最初の方は弱い魔物ばかり出ていたので試しにと魔法を撃っていたのだが、以前と同等かそれ以上の威力で放てるようになった。

 その分、筋力が落ちてるため剣の扱いに少し難があるのが辛いところだけど、カレンさんやレベッカのフォローもあってなんとか戦えそうだ。


 ただし、冒頭に言った通り、中腹に差し掛かるほど魔物が強くなっていく。

 最初はホブゴブリンやグリフォンやゴーレム程度の魔物しか居なかったのだが、その上位種も同時に出現し始めた。通常よりも凶暴性が増しており、ボク達を見掛けるなり襲い掛かってくる。


「どの魔物も、何者かの精神干渉を受けているようですね」

「精神干渉、ですか?」

「理性を削いで本能剥き出しにさせる魔法があるのです」


 人間にも有効な魔法らしく、解除は可能らしい。

 下手すると味方にも襲い掛かってくるためあまり使用されない魔法だとか。


「試しにレイにも軽めに掛けてあげましょうか? 一応私も使えますよ」

「遠慮しとく、怖いもん」

 エミリアに言われて即座に断る。


「加減すれば精神を壊さずに、高揚感だけ強くなる効果もあるんですよ」

「それでも嫌だよ」


 しばらく歩いていると、空から複数の黒い影がこちらに飛んでくる。

 空を埋め尽くすほどの黒い影達、その数は数十では利かないだろう。


「何、アレ……?」

「魔物ですね。悪魔系の魔物が数匹と、空を飛ぶ魔物、ガルーダが多数」

 悪魔系の内の一体は、ボクたちと目が合うと周囲のガルーダに指示するかのように手を動かし、一斉に襲ってきた。


「私が魔法を撃ち落とします! レイ達はその間に接近してください!」

「では私も」


 ウィンドさんとエミリアが空に向かって魔法を解き放つ。

 炎の魔法と風の魔法が空に向かって放たれた。エミリアの魔法が着弾すると同時に爆発音が鳴り響き、ウィンドさんの風魔法がエミリアの炎ごと敵を切り裂いていく。


 爆風で周辺んの木々が大きく揺れ、葉っぱが散っていき突風で空を舞う魔物達は上手く飛行できなくなり、複数の魔物達は地上に落とされていく。


「それなら私は……」

 姉さんは、女神パワーで空を浮遊し、空中でこちらから攻撃を加えようとする魔物達を魔法でけん制していく。ベルフラウ姉さんが主に使用する魔法は光魔法だ。


<閃光>フラッシュ

 姉さんの光魔法により、上空で眩い光が放たれる。

 突然の光に魔物達は目が眩み、それによって隙が出来た魔物達は二人の魔法使いの魔法が直撃し、次々と地上に落とされていく。


「ボク達も行こう!」

「ええ!」

「それでは、参りましょう!」

 前衛組のボク達は地上に落下した魔物達を仕留めるために駆けていく。

 同時にそれを阻もうとするガルーダ達がボクに狙いを定めて襲い掛かってくる。


「はぁああっ!!」

 ボクは加速を付けて一気に跳躍する。

 装備が軽量化されたおかげか、ボクの体は何の魔法付与も無しに10メートルに近い高さまで跳躍する。想像以上の高さに僕自身が驚いたが、今は目の前の魔物だ。


「風よ、纏え!」

 魔法の剣に風の魔法を付与させ、剣を振るう。

 そこから発生した真空の刃が多数のガルーダ達に襲い掛かり、ガルーダの翼が切断されていく。


「キシャアアアッ!!」

 力こそ落ちているが、魔法の剣を振るうくらいなら何の支障もない。

 更に、女体化してマナが潤沢になったおかげか威力が底上げされており、十分にダメージを与えられていた。不思議と体も軽い。これなら問題なく行けそうだ。


「レイ様っ、お任せを!!」

「任せた!」

 そこに、レベッカの槍の追撃が入る。

 僕の剣で翼を失ったガルーダ達は落下し、レベッカの槍で串刺しにされ息の根を止めていく。


 ボクとレベッカは上手く連携を取りながら順調に魔物の数を減らしていく。

 上空からは時々魔法がこちらに向かって放たれ、騒ぎを聞きつけた魔物達もこちらに向かってくる。

 戦いは思った以上に難航していた。


 カレンさんは単独で動き、聖剣を使用しながら敵を切り裂いていく。

 途中、何度か手に持つ聖剣が煌めき、魔物を一掃していくが、それでもなお魔物は襲い掛かっていく。


「――キリがないわね」

 ガルーダ以外にも、周囲の魔物達が次々とボク達に襲い掛かってくる。

 まるで、ボク達に狙いを定めているかのようだ。

 このままいくと、山に住み着く魔物達の大半と戦うことになりそう。


「みんな、ちょっと本気で攻撃するから離れてて!!」


 カレンさんが大声で僕達に呼び掛ける。

 それを聞いたボク達は頷き合い、カレンさんから距離を取る。ウィンドさんとエミリアも後方に移動し、姉さんは空中に飛びあがり避難を開始する。


 地上では聖剣を上空に構えたカレンさんが技を放とうと力を溜めている。

 相当な大技らしい。通常よりも溜めの時間がかなり長く、手に持つ聖剣はその光を徐々に広げていく。集中しているのか、カレンさんは目を瞑ったまま微動だにしない。


 そして、それを阻止しようと魔物達がカレンさんに襲い掛かろうとする。


「カレンさん!!」

 このままでは無防備なカレンさんに魔物達が!

 そう思ったが、カレンさんは目をキッと見開いて叫んだ。


「―――聖剣解放85%―――<聖なるセイント審判>ジャッジメント!!」

 聖剣から魔力が集中し、振りかざすと同時に解き放った。膨大な魔力が衝撃波となり、カレンさんを中心に広範囲に広がっていく。地上で傷ついていた魔物達は放たれた光の奔流に飲み込まれ、跡形もなく消え去っていく。


「凄い――!!」

 これほどの技を今まで使わなかったのは範囲が広すぎるからだろう。

 カレンさんを中心に広範囲に広がった光の奔流は周辺の地形すら巻き込み、岩肌を削り取るほどの破壊力があった。今の一撃で山の一部の形が変わっただろう。


 たった一撃、それだけで数十体の魔物が倒されていた。

 これは、ボク達の出番ないんじゃ……。


 そう思ったけど、すぐに考えを改める。

 カレンさんとしても相当な大技だったらしく、肩で息をしていた。


「はぁ……はぁ……」

 僕は地上に降り立って、すぐにカレンさんのカバーに入る。

 並の魔物達は一掃されたが、上空に残っていた魔物達は今も健在だ。

 特に、ガルーダ達を指揮していた魔物、地獄の悪魔といわれる悪魔数体はエミリアやウィンドさんと魔法戦を繰り広げながら今も戦っている。


「カレンさん、大丈夫!?」

「大丈夫……少し時間が掛かっただけよ」

 カレンさんは何でもないように言うが、聖剣技は撃つたびに消耗していく。

 今の一撃はエミリアの極大魔法かそれ以上の威力があった。以前のエミリアは極大魔法を一撃放つだけでもMPが枯渇するほどだった。カレンさんもきっとかなり消耗が激しいはずだ。


 それ以前にもカレンさんは聖剣技を連発している。

 この先を考えるなら、カレンさんは戦わずに力を温存した方が良いだろう。


 ボクは、姉さんから女の子の嗜みと言われて手渡されたハンカチを取り出し、カレンさんの顔を汗を拭う。カレンさんはかなり発汗しており、辛そうだ。


「れ、レイ君、今戦闘中よ……?」

 急にボクと顔が近くなったから驚いたのか、それとも今あんまり近づかれたくないのか、カレンさんは戸惑っていた。ちょっと顔も赤くなってる。


「カレンさんは少し休んでて、あとはボクたちが何とかするから」

「私はまだ大丈夫よ。レイ君に心配される覚えなんかないんだから」

 カレンさんはプイッと顔をそむける。


「(強がってはいるけど、疲れているように見えるなぁ)」

 カレンさんでもあれだけの数の魔物を相手にして無傷というわけにはいかない。

 僕とレベッカは二人一組で戦ってたけど、カレンさんは単独で戦ってたのだ。負担はボクよりも大きいはずだ。これ以上無理はさせられない。



 レベッカに目配せをして、二人でカレンさんを守るように立ち回る。カレンさんもボク達の意図を察してくれたのか、今は素直に後ろに下がってくれた。


「仕方ないわね……でも、危なくなったらすぐに前に出るわよ」

「うん、その時はよろしくお願い」

「そうならないように頑張りましょう、レイ様」


 それからボク達は魔物を倒し続ける。

 カレンさんが抜けたことで戦いづらさは感じるものの、

 それでもどうにか魔物の数を減らしていく。


 しかし、空中で戦っていた悪魔の内、一体がこちらに襲い掛かってくる。


「カレン、そっちに大物が行きましたよ!!」

「レイ、気を付けてください!!」


 魔法使い組の声がこちらに飛んでくる。

 大物と言うのであれば、おそらく強敵なのだろう。

 気を引き締めて戦わないと。


「わかった!」

「了解です!!」


 ボクとレベッカは声を上げて応える。

 ボク達は爪を構えて襲い掛かってくる悪魔の攻撃を武器で防ぐ。

 そして、それぞれ一旦距離を取って、互いの出方を窺う。


 襲ってきた中で最も強いと思われる地獄の悪魔だ。

 以前にも戦ったことはあるが、それよりも強敵のように思える。


「(こいつ、多分、本物だ……!)」

 以前のは、無理矢理強化されたタイプだがこいつはそうでは無さそう。

 下位種から変化したわけではなく、元々最上級種なのだろう。


「貴様らが魔軍将様が仰っていた人間どもか。

 こんな子供があの方に手傷を負わせたとは、信じられんなっ!」


 悪魔はこちらを侮るような言葉を吐きながら襲い掛かってくる。

 そのスピードは先ほどまでの魔物と比べて段違いに速く、鋭い。


「レイ様、お下がりを!」

 レベッカはボクとカレンさんを庇うように、

 前に立ちはだかり、悪魔の爪と尻尾の攻撃を槍で受け止める。


「っ……!!」

 レベッカは悪魔の攻撃を受け止めた衝撃を歯を食いしばって耐えていた。今のボクとレベッカは既に強化魔法が付与されている状態だ。それでなおレベッカは凌ぎきるのがやっとだ。


「今の一撃を受け止めるか!!

 その歳で大したものだ。だが、これならどうかな? <闇の炎>ダークファイア!!」


 そう言って悪魔は、距離を取って攻撃魔法を放つ。

 闇の炎はボク達に扇状に放たれる。その威力は上級魔法級だ。


「今度はボクに任せて!」

 そこを今度はボクが前に出てレベッカを守るように剣を振るう。

 剣に炎の魔法を付与させ、悪魔放つ闇の炎を迎え撃つ。ボクの放った炎の斬撃は、悪魔の放った闇を切り裂きそのまま悪魔に迫る。


「大した魔力だな! だが、この程度の魔法!」

 そう言いながら、悪魔は自分の前に魔力障壁を展開して防御態勢を取る。

 ボクは剣を構えて一気に接近し、悪魔に剣を叩きつけるが―――


「――っ!!」

 単純な一撃では力の落ちているボクでは突破しきれない。

 魔力障壁にボクの攻撃が防がれてしまう。形成有利と判断した悪魔は、

 ニヤリと笑い、

「はっ! 所詮はガキか!!」

 そう言いながら、背後の尻尾でボクを横から叩きつけてきた。


「ぐっ……!!」

 咄嗟に回避を試みるが、回避しきれない。

 衝撃をモロに受けてしまい、ボクは吹き飛ばされて岩盤に叩きつけられる。

 レベッカとカレンさんがボクを心配する声を上げる。


「レイ君!!」 

「レイ様!!」


 ―――強敵だ。だけど……。


 それ以上にボク自身が力を出し切れていない。

 このままだと太刀打ちできない。


 カレンさんはボクが倒されたことに怒り、聖剣を抜いて悪魔に向かって行った。

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