第610話 お姉ちゃん、窘められる

 隠れ処を出たレイ達は宿に戻って、先に戻っていたベルフラウ達と合流した。

 そして食事の最中に、互いの進捗を報告し合ったのだが―――


「……そっか、無理だったか……」

「申し訳ございません、レイ様……」


 レベッカは向かいの席から僕に頭を下げてくる。神依木の探索許可をもらうために、レベッカ達が国王様に謁見しに行ったのだけど難しかったようだ。


「しかし、どうしましょうかね……流石に許可なく入るわけにはいかないでしょうし……」

 エミリアは眉間に軽く皺を寄せて困ったような表情を浮かべて、隣の僕に視線を向けてくる。


「もう一回王様に直訴してみるって手もあるけど……」

 ただ、少し引っかかることがあった。隠れ処の客が言ってた話だけど、セレナさんが居なくなる前に森の方で落雷騒ぎがあったらしい。それが人為的に引き起こされた可能性があったらしく、森へ立ち入るのが難しくなってしまったとか。



「……人為的、か」

 僕はポツリと呟く。すると、僕の隣を挟んでいたエミリアとルナがピクリと反応する。


「もしかして隠れ処で聞いた話ですか?」


「落雷騒ぎがどうとかって話?」


「うん、もしかすると……それが原因かもしれない」


 レベッカ達が許可を得られなかったのは、その落雷騒ぎが大元の理由だろう。

 僕は彼女達に隠れ処から聞いた情報を伝えた。


「……なるほど」

「王様が頑なのはそういう理由だったんですねぇ……あの人、本当に頑固でしたよー」

 サクラちゃんは野菜サラダをフォークで頬張りながら、口の中を膨らませて言った。


「……」

「ところで姉さん、なんでさっきから黙ってるの?」

「……え?」

 僕が話し掛けると、姉さんがハッとした表情でこちらを向いた。


「もしかして、体調が悪かったりする?」


「……そ、そうね……先に休ませてもらうわ……」

 姉さんはそう言いながら立ち上がり、そのまま食堂部屋を出て行ってしまう。


「姉さん、大丈夫かな?」


「きっと旅の疲れが出たんですよ」


「船旅長かったもんねぇ、私も結構船酔いして気持ち悪かったかも……」

 ルナはそう言って、自分のお腹をさする。


「あー、レイさん。実はベルフラウさんの事でちょっと話が……」

「……少し聞いていただきたい話がございます」


 サクラちゃんとレベッカが悩まし気な表情を浮かべながら、姉さんの行った方に視線を向ける。


「?」

 僕とエミリアとルナは互いに顔を見合わせる。

 とりあえず食事を終えた後、少しだけ事のあらましを聞くことにした。

 そして、話を聞いた後に姉さんの部屋に向かうことにする。


 ◆◆◆


 ――コンコンッ!


「姉さん、入っていい?」

「……レイくん ?どうぞ」

 扉をノックして声を掛けると、中から返事が返ってきたのを確認して僕は扉を開ける。


「姉さん、調子は大丈夫?」

「うん、平気よ。ところで……エミリアちゃんとルナちゃんも一緒に、どうしたの?」

「ちょっと話があって……入っていい?」


 僕がそう質問すると、姉さんはしばし無言になって―――


「ダメ」


 ………。


「なんで?」

「だって、流れ的に私、ぜったい怒られそうだし」

「怒らないよ? ね、エミリア、ルナ?」


 僕は後ろの二人に笑顔で声を掛ける。


「あー、私は怒りませんよ……仮に怒るならレイでしょうし(ボソッ)」

「わ、私もそんな……」

 二人は微妙に目線を逸らす。


「ほら、やっぱり怒ってるじゃない!」

「……まぁ、とにかく話はするから。入らせてもらうよ?」

「やだー、怒られるー!」


 そう言って姉さんは部屋の奥に逃げようとする。

 だが、残念。そこは壁だ。


 その後、部屋から逃げ出そうとする姉さんをエミリアが羽交い絞めにして無理矢理落ち着かせた。


 ◆◆◆


「聞いたよ姉さん。王様に許可貰えなくて、王宮内で騒動を起こしたんだって?」


「うう……レイくんには言わないでほしかったのにぃ……レベッカちゃん、サクラちゃん……」


 姉さんは部屋のベッドで横になりながら、恨めしそうな視線を二人に向ける。


「す、すみません、ベルフラウ様」

「ごめんなさい、ベルフラウさん」


 後から来たレベッカとサクラはそう言って姉さんに謝罪する。


「でもレイ様、ベルフラウ様の名誉の為に言っておきますと――」


「分かってるって、姉さんなりに必死に説得しようとしたんでしょ。……まぁ、それで危うく牢屋送りになりそうだったと聞いた時は驚いたけどね……」


 僕はため息を吐いて、軽く頭を抱える。


「あはは……」

「ほ、本当に申し訳ございません……」

「うぅ……ごめん……」


 サクラちゃんは苦笑し、レベッカと姉さんは申し訳なさそうに僕達に謝る。

「もう謝らなくても良いから。それよりも姉さん、これ以上無茶は絶対ダメだよ」

「な、ナンノコトカナー」

「姉さん?」

「は、はい……」


 僕が睨むと、姉さんはシュンとなって大人しくなってしまった。


「……やれやれ、どっちが兄なのか姉なのか分かりませんね」

「サクライくん、おっとなー」


 その様子を見ていたエミリアとルナが呟く。


「……姉さん、無許可で森に行こうとしてたんだって?」

「……」


 姉さんは無言で視線を外す。


「どうして?」

「……だって、カレンさんと……レイくんが……」

 姉さんはボソッと言葉を呟く。


「……カレンは分かりますが、何故そこでレイの名前が出てくるのですか?」

「レイさん、どういう事?」

 エミリアの疑問にサクラちゃんが便乗し、僕に質問してくる。


「(……なるほど)」

 急がないと僕の命も危うい事を、この中では唯一知っている。知ってるから焦ってしまい強硬策で行こうとしていたのだろう。確かに、このまま状況が進まないと、姉さんが心配する状況になってしまうかもしれない。


「心配しないで姉さん。明日僕が王様に謁見しに行くつもりだよ」

「……レイくん、でも……」

 姉さんは申し訳なさそうに今にも消えそうな声で呟く。


「それなら私も行きますよ、レイ」

 エミリアが僕の手を引っ張って言う。彼女が来てくれるならちょっと心強い。

 少々短気な所以外は基本すごく頼りになる。


「あ、レイさん! それならわたしも! リベンジさせてください!」

 サクラちゃんは立ち上がって元気よく挙手をする。


「えっと……じゃあ、お願いしようかな」

 彼女は考えずに行動するタイプだけど、表裏がないのが良いところだ。

 

 こうして、明日の朝一で三人で王様に会いに行くことになった。


 その日の夜―――


「持ってきたよ」

 僕は隠れ処で購入した肉を袋に包んでから王都の外に出て、少し離れた林の近くで声を出す。すると、ガサガサと茂みの中から音を立てて、そこから二人の男が出てきた。


「お!」

「持ってきてくれたのか!」

 出てきた男は、僕に生肉を依頼してきた盗賊二人だった。


「わりぃな、手間かけさせて」

 盗賊の一人は僕に軽く頭を下げながら、僕の持った袋を受け取る。


「まぁ引き受けちゃったしね」

「これでしばらく食料に困らねぇな、ありがとよ」


 盗賊の一人はそう言いながら肉の中身を取り出しながらもう一人の盗賊に言った。


「おい、準備すっぞ」

「おう」


 二人は地面に座り込んで作業を始める。

 どうやら木を集めて魔法で火を付けて肉を焼く準備をするらしい。


「さて、僕は戻るか」

「待てよ」

 僕は帰ろうとした所で、後ろから呼び止められた。

 振り返ると、先程まで作業をしていた二人がこちらを見ている。


「何?」

「お前、名前はなんていうんだ」


「レイっていうんだけど」

「そうか、レイ。今回の件、すまなかった」

「悪かった」

 ……意外、彼らは思いの外素直に謝ってきた。


「別に気にしてないよ。それより、二人は何故こんなことをしてるの?」

「……」

「……」


 男達は作業をしながら顔を見合わせる。

「……お前、悪い奴じゃないよな?」

「え? いや、別に事とかはしないけど……」


 何を言いだすんだろうこの二人は。

 むしろ悪人なのは二人の方じゃないだろうか。


「……いや、すまなかった。変な事言ったな、気にしないでくれ」


「代わりに、もし俺達が力になれることがあったら言ってくれ。全部は無理だが、ある程度は協力できると思うぜ」


「ああ、何かあったら頼む」


「……分かった」

 返事を返すと、男達は満足そうに頷いて作業を続けて肉を焼き始めた。

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