第611話 敵意

 翌朝、僕達は王都を出発して城へと向かう。


「レイ様、吉報をお待ちしております」

「頑張ってね、三人共」


 宿の前でレベッカとルナが僕達に声を掛けて見送ってくれた。


「うん、ありがとう」

 僕は二人に礼を言う。


「レイくん……私、その……」

 姉さんが元気なさげに呟く。

 どうやら僕達に手間を掛けさせてることを申し訳なく思っているようだ。


「……姉さん、今回の件の罰として今度勉強でも教えてね」

「……!!」


 姉さんの表情がパァッと明るくなった。

 うん、姉さんはこうじゃないとね。


「さて、行こうか」

 僕達三人は、途中で拾った馬車に乗り込んで御者さんに城の方に向かうようにお願いする。そして、出発してしばらくすると目の前に大きな城が見えてきた。


「異国のお客さん、この辺りでいいかい?」

「はい、ここまでありがとうございます」

 僕達は御者さんにお礼を言って銀貨を渡す。そして馬車が王都の方へ戻っていくところを見送ると、僕達は城の城門に向かった。


 城に向かって歩き出すと、隣を歩くサクラちゃんが話し掛けてきた。


「レイさん、レイさん」


「なに?」


「ここの王様、すっっっっっっごい!! 頑固なんですけど、どうやって説得するんですか?」


「ちょっと王様に一つ提案があって、それ試そうと思ってるよ」


「提案? 失敗したら?」


 サクラちゃんが可愛らしく頬に指を当てて首を傾げる。


「土下座して謝って、向こうが折れるまで持久戦する」


「土下座!?」


「だって、王様相手に怒らせたままでいるわけにはいかないし……」


「ゆ、勇者らしくない……」


 勇者らしさって何だよ。


「ふむ、言っときますが私は土下座しませんよ。レイ」

 エミリアが僕達の後ろで平坦な声で言った。


「ダメだよ、いざという時は全員で頼み込むんだから」「……」


 僕がそうぴしゃりと言い切るとエミリアは若干不機嫌そうな顔をする。


「なんで嫌そうな顔してるの? エミリア」


「いえ別に。……それよりレイ、先程から妙に視線を感じませんか?」


 エミリアが周囲を警戒するような目つきで見回す。


「………いや」

 僕は周囲の気配を感じ取るために<心眼>の技能を使用する。しかし、周囲に人が多すぎて気配を掴みきれない。自分達に意識を向けるものだけ探ろうとするが、僕達は異国の人間なので元から周囲から注目の的だ。


 ……ただ、時折、妙に突き刺さるような殺気を感じる。


「サクラちゃん、感じる?」

 隣の彼女に視線を移して声を掛ける。

 サクラちゃんは目を閉じてピタリと動きが止まり、数秒後また目を開ける。


「んー……気配を隠すのが上手い人みたいですね」

 どうやらサクラちゃんでも完全に捉えきれないようだ。


「……分からないけど、ちょっと注意した方が良いかもね」

 僕達の正体が知られているのか、それとも僕達に恨みがある人物が居るのか。


「……まぁ、気を付けておきましょう」

 そうこうしているうちに、僕達は城門まで辿り着いた。城門の前には兵士が立っており、僕達が近づくと槍を構えて警告してくる。


「止まれ! ここは王の住処であるぞ! 貴様ら、何者か……ん?」

 兵士は僕達を見渡した後に、サクラちゃんに視線を移す。


「き、貴様……まだ何か用事があるのか!」


 兵士はサクラちゃんに槍を突き立てる。


「ちょっ!? 落ち着いてくださいよっ。別にわたし達、また騒動を起こそうってわけじゃありませんし……!」


「し、失礼した……貴公らは、彼の英雄王の使者であったな……。しかし、何度来ようと無駄だぞ……我らの王は、こう言ってはなんだが頑固者でな……簡単には考えは変えん」


 兵士は僕達の近くによって声を潜めてヒソヒソと話す。

 どうやら、兵士達にも王様の頑固者っぷりは有名らしい。


「でも、わたし達は諦めるわけにはいかないんです!」

「それに、気になることがありまして……その件も王様に相談してみようかと」


 僕がそういうと、兵士はサクラちゃんから僕とエミリアに視線を移した。


「お前たちはこの女の仲間か。……他の奴らに比べると随分まともな恰好してるな」

「え?」

「まとも?」


 僕とエミリアは兵士の言葉の意味を理解できずにそのまま言葉を返してしまう。


「……いや、なんでもない。国王様に会ってくるといい……」

「あれ、民族衣装は良いんですか?」


 サクラちゃんは兵士に質問する。


「そいつらは問題ないが、お前は着ろ。

 だが、万一また国王様を怒らせようものなら今度こそ牢屋行きになるぞ」


「き、気を付けます……なんで、わたしだけ?」

 サクラちゃんは疑問に思いながらも手渡されたローブを身に纏う。

 僕達は城の中に入っていった。


 そして、謁見の間で国王様と対面した。国王様の周囲には、数人の兵士達が鎧と顔が隠れる重装備を身に付けて国王様を警護していた。


「……?」

 そのうちの一人に、僕は一瞬疑問を覚えた。……が、


「客人よ、王の御前であるぞ」

「!!」


 別の兵士の一人が僕達に向けてそう言葉を発したため、僕達は意識を切り替えて片膝を付いて首を垂れる。


 そして、国王様の言葉を待った。


「――ファストゲート王の使者よ、面を上げよ」

 玉座に座っている王様が厳かに言うと、僕とサクラちゃんとエミリアは顔を上げた。


「お目通り感謝します、フォレス国王様」


「……仕方あるまい。お主らは仮にも異国の使者だからな。

 我が多少機嫌を損ねたからといって無下に追い返すことは出来ん。

 して、今日は何用か。また森の探索許可を貰いに来たか?」


 王様は不機嫌そうな表情で言う。

 僕は緊張しながらフォレス国王に返事を返す。


「勿論、それもありますが……数週間前に、森の方で騒ぎがあったと聞きまして、その詳しい話を聞きに来ました」


「え?」

「……」

 僕の言葉に、隣で控えていたサクラちゃんとエミリアが少し反応した。ポカンとした表情をしたサクラちゃんと反対に、エミリアは僅かに表情を変えた程度で、どうやら僕が何を言うか勘付いていたようだ。


「それが、今回の一件にどう関係があるのだ?」


「実は僕達、神依木の探索以外にも人探しをするためにフォレス大陸に来たんです。その人物は、数週間前までフォシールに居たみたいなんですが、騒動があってから消息を絶ったととある筋から情報を得ることが出来ました。まだ推測の段階ですが、関わりがあると思い、今回の謁見を申し出た次第です」


「……成程。確かに、あの日を境に、我が国でも不穏な噂が流れておるのは知っておる。しかし、それとこれとは話が別だ。我が国の民が行方不明になったとしても、他国の問題に口出しする権利はない」


 王様は腕を組んで頑なに拒む。

 すると、エミリアが前に出てフォレス国王に言った。


「その人物………セレナ・カトレットは私の姉です。今から1年ほど前に、歴史の調査の為に旅に出てこちらの国に来ていた事が分かりました。セレナは私の姉であり、このフォシールの民ではありません」


「……セレナだと? その者は、我が国で話題になっていた凄腕の占い師の名ではないか」


「ご存じだったのですか?」


「うむ、何度か城に呼び出して占ってもらったことがある。……しかし、まさか行方知れずとなっていたか」


「はい、なので捜索に協力していただけないかと」

「……」


 王様は難しい顔をして黙り込む。

 やはり、僕達が思っていたよりも事態は深刻そうだ。


「……申してみよ」


「ありがとうございます。先の騒ぎに関しての情報を頂きたいのと、彼女の行方の調査の許可です。騒ぎとの関連性を調べる為に、森に立ち入る可能性もありますが……」


「……なるほど、正攻法では無理と判断して、別の調査という名目で許可を得ようとしているのか……狸め、其方の姉そっくりだな」


「いえ、そんなつもりは……」

 エミリアは緊張しているのか、やや焦り気味でフォレス国王の言葉を否定する。国王はため息を吐きながら、厳かに言った。


「……まず、情報の方からだな」


「王様、では?」


「勘違いするでない。情報程度ならくれてやってもいいと思ったまでよ。一度しか言わんから聞くがよい」


「あ、ありがとうございます!」


「だが、許可を下ろすかどうかはまた別だ。森の探索は危険が伴い、場合によっては命を落とす事もある。いくら英雄王の使者と言えど、簡単に許可を出すわけにはいかぬ」


「それは、分かっています」


「ふむ……まぁ良い。……そうだな、今日から数えて十六日ほど遡る。その日の夜、天候は晴天だったというのに、森の一部に激しい雷鳴が深夜から早朝に掛けて降り注いでいた。落雷の威力は尋常ではなく、森の木々は焼け、地面は溶け、大地は裂けるほどだった」


「それは自然現象というわけでは無いのですか」


「あり得ん。ここ数百年の歴史においてそのような現象など起こったことが無い。雷鳴だけ降り注いで雨すら降らぬなど不自然な事だ。まるで森を燃やし尽くすかのような雷光であった」


「つまり、何者かの攻撃によって森が燃やされたと?」


 僕の問いに、王様は静かに首を縦に振った。


「断言はできないが、その可能性が高いと考えておる。故に、我は先の一件を人為的なものだと判断し、誰であっても森に入ることを禁ずるお触れを出した。

 この国の何処かにあるとされる神依木に万一被害が出ようものなら、我が国が滅びるのは必定。故にこれは苦肉の策であった」


「……だから昨日、姉さんが謁見した時に断られたのか……」

 フォレス国王の言葉を聞いて、僕は小さく呟く。


「……ん、もしや其方。あのベルフラウという豪胆な女性の家族の者か?」

「あ、はい」

 どうやら国王様に聴こえてしまったようだ。


「ふむ……国王である我にあれほど堂々と異を唱える者はかつておらんかった。……若い青年よ、其方の名を聞こうか」


 国王様は僕の目を真っすぐ見る。


「サクライ・レイです」

「……んん? その名、何処かで聞き覚えがあるのだが……」


 国王様は何かを思い出そうとする素振りを見せるのだが、中々出てこない様子だった。そこに、僕の左隣にいたサクラちゃんが姿勢を正して言った。


「フォレス国王様、彼は魔王ナイアーラを撃ち滅ぼした勇者です。

 ……ちなみに、わたしとエミリアさんもその戦いに参戦していました」


「――っ、な、何だと!?」

「勇者!? あんな子供が!?」

「恐怖の象徴、魔物の支配者である魔王を倒したというのか!」


 周囲で警護をしていた兵士達が一斉にざわめき出す。

 そして皆、驚愕と困惑が入り混じった表情を浮かべていた。


 ……そして、ほんの一瞬だったが。


「(今、僅かに殺気が……)」

 この謁見の間の誰かが、僕達に対して敵意の感情を向けた気がした。

 目の前の国王様じゃない。勿論、僕達でもない。となると、国王様の警護している兵士の誰かだろう。……が、気配を隠すのが上手いらしく、すぐに分からなくなった。


 僕達がその人物の気配に気を取られていると、国王様が感心したように言った。


「ほぉ……其方があの……ふむ、それほどの実力と英雄王の信頼のある人物なら任せて良いのかもしれんな」


「え?」


「いいだろう、森の調査許可証を発行してやる。それに占い師の行方の調査もだ。これからは我の勅命という形で民からも情報を募るとしよう」


「本当ですか! ありがとうございます!」

「やったー!!」


 僕達は許可を得たことで一斉に喜ぶ。が、しかし。


「―――お待ちください、国王様!!!」

 声を上げたのは、謁見の間の扉の前に居た人物だった。他の兵士と比較して豪華な装備を身に付けており、他の兵士と同様に顔は兜で隠している。


「騒がしいぞ、兵士長」

 国王様は厳しい目で、声をあげた人物を睨み付ける。


「はっ、申し訳ありません! ですが、此度の件について一つ提案があります」


「申してみよ」


「はっ。恐れながら申し上げます。森の探索を行うならば、私も彼らに同行させてください。如何に魔王を打倒した強者とはいえ、土地勘のない彼らが捜索を行うのは厳しいでしょう」


「……ほう、成程。確かに、森に関しては貴様の方が詳しいであろうな。分かった、貴様の同行を許可しよう」


「感謝いたします」


「では、其方らもそれでよいな」


 国王様はこちらを見て問う。


「……はい、構いません」

「んー……了解です」

「……」


 やや不穏な雰囲気を感じたが、僕達は承諾した。


「良し、ならば其方らに正式な許可証を発行しよう。有事の際は、この兵士長を連れていくといい」


 僕達は頷き、兵士長と呼ばれた男に視線を移す。

 彼はこちらをコクリと頷き、国王様と向き合った。


「では、私は準備がありますのでこれで」

「うむ。森の捜索となれば準備が必要であろう。早く行くがよい」

「はっ!」

 そう言って、彼は足早に謁見の間を出て行った。


「……レイ、良いのですか。今の奴は……」

「……まだ分からないよ」


 僕はそう言ってエミリアの言葉を遮る。さっきの兵士長と呼ばれた男は、初対面……のはずだ。何故曖昧かというと、全身鎧で覆って顔も兜で隠しているため素顔が分からない。それに、兜のせいか声も籠っており、辛うじて男だというのが分かるくらいだ。


 それなのに……。


「(……多分、さっきの敵意の主は彼だ)」

 先程、僕達が感じ取った僅かな気配の正体。それは見当違いで無ければ、あの兵士長と呼ばれた男のものだ。だが確証がないし、そもそも敵意を向かれる理由に見当が思い当たらない。


【敵意】や【殺気】という気配察知に長けた者でないと分からない曖昧なもので彼の同行を拒むことは出来なかった。何より、ここで拒否してフォレス国王に機嫌を損ねられても困る。


「其方らも準備が必要であろう。準備が出来た時にまたここに訪れるがよい」

「感謝します、フォレス国王様」


 僕達はお礼を言い、謁見の間を後にした。

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