第612話 レベッカママ

【視点:レイ】

 僕達は謁見の間から退室した後、一度宿屋に戻った。


「というわけでちゃんと許可取ってきたよ!」

 僕は宿に残っていた仲間達に誇らしげに言った。姉さんやレベッカですら説得できなかった国王様を自分の力でどうにかしてしまったのだ。これは少しくらい自慢してもバチは当たらないだろう。


「おお、流石レイ様でございます♪」

「サクライくん凄い、天才!」


 レベッカとルナは惜しみない称賛と尊敬の眼差しを向けてくれた。


 ……が、肝心の姉さんはというと。


「……うぅ、私、女神様だったのに………。レイくんが説得してくれたのは嬉しいけど、私、全然役に立ってないよぅ……」


 姉さんは部屋の奥で縮こまっていた。


「姉さん………」

 僕は若干憐みの言葉を込めて姉さんに静かに語った。


「とっくに女神様引退してるじゃん」

「グサッ」


「ベルフラウは、普段ポンコツだけど決める時は決めるように見せかけて、最終的にはポンコツなんですよね」


「ぐはっ!」

 エミリアの言葉で姉さんに更に精神ダメージが入る。


「うぅ……私、もうおうちかえりゅ……」

 遂に泣き出した。


「あーあ、泣かせた」

「え、私のせいですか?」


 エミリアは自分を指差して困ったような顔をする。すると、レベッカがソファーで泣きじゃくる姉さんの隣の座って、子供をあやすかようにその頭を優しく撫でる。


「ベルフラウ様のおうちは、わたくし達の居る場所でございますよ……さぁさぁ、泣いていないでわたくしのこちらへどうぞ」


 そう言いながらレベッカは自分の白い太ももを軽くポンポンと叩く。


「れ、レベッカちゃん……レベッカママ……!」

 姉さんは僕らの目の前で堂々とレベッカの太股の上に頭を乗せて寝転んだ。


「レベッカママー!!」

「おー、よしよし……」

 姉さんは泣き止んで、童心に帰ったかのように無邪気に笑う。



 その光景を見て、僕達四人は―――


「(僕達は何を見せられてるんだろう……)」


「(女神のプライドはいずこへ……)」


「(ベルフラウさん可愛い……)」


「(レベッカさん……恐ろしい子……!)」


 と、三者三様に思った。


 ◆◆◆


 その後、姉さんの醜態を散々見せられた後に、冷静さを取り戻した姉さんが散々恥ずかしがってまた落ち込んだ後。少し時間を置いて、僕は今まで忘れていたことを皆に報告する。


「セレナさんの事だけど、城からも国民から情報を募ってくれるってさ」


「これで少しは姉の情報が得られるでしょう」


「やることが多かったですけど、王様がわたし達に協力してくれるから少しは進展しますね」


 僕達三人は王様に相談して決めた事を三人に伝える。


「……それと、フォレス国王様が言うには森の奥に行くなら兵士長の人と一緒に行くといいって」


「成程、確かに土地勘のある者が同行した方がいいですね」


 レベッカは納得とばかりに頷く。


「……ただ、その人にはちょっとだけ注意しておいてほしいんだ」

「と、いうと?」


「……曖昧な事しか言えないけど、敵意を感じた」

「それは……」


「一応、気を付けておいてほしい。特に、ルナ」

「え、私?」


 ルナは突然、自分の名前を呼ばれて驚いたのか目を丸くしていた。


「うん、出来れば彼に近寄らないように。不安なら僕の傍に居てくれればいいよ」

「わ、分かった……! さ、サクライくんの傍に……えへへ」


 ルナは頬に手を当てて照れた。


「ねぇねぇレイさん、なんでルナさんだけ注意したの?」

 サクラちゃんが頭にクエスチョンマークを浮かべながら言った。


「この中だと唯一戦う手段を持たないから。

 咄嗟に<竜化>できればいいけど、そう簡単にはいかないだろうし」


「あ、う……ご、ごめんね……迷惑掛けて……」


「謝る必要ありませんよ、ルナ。いざとなれば私も動きますから安心してください」


「あ、ありがとう、エミリアさん」


 ルナは嬉しそうに微笑む。


「ねぇレイくん、その一緒に来てくれる人の名前は?」


「いや、名前は分からないな……。ただ、王様は【兵士長】って呼んでたよ」


「ふーん、じゃあ実力のほども分からないのかな」


 姉さんのその質問に、僕とサクラちゃんが目を合わせる。実際に手合わせしていないから、その実力は推測でしか語ることが出来ないけど……。


「……多分、結構強いよ」


「あ、レイさんも気付きました? あの人、王様に声を掛けるまで、気配を殆ど感じさせませんでした」


「あらそうなの?」


「うん、しかも重そうな鎧付けてる割に足音を殆ど出さなかったんだ。多分、普段からそういう訓練をしてるんじゃないかな」


「……だからこそ、レイは警戒してるわけですね」


 エミリアが「そうでしょう?」と言わんばかりに僕に視線を向ける。


「うん。万一にでも敵に回らないことを祈るよ」


 ◆◆◆


 それから、僕達は食料や資材を準備するために、外に出て買い出しに向かった。そして、数時間経過してから宿に戻ってくると、城に居た兵士の方が一人、宿のロビーで僕達の帰りを待っていた。


「あ、異国の方、お待ちしておりました」


 彼は僕達に敬礼しながら挨拶をした。


「あ、どうも」

 僕は思わず姿勢を正して敬礼を行う。


「兵士様、どうされたのですか?」


 レベッカは丁寧な口調で兵士さんに尋ねる。


「はい、占い師セレナの情報がある程度集まったので、こちらで纏めておきました。どうぞお受け取りを」


 兵士はそう言いながら、僕達に三〇枚ほどの紙束をレベッカに手渡してくれた。


「これはこれは、お手数かけさせてしまい申し訳ありません」

 レベッカは笑顔で感謝の言葉を述べる。


「いえ、これが私の役目ですから。では、私はこれにて失礼します」

 兵士はそう言って宿屋から出ていった。


「こんなに早く情報が集まるとは……」


「やっぱり王様の協力があると全然違うのねぇ」


 エミリアと姉さんは感心したように話す。


「ひとまず買ってきた荷物を部屋に纏めようか。皆疲れているだろうから、一旦小休止挟むということで」


「では、1時間後にレイ様の部屋に集まるということで宜しいですか?」


「うん」


 僕はレベッカの質問に頷く。


「なら1時間後に」

「解散!」

 エミリアと姉さんがその場を取り仕切り、僕達は一旦解散する事になった。



【三人称視点:???】


 一方、その頃――


「不味いことになった」


「血相変えてどうしたんですかい、旦那」


「奴らだ。今日、また城に来てあの国王に面会を求めてきた」


「へぇ、昨日の今日で。随分行動力がある連中で」


「ああ、しかも奴らの正体が分かった……勇者、だ」


「勇者?」


「……知らないのか、数ヶ月前に顕現した魔王を復活したその場で撃破し滅ぼした英雄だ。ファストゲートの英雄王によって全世界に通達されていた筈だが……」


「へへ、俺は教養がないもんで……あんまそういう情勢とかには詳しくないんですよねぇ」


「……お前の事はもういい。そして最悪なのは、奴らの目的が神依木であるという事だ。愚かにもあの国王は、勇者という肩書きに惑わされて奴らに以前の騒動と神依木の調査を依頼してしまった」


「まさか、俺たちの計画がバレたんじゃ……!?」


「……いや、奴らが俺たちの計画を知る手段は無いはずだ。ここに来た理由も肉の調達と身内の姉を探しているのが目的だったのだろう?」


「な、なんだ……つまり偶然ってことですかい」


「だが、奴らに発見されてしまえば俺たちの計画はご破算だ。その為に、奴らを仕留める」


「……殺す、と?」


「ああ、だが街中ではない。奴らが森の奥に入ったところで全員で奴らを取り囲み、秘密裏に皆殺しにする」


「……つまり、闇ギルド総出ということですかい」


「ああ、全員で動くのは初めてだが……開戦の前座としては丁度いい」


 そう語るロイドの口はニヤリと笑みを浮かべていた。

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