第609話 怪しい……

「―――それで、何か知ってる事ありませんか?」

 さっきの店主とのやり取りで僕達は警戒されていたが、彼らに事情を話すと渋々ながら話を聞いてくれた。


 その結果、いくつかの情報を集めることが出来た。まず、この王都で占い師をやっていた『セレナ』という名前の人物は、間違いなくエミリアの姉だった。

 彼女は少し前まで占いの仕事をしながら、この大陸で何か調べものをしていたらしい。しかし、ここしばらく彼女の姿を見たものは誰も居ないようだ。

 だが、それと入れ替わるかのようにセレナさんが住んでいた家に、謎の少女が住み着いた。その少女の情報は、僕達が少し前に見た少女の外見と一致していた。


「セレナさんが居なくなって、入れ替わりでその少女が急に現れたと」


「ああ、おかしなこともあるもんだ。あのガキの両親も見たことねえし、話し掛けても無視してすぐにどっかに行きやがるからな。気味悪りぃったらありゃあしねーよ」


 客の一人は吐き捨てるように言った。そして、もう一人の客が何か思い出したように、ニヤリと笑い、その男に言った。


「そいつってよ、もしかして森の妖かなんかじゃねーの?」

あやかし?」


 聞き慣れない言葉に、僕は首を傾げる。


「まぁ最近ここに来た奴らには分かんねぇよな。要は、森に住み着いた精霊か何かが人の姿に化けてるっていうオタ話だよ。まぁ、そんなの誰も信じてねーがな」


「へぇ」


「なんかロマンチックだね、サクライくん」


「え、そう?」

 ルナが目を輝かせている。

 こういうオカルトっぽい話が好きなのかな?


「エミリア、精霊が人の姿になることってあるのかな?」

 僕は彼女にそう質問する。


「無いとも言えませんが……それよりセレナが何処に行ったのかが気になります」

「確かに」

 エミリアの意見に同意する。


「エミリアって言ったか、アンタ、セレナの妹なのか?」

「そうですが」

「ふーん、言われてみれば似てるなあ……強気な所も……」

「……」


 男のジロジロ見られて、エミリアは顔をしかめる。エミリアの機嫌を損ねないうちに、今の間に情報を聞きだしておかないと……。


「あの、他に何かありませんか? 例えば、セレナさんが失踪する前に何か事件があったとか……」

 僕は話題を変える為に、別の事を聞いた。


「いや、特に何も……あ、これは関係あるかどうか分かんねぇんだが……」

 男は少し迷ったような素振りを見せた後、おずおずと話し始めた。


「その占い師セレナが居なくなる数日前に、森の方で落雷騒ぎがあったようだな。それが人為的に誰かが起こしたんじゃないかって事で、城の方で『誰であろうと森への立ち入り禁止』ってお触れが出て、森の警備が厳しくなったらしい」


「森で……落雷……?」

 それだけ聞くと、セレナさんと何も関係が無さそうに見えるが……。


「でもよ、そんな騒ぎがあってからすぐにセレナは占い屋を廃業したようだぜ。タイミング的にも何かしらの意図を感じねぇか?」


「……そう言われても」


 ……と、隠れ処で聞けた情報はそこまでだった。


 話すことは粗方終わったと思い、僕達は彼らに礼を言う。


「ありがとうございました」


「いや、気にすんな。それよりも、帰りは最初来た場所じゃなくて裏口から出るんだぞ。出る時に城の兵士に見つかるなよ?」


「分かりました」


 そして、僕達は教えられた店の裏口から出ていくことにした。教えられた裏口を進んでいくと、行きとは逆に上に登る階段がありそこを進んでいく。

 しかし、進むごとに通路がどんどん狭くなっていき、最終的には人がなんとか通れるくらいの幅になっていた。そして、一番奥まで進むと、そこは行き止まりになっていて、その壁には木の板が張られていた。


「……もしかして隠し扉?」

「そんな感じだね……」

 僕がその木の板を押してみる。すると、ズズズ……と少しずつ動き、全て押し込むと強い光が差し込んできた。


 木の板を外して出てみると、そこは王都の外側だった。

 どうやら、この通路は王都の地下を通って、外に出られるようになっていたらしい。


「こんな場所に通じてたなんて……」

 最初に僕が這い出てくると、周りには使わなくなった壊れた樽が沢山周囲に置かれていた。どうやら意図的に出口が隠されていたようだ。


「なるほどこれなら兵士にもバレないでしょうね。ルナ、出れますか?」

 エミリアはしゃがんで後続のルナを引っ張る。


「大丈夫……よいしょっと!」

 ルナも穴から出てきて、身体に付いた埃を振り払う。


「よし、それじゃあ帰ろうか」

「はい」

 僕達は、王都の中に戻って姉さん達と合流することにした。


 ◆◆◆


 ―――僕達が隠れ処から出た後の話。


「あ、旦那、遅かったですなぁ!」

「……ああ」

 レイ達が隠れ処が出て間もなく、黒いローブを着た長身の男が戻ってきた。カウンターの奥に引っ込んでいたタトゥーの店主は、男を見るなり安心した顔で近寄ってくる。


 この黒いローブの長身の男の名前は、ロイド。

 彼はこの隠れ処のリーダー的な存在で、実は大衆食堂の女将の夫である。女将の方は表の商売を取り仕切る顔役だが、彼は反対に裏の人間としての顔を持っている。


「……で、どうでした?」

「……想像以上だった。俺の剣をいとも容易く防ぎ、俺を一撃でノックダウンさせるとは……」


 ロイドは腹の辺りに手を当てる。未だにレイから受けたダメージが完全に治りきっていない。軽く力を見てやろうと思い、レイに仕掛けてみたのだが、実際は完膚なきまでに叩きのめされてしまった。


「そいつはヤバいですね。万一、敵に回るような事があれば、俺たちの計画が―――」


「……そうだな。結局、あのガキ達は何について嗅ぎまわっていた?」


「へぇ……実は……」


 タトゥーの店主は、レイ達と客の話を盗み聞きしていた。

 その盗み聞きしていた内容を、ロイドに伝える。


「……占い師セレナか」


「へぇ……どうやら奴らの仲間内の一人に、そいつの身内が居るらしいです」


「なるほどな……あの女は、森の神依木の事を嗅ぎまわっていた。万一、奴らと合流されては台無しだ」


「……とすると、殺るんですかい?」


「……いや、流石に王都の中で暗殺はマズい。国の兵士に死体が見つかれば、犯人探しが始まるだろう。そうなると、俺達の計画が露顕する恐れもある」


「確かに……」

 ロイドは何かを思案しながら、ニヤリと笑う。


「……旦那?」


「……奴らの仲間と思われる女達が、城の城内で騒動を起こしていた。その事を思い出してな」


「へぇ……そいつは中々度胸ある女どもですな。それにしても、流石旦那……裏を取り仕切るだけでなく、城内の事まで把握しているとは……流石、………ですな」


「……ふん。そのうち、その国の王は代わることになるがな」

 ロイドは意味深な事を呟き、タトゥーの店主はいやらしい笑みを浮かべる。


「へへ……その時が楽しみですなぁ、旦那……!」

「ああ、もうじきだ……準備が整えば………」


 男達は不気味な笑い声を上げる。しかし、彼らの企んでいる事が何なのかを知る者は、この時点では誰も居なかった。

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