第608話 魔法少女エミリアちゃん()

 男を倒して先に進むと、光が見えてくる。どうやら、地下に部屋があるようで、そこから少し騒がしい声と、肉の焦げたような良い匂いが漂ってきた。


 近くまで来ると、目の前に鉄の格子があり、その左右に強めの光を放つランタンのような照明器具が設置されていた。


 格子に鍵は掛かっていないようで、僕が押してみると、ギギギと音を立てて開いた。中に入ってみると、正面にカウンターがあり、店主と思われる男が、煙草を口にくわえた状態で、うつ伏せになって眠っていた。


 カウンターの右側は壁になっているが、左側には食事が出来るテーブルが複数置かれており、ガラの悪そうな男達が食事をしているようだった。


 店の中の壁は、地下の岩盤を削り取って無理矢理空間を作ったようになっており、ワイルドな内装だ。その奥には、更に先へ向かう通路があるようだが、ここからでは何があるか分かりそうにない。


「……本当にあったね、隠れ処」

「想像よりはちゃんとした店になってますね。てっきり、こう……もっとヤバい感じかと思ってました」

「そうだよね、僕も同じこと考えてた」

 僕達三人は感想を言い合って、目の前のカウンターでうつ伏せになってる男に声を掛ける。


「あのー」

「……」


「すいませーん!」

「……」

 反応が無い。


「……起きてください」

 僕は男の肩を揺する。


「……むぅ……なんだぁ……うるせぇぞぉ……」

 男は目を覚ますと、口にくわえていた火の付いていない煙草を手に持ち替えて、大きなあくびをしながら上半身を起こした。


 男は五十歳くらいの小太りの男だった。髪の毛はなく所謂スキンヘッドであり、顔の右半分にドラゴンのような模様のタトゥーが彫られていた。


 所謂、その筋の人である。


「あのー、ここで売られているお肉を売ってほしいんですが」


「肉ぅぅ!? この国では動物も魔物の肉すら違法とされてて、真っ当な店で売られてねぇこと知ってて言ってんのか!?」


「いえ、だからここに買いに来たんですが」


「ガキが来るところじゃねえって言ってんだよ!! 大体、てめぇら金あんのかよ!!」

「ここに」


 僕は盗賊から受け取った麻袋を取り出す。この中には盗賊から渡された金貨も入っている。タトゥーの店主は、僕の手から麻袋を引っ手繰り、紐を解いて中身を覗き込む。


「ひい、ふう、みい……ダメだな。これじゃあ肉一人分にも足りねえよ」

「そうですか、じゃあこれで」


 僕は銀貨を数枚取り出してカウンターに置く。


「……おい坊主、お前馬鹿にしてるのか?」

「え?」


「ここにあるのは、どれも超高級品ばかりだ!! こんな小銭じゃあ買えるわけないだろうが!!」


 タトゥーの店主は大声で僕に怒鳴りつける。

 すると、奥のテーブルから何人かの男の笑い声がし始める。


「ハッハッハッ、おいおい、ガキが来たからって値段を吊り上げるなんて酷いじゃあないか!」


「超高級品……クハハハハハ!! ただの泥臭い肉だろうが、笑わせんじゃあねぇぜ!!」

 男達は腹を抱えて笑う。


「うっせえ、黙ってろや!!! 身の程知らずのクソガキ共に教育してやってんだよ!!」

 タトゥーの店主は一喝する。


「……なるほど、どうやら吹っ掛けられていたみたいですね」

 僕の後ろで様子を伺っていたエミリアはボソリと呟き、僕を押しのけて前に出る。


「エミリア?」

「なら、ここに売られてる一番高い肉を持ってきてくださいよ。それだけの価値があるなら言い値で買ってあげます」


 エミリアはカウンターに置いてある硬貨を全て自分の手元に移動させ、それをカウンターの上に広げた。エミリアの言葉を聞いて、男達の笑いがピタリと止んだ。


「……ほう? なかなか面白いことを言うじゃあねえか!」

 タトゥーの店主は、面白いものを見たと言わんばかりの不快極まりないゲスな表情を浮かべて、店頭に置かれていた生肉を一つテーブルに置く。


「おら、これだよ!! 金貨十枚だ!!」

 店主は笑いながら僕達にその肉を見せつける。

 見た感じ、牛のような動物を解体して、血抜きしただけのように見える。

 だが、それがとてつもなく不味そうなのは一目瞭然だった。


 エミリアは、その肉をまじまじと見て、指で軽く触れる。

 そして言った。

「――なんですかこの生ゴミ。鮮度も匂いも最悪だし、腐ってるんじゃないですか?」

「………は?」


 店主は呆けたような声を出す。


「こんなのが金貨十枚? 貴方、見る目が無いですね。

 随分と大層なタトゥーを掘っていますが、目の方は節穴以下のようです。

 レイ、どうやら時間の無駄だったみたいですよ。帰りましょう」


 そう言って、エミリアは背を向けて出口に向かおうとする。……が、


「―――このクソアマァァァァァァ!!!」

 タトゥーの店主はエミリアの言葉に怒り狂って、拳を振りあげてカウンターを殴りつける。


「きゃっ!」

 店主の豹変に怖がるルナを僕の傍に引き寄せて言った。


「大丈夫、僕の傍から離れないで」

「う、うん……」


 僕の言葉に頷いて、ルナは僕の腕に抱き付いてピッタリとくっついた。

 店主はカウンターを乗り越えてこちら側に来る。


「この俺様を侮辱したこと、後悔させてやる……!」

 そう言って、タトゥーの店主はカウンターの奥に立てかけてあった、剣を鞘から引き抜いて、僕達に向けて構えた。しかしエミリアは全く動じることなく涼しい顔をしている。


「さ、サクライくん、止めないと!」

「……大丈夫、エミリアに任せておけばいいよ」

 僕は安心させるようにルナに笑い掛けて、彼女と一緒に一旦出口の方に下がって退避する。


 エミリアはわざと店主を挑発して状況を打破しようとしている。

 僕を押しのけたのは、「ここは私に任せろ」と言いたいのだろう。


「おい、メスガキィィィィ!! 俺様を怒らせて生きて帰れると思うなよぉ!!」


「良いからその臭い肉どっかにやってくださいよ。あ、でもあなたの顔も似た様なものですよね、なんか臭いし」


「貴ッッッッッッケェェェェェェエエアアァッ!!!」

 ブチ切れたタトゥーの店主が、エミリアに向かって斬りかかる。


 しかし、タトゥーの店主がエミリアに近付いた瞬間―――


影縛りシャドウバインド

 エミリアが魔法を唱えると同時に、店主の周囲に黒い影が纏わりつく。


「な、なんだこりゃあ!?」

 店主は何が起こったのか分からず動揺するが、身体がピクリとも動かなくなってる事に気付く。その動けなくなった店主の首元に、エミリアは自身の杖を当てる。


「……やっぱり節穴ですね。相手の実力も読めずに、よくもあんな大口叩けましたね。馬鹿を通り越して滑稽ですよ」

 エミリアは冷淡な声でそう言うと、首に当てていた杖をスッと動かし、店主の喉仏に突き刺すようにして当てた。


「ぐぁ……!?」


「さて、この肉の本当の値段は何でしょうか?」


「……ぐ、ぐ……本当は、金貨一枚……ぐえっ!?」


 店主が答えると同時にエミリアは更に杖を店主の喉首に食い込ませる。


「はぁ? こんな生ゴミが金貨一枚!? 人様を舐めてるんですか!?」


「ち、違う……本当に……」


「もう一度聞きますよ、この肉の値段はいくらですか?……もし、私に不愉快な値段を口にしたら……」


「――ぎぃっ……!! わ、分かった……じゃ、じゃあ銀貨一枚で……!!」


「銅貨一枚……ですよね?」

 エミリアは、店主に威圧的な笑顔を向けながら、低い声で言った。


「ひいいっ!!」

「エミリア、もうそれくらいで」


 これ以上はオーバーキルになると思い、僕はエミリアを止めに入る。エミリアは僕の言葉を聞くと、すぐに拘束を解いた。店主はその場に倒れ込んで咳き込む。


「げほっ……げほっ………! な、なんて奴らだ、全く……!!」

 男はそう言いながらカウンターに戻って、抜身の剣を壁に立てる。


「え、エミリアさんすごい……っていうか怖いよ!」


「エミリアはこういう相手の対応に手慣れてるからねぇ……」


「でも相手ってヤクザ……じゃなくて反社会勢力の人だよ!?」

「冒険者も似た様なもんじゃないかな……」


 そもそも、この世界に反社会組織とかの概念はあるのだろうか。


「ところでレイ、肉はどれくらい必要なんでしたっけ?」

 店主と事を構えていたエミリアは、こちらを振り向いて僕に質問してきた。


「えっと、二人で三日分くらいだったかな」


「店主、この麻袋に入ってる分で六人分買い取らせてもらいますよ」


「――は?」


 エミリアが言った言葉に、店主はポカンとした表情を浮かべる。


「ですから、さっきの肉を六人分です。ほら、この麻袋をどうぞ」


 エミリアは盗賊から渡された麻袋を店主に投げ渡す。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、これっぽっちじゃ大赤字だぜ!!!」


「……はぁ? もう一度言ってくださいよ、聞こえませんでした」

 エミリアは笑顔で店主に再び杖の先を向ける。


「――ひっ……!」

 店主は怯えた声を出す。


「レイ、これで良いんですよね?」

 エミリアは振り向いて僕に確認するように言った。


「(いや、その言い方だと僕が全部エミリアに指示してやらせたみたいじゃん……)」

 心の中でそう突っ込むが―――


「――うん、ありがとうエミリア」

「ええっ!?」

 僕にしがみ付いてるルナが驚いた声をあげる。かくして、僕達はエミリアの活躍(?)によって、格安で違法肉を購入することが出来た。

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