第607話 謎の男

【視点:レイ】

 僕達は案内された地下への扉を開いて、その先の階段を降りていく。降りた階段の先は、長い通路になっており、等間隔に松明が設置されていた。


 この先は、何処に繋がっているのだろう? 

 僕達は不安を感じながらも若干の冒険心が疼いていた。


「うわー、雰囲気あるね……」


「そうですね。あまり良い予感はしないですけど……」


「ぜ、絶対何か居るよこれ! っていうか、なんでこんなところにお店やってるの!?」


「まー、国の法律掻い潜って営業してるからでしょうねぇ……はははは」


「笑い事じゃないよぉ……」

 三人で会話をしながらその暗い道を歩いていく。先頭は僕、エミリアは真ん中で、ルナは怖がってエミリアのマントを掴んでいる。


「それにしてもさっきの女将さん、怖かったよね」


「アレが裏の顔ってやつなんでしょうね。国の違法物品の売買をしている店の玄関口を取り仕切ってる人間が、ただの大衆食堂の女将なわけがありません。きっと、彼女自身も何かしらの組織に所属している人間なのでしょう」


「う~、エミリアさん、そんなこと言わないでぇ……」


「ふふ……ルナは反応が面白いですねぇ」

 エミリア達がそんな風に話していると、通路の先に光が漏れる場所があった。

 そして、光の先に何か動くものが見えた。誰か居るのだろうか?


「どうやら、あそこが目的の場所のようですね」

「うん」

 エミリアの言葉に僕は短く答える。言うまでもないが、こんな場所に隠されているお店なんてロクなもんじゃない。僕達は警戒しながらその場所に早足で向かった。


 が、途中で僕達の征く道を遮るように、鋭く低い声が聞こえた。


「――待て」

「……!」


 声が聞こえたのは、僕達の正面だった。

 僕は正面を睨む付けると、誰かがこちらに向かって歩いてきた。


「……どちら様?」

 僕は気圧されないように、強い口調で言い返す。

 現れた人物は、黒いローブに身を包んだ長身の男だ。


「……誰の紹介だ?」

 男はポツリと小さな声で、そう問いかけてきた。


「(……紹介?)」

 一瞬、何のことか分からず僕は答えに窮してしまった。今思えば、「外の盗賊二人組に」と答えれば問題なかったのだろう。だけど、僕が躊躇したせいで、男の雰囲気が少し変わった気がした。


「……」

 男は無言で、帯刀した剣を鞘から引き抜く。


「ちょっ、いきなりですか!?」

 僕は彼に落ち着くように慌てて声を掛ける。


 しかし、その瞬間―――


「―――っ!」

 男は、五歩の距離をまるで一歩分の距離かのように踏み込んできた。彼が僕に詰め寄った瞬間には、既に男の剣の刃は素早く弧を描き、僕の肩辺りに吸い込まれていく。


 だが、それを脳で理解した瞬間に、僕の手が動いた。


 ―――ガキンッッッ!!!


 ……その男の刃は僕に届くことは無かった。


「……ほう」

 男が感嘆の声を上げる。

 男の振り下ろした刃は、僕の右手に握られた剣によって阻まれていた。


「……レイ、大丈夫ですか!?」

「サクライくん!!」


 後ろから聞こえる二人の少女の声。


「……大丈夫、二人は下がってて」

 目の前の男にも聞こえるように、僕は二人に静かな声で言い放つ。

 二人は、何も言わずに後ろに数歩下がって距離を取る。


「……やるな。不意を突いたつもりだったのだが」

「……」

 男の言葉に答えず、僕は彼を睨む。男は多少なりとも僕の敵意に気付いたのか、剣を構えたままゆっくり後ろに1歩ずつ下がっていく。


「誰かは知りませんが、剣を納めてもらえますか?」

「悪いが許可なく立ち入らせるわけにはいかん。通りたければ実力を示して見せろ」


 なるほど、つまり僕達を試しているのか。


「二人とも、そこを動かないでね」

 僕は背後に居る二人に声を掛けてから、正面の謎の人物を注視する。


「(……背丈は約180cm、剣の長さは約90cmってところだろうか……さっきの脚の速度もかなりのものだ……)」


 かなりの経験を積んだ剣士だ。


 しかも周囲が暗いというのに、僕の剣を長さを把握して距離を保ってる。僕が一歩でも動いて距離を変えようものなら即座に対応してくるだろう。


 あるいは、先手を獲る為にこちらを奇襲してくる可能性も高い。


「(……なるほど、それなら―――)」

 僕は、男から視線を外さない状態で、敢えて一歩前に出る。


「―――っ!!」

 その瞬間、男はまるで弾かれたように動き出す。一歩踏み込んだだけで瞬間移動と錯覚するような踏み込みで急接近してくる。


 次の瞬間には、男は上段からの袈裟切りを狙う恰好で剣を振りかぶる。


「―――はあっ!」

 そして、僕の左肩に彼の剣が接触する、その瞬間―――


 ―――ガキンッ!!


「……な!!」

 彼の剣は僕の身体に触れることは無かった。攻撃が当たる瞬間、僕の剣が彼より一瞬早く、彼の剣に接触して彼の剣を弾き飛ばした。


「ぐぅ!」

 後方にジャンプして下がりながら弾かれた剣を受け止めて、着地と同時にこちらに向かって再度構え直す……のだが。


「―――チェックメイトです」

 当然、それだけの隙を晒せば彼の懐に潜り込むのは難しくない。

 僕は逆手に剣を構えて、剣の柄頭を彼の腹部目掛けて大きく突き出す。


「ぐふっ……!!」

 彼は防御することも出来ずに剣の柄頭が腹部に大きくめり込み、彼はため込んだ空気を全て吐き出して、そのまま床に倒れ込んだ。


「……ふぅ、終わりっと」

 彼がもう戦えない事を確認して、僕は剣を鞘に仕舞う。


「……ぐ……ま、まさかここまで一方的に………」

 男は、腹部を抑えながら苦しそうに立ち上がると、小さな声で僕に呟く。


「これで行っても良いですか?」

「あ、ああ……十分だ……行くがいい……」

 男は顔を伏せて、この先を指し示すかのように僕達が向かう先に手を伸ばす。そして、そのまま壁際に寄り掛かってその場に座り込んだ。


「それじゃあ、皆、行こう」

 僕は振り返り、二人に語りかける。


「あ、はい……」

「う、うん!」

 エミリアとルナは若干引き気味に返事をする。


 ……あれ?なんか引かれてるっぽいな……。


「あー、とりあえず、この人どうしましょうか?」


「ああ、うん。手加減したからすぐに動けるようになると思うよ」


「そうですか、じゃあ放っておきましょう」


 エミリアは僕の返事を聞いて壁際で座り込んでる男の横を通り過ぎていった。


「ルナも行こう」

「えっと……失礼します!」

 ルナは怖かったのか、男の横を通り過ぎる時に早足になって駆けて、エミリアの背中に隠れるようにピッタリと張り付いた。


「それじゃあ、僕は行きますね」

「……」

 男は何か言いたそうな顔をしていたが、首をコクリと縦に動かした。

 それを確認して、僕も彼女達の後を追った。

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