第488話 事件発生

 ネルソンさんが王都を旅立ち1週間ほどが経過した。


 王都は先の戦いから復興も進んで街並みも以前に戻りつつあった。

 戦いで負傷した冒険者や戦士たちも、傷が癒えて現場に復帰してる。


 彼らも街の復興作業に率先して参加しており、王都は活気は完全に戻った。彼らは平和の為に街や街の外を巡回し、魔物の討伐や山賊や盗賊などの犯罪者を取り締まり、兵士に引き渡すなど積極的に活動している。


 故に、彼らの尽力もあり、一見すると平和そのものだ。

 しかし、それでも良からぬ事を企む悪人というものは存在する。


 ◆


「……失踪事件、ですか?」

「うむ」

 僕は、玉座の間に呼ばれ、陛下にそう伝えられた。


「三日程前から上流階級の家庭の子供が数人、行方を眩ませている。また、同時期に冒険者ギルドに在籍していた冒険者達の一党がギルドに一切顔を出さなくなったそうだ。

 両方の案件を調査をしていたのだが、先程、冒険者達の方の居場所が分かった」


「その場所は?」


「王都の南、三十キロ付近に、今は廃墟となっている大きな屋敷がある。どうやら、その一党はそこに住み着いており、良からぬ事を考えているようだ」


「なるほど……」


「そこでだ。君達にはそこに赴き、彼らを捕縛してもらいたい。今回に関しては、騎士団としてではなく、君達パーティ一党だけで動いてもらう事になるが、構わないか?」


「分かりました。準備を整えて、今からそこへ向かいます」


 僕は、早速準備に取り掛かるべく部屋を出ていこうとした。

 すると陛下は僕を呼び止める。


「あぁ、待ってくれ。焦る気持ちはわかるが、今回の事件、少々慎重に行動すべきだと私は思っている。まずは失踪した冒険者についての情報が足りない。それを調べてくれ」


「ええと、調査したのに情報が足りないのですか?」


「ああ、王宮と冒険者ギルドは折り合いが悪くてな……。

 冒険者であったキミの方がまだ説得しやすいだろう。キミだけで困難な場合、カレン君に協力を仰いでくれ、彼女であればおそらく可能だ」


「分かりました。カレンさんに力を借りてきます」


「そして、もう一方の事件に彼らが関わっている可能性がある。彼らを捕縛した後、屋敷内に子供達が囚われていないか調べてくれ。君達は明日の早朝、屋敷に向かうといい」


「……」

 子供が浚われたというのに、今から出立しなくてもいいのだろうか?

 危険性が高いのであれば、今すぐ向かうべきだと思うのだけど……。


「……今、キミはすぐにでも出るべきだ、と思わなかったか?」

「え、……はい」

 考えていたことが見抜かれてしまったようだ。


「今回の事件、彼らの後ろに黒幕の存在がいるのではないかと考えている。私の勘ではあるが、君達には慎重に対応してほしい。万一にも、君達を失うようなことだけは避けたいのだ」


「……分かりました。では、今から仲間に伝えてきます」


「頼む、念押しするが、今日は情報収集に努めてほしい」


「……はい」

 僕は返事をして、今度こそ部屋を出る。



 ◆



 僕は宿に戻った僕は、皆を自室に集めて依頼された内容を伝える。


 そして、椅子に座って話を聞いていたエミリアが言った。


「冒険者と子供たちの失踪事件ですか……また、面倒事をお願いされてしまいましたね」

 彼女は帽子を床に机に置いて、紅茶を啜りながら難しい顔をする。


 そして彼女の隣で僕の話を聞いていたレベッカは言った。 


「しかし、レイ様。

 もし子供が誘拐されたともなれば、騎士の方々が動くほどの事態では? 

 騎士所属のレイ様に命が下されるのは理解できるのですが、何故、国王陛下はわたくし達4人を指名したのでしょうか?」


 そのレベッカの言葉に、

 僕のベッドでゴロゴロしていた姉さんが反応し起き上がる。


「姉さん、どうしたの?」

 僕が突然反応した姉さんに問いかけると、姉さんは言った。


「ちょっと気になることがあって……。

 そうね、レベッカちゃんの疑問だけど、陛下はそれだけ慎重に動いてるってことじゃないかしら。私達4人は前の任務で実績があるわけだし、信頼されてるんじゃない?」


「ふむ……しかし……」


「陛下の言っていた黒幕の存在というのが肝だと思うの。

 いきなり騎士達を派遣しても返り討ちに遭う可能性は高い。まずは信頼できる冒険者に極秘裏に依頼を出し、情報収集をさせる。

 そして、黒幕の正体を突き止めてから、騎士を派遣するつもりなんでしょうね。まぁ、こんなところかしら」


「成程……」

 姉さんの推測を聞いてレベッカは納得する。


「ベルフラウにしては、中々冴えてますね」

「私にしては!?」


 エミリアの失礼極まりない言葉に、ショックを受ける姉さん。

 そんなやり取りを見て苦笑しながら、僕は彼女達に最後の確認を行う。


「危険性が高い任務だと思うけど、皆、協力してくれる?」


「ええ、構いませんよ」

「浚われた可能性ある子供達の安否が気になります、当然ご一緒します」

「勿論、私も行くに決まってるじゃない!」


 三人共、乗り気のようだ。


「ありがとう。じゃあ明日、朝から出発しよう」

「あれ、今日じゃないの?」

「ちょっとね……今回の事件は陛下は慎重に行動した方が良いと言ってて、まずは失踪した冒険者たちの事を調べようと思ってる。今からそっちの要件を済ませてくるよ」


 ◆


 協力を得られた僕は、宿を出てからカレンさんの家に向かう。カレンさんは日常生活に支障が無くなったということで、病院から離れて自宅療養となった。


 僕は、彼女に家に着くと、扉をノックし返事を待つ。

 すると、聞き慣れた女の子の声で「どうぞー」と返事があったため、僕は扉を開ける。


 扉を開けると、中から鼻腔をくすぐる甘い香りがした。


 すると、「レイさん、いらっしゃーい」とエプロン姿のサクラちゃんが出迎えてくれた。

 さっき、扉越しで返事を返してくれたのはサクラちゃんだった。


 彼女の手には焼き菓子の置かれたトレーが握られている。

 どうやら、お菓子作りの最中だったらしい。


「どうも、カレンさんいる?」

「待ってて、先輩呼んできますね~」


 そう言って、パタパタと奥の部屋へ駆けていく。

 しばらく待っていると、同じくエプロン姿のカレンさんが出てきてくれた。


 カレンさんは僕の姿を見ると、嬉しそう笑って言った。


「レイ君いらっしゃい、遊びに来てくれたの?」

「うん」


 本当は、今回の件の相談もある。

 だけど物騒な話をすぐに切り出すことも無いだろう。


「嬉しいわ、今、お菓子作ってるの。レイ君も一緒にどうかしら?」

「いいの?」

「うん、もちろん」

「じゃあ、お邪魔させてもらうよ」

「やった! じゃあ今日は頑張っちゃおうかしら♪」


 そう言うと彼女は僕を連れて台所に行き、お茶の準備を始めた。しばらくして準備が出来てテーブルの上には3種類のケーキとクッキーが並べられる。


 待ってるだけなのもどうかと思ったので、僕も手伝うことにした。

 といっても、皿を用意したり飲み物を準備したりする程度の簡単な事だけだ。


 準備が終わると、僕達三人はテーブルを挟んで椅子に座る。

 僕の正面にはカレンさん、僕の左隣にはサクラちゃんが座ってる状態だ。


「さぁ、召し上がれ。ゆっくり味わってね」

「私と先輩の自信作ですよー」


 二人は楽しそうな笑顔を浮かべながら、そう言った。僕は早速、目の前にあるケーキの一つに手を伸ばす。一口食べると、濃厚なクリームの甘味が口に広がった。


 甘くて凄く美味しい。


「これ、とっても甘くてサクサクする」


 僕の感想を聞いて、二人とも満足げに笑う。

 そうして、僕達は甘いお菓子と紅茶を堪能しながら会話を交わす。


「カレンさん、体の調子はどう?」

「大丈夫よ、エミリアから薬を貰ってから身体の不調も殆ど無いわ」

「そっか、何かあったら相談してね」

「ふふ、大丈夫よ。レイ君こそ、何かあったら私になんでも相談してね」

「うん、カレンさん頼りになるし、遠慮なく来るよ」


 僕がそう返事をすると、カレンさんは穏やかに笑う。


「レイさん、先輩の事好きですよねー」

 僕達の話を聞いていたサクラちゃんが突然爆弾を投げてきた。


「ちょっ、サクラ……」

「……まあ、否定は出来ないけど……」

 ここ最近、ずっとカレンさんに頼りっきりだしカレンさんの事をよく考えている。恋愛的な意味かどうかは置いといて、サクラちゃんの言葉に間違いはない。


 多分、彼女はそういう意味で言ってないんだろうけど。


「レイ君、否定しなさいよ、サクラにずっと言われ続けるわよ」

「むー、わたしそんな性格悪くないですよー?」

 サクラちゃんは、ふて腐れたような表情で言う。


 さっき、カレンさんはエミリアに薬を貰っていると言っていた。


 カレンさんは僕達に何も言わないが、僕は彼女の魔力がまるで回復していないことに気が付いている。エミリアは僕達よりも先にその事実に気付いて、彼女に薬を作って渡していたのだろう。


「(……僕には相談してくれないのかな)」

 彼女が僕達を心配させまいと気丈に振る舞っているのは分かっていた。

 その気持ちはとても嬉しいけど、僕はやっぱり頼りないのだろうか?


 ……僕はもっとカレンさんの力になりたい。


 僕が何も言わずに黙っていると、

 カレンさんが心配そうに僕の顔を覗きこんで言った。


「……レイ君、どうしたの? 何か心配事?」

「え? ああ、うん、何でもないよ。クッキー美味しいね」


 僕は誤魔化すように、手に持っている食べかけのクッキーを口に運ぶ。

 サクッとした食感と共に、香ばしい匂いが広がる。


「これも美味しいよ」

「本当!? 良かったわ」


 それから一時ひとときの間、僕は漠然とした不安を胸にしまい、

 今は、楽しい時間を彼女達と過ごすことにした。

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