第487話 ネルソンという男の結末3
僕はネルソンさんとの決闘に勝利した。
その後、気絶したネルソンさんは医務室へと運ばれていった。
僕も医務室に運ばれていく彼を見送ってから、玉座の間に戻った。
他の人達は居なくなっており、僕を待っていたのは、カレンさんとエミリア。
それに、玉座に座るグラン陛下だけとなっていた。
エミリア達は陛下と何かを話し合っていたようだが、
僕が戻るとカレンさん達は僕に一言告げて部屋を出ていった。
そして、僕と陛下だけが玉座の間に残った。
「見事な勝利だったな、レイ君」
彼は僕に労いの言葉を掛けてくれた。
「キミと決闘を行うまで彼は燃え尽きていたが、決闘中に彼は少しずつ気迫を取り戻していた。これを機に、自分を見つめ直すきっかけとなればいいのだが……」
「ですね……」
確かに、ネルソンさんは最後の方では昔の気迫を取り戻したように見えた。
でも、彼が再び前に進むかどうかは、最終的に彼自身が決めることだ。
「陛下、ネルソンさんはこの後どうなるのでしょうか」
「……彼が犯した罪は、敵の誘いに乗って、多くの国民を危険に冒してしまったことだ。彼自身が、魔王軍を招き入れたわけでは無いが、罪なき人々を危険に招いたことには変わりない」
「……」
「……だが、今回の件で彼は大きな挫折を味わった。そして、彼は今までの己の生き方に疑問を持ち始めた。だから、私は彼にチャンスを与えようと思っている。……キミも、それを望んでいるのだろう?」
「はい……」
「君は、決闘の中で、彼の『死』という逃げ道を奪った。それはキミが彼に別の何かを望んでいるからだろう。キミは、彼にどういう生き方を望んでいるんだい?」
「……それは」
魔王軍の傀儡になってしまったこと、そのせいで多くの民を危険に巻き込んだ事、その現実から目を背けようとしていること。
彼は今、それを自分が死ぬことで終わらそうとしている。
そんなことは、絶対に許さない。
僕が彼に望むことは……。
「生きて、罪を償ってほしいです」
「……そうか」
僕の答えを聞いて、グラン陛下は満足そうな表情を浮かべた。
「ならば、キミは彼に道を示してやらねばいけない。
それが、騎士として戦ったキミの責務であると私は考えているよ」
「僕が、ですか? 陛下ではなくて?」
「私では駄目だ、既に何度も説得した後だからな。だが、彼はキミの決闘を受けた。それはキミに対して彼自身が思う所があったからに間違いない。彼の心を動かせるのは、キミだけだろう」
「……僕が」
「キミなら、きっとできるはずだ。……さぁ、もう行きなさい。
難しく考えることは無い。キミが彼に想うことをそのままぶつけてやればいい」
「……はい!」
グラン陛下に励まされて、僕は元気よく返事をして、その場を去った。
◆
陛下に励まされ、僕は想いを胸に、
彼が治療を受けている医務室へ再び戻ってきた。
「失礼します」
僕は扉をノックしてから扉を開けて中に入ると、ネルソンさんは治療が終わった後なのか、怪我を負った数か所の部位が包帯で巻かれており、既に目を醒ましていた。
「……レイか」
「ネルソンさん、怪我の具合はどうですか?」
「……怪我させたのはお前だろう? 見てのとおり、まだ痛むが問題はない」
「……そうですか」
僕は彼から少し距離を置いて椅子に腰かける。
「…………」
「…………」
僕達の間には沈黙が流れる。
気まずい雰囲気と思うかもしれないが、意外とそうでもなかった。
何故か、彼は機嫌が悪くなさそうだったからだ。
「……フッ」
僕が何か切り出すのを待っていると、彼が一瞬笑った。
「……なんですか?」
「俺に何か言いたくて来たのだろう?その割に、何も言わないものだと思ってね」
「……」
確かに、彼の言う通りだ。僕は、陛下に背中を押されたは良いが、まだ何を話せばいいのか整理出来ていない。
しかし、彼が問いかけてくれたお陰で少し言いやすくなった。
「……ネルソンさん、どうして僕との決闘を受けてくれたんですか?」
「……まだ自分が戦士としていられるか試してみたかった」
「結果はどうでしたか?」
僕がそう質問すると、ネルソンさんは、自分の右腕に嵌められた義手に視線を落とす。
「右腕を失って、俺は戦士として死んだと思った。
でも、この腕と陛下のおかげで、もう一度戦いの場に立つことができた」
「陛下には感謝してもしきれない」と彼は呟く。
しかし、彼は最後にこう言った。
「……もう満足だ」と。
僕は、それを聞いて立ちあがった。
「ネルソンさん」
「なんだ?」
「……貴方は、僕との決闘に敗北しました。
あなたが負けたら僕の言葉に従うって約束を覚えてますか?」
「……言われたな、お前じゃなくてあの女の方に」
「そ、そうですね……カレンさんが言いましたね」
自分で言うのが恥ずかしくて、カレンさんに言ってもらったとはいえない。
それはそれとして、僕は深呼吸して自分が言いたい言葉を纏める。
そして、真面目な表情に切り替えて、こう言った。
「こういう事は得意じゃないけど言わせてもらいますね。
あなたは罪の意識を感じているのなら生き続けて償うべきだと思います。
迷惑を掛けた人達に謝罪し、これからは人の為に生きてください」
「……」
「あなたは、さっき『もう満足だ』と言いました。ですが、それで死ぬつもりでいるなら単なる自分勝手だ。僕はそんな勝手な死に方を許さない。
命はそんなあっさり捨てていいものじゃない。そんな下らない事を考えてる暇があるなら、自分が本当に満足のいく生き方を今からでも見つけてください」
「……!」
僕は、彼の返事を聞かずそのまま医務室の出口へと歩いていく。
そして最後に、僕は彼の方を振り向いて言った。
「ネルソンさん、いつかあなたの出した答えを聞かせてくださいね」
それだけを伝えると、僕は迷うことなく部屋を出ていった。
◆
レイが部屋を出た後、
ネルソンはレイに言われたことを頭の中で反すうしていた。
「(俺が、満足して死のうとしている事を見抜かれていたか……。アイツの言うとおりだな。結局、俺は自分が死ぬことで責任から逃れようとしていただけなのかもしれない)」
ネルソンは自分の右腕を強く握りながら、自分の想いを吐露する。
「(……全く、情けない。
大の大人が自分よりも子供にここまで心を見抜かれてしまうとは……。
だが不思議と腹は立たない、むしろ、清々しい気分だ)」
ネルソンは、自分の想いを整理してから、決意を固めた表情をする。
「……そうだな、レイ。全部お前の言う通りだ」
ネルソンは、誰もいない医務室でそう呟いた。
◆
――三日後、ネルソンは、本人の希望により陛下の招集で集められた国民達の前で誠心誠意、謝罪をした。
先の戦いは愚かな選択をしてしまった自分のせいであると述べて、国民たちに非難されながらも、多くの民から許しを得たという。謝罪が済んだその後、彼は、陛下に自由騎士団に入らないかと勧誘を受けたのだが、丁寧に断った。
その時、ネルソンは陛下にこう言った。
『陛下……俺なんかの為にここまでして下さってありがとうございます。
ですが、俺はレイに言われたんです。これからは人の為に生きろと、下らない事を考える暇があるなら、自分が本当に満足のいく生き方を見つけろと。
俺は、それをやろうと思います。だから、俺は騎士だなんて立派なものじゃなく、一人の戦士としてこれからは人々の為に生きるつもりです』
『……そうか、では君はどうするつもりだ?』
『旅に出ます。そして自分の罪を背負って、人助けを続けて、自分が本当に満足できる生き方を見つけたら、再びここに帰ってくるつもりです。その時は――――』
『……分かった、その時こそ、君を騎士として迎え入れよう』
そうして彼は国を出た。
今の彼は、かつてのような暗い影は無く、ただひたすらに前を向いて歩き続ける。
そして、いつの日か、彼が本当の意味で救われる最期を迎えることになる。
しかし、それはまた別の話。
この物語の主人公は彼ではない。
彼の物語は、今、ここで幕を閉じるとしよう……。
あとがき
この話でサブキャラであるネルソンの話は完結します。
本当は本編でもっと活躍させるプランがあったのですが、
悪人である彼を改心させるのであれば、この流れが一番綺麗だと思いました。
そのせいで、本来考えてた内容が全部無駄になってしまい、
この後の展開を考え直す羽目になるというオチに………(;´・ω・)
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