第999話 上級女神フローネ ―決着―

 前回のあらすじ。


 女神フローネの戦いは熾烈を極めて一人、また一人と仲間達が離脱していく。


 残されたレイ、ベルフラウ、エミリア、レベッカの四人も彼女の猛攻で消耗して限界が近づいていた。


 しかし散っていた仲間達の活躍もあり、女神フローネもまた追い込まれていた。


 そして、女神フローラとの戦いは限界を超えた領域へと突入する――!!


 ・・・・。


 ――キィン!!


 隔絶された空間の中で響き渡る金属音。


 レイの聖剣とフローネの神器から射出される光の剣が共鳴し合い火花を散らす。


「――くっ!」「……」


 レイは距離を取りながら撃ち出される無数の光の剣を聖剣で弾きながら彼女を追う。


 しかし、神器によって無限に生み出される光の剣がレイの退路を塞ぎ、間合いを取ることが出来ない。


「あぁ、ウザったいですね!!」


 そこにエミリアは魔法でレイの援護に入り、無数の赤き魔法陣から撃ち出される火球の礫でそれらを相殺する。


「ナイス、エミリア!」


 エミリアの活躍によって攻撃が緩んだ瞬間にレイは一気に加速してフローネの元へ飛んでいく。


「……っ」


 レイの接近に焦ったフローネは、神器から中サイズの光弾を複数生成してレイに飛ばす。


 見た目はそこまで派手な攻撃ではない。しかしカレンを一撃で失神させたほどの強力な技であり、正面から受ければレイもただでは済まない。だがレイは怯まずに果敢に立ち向かう。


「こんな攻撃――!!」


 彼女の放った三つの光弾の内二つをレイは聖剣で切り裂く。しかし残った一発はフローネによって軌道を変え、レイの背後にヘビのように回り込んで彼の横っ腹に直撃した。


「がはっ!?」

「レイくんっっ!!」


 レイの体は衝撃で吹き飛ばされ、そのまま地面に激突する。


 激突した衝撃で軽く意識を失いかけるが、レイは自分の唇を思いっきり噛んでその痛みで意識を保って感覚が無い脇腹を抑えながら立ち上がる。


「……っ!」


 光弾が激突した自身の脇腹を見ると鎧が溶けたように変形しており、鎧の金属が自分の皮膚を喰い破って血が滴り落ちていた。致命傷ではないが、これではまともに動くことが出来ない。しかし数秒もしないうちに彼の傷口の痛みはすぐ収まっていく。


<完全回復>フルリカバリー


 理由は後方でベルフラウが自分達がダメージを受けても即座に回復魔法で援護してくれてるお陰だ。


 彼女の回復魔法の威力はもはやどんな傷でも一瞬で治癒させるほどに研ぎ澄まされており、更に変形した鎧まで時間を巻き戻したように元の姿へと変わっていく。


「ありがとっ!」「頑張って!」


 短い感謝の言葉を交わすとレイは即座にフローネに向かっていく。だがそうはさせまいとフローネは地面から1メートルほどの高さを保って足を動かさずに高速で動き回る。


 そして詠唱など存在しないとばかりに強力な攻撃魔法を不規則にばら撒いて目晦ましを行う。


<上級獄炎魔法>インフェルノ


<上級雷撃魔法>ギガスパーク


<上級竜巻魔法>トルネード


<上級氷魔法>コールドエンド


 もはや魔法と言っていいのか不明な程規格外な威力の攻撃がレイに向かって襲いかかる。レイ達は陣形などとっくに放棄して各自好きなように動いて散り散りに攻撃を必死に回避して可能ならば反撃に移る。


 女神フローネは満身創痍とは思えないほどの苛烈な攻撃を乱発し、レイ達も冷静に判断が出来ず場当たり的に対処して動くしかない状態だった。


「や、やりたい放題ですね……レイ、足止めてないで早くあの女神なんとかしてくださいよっ!」


「無茶言わないでよエミリア! 向こうと違ってこっちは走り回ってるんだから体力が持たないんだからねっ!」


「勉強ばっかりしてるから体力切れなんか起こすんですよ! ちょっとは狩りに参加して身体鍛えなさい!!」


「いや勉強は大事だろ!! 狩りだってたまに参加してるし、鍛錬だって――」


「お二人とも、喧嘩してる場合ではございませんよっ!!」


 修羅場で痴話喧嘩をするレイとエミリアをレベッカは叱咤して、弓矢で狙いを付けながらフローネを狙い撃つ。しかし連携にもなっていない単発の攻撃はフローネに届いたとしても、彼女の手に装着した神器によって吸い寄せられて簡単に無力化されてしまう。


「く……やはりわたくし単独ではどうにもなりませんか……!」


「超高速で動き回りながら上級連打とかチートにも程がありますよっ!」


「しかも滅茶苦茶早いし……! 蒼い星、剣を伸ばして攻撃したりできない?」


『無理。頑張れ』


「そんなぁ……」


 レイの要望をあっさり無理と断言して切り捨てるクールな聖剣ちゃん。


 そんなやり取りの間にもフローネは光の剣を何十本も上空に撃ち出す。そして二十メートル程度上に飛んだと思ったら、即座に切っ先が反転してレイ達目掛けて高速で落ちてくる。


「やばっ、皆、散開!!」


 レイは慌てて仲間に声を掛けて自身もその場から飛び退ける。


 エミリア、レベッカ、ベルフラウも同じようにその場から離れるのだが、運悪くエミリアはランダムで落ちてきた光の剣の場所を通過してしまい、彼女の首筋を光の剣が通過する。


「ひえっ!?」


 エミリアは慌てて飛び退いたお陰で直撃こそしなかったが、掠めていったようで彼女の首元から血が滴る。


「大丈夫、エミリアちゃん!?」


 しかし即座にベルフラウが対応して回復魔法でエミリアの傷が癒えて消えていく。


「た、助かりました……!」


「気にしないで……エミリアちゃん、上!!」


「うわっ!」


 ベルフラウの言葉と同時にエミリアの丁度真上に光の剣が落ちてくるが、彼女の声掛けで間一髪エミリアは無傷でやり過ごす。


 後方に位置しているためか、あるいは天運に恵まれているのか。理由は定かではないが、回復サポート役のベルフラウにはあまりフローネの攻撃が飛んでこない。


 そのため彼女は自身の周囲に十分な防御魔法を敷いて比較的安全な状態で、仲間達のサポートに徹することが出来ていた。


 ベルフラウも積極的に攻撃に参加したいところだが、レイ達と違って彼女は攻撃魔法は得意としておらず、回復魔法も仲間のサポートが主な役割なので今は防御に専念して仲間達の傷を癒す。


 一見、レイ達は女神フローネの隙の無い弾幕攻撃に翻弄されて手も足も出ない状態だ。


 だがフローネの方も必死の状況だった。


「(……く……!)」


 フローネは表情を崩さず冷酷に彼らに攻撃を加えているが、その心情は穏やかではなかった。


 神器によって彼女は圧倒的な火力とリーチを持ち、更に女神特有の膨大な魔力で殆どの攻撃魔法や女神の権能も自由に使えるため、一見すれば彼女が圧倒的優位。


 しかし彼女も相当なダメージを受けて体力を消耗し続けている。


 最初にアカメに受けた闇の魔法は、自分に対して有効打ではないがそれでも彼女を確実に仕留めるために魔法を敢えて受けた時の消耗が後を引いており、ルナを即座に倒すために使った<時間停止>は回数制限があって多用は出来ない。


 カレンに剣によって貫かれた胸からの傷は女神である彼女でも相当なダメージであり、今は出血こそしていないが常に激痛に苛まれている。


 レベッカから受けた矢で貫かれた右肩は、痛みだけではなく長時間刺さった矢を放置していたせいか、矢の持つ金属毒に犯されて徐々に右半身が麻痺しつつある。


 そしてノルンの捨て身の反撃によって彼女の両足のつま先から太ももは石になったように硬化して常に鈍い痛みに襲われてダメージを受け続けている。これにより常に浮かんでいなければまともな移動が困難になっている。


 そして彼女の手にする<極光の審判>と呼ばれる神器。


 遣い手に戦場の加護を与え、あらゆる邪悪な存在を一瞬で葬り去る光の剣や無制限に生成するという規格外の逸品であり、レイやカレンが手にする聖剣の上位互換とも呼べるものだ。


 だが弱点があり一つは自身の最も得意とする技能を一つ封じる制約効果。

 彼女が得意な魔法はベルフラウと同じく回復魔法であり、結果彼女は制約により回復魔法で自身の傷を癒すことは出来ない。


 もう一つの欠点は、この神器が善良な人間相手に不向きであるという事。しかしフローネは魔法以外これといった攻撃手段を持たないため、<極光の審判>を使わざるを得ない。


 そして彼女が最も苦戦する最大の理由は――


「このままだとジリ貧だよ!エミリアは遠距離攻撃!回復と補助は全部姉さんに任せるね!!!」


「分かりました。魔力全部使い切るつもりでやりますよ」


「わたくしは槍に持ち替えてレイ様のサポート致します」


「回復は私に任せて。ただ深追いはしないでね」


 最も苦戦する最大の理由。それは彼らのチームワーク。どういうわけか数が減ってからの方が彼らの連携が遥かに上手くなっているのだ。


「……っ!(どうして……!?)」


 フローネは思いもよらぬ仲間達の動きに激しく動揺する。最初の八人の時は結界を形成して防戦一方で動きが鈍かったというのに数が減るほど動きが俊敏になっている。


 彼女達が足手まといだった……?いや、それはありえない。


 先に散っていった仲間達も残った四人に勝るとも劣らない戦闘力を有していた。特に自身に致命的なダメージを与えたカレンとノルンは、レイを除けば最も脅威的な存在だった。


 それと比べれば残ったレイ以外の三人は脅威では無かった筈、だったのだが……単純なスペック以上に連携することで個々の能力を高めてフローネ相手に粘り続けていた。


「五十陣解放・一斉開放」

「……っ!」


 エミリアの周囲から大小合わせて五十個の魔法陣が同時展開される。

 フローネは瞬時に結界を何重にも張って攻撃に備える。


「複合合成魔法――<真の炎>フレア!!」

『……っ!』


 エミリアが魔法名を口にした瞬間、彼女の周囲から五十個の魔法陣が一斉に火を噴く。その火球の群れはこちらに迫ってくると同時に集束しながら周囲の同魔法を取り込んで極大化していく。


「(耐えられる威力じゃない! 応戦するか、空間転移で回避を――)」


 想定を超えた威力にフローネが一瞬選択を迷ってしまう。それが彼女の隙となった。


「隙が出来ましたねっ!」

「!」


 フローネのすぐ真横からレベッカの可愛らしい声が自身に向けられる。即座に神器から光の剣を生み出して彼女を振り払うが、レベッカはその光の剣を自身の槍で容易に弾き返す。


「(強い……! 彼女に構っていたら魔法に巻き込まれる……!)」


 レベッカとの技量差があることを把握し即座に<空間転移>を発動。


 移動する座標はレベッカから距離を取りつつ、エミリアの発動した<真の炎>(フレア)を完全に回避し即座に反撃が可能な座標。つまり、エミリアかベルフラウどちらかの背後を選択する。


「……」

 フローネは一瞬考えてエミリアの方を選択。<空間転移>を使用して瞬時に彼女の背後に回り込む。予想通り、エミリアは魔法発動の隙を晒して完全に無防備の状態になっていた。


 チャンスだと考えてフローネは光の剣を一本生成。

 確実に仕留めるために時間を掛けずに彼女に接近して仕留めに掛かる。


 ……この時、フローネは相手を仕留める事ばかり考えて一つの事を失念していた。


 それは、何故攻撃を仕掛けてきたのがレベッカ一人だったのか。最大戦力のレイが攻撃に加わっていなかった理由を、フローネは気付くべきだった。


 次の瞬間、彼女の足元に植物の蔦が巻き付き、振り上げた左手も別の植物によって拘束されてしまう。


「(これはっ……!)」


 失念していたのはレイだけでは無かった。


 女神の力を完全に消失させたベルフラウにもまだ残された能力があったのだ。それは<植物操作>というベルフラウが元々所有していた固有能力。


 そして、ベルフラウの植物操作で攻撃を封じられた彼女の背後には……。


<影斬り>バックスタッブ

「……っ!?」


 レイはフローネの真後ろから奇襲を仕掛けるため、エミリアの周辺に張り付く形で待ち構えて機を狙っていた。

 その事に気付いたフローネが背後を振り返った時には、自身の喉元にレイの聖剣の刃が――


「―――ああああっ!!!」

「!!」


 が、ここでフローネは致命傷を避けるために、植物によって身体がズタズタになるのも構わず強引に態勢を変えて動く。


 結果、レイの蒼い刀身はフローネの細い首から外れてしまい―――


 ――その代わりに、フローネの右腕が宙を舞った。


「あ、あッ……!!」


 フローネの右腕は肘の部分から綺麗に切断され、鮮血を吹き出しながら宙を舞う。


「フローネ様っ!!!!」


 今は敵対しているが、元々は親しい間柄のベルフラウは彼女の悲痛な声を聞いて思わず声を上げてしまう。対するフローネはそんなベルフラウの叫びなど耳に入らず、空中で切断された自身の右腕から滴り落ちる血飛沫を見ながらも、次の行動に移った。


「……っ、ほ……<聖光>ホーリー!!!」


 フローネが咄嗟に選んだのは光属性の極大魔法だった。

 そして、その対象は自分を中心とした範囲攻撃。


「な」「えっ!?」


 レイとエミリアは彼女の取った行動に驚愕する。それは自爆にも等しい一手だった。


 フローネ達の上空から光の柱が立ち上り、巨大な光の柱が戦場を眩く照らしフローネを中心にレイ達に浄化の光が降り注ぐ。


 予想外の攻撃にレイとエミリアは回避が間に合わず、ベルフラウも彼女達に防御魔法を付与するが焼け石に水でしかなく、事態に気付いたレベッカも<初速>を使って救援に向かうが距離が離れすぎてとても間に合わない。


 結果、浄化の光が三人を直撃し――


「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「くぅぅ……!!」

「――――っ!!!」


 エミリアが全身に走る激痛に叫び、レイは全身を焼かれるような痛みに悶絶し、ベルフラウとレベッカは光の奔流で二人の姿を見失う。


 そして、光が収まるとそこには―――


「うぅ……!」

「……はぁ……はぁ……」


 全身を焼かれて満身創痍のレイと、それ以上に死に体となっていたフローネの二人が立っていた。



「レイくんっ!」

「レイ様!!」


 レイが無事だったことに安堵するベルフラウとレベッカだが、エミリアの姿が無いことにすぐに気付く。


「……ご、ごめん……エミリアは……!」

 満身創痍のレイは、息を乱しながら二人に謝罪の言葉を口にする。

「咄嗟に攻撃範囲から逃がそうとしたんだけど……」


 そう言ってレイは右方向を指差す。その先には……。


「きゅう~……」


 十数メートル先に、地面に大の字になって気を失ってるエミリアの姿があった。


「て、手加減できなくてほぼフルパワーで蹴り飛ばしちゃった……」

「お労しい……エミリア様……」


 よりにもよって想い人に蹴り飛ばされたエミリアの心境や如何に。


 そして次の瞬間、気絶したエミリアの姿が消えていった。エミリアが離脱してしまい、これで残り三人となってしまった。


 ……だが、戦いはここで終わりだ。


「……はぁ……はぁ……」


 レイ以上に酷い怪我を負っていたフローネは、ここでついに膝を崩して倒れ伏してしまう。


「っ……これは……」


 レベッカは倒れた彼女の傍まで走って彼女の様子を確認する。


 両脚は石のように硬化し、右腕は切断され、右肩は弓矢が深々と突き刺さっている。


 胸辺りにはカレンの剣によって貫かれた酷い傷があり、彼女の美しい金髪と美貌も今や血みどろで見る影もなく、誰が見ても瀕死の状態なのは明らか。


 彼女の酷い状態を見てレベッカも悲痛な表情を浮かべる。


「……フローネ様……」


 ベルフラウは完全に動きを止めて苦しそうに呻くフローネを見て涙を流しながら辛そうな表情を浮かべる。そしてレイに何かを懇願するような表情を見せる。


「……姉さん、助けてあげて」

「……!」


 レイがそう答えると、ベルフラウは涙を拭って大きく頷き、彼女の元まで駆けていった。


「フローネさまっ!!」


 ベルフラウはフローネの残った左手を握りしめて、可能な限り回復の魔法を注ぎ込む。


「……べ、ベルフラウ……」


 ベルフラウが近付くと、フローネはか細い声で彼女の名を呼ぶ。


「そんな悲しい顔をしないで……私は平気……」


「そんなわけないじゃないですか!! これだけ傷を負って、戦い慣れてもいないのに無理をして戦って……!!」


 ベルフラウは涙を流しながら、フローネに向けて叫ぶ。


「……元後輩にここまで心配されてしまうとは……もう意地を張る意味も無いわね……」


 フローネは諦めたように身体に込めていた力を緩めてベルフラウに寄りかかる。


「桜井鈴くん……ベルフラウ……私の負けよ……」


「フローネ様……何故、私に攻撃しなかったんですか……?」


 ベルフラウはずっと疑問に感じていた。残り四人になった時、ずっと三人をサポートしていた自分をフローネは一度も狙う事が無かった。


「……手を出せるわけないじゃない。いつまで経っても私にとって貴女は後輩なのだから……」


「……っ! フローネ様……」


「……ふふ。でもこれでお別れね……桜井鈴くん」


 フローネに名前を呼ばれてレイは彼女の傍に寄り添う。


「……はい」


「……ベルフラウをよろしくね。この子、横着な所はあるけど、根は良い子だから」


「ちょっ、フローネ様……」


「……はい、分かってます。僕の自慢の姉ですから……」


「れ、レイくん……」


「その言葉……聞けて良かったわ……じゃあ、少し眠らせてもらうわね……」


 彼女はそう言い残して目を瞑った。

 こうして、僕達の最後の戦いは幕を閉じたのだった。


 ◆◇◆


 そして、女神フローネの戦いから数日後。


 本来ならフローネが負けても死ぬには至らないはずだが、彼女が限界まで神器を使用して肉体を酷使したことで彼女の女神としての寿命を大きく削ってしまっていた。しかしベルフラウの必死の介護の甲斐もあってその命は取り留めた。


 戦いの最後、フローネが敗北を認めたことによりレイ達の勝利となったわけだが……。


 レイとベルフラウはレベッカの故郷ヒストリアの近くの丘まで散歩をしていた。


 散歩の理由は彼女……ベルフラウの気分転換の為だ。


「良かったね、姉さん。フローネ様が助かって」


「……うん」


「フローネ様が主神?って人を説得してくれたお陰で僕も姉さんも神様にならなくて済むね」


「……うん」


「フローネ様が言ってた通り、離脱した皆もピンピンしてたし」


「……うん」


「……ええと、これで姉さんと僕が望んでた平穏な生活に戻れるね。魔王も神様ももう関わる必要なくなったし」


「……うん」


 あの戦いが終わって以来、ベルフラウはずっと落ち込んでいた。


 彼女と戦う事になって大怪我を負わせてしまったことが申し訳なくて後悔をしている様子だった。


 そんな彼女を見て、レイはなんとか元気づけようとするのだが、咄嗟に言葉が出てこない……。


「……姉さん、そんなに落ち込まないで……」


「……うん」


「……」


 ベルフラウがこんなに落ち込んでるのは彼女を傷付けたことも理由の一つだが、それ以上にフローネに無理をさせてしまったことに責任を感じているのかもしれない。


 自分が女神の役割を捨てたりしなければ……とベルフラウは自分の責任だと思っているのだろう。だが、それを言うならレイ自身にも責任がある。レイはそう考えて彼女を慰める。


 ……だが、いくら言っても「……うん」と気の無い返事を繰り返すばかりだった。


 レイは立ち止まり、どうしたら彼女を元気づけられるか考える。


「……レイくん?」


 が、レイが立ち止まったことでベルフラウも立ち止まる。そしてレイの方を不思議そうな表情で振り返るのだが……。


 その瞬間、レイは自身の能力を駆使して彼女の更に後ろに回り込む。


「……あれ、居ない?」


 後ろに居るはずのレイの姿が無くてベルフラウは困惑する。だが背後から突然誰かにぎゅっと抱きしめられて、彼女の豊満な胸元に何かが触れた。


「え」


 ベルフラウが胸元を見ると、そこにはレイの両手が彼女の大きな胸を鷲掴みにしていた。


「……?」


 突然の事態にベルフラウは顔を赤くし、困惑した様子でレイを見る。


「れ、れ、れ、レイくん……!?」


「ええと……何も思いつかなくて、それで……元気になった?」


「―――っ!!」


 バッチーーーーーーーーン!!


「ぐはっ!!」


 ベルフラウの渾身の平手打ちがレイの頬を直撃。彼はそのまま吹っ飛び、地面を無様に転がっていく。


「れ、れ、れ」


 バッチーーーーーーーーン!!


「レイくんのバカ! おたんこなすっ! へんたーーい!!!」


 そしてニ撃目。先程までの暗い表情は何処へやら、ベルフラウは顔を真っ赤にしてすっかり元気になっていた。


「げ、元気になって良かった………がくっ……」


 ベルフラウが元気になった。めでたしめでたし。


 ……とはいかなかった。


「レイくんっ! しっかりして、死んじゃダメーっ!」


 その後、意識を取り戻したレイは逆にベルフラウに必死に謝られる羽目になるのだった……。

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