第633話 女神様はポンコツじゃない

 辛くも包囲網を脱出した彼女達は、戦線離脱してしまったレイの行方を捜す。


「……いた、レイくんっ!!!!」

 彼女の姉のベルフラウは上空から彼が森の中で気絶してる姿を発見し、その場所を指差す。


「ルナ!」『………!!』

 エミリアはルナに指示を出し、ルナはすぐに高度を下げて地上に降下していく。


「……」

 ルナは静かに地面に降り立ち、仲間達は彼女の背中から降りてレイの容態を確認する。彼の身体は全身火傷を負っており、酷い状態だった。また、ロイド・リベリオンによって吹き飛ばされた際に、背中を強打してしまっていたようで背中に酷い青痣が出来ていた。


「ひ、酷い……待ってて、レイくん。すぐ治すからね……!」


 ベルフラウは彼の身体を抱きしめて癒しの魔法を使い始める。

 しかし、レベッカの鋭い声が響く。


「皆様、奴らが!!」

「!!」

 槍を構えて警戒するレベッカの視線の先には、こちらに探しに来たロイド・ルべリオンの姿があった。彼の周りには傀儡と化した黒装束達もいる。


「ここで戦闘になるのは危険過ぎます!! ベルフラウ、気持ちは分かりますがレイの治療は後で!」


「で、でも……!」


「ベルフラウ、今はエミリアの言う通りにして。皆、もう一度ルナに乗って、このまま神依木まで案内するわ」


「……わかったわ!」

 ノルンの提案にベルフラウは渋々頷く。

 ベルフラウとエミリアは気絶したレイを二人でルナの背中に運ぶ。そして、レベッカ以外がルナの背中に乗って、後はレベッカだけというところで敵達に囲まれてしまう。


「見つけたぞ、逃がすと思うのか!!」

「くっ……」

 ロイド・リベリオンはニヤリと笑い、レベッカは悔しげな表情を浮かべる。

 だが、数秒の間を置いて彼女のは決意に満ちた表情に変化する。


 その彼女の表情のように、エミリアは猛烈に嫌な予感がした。


「レ……」

 エミリアは彼女に危険な考えは止めるように忠告しようとする。

 だが、全て言い終わる前にレベッカは叫んだ。


「―——皆様、ここはわたくしに任せて先に行ってくださいまし!!」

「え!?」

「なっ!?」


 レベッカの言葉に、一同は驚愕の声を上げる。


「なにを言ってるんですか、レベッカ!!」

「そうよ、貴女を置いていくなんてできないわ!!」

「……」


 エミリアとベルフラウはそういって彼女を説得しようとする。

 しかし、レベッカは何も言わずに武器を構える。


「ほう、見事な忠誠心じゃないか。勇者様の為に命は惜しくないと?」

「……」

 ロイド・リベリオンはレベッカの覚悟を皮肉げに笑うが、彼女はそれに何も答えない。


「レベッカ、貴女は………!」

「……エミリア様、レイ様を……カレン様をお願いします……」


 エミリアの呟きに、レベッカはそう答える。


「……っ!!」

 エミリアはレベッカの覚悟を受け取り、拳を強く握りしめる。

 だが、それでもエミリアは彼女を見捨てる様な真似は出来なかった。


 こうなれば私も覚悟を決めよう。エミリアはそう自身に決断を下す。


 そして、それを口に出そうとするのだが―――


「……レベッカ、なら私も―――」

「―――ルナちゃん、一気に上空に飛んで!!!!」


 エミリアの言葉が周囲に届く前に、ベルフラウの声がそれかき消す。

 ベルフラウの声が聞こえたルナは、半ば反射的に一気に上空へと飛翔した。


「な、ベルフラウっ!! レベッカを見捨てる気ですかっ!?」

 エミリアは自身の決断を邪魔したベルフラウに抗議する。だが、ベルフラウはそれを無視し、ルナは彼女の言う通りに高度をどんどん上げていく。


「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! 私もレベッカの所へ行きますっ!!」

 エミリアはそう叫ぶ。しかし、ベルフラウは口元に指を置いてエミリアに「静かに」と言った。

 続けてベルフラウは言った。


「ルナちゃんストップ! ……次に、私が合図するまで動かないで」

『……っ!』

 ルナは彼女の指示に従い、即座に上昇を止めて高度を維持する。


「ベルフラウ、一体何を!?」

「エミリアちゃん、私を信じてくれる?」


 ベルフラウは真剣な眼差しで彼女に問う。

 その瞳を見て、エミリアは彼女に何か策があると気付く。


「…………わかりました。信じます」


「ありがとう、エミリアちゃん。ノルンちゃん、レイくんをお願いね」


「……分かった。何をするか分からないけど彼の事は任せて」


 ノルンはベルフラウの代わりに気絶したレイの身体を支える。


「じゃあ、行くわよ――」

 次の瞬間、ベルフラウの姿がその場から消失した。


 ◆


「―――皆様、後はよろしくお願いします」

 ベルフラウの指示でルナがこの場から離脱したことに安堵し、レベッカは正面の敵を見据える。


「俺に一撃与えたのは褒めてやろう。だが、この状況で勝てると思っているのか……?」


 目の前の男、ロイド・リベリオンは余裕の笑みで剣を構えている。


「……確かに、わたくし一人で貴方を倒すことは不可能でしょうね。ですが、わたくしもただでは死にません……」


「ふん、減らず口を……。良いだろう、ならばこの手で貴様を葬ってやる。

 死体の処理は……そうだな、こいつらに任せておこうか。……喜べ、ガキだが見た目は悪くないぞ」


 ロイドはそういって背後の黒装束達に目配せをする。

 すると、彼等は無言のまま一斉に短刀を取り出す。


「……!!」


「さようならだ、小娘。安心しろ、あの勇者殿と同じくすぐに後を追わせてやろう……!」


「―――レイ様………さようなら」


 最期にレベッカは最愛の人の名前を呟き、この場で果てる覚悟を決める。


 ……もっとも。

 そんな緊迫した状況を無にする存在が彼女のすぐ傍に迫っていたのだが。



 次の瞬間、レベッカの背後に突然人影が現れて彼女の身体を抱きしめる。


「見つけた!!」

「ひゃああああああああ!!?」

 突然の事にレベッカは驚いて、思わず大声を出してしまう。自分を後ろからハグした人物を確かめるべく、レベッカは振り向くとそこには見慣れた女神様の姿があった。


「べ、ベルフラウ様!?」

「……」

 ベルフラウは何も答えなかったが、満面の笑みを浮かべて彼女に頷く。


「な……っ!? 貴様、いつからそこに!」

 ロイド・ルべリオンは驚き戸惑い、それが理由で部下達に指示が遅れてしまう。


「ちっ……殺せ!!」

 ロイド・リベリオンがそう叫んだ時には既に遅かった。彼が叫んだと同時に、二人の姿が搔き消えてしまい居場所が分からなくなっていた。


 ―――一方、上空にて。


「ただいまー♪」

「……た、ただいま、帰って参りました……」

 エミリア達がベルフラウを信じて待機していると、二十秒ほど経過してから彼女がレベッカをハグした状態で戻ってきた。


「お帰りなさい、二人とも!」

「……お帰り。ベルフラウ、レベッカ。二人とも無事で良かったわ……」


 サクラとノルンは多少テンションの差はあれど、無事に帰ってきた二人に笑顔を向ける。


「えへへ、ありがと~♪」

「あ、ありがとうございます……?」

 ベルフラウは嬉しそうに、レベッカは照れくさそうに微笑む。エミリアは無事に戻ってきた二人を見て、心の底から安堵して二人に声を掛ける。


「……良かった。ベルフラウ、貴女はいざという時に頼りになりますね。ありがとうございます」

「うふふ、そうでしょー♪ いつまでもポンコツなんて呼ばせないんだから♪」


 ベルフラウはエミリアの言葉に心底ご満悦の表情だった。

 エミリアはレベッカの名前を呼んで彼女を正面から抱きしめる。


「エミリア様……」

「本当に…本当に無事でよかった……っ!!」


 エミリアはそう言って涙を流しながらレベッカを強く抱きしめた。


「……心配かけて申し訳ありません」

 レベッカは少しの間だけ目を閉じてエミリアの抱擁を受け入れる。

 そして、やがてエミリアを優しく抱き返した。


「……」

 ノルンは彼女らの様子を微笑ましい表情で見つめる。

 そして彼女の膝の上で眠っているレイの寝顔に視線を落とす。


「連中が混乱している間に先に進みましょう。この子を休ませないと」


 ノルンは彼女達にそう提案する。


「あ……そ、そうでしたね……」

 エミリアはレベッカから離れて涙を拭う。


「ノルン様、案内お願いできますか?」

「ええ、任せて。……ルナ、少し高度を落として進んでくれる」


 ノルンはレベッカの事に頷いて、ルナの背中を軽く叩いて彼女に呼びかける。


『……うん』

 ルナは頷いてノルンの言葉通りに空を飛んでいく。それから十分程空からの探索を続けて、ようやく彼女達は目的地の『神依木』まで辿り着いた。

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