第632話 急所突きが入ったはずなのに……

【三人称視点:ルナ、ノルン、ベルフラウ、エミリア、レベッカ、サクラ】

「さ、サクライくん!!!」


 ルナはレイが吹き飛ばされて、半ば悲鳴のような声をあげる。レイが恐ろしい威力の攻撃で吹き飛ばされ戦線離脱し、彼女達の表情は一気に険しくなる。


 彼女達の戦いも決して優位な状況とは言い難い。先程から、レベッカ、エミリア、サクラの三人を中心として黒装束達と交戦を続けている。

 しかし、黒装束達は何度倒そうともすぐに立ち上がり、理性の無い獣のような咆哮を上げながら容赦なく迫ってくる。

 そればかりでなく、黒装束達は復活するたびに、その身に微弱な闇のエネルギーを纏い、少しずつ強さを増してきている。


「レイを助けなければ……ですが、この状況……!!」

 エミリアは目の前の敵達を睨み付けながら歯噛みをする。彼女の言う通り、今、一番優先すべきは、戦闘不能状態のレイを助けること。だが、それを阻むかのように黒装束達が行く手を塞ぎ、その背後ではロイド・リべリオンが不敵に笑っていた。


「倒しても倒しても復活するし……しかも強くなってるし……!!」

「キリがございません……こちらも、体力に限界がございます……!」

 レベッカとサクラは、焦りながらそう話す。前衛で動き回ってる彼女達二人は特に消耗が激しく、どうしても疲労の色が隠せない。


 エミリアは考える。


「(どう動くべきか……!! いくらレイでもあれほどの攻撃を直撃してタダで済むとは思えない。

 だけど、私達の誰かがこの場から離れてしまえば、無尽蔵に復活するこいつらを抑える者が居なくなる……!!)」


 そしてエミリアが思案している間にも理性を失った敵達が襲いかかってくる。


「くっ!!」

 エミリアは即座に杖から魔法を多数発動させ、黒装束達をなぎ倒す。だが、理性を失った敵達はそれでもなお立ち上がる。中には死に至るほどのダメージを受けているものも居るが、彼等はまるでゾンビのように起き上がり、何度も襲いかかろうとする。


「まるで、ゾンビですね……!!!」

 サクラはそう言いながら、意を決して敵に向かっていく。

 そして、黒装束の男の一人の首筋に剣を当てて、その首を斬り飛ばす。


「―――っ!!」

 これしかないとはいえ、サクラのその容赦のない一撃に、さしも仲間でも顔を青ざめさせる。だが、次の瞬間にはサクラも青ざめることになる。


「……あ……あ……」

 サクラは思わず後ろに下がる。

 彼女が見たのは、首を失ってなお立ち上がってくる男の姿だった。


「うぅううううううううううううああああああ!!」

 男は意味不明な言葉を発し、サクラに飛びかかってきた。


「――っ!!」

 不意を突かれたサクラは、恐怖で目を瞑る。

 しかし、そこにベルフラウが割り込んで、首なし死体を杖で殴り飛ばす。


 ―――ドゴォ!


 ベルフラウに殴られた首なし死体は、数メートル吹き飛ばされて地面に叩きつけられる。


「大丈夫!?」


「は、はい……」


 ベルフラウの救援にサクラは素直に返事をする。いくら強いサクラであっても、あんな光景を見せられてしまえば萎縮して当然だ。


 だが、ベルフラウは彼女と違って強い口調で断言する。

「みんな、聞いて。この人達に掛けられている謎の魔法の正体は多分<死霊術>よ!! 」

「!!」


 仲間達はベルフラウの言葉に驚愕する。

 その魔法は彼女達にとっては聞き覚えのある魔法だからだ。


「死霊術って……」

 ルナは彼女の言った【死霊術】という言葉に身を震わせる。以前に彼女はこの魔法を自身の身に受けたことがあるため、その恐ろしさが鮮明に分かる。


 だが、ベルフラウの話を聞いていたロイド・リベリオンは言った。


「……死霊術。なるほど、そのような名前なのか」

「……はい?」


 ロイド・リべリオンの呟きにベルフラウ達は耳を疑う。


「生憎、俺は魔法に詳しくない。故にただ人間を傀儡にする魔法だと思っていた。だが、貴様らの怯えようから察するにそれだけの魔法では無さそうだな」


「……こんな外法の術を使っておいて、何一つ知らなかったというの?」


 ベルフラウは男に辛辣な態度で返す。


「それがどうした? 知識など無くとも力さえあれば人間は支配できる。まぁ、良い。貴様らはそこの傀儡共で十分だろう。俺は勇者の首を獲りに行くとしよう」


 そう言いがらロイド・リべリオンは、吹き飛んで戦線離脱したレイの方へと歩いていく。


「行かせると思いますかっ!!」

 そこにレベッカが槍を構えて、男の元へ走り出す。


「雑魚が、邪魔をするな!! やれ、お前達!」

 しかし、ロイドは振り向きざまに傀儡たちに命令を下す。もはや傀儡と化した彼の部下達は、白目を剥いてレベッカの元へ獣のように四足歩行で走っていく。


「……くっ!」

 レベッカは迫り来る黒装束の集団を見て、苦虫を噛み潰すように表情を歪める。


「ふ、それだけの集団に襲われては手も足も出まい」

 ロイド・リベリオンは見下すように笑うと、再び彼女達に背を向けて歩き出す。


 だが―――


「はあああっ!!!!」

 次の瞬間、レベッカの槍の絶技が炸裂し、数十体もの黒装束達が一気に薙ぎ払われる。


「な、なんだと!?」

 ロイドは予想外の出来事に目を見開く。

 ロイドは完全に彼女の実力を見誤っていた。


「―――好機!」

 レベッカは男の油断を利用し、黒装束の包囲網を一気に突破。そのまま、レイすら凌ぐ<初速>の技能を用いて、もはや瞬間移動のような速度でロイド・リベリオンの元へ突貫する。


「くっ!!」

 ロイド・リベリオンは咄嗟に大剣を構えるが、俊敏な彼女の速度にはとても対応できない。彼が大剣を構えた時には、彼の目の前に一筋の光の閃光が奔っていた。


「が……はっ……!!」

 ロイドは脳天に強烈な槍の一撃を受け、身体を宙に浮かされそのまま勢いよく地面に激突して何度もバウントしながら、地面を転がった。


「やった……流石、レベッカ!!」

 エミリアは普段のクールな雰囲気を崩して、満面の笑みを浮かべて喜ぶ。


「今のうちにレイくんを!!」

 ベルフラウはチャンスと考えて自ら結界の外へ出てレイの元へ走り出す。死霊術を使用した術者が死ねば、黒装束に掛けられた死霊術も彼女されるとベルフラウは考えたのだろう。


 だが、彼女のこの判断は早計だった。


「ベルフラウさん、危ないっ!!!」

 結界内にいたルナの大声で、ベルフラウはハッとする。


「――!!」

 ベルフラウは後ろを振り向いて驚愕する。

 そこには依然として操られた黒装束達が変わらぬ姿で立っていたからだ。


「な、なんで……!?」

「くっ!!」

 動揺で動きを止めた彼女の前にサクラが急いでカバーに入る。

 そして、襲い掛かってきた敵の攻撃を代わりに受け止める。


「ごめん、サクラちゃん!!」

「大丈夫です! ――――たあっ!!!!!」


 サクラはベルフラウの謝罪の言葉に即座に返答。

 そのまま襲い掛かってきた敵の両腕を双剣で切断する。


「ぐああああああ!!」

「てりゃああ!」

 獣のような叫び声を上げる理性を失った敵達。更にサクラちゃんは、叫び声をあげる男の顎を蹴り上げ、男は空中へ浮かぶ。男はそのまま地面に落下した。


「ふう……って、油断しちゃダメですねっ!!」

 一息整えようとしたサクラだが、周囲にはまだ傀儡となった黒装束の敵達がいる。サクラは背後のベルフラウを守りながらじりじりと後退する。


「おかしいわ……術者が死んだのに、なんで術が解けてないの……?」

「なら、正解は一つですよ、ベルフラウさんっ!」


 ベルフラウの疑問にサクラは大きな声で返答する。


「ロイド・リベリオンはまだ生きているって事です!!」

「なんですって……!?」

 ベルフラウ達は驚愕するが、同時に彼女の言葉を裏付けるように、レベッカに倒されたはずのロイド・リベリオンが立ち上がる。


「……中々の一撃だったぞ。こちらも死ぬかと思った」

「馬鹿な………!?」

 レベッカは彼女達以上に、目の前の男が立ち上がったことに驚愕していた。

 彼女の槍の一撃は、間違いなく男の兜を貫通しその脳天を貫いていた。

 なのに、目の前の男は、平然と立ち上がってきたのだ。


 ロイド・リベリオンは自身の首をコキコキと鳴らしながらレベッカの方を向く。


「確かに今のは効いた。この俺の漆黒の鎧を貫くとは……。だが、残念だったな。俺は不死身だ」

「くっ!」


 レベッカは悔しげな表情を浮かべるが、すぐに感情を抑えて構え直す。


「貴様が強いのは分かったが、俺に構っていても良いのか? ……そら、貴様らの仲間達を見るといい」

「なに……!?」


 レベッカは男を警戒しながら一瞬だけ仲間の方を見る。そこには、結界まで退避した仲間達と、それを多数の黒装束達がグルリと囲んで完全包囲している光景があった。


 サクラとエミリアが応戦しているが、いかんせん不死身の相手をするには厳しい状態だ。


「……しまった!!」


「さあ、どうする? お前が俺を倒したとしても、他の仲間達は傀儡共に殺されてしまうぞ。……まぁ、お前が俺を殺せる可能性など万一にも無いがな……」


「くっ………!!」

 ロイド・リベリオンはニヤリと笑い、レベッカは苦虫を噛み潰すような顔をする。


「レベッカさん!!」

 そこにレイを抱えたルナが駆けつける。


「ルナ様!? 何故ここに!?」


 レベッカは彼女の姿を見て驚く。

 彼女は戦える力が無いので結界内で大人しくしていた筈だ。


「私が、サクライくんを助けに行く!!」

「な……っ!?」

「私だって戦える!! だから、行かせて!!」


 ルナはレベッカにそう叫んで走り出す。だが、レベッカは大声で彼女を制す。


「お待ちください、ルナ様!!」


「ふん、どうやら勇者ご一行の中にも自分の置かれた立場すら理解してない無能がいるらしい。……おい、やれ」

「!!」


 ロイド・リベリオンはルナの無謀とした思えない行動を嘲笑すると、傀儡達に命令を下す。


「うおおおおっ!!」

「コロシテヤルゥゥゥゥゥ!!」

 ロイドの命令を受けた黒装束達が、一斉にルナの元へ向かう。


「っ……!」

 レベッカは舌打ちをしてルナの元へ向かっていく。

 しかしすぐにルナの身体が変化が生じ、レベッカは足を止める。


「……な、何だ、この光は!?」

「……これは?」

 ルナの身体は突然発光を始め、身体が徐々に浮き上がっていく。そして、ルナの身体が完全に宙に浮いた時、ルナの身体から眩い光が溢れだし、彼女の身体を包み込む。


「……っ!!」

 次の瞬間には、彼女の身体は人間の容姿から、美しいオレンジ色の竜の姿に変化していった。


「りゅ、竜の姿だと……?」

 ロイド・リベリオンは変異した彼女の姿に驚愕する。


「……ルナ様、これが貴女の今の真の姿なのですか……?」


 ルナの変貌に、レベッカも驚きを隠せないでいた。


『……』

 竜となったルナはそのまま上空に飛びあがり始める。どうやらレイの元に駆けつけるつもりのようだ。だが、結界の方で彼女に呼びかける声があった。


「待って、ルナ。私達も連れてってください!!」

 エミリアは彼女に向かって叫ぶ。


『……!!』

 ルナは、翼を羽ばたかせるのを止めて、声の聞こえた方に顔を向ける。彼女頷くようにドラゴンの首を動かし、結界の方へ猛スピードで向かっていく。

 その際に下に居た黒装束達は彼女の飛行によって巻き起こった突風で吹き飛ばされていく。ルナは結界の真上まで飛んでいくと動きを止めて高度を下げていった。


 そして、仲間達は彼女の背に飛び移り、ルナは再び飛び上がり、今度はレベッカとロイドの方へ向かってくる。


「ぐ……っ!!」

 ロイド・リベリオンは警戒してルナの方に大剣を向ける。だが、彼女の背に乗っていたエミリアがレベッカの方へとロープの先端を投げる。


「レベッカ! これを!!」「!!」


 レベッカはエミリアの意図を察して、そのロープを両手で掴んで自身の腰に巻き付ける。その直後に、ルナは更に上空に飛翔し、ロープを掴むレベッカの身体も一緒に引っ張られて上に飛んでいった。


 そして、彼女達は全員無事に合流し、レイの元へと向かっていった。


「―――ち、逃げられてしまったか」

 ロイド・リベリオンは空を見上げて呟く。


「まあいい。仮に勇者の傷を治したとしても、今の俺は不死身だ……。誰にも倒せん……!」

 ロイド・リベリオンは、一人そう呟きながらほくそ笑む。

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