第631話 最後の一線

「貴様たちはそいつらをやれ。俺はこの勇者の首を獲る」

 未知の力によって漆黒の鎧を纏ったロイド・リべリオンは巨大な漆黒の剣を構えながら部下達に命令する。僕達は白目を剥いてまるでアンデッドのような形相だったが、彼の言葉に従い、僕の仲間達に向かっていく。


「姉さん達、この男は任せて」

 僕は聖剣を構えながら目の前の男を睨み付ける。


「レイくん……気を付けて。その男、嫌な感じがするわ」

「……うん。姉さん達も油断しないで」

 男から目線を逸らすわけにはいかず、僕達は声だけで会話をする。


「では、私達も気合いを入れましょう」

「ええ、エミリア様。例え相手が不死の存在だとしても、わたくし達の敵ではありません」

「勇者の一人として、頑張りますよー!!」

 エミリア、レベッカ、サクラは自分なりに自身を鼓舞して数多の敵達に向かっていく。


「ぐおおおおおおっ!!」

「しゃあああああ!!!」

 理性を失った黒装束達はまるで獣のような唸り声を上げながら彼女達に向かっていく。

 そして、その戦いの火ぶたが再び切られ、今までよりも更に激しくぶつかり合う。


「……」

 彼女達の戦いの勝利を祈りながら、僕は目の前の男を凝視する。

 一度戦闘不能に追い込んだものの、まるでゾンビのように理性を失った状態で起き上がった黒装束の男達。そして、同じくサクラちゃんの一撃によって致命傷を負ったはずなのに、復活した目の前の男。


 非現実的な状況に戸惑ったが、今は余計なことを考えるべきではない。ただ、眼前の敵を倒すことに集中する。僕は聖剣を握り締めながら、敵の出方を窺う。


「……では、早速殺し合おう!!」

「―――っ!!」

 男は殺意を一切隠そうともせず、巨大な漆黒の剣を構えて一直線に僕に向かってくる。その動きは、以前に戦った時と同じかそれ以上に早い。


 あの時よりも明らかに重量級の鎧と得物を手にしてるというのにその動きの速さは尋常ではない。


「くっ!!」

 僕は咄嵯の判断で、横に飛んで攻撃を避ける。すると、僕の立っていた場所に男の強烈な一閃が通り過ぎる。地面は大きく切り裂かれ、その威力の高さを物語っていた。


「ふ、避けたか……流石に楽勝というわけにはいかないようだな」


「(……リーチの差があり過ぎる。まともに近寄れない!)」

 間合いを詰められれば、一方的に斬られてしまう。それに、あの質量の武器を生身の人間が扱えるなんて普通じゃない。装備が変わっただけでは無い。奴は何かしらの方法で能力を跳ね上げている。


「どうした、掛かってこないのか。勇者殿」

 ロイド・リベリオンはこちらを挑発する様に言う。


「(挑発か……だけど……)」

 だが、攻め手に欠けるこちらは多少無理してでも攻めないと勝機を見出せない。僕は聖剣を両手で強く握りしめて、聖剣ブルースフィアに語り掛ける。


「蒼い星、強化をお願い」


『挑発に乗る気? 貴方らしくもない……』


「分かってる。でも、後手に回ってたら何も始まらない」


『……そうね。分かった。なら、力を送るわ』


「ありがとう……!」


 僕は蒼い星に礼を言うと、集中し始める。

 そして、聖剣から眩い光が放たれて僕を包んでいく。


「――!?」

 ロイド・リべリオンは、僕が魔力を高めた事に興奮したように声をあげる。


「ほう、俺の力とは違うようだが、爆発的に能力が上がっていく。これが勇者というものか!!」

「……」

 ロイド・リベリオンは感心しているようだがそんな事はどうでもいい。

 僕は地面を蹴り上げてロイド・リべリオンに肉薄する。


「はあっ!!」

「ぬっ!!」

 僕はロイド・リべリオンが反応する前に、彼の胴体に横薙ぎの一閃を放つ。


「(――いける!)」

 身体能力こそ増大しているが、奴の反応速度は以前とそこまで変わっていない。懐に潜り込んでさえしまえば、奴の大剣のリーチは逆に弱点となる。


 僕はそう考えながら渾身の力で聖剣を振り抜く。だが……。


 ―――ガキンッッ!!


「ぐっ……!!」

「――っ!!」


 僕の振り抜いた一撃は、相手の腹部に直撃した。

 しかし、分厚い鎧に阻まれてダメージを与えられなかった。

 いや、違う。最後の最後で僕が勢いを緩めてしまったのだ。


「(……っ!! こんな時に、僕は……!!)」

 僕は歯噛みする。最後の一線が邪魔をして全力で攻撃が出来なかった。

 

 ……こいつは最低の悪人だということは分かっている。ロウさんを殺す一歩手前まで痛めつけ、今も自分の部下達を傀儡にしている非道な人間だ。


 ……だが、それでも人間だ。

 僕は魔物なら躊躇しないけど、未だに人間相手に全力で戦えない。

 下手をすれば、殺してしまうから……!

 

「……残念だったな!!」

 ロイド・リベリオンは狂気的に笑って大剣を振り上げる。


『レイ!!』

 蒼い星の声が僕の脳に直接響き渡る。僕は彼女の声に反応し、攻撃直後の隙を無理矢理解除してその場から飛びのく。その直後、僕が居た場所にまるで爆撃と聞き間違える様な激しい音と共に、巨大な漆黒の刃が地面に突き刺さった。


 僕は更にその隙を突くために、男に再び飛び掛かるが―—―


「――は、無駄だ!!」

 奴は今突き立てた漆黒の剣を片手で抜き、そのまま僕に剣を向けて下から上に振り上げる。


「くっ!!」

 僕はそれを完全に避け切れず、剣である程度軽減したものの勢いに押されて上空まで吹き飛ばされた。そして間髪入れずに、奴は空中で動きを制限されている僕目掛けて、今度は上段の構えを取り、全力で斬りかかってきた。


「――っ!!」

 僕は咄嵯の判断で、聖剣を盾にして攻撃を防ぐ……が、


「しねええええ!!」

「うっっ!!」

 ロイド・リべリオンはそのまま力任せに僕を押しつぶすかのように、上から下に一気に降り下ろした。何とか聖剣を使って防御するが、あまりの衝撃に耐えられず地面に叩きつけられる。


「ぐはっ……!」

 地面に叩きつけられたと同時に、身体の至る所に激痛が走る。

 僕は痛みを堪えきれず、情けない声をあげてしまう。


「サクライくん!!!!」

「レイくんっ!!」


 遠くから僕の名前を呼ぶ仲間達の悲痛な声が聞こえてくる。僕は立ち上がるが、全身の骨がきしみ、立っているだけで精一杯の状態だ。


「ぐっ……はぁ……はぁっ………くそ……」

 剣を持つ両手に力が入らない。左の肺が圧迫されたような痛みを感じる。右足の感覚が無い。おそらく折れている。


 蒼い星の強化で耐久能力を底上げしているというのにこれだ。もし強化抜きで今の攻撃を喰らっていたら死んでいたかもしれない。


「素晴らしいぞこの力……!! ふふふ、この力があれば、目の前の勇者はおろか、魔王すら敵ではないわ!!」

 ロイド・リべリオンは自分の力に酔っているのか、歓喜に満ちた声で叫ぶ。

 この力の根源が何かは分からない。だが、目の前の男は明らかに力に呑まれている。


「(仕方ない、時間稼ぎを……)」

 僕は奴に気付かれないようにこっそり弱い回復魔法と、<自動回復>リジェネイトを自身に付与させる。


 そして、奴の意識を逸らすために声を掛ける。

 本当は奴と会話すら交わしたくないが勝つためには仕方ない。


「ロイド・リベリオン……アンタのその力、何処で手に入れた? どうみてもアンタ固有の能力じゃないだろう? 魔法か? それとも悪魔にでも魂を売ったか?」


「……ほう、流石勇者と言うべきか、この俺の力の源に覚えがあるらしい」

 ロイド・リベリオンは僕の言葉に意外そうな顔をした。


「(……そんなものないけどね)」

 僕は心の中で、奴の思い違いを否定する。

 だが、僕の適当な発言に相手は満足したようで、嬉々として語り始めた。


「貴様の言う通り、この力は俺固有のものではない。いや、俺だけでは無い。この力は今から数十年前、俺の先代の闇ギルドの首領から受け継いだものだ」


「……!」


「詳しい経緯は知らんが、先代首領は『悪魔のような男』と契約を交わした。それ以降、俺達『闇ギルド』は、その悪魔から得た『闇』を自在に操る術を研究し、ついにここまで自在に操れるようになったのだ!」


「……闇を?」

 確かに、コイツ以外の黒装束の男達も闇のエネルギーを扱うような魔法を使っていた。 あれはただの魔法では無く、何者かに継承されたものだったのか。


「見よ、この『闇』を具現化し、身体に纏わせる異能! そしてこれが、俺が世界を統べる為の能力!!」


「――っ!!」

 ロイド・リベリオンがそう叫んだ瞬間、彼の周りにある空間が歪み始める。そして、奴の身体に纏わりつくようにドス黒いオーラのようなものが現れた。


「(これは……!!)」

 そのドス黒いオーラの中に、手招きをするような真っ黒な手を僕は見た。


「そして、今、部下に掛けているもう一つの能力。それは人間を人形のように傀儡にする異能。……どうだ? この世界を統べる覇王に相応しい能力と言えよう? ………くっくっくくくくくく!!!」


「……っ!まさか……!!」


 奴の語る能力に、僕は聞き覚えがあった。『闇』を身に纏う能力、そして『死者を操る』能力。それらは僕達が以前に戦ったとある敵を連想させる。


「……そうか、死霊術」

 僕は確信して言葉を漏らす。

 となると、先代の闇ギルド首領が契約を交わした相手は一人しか考えられない。


 僕は両手を強く握りしめる。

 自動回復のお陰もあって、先程よりは感覚が戻ってきた。

 そして、奴から重要な情報を聞き出せた。


「―――癒しの力よ」

「ぬっ、回復魔法などさせんぞ!!」

 ロイド・リベリオンは僕の詠唱の一節を聞いて即座に反応する。手にした漆黒の大剣を両手で振り上げて、僕に振り下ろす。


 だが、今の詠唱はブラフ。

 僕は、代わりに無詠唱で完了させていた魔法を発動させる。


<上級雷撃魔法>ギガスパーク

「――っ!!」


 ロイド・リベリオンの上空に強烈な稲妻が降り注ぐ。その稲妻は奴の漆黒の大剣に直撃し、そのまま剣を伝って奴の全身に電撃を浴びせた。


「ぐああああっっ!!」

 ロイド・リべリオンは苦悶の声をあげてその場に膝をつく。


「はぁ……はぁ……よし……」

 相手に狙いを悟られないよう魔力の発動を抑えていたため、僕は多少息を乱していた。だが、奴が仰け反っている今なら、ちゃんとした回復行動を起こせる。


 僕は奴から距離を取って改めて回復魔法を使用する。


「――聖なる光よ、傷付いた彼に癒しを与え給え――<完全回復>フルリカバリー

 そして、僕の身体は癒しの光に包まれる。


 ……これで形勢逆転だ。僕はそう思った。だが、


「―――甘いわぁぁぁぁぁ!!!」

 次の瞬間、奴から膨大な闇のエネルギーが放出される。そのエネルギーは集束して、極太のレーザービームとなって僕に降り注いだ。


「うわあああっ!!!」

 僕は咄嵯の判断で聖剣で防御したが、それでも勢いを殺すことが出来ずにその場から一気に吹き飛ばされ、仲間達から大きく引き離されてしまう。


「れ、レイくんっ!!」

「レイ様っ!!」

 黒装束達と激しい戦いを強いられていた仲間達の声だ。

 ロイド・リべリオンの攻撃で吹き飛ばされてしまった僕を心配しているのだろう。


「み、みんな……ごめん……」

 そんな僕の謝罪など聞こえるはずもなく。僕の意識は途絶えた……。

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