第634話 ノルンちゃん、勢いに押される

 

「この下辺りよ。ルナ、降りてくれる?」

『分かった』

 ルナはノルンの指示通りにゆっくりと下降していく。

 地上に着くと、ベルフラウ達は傷付き倒れたレイを慎重に運んで地面に寝かせる。


「レイくん、お願い。目覚めて……!!」

 ベルフラウは強い思いを込めて、彼に全力で回復魔法を施す。


「レイ様……」

「レイ……」

 レベッカとエミリアは彼の事を心配してベルフラウと共に彼に寄り添う。


「ルナさん、もう変身解いていいんじゃない?」

『……』


 サクラにそう問われて、ルナはドラゴンの首を縦に動かす。

 すると、ルナは光に包まれて、あっという間に人間の姿に戻る。


「……ふぅ。やっぱり慣れない」

 ルナは変身が解けて一息吐くと、地面に横たわるレイの元まで歩いていく。そして彼の隣に座ると、優しく頭を撫でる。


「サクライくん……」

 彼女もまたレイに信頼を寄せる少女。他の少女達と同様に、彼の身を案じていた。サクラとノルンは彼に寄り添う少女達の姿を眺めてため息を吐く。


「……レイさん、大丈夫かな?」


「今は彼の強さ信じるしかない。それに、彼のお姉さんも必死の想いで魔法を掛け続けてる。……きっと、大丈夫よ」


「……そうですね。今は待つしかありませんね」

 サクラとノルンは心配で顔を曇らせながら彼の無事を祈る。そして、ノルンは彼から視線を外して、一つの大木に視線を固定させる。


「……セレナ」

 ノルンはその大木を見て小さく呟いた。彼女の見ている大木は、周囲の木々よりも倍程度の大きさだったが、所々に罅割れて大きな亀裂が走っていた。


「ノルンさん、もしかしてこれが神依木なんですか?」


「うん、そうよ……。これが、神が人間へともたらした聖なる大木【神依木】……そして、私の本体でもある」


「ボロボロ……」


「……そうね。今は彼女(セレナ)が神依木に同化して内部から魔力を送り続けることでどうにか形を保ってる。だけど、時間の問題。彼女の魔力が枯渇すれば供給はなくなりは力尽きて消滅する」


「……私達はどうすればいいんですか?」

 サクラは普段のお気楽な雰囲気を一切感じさせない真剣な面持ちでノルンの話を聞いていた。ノルンはそんなサクラを見て、少しだけ驚いてから彼女の質問に答える。


「……どうにかして元凶を断つ必要があるわ。具体的に言えば、この森に攻撃を仕掛けた『敵』を見つけ出して打ち倒すこと。……だけど、知っての通り、その『敵』の正体が分からないの」


「その『敵』は近くに居るんですか?」


「ええ、それは確実。森に対しての攻撃は今でも続いてるの。その目に見えない攻撃は、この森に残った僅かなマナを根こそぎ吸収して何処かに送り込んでいるわ。

 『神依木』は森のマナを集めることで成長し続けるのだけど、それを吸い取るということは、この神依木を枯らそうとしているのと同義なの」


「なるほど……森と神依木は繋がっている。そして『敵』のせいで神依木そのものが枯れかけていると。神依木そのものであるノルンの命も脅かされているわけですね」


 ノルンの代わりに、いつの間にか彼女達の隣に立っていたエミリアがかみ砕いて説明する。


「エミリア……」

 ノルンは思案気な彼女を見て彼女の名を小さく呼ぶ。


「ノルン、この木の中にセレナ姉さんが居るんですか?」


「ええ、その通りよ」


「なら私も神依木の中に入ります。そうすれば、セレナ姉さんは出て来れるでしょう」

「……」

 エミリアの提案にノルンは黙り込んでしまう。

 その様子を見て、エミリアは何かを察して質問をする。


「もしかして、何か問題でも?」


「……その方法は確かに可能。でもそれはただの延命にしかならない」


「……ですが、このままだとセレナ姉さんの命まで……」


「……エミリア、よく考えてほしい。根本の原因を取り除かない限り、セレナの代わりに貴女の命が危うくなるだけで何も事態は変わらない。仮にセレナが出て来れても彼女は弱り切ってて戦える状態じゃない。だから、その手は決して良い手とは言えない」


 ノルンはなるべく冷静にそう語る。しかし、そのノルンの冷静で淡々とした話し方にエミリアは苛立ち、少々厳しい口調で言った。


「……セレナを犠牲にしている間に、私達が敵を倒せと?」


「エミリア、別にそんな事は言ってない。彼女の命は今すぐどうにかなる状態じゃないのは私には分かってるの。だから、万全であるあなた達が『敵』を見つけ出して討伐すれば解決できると言ってるの」

 ノルンのその言葉を聞いて、エミリアは表情を変える。

 悲しむというよりは、怒りの表情だと彼女達の会話を聞いていたサクラは思った。


「貴女は分かっていない、ノルン」

「……何がよ?」


 ノルンもエミリアの様子が普段と違うと気付く。

 しかし、彼女が何が言いたいのか分からずに返事を返す。


「例え、それが効率的じゃなくても、最善策じゃなくても。家族が命に晒されていると分かればいてもたっても居られない。自分の命を犠牲にしてでも救ってあげたい……貴女はそう思わないのですか?」


「……気持ちは分かる。でも、感情だけで人は救えない」


「……貴女に、私とセレナの何が分かるんですか。……1000年も生き続けて人間の感情を無くしてしまったんですか……?」

 エミリアはノルンの言葉を聞いて、静かに自分の感情を爆発させる。


「セレナは私にとって大事な姉さんなんです。彼女が苦しんでいるなら今すぐでも手を差し伸べたい。

 苦しみを分かち合えるなら、喜んで背負いたい。……貴女は違うんですか?」


「それ…は……」

 エミリアの訴えにノルンは反論が出来なかった。何故なら、彼女もまた心のどこかで同じ事を考えていたから……。


 沈黙を守っているノルンを余所に、エミリアは決意を口にする。


「……ごめんなさいノルン。私はセレナを助けます」


「エミリア!!」

 ノルンは驚いた表情で彼女を見る。

 だが、彼女は神依木に手を当てて魔力を送り始める。


「ちょっ、エミリアさん!?」


「待ってエミリア、私の話を―――」


「セレナ……今、そっちに行きますから―――」


 サクラとノルンは彼女を止めようとするが、既に彼女の決意は決まっていた。


「――暴虐と獄炎の大魔道士エミリア・カトレットの名の下に命ずる。我が肉体と精神をこの樹と同化させ、セレナ・カトレットの下へ……!!」

 エミリアは神依木に触れて詠唱を行う。ノルンが止めようと手を伸ばすが、その手が届く前に彼女は眩い青い光に包まれる。そして次の瞬間には、彼女の姿はその場から掻き消えていた……。


「エミリアさん!?」


 サクラの叫び声が響くも、彼女に返事は戻ってこなかった。


「……その魔法は、セレナが使った魔法と同じ………」


 ノルンはエミリアが消えた後に残った青い光を見て呟いた。

「ノルンさん、どういう事ですか?」


「……今のはセレナのオリジナルの魔法と言っていたわ。彼女以外の誰一人として使えた事のない魔法……まさか、それを彼女が使うなんて……」


 ノルンは信じられないといった様子で首を振る。

 だが、彼女はすぐに我に返る。


「……そっか、エミリア。貴女はセレナの妹だったわね……それなら彼女のオリジナルの魔法だとしても知る術はあるか……」


 ノルンは目を瞑り、自らの本体である神依木に手を当てる。


「……ごめんなさい、セレナ……エミリア……私のせいでこんな大変な事に巻き込んでしまって……でも、まだ終わりじゃない。私が戻って二人を解放すれば……」


 ノルンはそう呟いて再び目を瞑るがその肩をサクラが掴む。


「ダメですよノルンさん!」


「はなして……私はあの姉妹を助ける義務があるの……!」


 ノルンは自分の肩を掴んでいるサクラの手を引き剥がそうとするも彼女もまた引こうとしない。


 だが、サクラは強い口調で言った。


「ノルンさん、やっぱりエミリアさんの気持ちを分かってない! エミリアさんは確かにお姉さんを助けたいと思ってるけどノルンさんを助けたいから自ら中に入ったんですよ! だって、もし貴女が二人を連れ戻したら、今度はノルンさんが犠牲になるだけじゃないですか!」


「だから、私が犠牲になればいいだけの話でしょ!?」


「ノルンさん、1000年生きてる割にバカですねっ! ノルンさんが死んだらここまでの私達の想いが全て無駄になりますよっ!!」


「……ッ!!」

 サクラの言葉にノルンは言葉を詰まらせる。図星だった。自分が死ねば、レイやエミリア達、それに自分を必死の想いで助けてくれたセレナの行為を無駄にしてしまうだけと気付いたからだ。


「……」


「……あ……えーと、ごめんなさい。言い過ぎました……」


「良いわ……気にしないで……貴女の言う通りだもの……1000年も生きて神様視点にでもなってたのかしら……はぁ……」


 彼女はそう呟くと、力無くその場で項垂れる。


「ノルンさん……」

 サクラは、そんな彼女は見ていられないと彼女から視線を逸らす。

 視線を逸らした先には、先程と変わらず倒れたレイに回復魔法を施すベルフラウと、それを心配そうに見つめるレベッカとルナの姿があった。

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