第635話 生まれたかった

 レイが意識を失って、更に20分が経過した。彼の体は傷は治りつつあるが未だに意識回復の兆しは見えない。ベルフラウの懸命な治癒魔法もこのままでは意味を為さない。


「………っ」

 ベルフラウは魔力を振り絞って彼に魔法を掛け続ける。だが、如何に元女神様の彼女といえど今は一人の人間。その魔力には限度がある。誰もが振り向くほどの美貌の彼女であるが、この時は必死の形相で魔法を掛け続ける。


 このままでは彼女が無理をし過ぎて彼女自身が危険だ。

 レベッカはそう考えて彼女に声を掛ける。


「わたくしの魔力をお使いくださいまし。このままではベルフラウ様まで危険でございます……」

 レベッカは他者に魔力を共有する希少な魔法を習得している。自分なら手を貸せるとレベッカはベルフラウに提案する。


 しかし、彼女はそれを首を横に振って拒否する。


「……ダメ、レベッカちゃんは力を温存しておかないと……」

「ですが……」


「エミリアちゃんが居なくなって、戦えるのはレベッカちゃんとサクラちゃんだけ。私はサポートは出来るけど二人ほど戦えない……ここは私が頑張るから、レベッカちゃんとサクラちゃんは身体を休めておいて……」


「……」

 ベルフラウの言葉にレベッカは悔しそうに口を噤む。レベッカもその事は十分に理解しているのだ。だが、それでも納得が出来ないのもまた事実天…レイを死なせたくない想いは彼女も同じだ。


 二人から少し離れた場所で心配そうに見つめているサクラもジッとしているのは辛いようだ。彼女は周囲をキョロキョロ見渡した後、ここに居るメンバー全員に声を掛ける。


「わたしちょっと周囲を歩いてきます。もしあの悪い人達を見掛けたらすぐに戻ってきますね」


 彼女はそう言ってその場から離れていく。


「サクラ様、お気を付けて」

「はいはーい」


 レベッカの忠告にサクラは手を振って答え、そのまま走って行った。


「……く……」「?」

 そんな時、ベルフラウの治療を受けていたレイの声が聞こえた。

 

「レイくん……!」

「レイ様が何かを仰って……!」


 二人は彼の言葉を聞き逃すまいと彼の口元に耳を近付ける。


「……い……」

 レイはうわ言のように何かを口にしている。二人は彼の言葉に耳を澄ませて聞き取ると、彼はある言葉を口にした。それは……。


「……たくない……」

 彼のうわごとを聞いてレベッカとベルフラウは困惑する。

 一体何を言っているのだろうか。


「……ころ……したく……ない……」

 

「レイくん……?」

「どういう事でしょう……?」


 レベッカは彼のうわごとを聞いてそう呟く。

 だが、ベルフラウは彼の言葉の意味を理解して青ざめる。


「(……まさか、レイくんがロイド・リベリオンに負けた理由って……)」

 ベルフラウは思案する。レイは元々戦うことが好きじゃなかった。最初はモンスター相手にすら殺したことを悔いていることもあったくらいで、人間相手だと悪人だと悪人相手でも躊躇してしまう。


 その優しさ……いや、その甘さが彼の負けに繋がったのではないか?

 だとしたら、この意味の分からないうわごとも説明がつく。


「レイ様……おいたわしや……」

 レベッカも、彼の言葉の意味を理解したのか、涙ぐんでいた。


「レイくん……死なないで……! お願い、戻ってきて!!」

 ベルフラウは必死に彼に声を掛ける。だが、それでも彼はうわごとを繰り返すだけだった……。


 ◆◆◆


【視点:レイ】


「(……ここはどこだろう)」

 レイの精神は、真っ暗な闇の中を彷徨っていた。

 彼は先程まで自分が何をしていたのか思い出す為に記憶を遡る。


「(……僕は……カレンさんを助ける為にノルンの力を借りて森を進んで……)」

 そこで闇ギルドというフォレス大陸の敵対勢力のリーダーと戦ってたことまでは回想出来る。しかし、その先を思い出そうとするのを自身の心が拒む。


「(……ダメだ、これ以上は……)」

 思い出してしまうと、自分の今まで培ってきた常識や倫理観が崩れ去ってしまう。


「(……?)」

 ふと、気付いた。真っ暗な暗闇の中だというのに何かの気配を感じる。しかし敵意じゃない。こちらをただジッと見つめている。まるで幼い子供のように……。


「(敵じゃ……ない?)」

 その気配に彼は安堵するが、それでも違和感は拭えなかった。何故ならその視線には殺気や敵意といった感情は無く、むしろどこか懐かしさを感じる。


「……誰?」

 僕はその気配に向けて呟く。


「……」

 返事は無い。しかし、気配は消えない。

 相変わらず懐かしさを感じているような視線が向けられ続けていた。


「……どうして、僕を見ているの?」

 僕はもう一度尋ねる。すると、今度は返事があった。


「―――お兄ちゃん」「……え?」


 聞き間違いかもしれない。

 だが、その声……おそらく小さな女の子の声で、たしかにそう言った。

 でも僕にはその声に聞き覚えが無かった。


「(僕の事をお兄ちゃんと呼ぶ子? レベッカやリリエルちゃんはお兄様って呼ぶから違うし、可能性があるとするならメアリーちゃんだけど……)」

 僕は以前に知り合った貴族の小さな少女の事を思い出す。普段から眠そうな表情をしてて話す時もぽわぽわした雰囲気で和ませてくれる可愛らしい女の子だった。その愛らしさからクラス内でも人気のある子だったけど、今の声は彼女と全く合致しない。


 もしかして僕が見せた妄想なのだろうか?

 だが、彼女の声は聞き覚えはないけど、その喋り方は何処かで覚えがある。


 妙な懐かしさもあり、僕は彼女の事が知りたくなった。


「キミは一体だれなの?」

 僕はその気配に再び声を掛ける。すると、その声は言った。


「……私は、生まれることが許されなかった」

 その言葉に僕は衝撃を受ける。何故なら少女の声から聞き覚えの無い情報と、その声色には哀しみや絶望といった感情を感じたからだ。そんな重い雰囲気の中で少女は語る。


「……私は、生まれたかった。そして貴方と一緒に過ごしたかった。でも、あの人が私と貴方が出会うことを邪魔した。

 ……あの人に悪意が無いって事は分かってる。あの人は、必死になって貴方を助ける為に苦肉の策として私を転移させた……だけど、それでも私は許せなかった……」


「……あの人?」

 僕は彼女の事が分からないし、何が言いたいかも理解できていない。

 だけど、彼女は僕の事をよく知っているように見えた。相手は自分の事を知っているのに、自分はそれを覚えていない。その事に罪悪感を感じてしまう。


「ゴメン、キミは僕の事を知ってるみたいだけど……僕はキミの事が分からない……」

「……」


 僕がそう答えると彼女は言葉を詰まらせる。

 僕の一言に彼女は少し落ち込んでいるように見えた。


「……貴方は悪くない。誰も悪くないの……でも、私はあなたと一緒に生まれたかった」

 

 ……生まれたかった……。


 先程から、彼女はその言葉を繰り返し口にする。それに僕に言っているというよりも彼女は独白をしているように思える。


 

 それに、『一緒に生まれたかった』というのはどういう意味なのだろうか。常識的に考えて、僕と彼女が一緒に生まれるなんて状況は限られてる。

 

「……まさか、キミは――」

「……さようなら、お兄ちゃん。もし、この世界で生まれ変わった私と会ったら止めて欲しい。彼女は今……」


 ―――この世界を酷く憎んでいると思うから……。


「――ッ!?」

 その言葉の意味を問い質す前に、僕の意識は急速に引き戻されていった。

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