第474話 神隠し

【視点:エミリア】

 サクラの報告を聞き、彼女達がレイの再捜索に向かうのを見送った後、

 私、エミリアはカレンが入院している病院へと向かった。


「カレン、居ますか?」

 私は扉の前で一言声を掛けてから、ドアノブの握って扉を開ける。

 すると、下着姿のカレンが私服に着替えようとしているところでした。


「……アンタねぇ、返事くらい待ちなさいよ!!」

「すみません……、そんな格好でいるなんて思ってなかったです……」

「まったく……! これで、二回目よ!!」


 カレンは、もう慣れたのか、以前のように真っ赤にならずに、

 さっさとワンピースとスカート姿に着替えて、病室のベッドに腰を下ろす。

 そして、自身の髪をサラッと手で払うと、私の方を見つめてきた。


「それで、今日は何しに来たわけ?」


「実は、レイの事で相談が」


「え、レイ君の事?」


 カレンはキョトンとした表情をしてから、すぐに真面目な表情になる。


「実は騎士の職務の最中に、レイが行方不明になってしまいまして」


「………は? 今、なんて?」

 私がそう言うと、彼女は呆気に取られたような顔をして、聞き返してきた。


「だから、職務中に彼が行方不明になってしまったんですよ。

 最近出来た洞窟の中の調査をしてたらしいんですが、一人で洞窟内を調査してたレイがいつまで経っても戻ってこなくて、異変に気付いたサクラが、捜索隊を引き連れて捜索をしたんですが、結局見つからなかったんです」


「……え、冗談よね?」


「冗談じゃありませんよ。今、三人が再捜索に向かってます」

 私が出来るかぎり冷静に言うと、カレンは額に手を当てて、考え事をし始めた。


「(レイ君が行方不明……? そんな……)」


「あの、カレン?」


「……ちょっと、混乱しちゃったわ……」


「いえ、無理もありません。私も内心動揺してましたから……。

 ただ、不可解な事があって、カレンの意見を聞きたくてここに来たんです」


「私の意見?」

「はい、ひとまず事のあらましを説明します」

 私がそう言うと、カレンはキリッとした表情で私の話を黙って聞き始めた。


 ◆


「―――という話を私はサクラに聞きました」

「………」


 一通り話し終えると、カレンは真剣な顔でしばらく沈黙していた。


「……どう思いますか?」

「……」

「……カレン?」


 私が呼びかけても、彼女は無言のままでした。

 それからしばらくして、ようやく彼女は口を開いた。


「……洞窟内ではレイ君の姿は何処にもなく、魔物に倒された形跡もない。

 ……なるほどね、確かにそれだけ聞くと不自然な状況ね」


「ええ」


「一応、確認するけど、レイ君は<迷宮脱出魔法>は使ってないのよね?」


「使ってません。仮に使ったとしたら、入り口で待機していたサクラと鉢合わせするはずです」


「なるほどね……となると、怪しいのは洞窟の中って事になるわね」


「……というと?」


 私がそう質問すると、カレンは言った。

「ねぇ、エミリア。あなた、【神隠し】って言葉を知ってる?」


「ええと、歴史書に書かれてたあの話ですか?

 大昔に子供達がいきなり国の中から居なくなったっていう……」


「そうよ。でも、その昔には本当にあった事例なのよ。ある時、とある国の王族の子供達が一斉に姿を消してしまったの。当然、その時は大騒ぎになって、歴史の教科書に残るほどの事件として記録されていた。だけど、この話には続きがあってね。

 失踪した子供たちは、数年後、何の前触れもなく全員戻ってきたの。どういうわけか、子供たちの容姿は失踪した時と変化がなく、全員、その空白の帰還の記憶も無くなってた」


「ああ、私も魔法学校で学んだ事がありますよ」

 今から数百年以上昔の話である。

 過去、最も栄えていた王国で突然、国から子供達が消失した。当時は大パニックとなり、ただえさえ子供の少なかった国は後継ぎがおらず、滅亡の危機だと言われていたらしい。


 しかし、数年後、両親が仕事から戻ると、子供たちが何事も無かったかのようにベッドで眠っており、目を醒ますと子供達は何ら変わらずに、記憶も当時のままだったそうだ。


「歴史上、最も不可解な事件と言われてますね」


「一般的な資料ではそこまでの情報なのね。

 でもね、実はあの事件の真相は既に分かっているの。当時、【神隠し】と名付けた人は、偶然付けた名前なのだろうけど真実を知ったら驚くでしょうね……」


「どういう意味ですか?」


「つまり、文字通りの意味よ。本当に【神様】が子供達を浚っていたの」


 カレンはそう言って、窓の外を見つめた。


 ◆


「神様が人間を攫うって、一体どういう事なんですか?」

 私はカレンの言葉の意味が分からず、彼女に訊ねる。


「神様にも色々いるって事よ。

 今、存在するとされる二柱の神、【イリスティリア】と【ミリク】は比較的人間に友好的な神様だけど、かつて、この世界を収めていた神様は、悪神と言われる存在だったの。

 その神様は気に入った子供を浚って自分の手元に置いて、奴隷にしたり慰み者にしたりと好き勝手やっていたそうよ。まぁ、その神は今の二柱の神に討伐されたって話だけど……。

 それが、当時あった【神隠し】の正体だって言われてるわ。今でも、稀にそういう事があるみたいだけど、レイ君の件もそれに該当するんじゃないかと思うわ」


「ま、まさか」


「あくまで仮説の話よ。だけど、レイ君は既に女神様と一度接触してるわけだし、もしかしたら、どっちかの神様が彼にコンタクトを取ろうとして、彼を【神隠し】したのかもしれない」


 カレンは、大真面目な表情でそう言った。確かに、レイが突然前触れもなく行方不明になった事を考えると、【神隠し】という現象に合致するかもしれない。


「だとしたら、レイは今頃何処にいるんでしょうか?」


「【神隠し】に遭った人間は、数年経って現世に戻ってきた時、皆、時間が止まっていたかのように見た目に変化が無いのよ。つまり、時間の概念が無い場所。

 ……所謂、【次元の門】の先に閉じ込められている可能性が高いわ」


「次元の門?」


「分かりやすく言うなら、人間の世界と神様が住んでいる領域の狭間にある場所。この世界の一部の場所は、その領域に近い場所が数か所かあるらしくてね。

 もしかしたら、レイ君はその場所に行ってしまったが為に、神様の目に留まって【神隠し】に遭った可能性があるわ」


「……そんな事が有り得るんですかね?」


「滅多にないけど、レイ君は【勇者】だからね。

 もしかすると、【神隠し】に遭ってもおかしくはないかも」


「もし、彼を助けに行こうとする場合、どうすればいいか分かりますか?」


「そうね……。

 正直な所、神様相手にこっちから干渉するのは難しいと思うわ。

 ただ……サクラがいれば何とかなるかもしれない」


「サクラが? 何故ですか?」


「忘れたの? サクラも勇者よ。

 彼女がいれば、レイ君と同じく神様の目に留まって連れていってくれるかも」


「……言われてみれば、そうでしたね」

 私はカレンに指摘されて思い出す。

 確かに、サクラは勇者として覚醒しているんでしたね。


「ただ、注意しなきゃいけないことは、神様の方が帰り道を用意してくれないと帰れないって事よ。つまり、こちらの意思で行き来するのは不可能ってこと、帰りたければ、神様を説得する以外に方法が無いわ」


 それを聞いて、私は呆れてため息を吐いた。


「……なんというか、神様って本当、神様なんですね……」

「何よ、それ。まぁ言わんとしてることは分かるけど……」

 カレンは私の言葉に、苦笑する。


「私の推測を元にした考察ではあるけど、話を纏めるわよ。

 レイ君は、たまたま神の領域に近い場所で【神隠し】に遭ってしまった。今のレイ君は【次元の門】の先にある、時間の概念が存在しない場所に囚われてしまっている可能性が高い。

 だから同じ場所に行けば、神様の目に留まって連れていってくれるかもしれない。そこにレイ君が居たなら、神様を説得して、一緒に帰って来れるかも……ってところかしら?」


 カレンはそう言って、説明を終える。


「なるほど、大体理解しました。カレン、ありがとうございます」

 私がお礼を言うと、彼女は言った。


「別に良いわよ。っていうか、私もレイ君の事が心配なんだから……。ただ、ごめんね……今の私では、一緒に行けそうにないわ」


 カレンは自分の胸を抱いて、申し訳なさそうに言った。


「カレンが悪いわけじゃないんですから、気にしないでください」


「本当にごめんね。……私もあなた達が無事にレイ君を連れて帰ってくることを祈ってるわ」

 カレンは祈るような仕草をしながら言った。


 それから私は、彼女と別れて病院を後にする。

 そして、私も遅れてレイの捜索に向かう事にしました。

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