第475話 三人目の女神様
【視点:桜井鈴】
……眩しい……。
……なんだろう、まだ目を開けていないって眩しくて仕方ない。
……僕は、一体何をしてたんだっけ……?
確か……騎士団の仕事の最中で、洞窟内を調査してたらいきなり……。
あれ……おかしいぞ。体の感覚がまるで無い……。
僕は今、どうなって……。
『おい、小童、いつまで寝ておる』
―――ッ!?
誰かの声が聞こえたかと思った瞬間、僕の意識は一気に覚醒して目を開ける。
同時に、先ほどまで感じていた眩しさと体の浮遊感が消える。
「ここは……」
見渡す限り、辺り一面は
そして、僕がいるこの頭上は、星空が煌めく何処までも続く宇宙だった。
「え、ここどこ!? 宇宙!?」
僕が慌てて自分が眠っていた地面を見ると、頭上と変わらない宇宙が広がっていた。
一瞬、自分が宇宙空間に居るのかと思って焦ったけれど、その地面には薄く輝く透明な膜のようなものが敷かれていた。
『小童よ、ようやく目が醒めたかえ?』
「へっ!?」
また声がして驚くと、目の前の空間が歪むように、突然人影が現れた。それは、宙に浮かぶ女性の姿があった。腰まであろうかという長い黒髪と白い肌、そして日本の巫女服を思わせる紅白の衣装を着た美しい顔立ちの女性だ。
「え……ええと……?」
……誰、この人?
目覚めたと思ったら訳の分からないところに居るし、目の前の人は翼も無いのになんか浮いてるし、っていうか美人なのに何故か妙に威圧感がある。
『こら、神の御前であるぞ、控えおろう』
「え、……は、ははぁ……!!」
いかにも時代劇で言われそうな言葉で説教されたものだから、
僕はその場で平服してしまった。なにこれ、新手のドッキリかなにかだろうか。
そんな事を考えながら、とりあえず話を合わせることにした。
「あの、失礼ですが、貴女は何者でしょうか?」
まずは、相手の素性を探るところから始める。
『ふむ、余の事が気になるかえ?』
「(いや、当たり前でしょ……)」
心の中で思わず突っ込む。目の前の人物が何者かは分からないけど、面倒な事に巻き込まれてる事だけは気付き始めていた。
しかし、目の前にいるというのに、何処が現実感が無い。
目の前の女性の声も反響して聴こえていて、まるで心の中に響くようだ。
「(この感じ、何処かで……)」
何時だろうか、僕は昔に同じような経験をした気がする。
だが、目の前の人物は間違いなく初対面だ。
『本来なら無礼者として処断する所であるが、寝起きゆえ多少の無礼は許す。さて、自己紹介をしてやるとしようかのぅ。余の名はイリスティリア、この名前に聞き覚えはあろう?』
「イリスティリア……?」
僕は自己紹介をされて、その名前の意味を考える。
「(どっかで聞き覚えがあるような……)」
彼女の言う通り、寝起きの為かすぐに思い出せない。
ただ、何度か耳にした名前だ。
……ええと、何だっけ。
…………………。
『………もしや、覚えてないと言うまいな?』
彼女が少し怒った口調で聞いてきたので、僕は慌てる。
「いえ! もちろん知ってます!! イリスティリア様ですよね!」
『それでよい。改めて、余は女神のイリスティリアである』
「…………え、女神?」
『……小童、やはり忘れておったな?』
「いやいや、覚えてましたよ!!
あれですよね、サクラちゃんの方の女神様!!!」
『……まぁ、間違っておらぬが……。
しっかりした子供と思っておったが、意外と抜けておるな、こやつ……』
目の前の女性……風の神のイリスティリア様は、
何処からか扇子を取り出して口元を隠しながら呆れたように呟く。
「すみません……」
なんか知らないうちに失望させてしまったらしい。
『まぁ良い、余は今は気分が良いから許そうぞ。
ともあれ、………ようこそ【神の領域】へ。前に【次元の門】の先へ人間を導いたのはいつだったかのう?』
「……次元の門? 神の領域……?」
聞いたことない言葉ばかりだが、なんとなく意味は理解できた。
つまり僕は今、神様の世界に来ているってことだ。
少しずつ思い出してきた。僕は、洞窟の調査中に突然転移されたのだ。ということは、僕を転移させて【神の領域】とやらに連れてきたのはこの女神様という事になる。
「あの、イリスティリア様?」
『なんぞ、小童?』
「状況から察するに、イリスティリア様が僕をここに連れて来たってことですよね?」
『うむ』
「……何か、御用なんでしょうか?」
『……お主、この状況でよくそのような事を聞けるな。普通、自分の置かれた状況を気にするものだろうに……。……大物なのか、ただ鈍感なだけなのか……。後者のような気もするがのぅ……』
「ごめんなさい」
『そこは素直に謝るのか……。たまたま、小童が次元の門の近くに来ていたのでな。阿呆が選んだ勇者というものに興味があって連れてきただけじゃ』
イリスティリア様は最後に悪戯っぽく笑って言った。その笑顔はとても可愛らしく、女神というよりかは少女といった方が似合いそうだ。しかし、それでも何故か圧力を感じる。
「(それはいいとして……)」
要するに、この女神様は用事もないのに僕をここに連れ込んだということだ。
別に良いんだけど、こういう女神様が勇者に直接干渉する時って、普通もっと重要なイベントとかあると思うんですけど。
『お主なぁ……。余がせっかくわざわざこんな所に連れて来てやったのに、不満そうな顔をしおって……。文句でもあるのかえ?』
「い、いえ!? そんな滅相も無い!!」
どうやら僕の表情に不満が出ていたようだ。
『あんまり余の機嫌を損ねると、しばしこの領域に閉じ込めてしまうぞ。
ここは時間の流れが外界と違うからの、余が解放した時には外界では数年は経っておるかもしれぬな』
彼女はニヤリと笑いながら、とんでもない事を言う。
「謝りますから許してください」
『よし、許そう』
僕は土下座をしながら必死に懇願すると、あっさり許された。
『まぁ、一度顔合わせしておこうという理由はあった。
小童は、あの阿呆が選んだ人間であるし、余の眷属も世話になったからのぅ』
「はぁ………、ところで、さっきから言ってる『阿呆』ってもしかして」
『ミリクの事に決まっておろう』
ですよね。
阿呆呼ばわりする辺り、きっと気心の知れた仲なのだろう。
「仲良いんですね」
『顔を合わせると毎回大喧嘩しとるぞ。彼奴から突っかかってくるのじゃが、我ら神が喧嘩すると、外界に影響が出るから控えて欲しいものじゃ』
「(……神同士でも喧嘩するんだ)」
僕は心の中で苦笑しながら、少し意外だと思った。
「ところで眷属ってサクラちゃんの事ですか?」
『いや? あやつは眷属では無い。
余が選んだ人間ではあるが、眷属は少なからず神の血筋が混ざっておるからの。
我が言っておるのは、霧の塔で小童が戦った男の事と、緑の女のことじゃ』
緑の女ってのが、端的すぎてよく分からないけど……。
「霧の塔の……もしかして、あの男の人ですか?」
以前に僕とエミリアが霧の塔に登って、色々あって何故か喧嘩売ってきた人だ。
多分、塔の中で×××な事をしようとしてたので怒ってたのだろう。
『左様、あの時は悪かったのう。
あやつは元は別の神の眷属じゃったが、余が引き取ったのだ。
故に、躾がまだ行き届いてなくての。まぁ野良犬に噛まれたと思って忘れよ』
「は、はぁ……」
あの人、完全に犬扱いされてるよ……。
「ところで、僕はいつ帰れるんですか?」
『……お主のぅ、余を神様だと知っての言葉か?』
イリスティリア様は呆れたように僕を睨む。
「で、でも……」
『心配せんでも、ちゃんと帰すわい。
じゃが、小童に会いたがってる奴がおるからの、それまでは暫し待て』
「僕に?」
誰だろうか?
『……まぁ、それまでゆるりと待つが良い。折角じゃ、余に質問しても構わんぞ』
「質問って……何でもいいんですか?」
『答えられることであればの。
……例えば、余に惚れるとかそういう類のことは聞かんぞ?』
何言ってんだこの神様。
「あ、そだ。神様って年齢いくつですか?」
『……小童、その質問、普通なら怒るところじゃぞ。何故、そのような俗な事を知りたがる」
「うちの女神様がいつも十七歳と言い張るので」
『うちの、女神……じゃと……?
よう分からぬが……神は、神となったその瞬間から姿が一切変わらぬ。
故に、外見通りの年齢は期待せぬ方が良いぞ』
姉さんの年齢詐称が確定してしまった瞬間である。
「どうやったら神様になれるんですか?」
『ふむ? 小童、神になりたいと申すか?
そうさのぅ……神は元々人間で無いこともあるが、人間から神へ昇華するには様々な条件がある。最も簡単なものは、【奇跡】と呼ばれる現象を起こすことじゃ。後は、何かしらの大きな功績を残すことでもなれるが……』
「(っていう事は、姉さんも過去に何か凄い事を成し遂げたのかな)」
普段の温和な態度を見てると、とてもそういう風には思えない。
『……もっとも、我ら神にも後継者という存在もいる。
故に、真にただの人間が神に選ばれるのはよほどでないと無理であろうな。
お主も相当頑張れば可能性はなくはないが……』
「あ、いえ、神になりたいってわけじゃないです。僕は平和で平凡な生活が一番良いと思ってますから」
『小童にしては悟っておるのう……』
一度死んだことがあるから、多少はね。
「じゃぁ次の質問いきますね」
『まだあるのか……よかろう、しばし余興に付き合ってやる』
「えっと、それじゃあ……」
僕は、その後、幾つか質問をしてイリスティリア様との会話を交わした。
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