第371話 第二形態

 王宮に乗り込んできた魔軍将。

 それは、以前の廃坑で遭遇した死の商人デウスだった。


「魔軍将……やっぱり、お前は魔王軍と繋がっていたんだな!」


「当然だとも、黒の剣と魔王の影を人工的に作り上げる技術を魔王軍に提供したのもこの私なのだよ」


 デウスは得意げな表情で言う。


「それで、あんたの目的はなに?

 わざわざこんな面倒なことをしてまで何をするつもりなのかしら?」


「『勇者』に『女神』、このような下らない存在によって作られていた歴史を全て破壊し、我ら魔王軍が新たな世界を想像するのだ。そして、魔王様がこの世界を支配する!!」


 デウスは高らかに宣言する。

 しかし、その発言を聞いて姉さんは鼻で笑って否定する。


「魔王が支配? 笑わせないで欲しいわね。

 結界で消えないところを見るに、アナタは人間でしょ?

 魔王なんて存在がこの世を支配したら、地獄のような世界にしかならないことが分かってるの?」


「ふんっ、知った風な口を利くな。

 確かに、今の魔王様はこの世界の全てを掌握するには至ってはいない。

 だが、私が加担すれば、勇者を打ち倒し、その背後に潜む姑息な女神共に引導を渡してやるのだ」


「無理よ」

 デウスの言葉を遮り、姉さんが言う。


「仮に勇者と女神を倒したとしても、別の女神がこの世に派遣される。

 そして、その女神が新しい勇者を誕生させて魔王の討伐に向かわせることになる。魔王がこの世から消えるまでそれを何度でも繰り返す。

 神だって無駄な犠牲を出すつもりはない。必ず倒せるように尽力して勇者は今以上に強くなっていく。あなたの言う理想の世界が誕生したとしても、その歴史はせいぜい百年保てるかどうかよ」


「ふん、ただの人間にしては随分詳しいではないか」

 デウスの言葉に、姉さんはボソッと呟く。


「まぁ私は元々そっち側の存在だし……。どっちにしろ、私の弟……いえ、『私』の勇者であるレイくんがいるからそんな事にはならないけどね」


「……何の話をしている?」

 デウスは怪しげな目つきをしながら、こちらを見つめる。


「アナタには関係ないわ。話はこれでお終い。

 いくら魔王の力を借りてると言っても、アナタ自身は人間でしょう?

 この数の差で私達に勝てるかしら?」


 姉さんの言葉で、僕達は一斉に武器を構える。


「………っ! 生意気な!! 貴様らが女神の祝福を得ているとするなら、私は魔王様の祝福を得ている! その力を受けるがいい!!」

 デウスが影の力を掌に集める。


「みんな気をつけて!」

 カレンさんの声と同時に、僕達は身構える。


「闇の炎を受けるがいい! <黒炎弾>ダークフレア!」

 デウスは自身の黒い羽から6つの黒い炎弾を生成し、僕達目掛けて解き放つ。


「みんな、散って!!」

 僕の言葉で、僕を含めた六人全員が一斉に散らばる。

 デウスの攻撃は僕ら全員がいた場所へと降り注ぎ、地面に着弾すると爆発を起こす。


<風の盾>エアロシールド!!」

 爆風を防ぐために、僕は周囲に風の盾を展開。

 風向きを変更し、被害を最小限に抑える。


「闇炎の魔法ですか。炎の魔法なら私も負けませんよ」

 エミリアは後方で、魔法陣を展開し詠唱の準備に入る。


「ふん、ただの人間の魔法が私に通用するものか!! まずはそこの生意気な娘から始末してやろう」

 デウスは羽を広げて更に上空に飛び、エミリアに向かって急降下し始める。


「って、直接攻撃!? そこは魔法で勝負するところでしょう!?」


 予想外の行動に驚きながらも、エミリアは迎撃のために詠唱を中断。

 無詠唱で放てる初級の攻撃魔法を連発し、飛んでくるデウスを迎撃する。


「カカカカカカ、この程度の魔法! 蚊ほども効かんわ!!」

 デウスはエミリアの攻撃魔法を機敏に回避しながら、

 何処からともなく二本の黒い剣を顕現させ、両手に掴み取る。


「なっ……! わたくしと同じ限定転移を!?」

 レベッカは、デウスの今の動きに驚愕する。

 限定転移とはレベッカが使用する、空間転移を利用してアイテムを呼び出す能力だ。今のところ、彼女以外に使い手は居なかったのだが、どうやら奴の使ったのはそれと同質のものらしい。


「死ねぇ!!」

 デウスは仮面をカタカタ震わせながら一気に加速し、

 エミリアに肉薄する寸前、奴の動きを予想出来ていた僕とカレンさんが、エミリアを庇うように前に立ちはだかる。


「なっ!?」

 デウスは慌てて急ブレーキをかけるが、

 その隙を逃すまいと僕とカレンさんはすれ違うように両側から同時に攻撃する。


「たああっ!!」

「はぁぁぁぁ!!!」

 聖剣を持つ僕とカレンさんの同時攻撃、

 デウスは二人分の攻撃を咄嵯に両手に持つ漆黒の剣で受け止める。


 しかし、それは悪手だった。


「ぐっ……!」


 二人の攻撃を受け止めた瞬間、

 背後から飛来した人影がデウスの背後から襲い掛かる。

 サクラちゃんだ。


「バックスタッブ!!」

 サクラちゃんの狙いは、デウスの首だ。

 両手に持つ短剣をクロスさせるように奴の首の両側から切断を狙う。


 デウスは僕達の攻撃を防いだことで、背後から襲撃に対応できない。

 羽を大きく広げて、サクラちゃんをけん制しようとするのだが、身軽なサクラちゃんはあっさりそれを躱し、狙い通りの場所を切り裂く。


「ぐああああああ!!!」

 首を斬られたことで鮮血が迸り、デウスは痛みで絶叫する。


 ――しかし、それでも奴の首を切断するには至らなかった。


「嘘……!?」

 サクラちゃんはデウスの硬さに驚き、

 デウスはその場で強引に羽を広げて上空に舞い戻る。


「く、クソ……何故、私がここまでダメージを……!!」

 デウスは両手の黒い剣を何処かに仕舞い込み、

 首筋から迸る鮮血を止めるために自身に回復魔法を掛けて修復する。


「はぁ……はぁ……」

 しかし、デウスは呼吸を乱している。

 回復魔法で怪我を治療した割には奴は大して回復していない。

 理由は分からないが効果が弱くなっているようだ。

 

 血を流し過ぎたのか体力も相当に消耗しているように見える。


「レイさん、なんかこの人、変なんです!」

「え、変なんです?」

 緊張感が無いことを言い出したサクラちゃんの言葉に気が抜けてしまう。


「なんていうか、皮膚や肉の強度は普通の人間と大差ないんですけど、骨の部分を両断しようとすると、金属みたいで全然刃が通らないんですよ!」


「……言われてみれば」

 彼女の言う通り。最初に、奴に攻撃した時も、僕やカレンさんの剣では奴を切断するには至らなかった。デウスの肉体は、人間に近い形なのだが明らかに人のそれとは一線を画す存在のように思える。


 奴が死なないのは、魔王の祝福というやつなのだろうか?


「致命傷に近い攻撃を受けてるのに、しぶとすぎるわ」

「まるでアンデッドだね……」

 カレンさんの言葉に、僕も同意する。


 戦闘は引き続き続く。

 奴の黒炎弾ダークフレアを走りながら回避し、

 こちらも攻撃の隙を伺うが、奴は地上に降りて来ずチャンスが無い。

 こういう時は、彼女の出番だ。


「はぁぁぁ!!」

 レベッカは弓を手に持ち、矢を放つ。

 しかし、デウスはその攻撃を翼で飛翔し回避する。

 動きは直線的で単調だが、やはり早い。


「無駄だ! 私には物理攻撃は通用しない!! お前らの攻撃は全て私の前では無力なのだよ!!」


 デウスは勝ち誇ったような声を上げ、更に空高く飛び上がる。

 完全に自分が優位になっているため少し調子に乗っているようだ。


「そうですか、なら―――」

 レベッカは、今度は矢を同時に五本同時に番え、更に詠唱を加える。


「精霊よ、わたくしに更なる力を――――<射程強化>更なる先へ


 レベッカの強化魔法が付与され、放たれる矢の射程が格段に向上する。そして、殆ど間隔を置かずに、彼女の五本全ての矢が上空のデウス目掛けて放たれる。


「そんな攻撃―――!」

 デウスは、届くわけがない。と言いたかったのかもしれない。

 だが彼女の矢は、奴が言葉を言い終える前に、デウスの胸や腕、脳天に直撃し、矢が突き刺さる。


「ば、馬鹿な……!?」

 デウスは自分の身に何が起こったのか理解できなかったようだ。手酷いダメージを負ったデウスは、翼での飛行状態を維持できず、そのまま墜落してしまう。


 受け身も取れず地上三〇メートルほどの高さから墜落したデウスは、

 地面に叩きつけられ、衝撃で身体が麻痺してしまう。


 勝負はもう決した。誰もがそう思ったのだが―――

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