第370話 罠

 前回のあらすじ。

 突然出てきたミミズの化け物を倒した。


「ベルフラウ、やりますね!」

「えへへ、やったね♪」

 エミリアと姉さんはハイタッチを交わして勝利を喜んでいる。


「お疲れ様、二人共。それにしても、すごい威力だったね……」

「まぁ私達が本気になればこんなものですよ」


 それにしても、いきなり闘技場の地下から魔物が這い出てくるなんて……。

 この場所も長居は危険なのかもしれない。


「カレンさん、場所を移した方が良いんじゃないかな。このミミズの出てきた穴から別の魔物が出てこないとも限らないし」

「うーん、そうね……」

 カレンさんはサクラちゃんを相談しながら頷き合う。

 そして、

「分かったわ、一旦場所を移しましょう。それでは、陛下こちらへ―――」と、カレンさんが陛下を連れて移動しようとした時、


 突然、周囲に影が差し込んだ。

 そして、訓練所内にしゃがれた声の老人の声が響き渡る。


「――――ここにいたか。グラン・ウェルナード・ファストゲート」


 その声に聞き覚えのある僕達は、すぐに声の主を探した。

 すると、そこには見知った顔……いや、仮面の男の姿があった。


「……お前は……!!」

 この男には覚えがあった。

 黒の剣を人間に売り捌き、人々に不幸をもたらした『死の商人』。

 その名前は『デウス』。


 黒装束と、尖ったくちばしのような仮面を付けた男だ。

 以前、とある廃坑でこの男と遭遇し、僕達は危うく全滅するところだった。


 僕達は、奴を睨みつけながら、武器を構える。


「……ん? おやおや……誰かと思えば、そこにいる奴らに見覚えがあるな。そう、以前、私を付け狙っていた冒険者共だ」


 クックックッ、と笑いながら男は言葉を続ける。


「ロドクの報告にあった勇者共とはお前たちの事であったか。

 あの時、知っていれば、この手で皆殺しにしてやったのだが―――」


 と、言いながら、デウスはグラン陛下に視線を合わせる。


「だが、今回は別件だ。貴様ら勇者などどうにでもなる。そこの男、グラン・ウェルナード・ファストゲートよ、我が主、魔王様のお言葉である。有り難く聞くがよい」

「……」


 グラン陛下は無言で、男の言葉に耳を傾けている。


「――――貴様は、我が創り変える世界に不要な存在だ。故に――――」

 デウスは腕を前に突き出して言った。


「―――この場で死ね」

 瞬間、地面から無数の黒い触手が現れ、

 それが瞬く間にグラン陛下を包み込んでしまった。


「なっ!?」

 僕達が、目の前で起こった光景に驚いている間にも、

 次々と黒い触手が地中から現れて陛下の身体を飲み込み続けていく。


「へ、陛下っ!!」「陛下!!」

 僕とサクラちゃんは、陛下を助けようと触手の中に飛び込もうとするが、

 後ろからエミリアとカレンさんに掴まれて、動きを止められる。


「レイ、行ってはいけません、貴方も殺されてしまいますっ!!」

「サクラ、ダメっ!!」

 僕達は彼女らに咄嗟に動こうとした動きを止められる。


「っ!」「そ、そうだった……」

 僕とサクラちゃんはすぐに冷静さを取り戻す。


 陛下はどんどん飲み込まれていき、遂に完全にその姿が見えなくなってしまった。残ったのは、黒い触手だけだった。


「フハハハッ!! さあ、後はお前たちだけだ!!」

 デウスは上空に黒い魔法陣を展開しその中から多数の悪魔が出現する。

 今まで見た悪魔系の魔物が揃踏みで、数は十程度だ。


「さぁ、これでフィナーレだ!!」 

 デウスは枯れ木のような腕を前に突き出し、

 奴は悪魔達に指示を出し、襲わせようとするのだが――


 突然、陛下に群がっていた触手の周囲から、

 爆発音が響き渡り周囲が業火で燃え上がった。


「―――な、なにが起こったのだ!?」

 デウスは、予想外の事が起こったのか、慌てふためいていて隙だらけになっていた。召喚した魔物達も、主人である奴の動揺のせいで、動きが固まっている。


「勝機!!」

 僕達はすぐさま、デウスに攻撃を仕掛ける。

 まず、姉さんが二重束縛デュアルバインドでデウスを拘束し、レベッカとエミリアとサクラちゃんが動こうとするモンスターたちを魔法でけん制。

 僕とカレンさんが同時に、デウスに一息で接近し、剣で斬り掛かる。


 いくら僕でも、こいつ相手に手心は加えるつもりはない。

 僕は奴の首を狙い、カレンさんは胴体を狙って二人同時に斬撃を放つ。


「ぐううううう!!」

 デウスは拘束を解こうと力を込めるが、即座に解除できない。


「死ぬのはお前だ、デウス!!」

 僕は奴に向かって言葉を吐き、遠慮なく奴の首を切断する―――が、


「……なに?」

 デウスの首を切り裂いた筈なのに、肉を抉り首の骨に達したところで食い止められてしまう。同様に、カレンさんの剣も、奴の脇腹を深く抉った所で、動きを止めてしまう。


「二人とも、離れて!!!」

 姉さんの切迫した声で、僕達は我に返り、即座にその場から離れる。その次の瞬間、奴の周囲を覆うように黒色の小さなドームが展開され、それが徐々に狭まっていく。


「これは……」

「結界?!」

 黒の壁が、まるで檻のように奴を囲っていた。

 しかし、次の瞬間には、その檻は消えてなくなる。


「ちっ!! まとめて殺せるチャンスだったのだがな……」


 デウスは苛立ちを抑える様に舌打ちをして呟く。

 そして、魔法の拘束を解いて、僕が傷付けた首の傷を指でなぞる。


「よ、よくも、私の身体に傷を………ゆ、許さん……!!」

 怒り狂った様子で、デウスはこちらを見つめて来る。先程の攻撃でかなりのダメージを受けたようで、仮面の奥に見える目が血走っている。


 そして、奴の身体が修復されていく。回復魔法を使用したのだろう。


「どうやら、怒らせてしまったみたいね……」

「殺されそうになって何も思わない人は居ないでしょ」

 カレンさんの呟きに、僕は苦笑しながら答える。


「あの固さは厄介ね。やっぱり魔物なのかしら?」

「けど、ダメージはあるっぽい。このまま奴にもう一回斬り掛かろう」


 僕とカレンさんは頷き合い、再び奴に向かっていく。

 しかし、今度は、デウスの前に、召喚した悪魔達が立ち塞がる。


「……っ、邪魔ね。こいつら」

 カレンさんが鬱陶しそうに表情を歪めながら言う。


「許さんぞ、貴様ら!!

 目的の男を始末したらすぐに戻るつもりだったが、予定変更だ。

 惨たらしく死ぬがいい!!!!」


「目的の男を……ねぇ?」

 カレンさんは不敵に笑う。


「……なんだ、貴様、その眼は?

 王を殺されたというのに、随分と不遜な態度ではないか」


「いいえ、別に? 本当に、グラン陛下が殺されていたのなら、

 私もこの子たちももっと動揺してたと思うわよ」


「……なに?」

 カレンさんの意味深な言葉に、デウスは疑問の声を上げる。


「……いや、待て。さっきの爆発は何だ?

 仮にも王である男が、自爆覚悟で何かをするとは思えないが……」


 デウスは僕達から視線を外すと、爆発によって焼け焦げ動きを止めた触手を方を見る。すると、そこには、白い魔法陣と、何事も無かったかのように、魔法陣の上に陛下が立っていた。


「――――なっ!?」

 デウスは無傷のように見えた陛下の姿を捉えて驚愕するが、

 次の瞬間、陛下の身体はそこに誰もいなかったかのように霧散した。


「……どういうことだ? 人間があのような死に方をするはずが―――」


 デウスは混乱した様子で呟く。

 その様子に、サクラちゃんが悪戯っぽい表情で言った。


「あれは幻影だよ、デウスさん。本物の陛下は、ずっとこの場に居なかったの」

「―――っ?!」

 彼女の言葉を聞き、デウスが動揺を見せる。


「まぁ、正確には、幻覚では無いのだけどね。あれは陛下の姿のように見せていた人形……付け加えるなら、消滅した瞬間にとある魔法が発動する様に設定されていたのだけど」


「魔法だと!?」


「そう、魔法よ。見なさい」

 カレンさんは空を見上げる様に視線を上にあげる。

 そして、彼女が見ている方向を見たデウスの顔色が変わり始める。


「な、なんだアレは!?」

 デウスの上空には、巨大な白色の球体が浮かんでいた。


 そして、次の瞬間、その球体が弾け飛ぶ。

 光の雨が降り注ぐように、訓練場のみならず、王都全体を覆っていく。


 すると、デウス以外の召喚された魔物達が激しく悶え苦しみ始めた。


「これは……何が起こったのでしょうか?」

 突然の出来事にレベッカは、カレンさんに質問する。


「レベッカちゃんは、万象流転の魔法は知ってるわよね?」


「万象流転……確か、聖剣をお使いになる特殊な魔法でしたよね?」


「そう。でも今回使った魔法のそれの上位版ね。

 人形……正確に言えば、陛下の魔力を通した依代を通じて、王都に溜めこんでいた魔力を一気に起動させ、極大の結界を作り上げる。効果は、王都に存在する魔物を全て浄化するというものよ」


「そんな事が……」


「出来るのよ。あのお方はね。

 さて、話はここまでにしておきましょうか。

 どうやら、決着の時が来たみたいだし」


 カレンさんの言葉通り、先程まで苦しんで暴れまわっていた魔物達が動きを止め、次々と消滅していく。


「お、おのれ……!!!」

 自身が召喚した魔物が光の雨で消滅していく姿を呆然と眺めながら、

 デウスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


「こいつは消滅しないみたいだね」

「上位の悪魔かと思ったんだけど、どうやらそうじゃ無さそうね」


 カレンさんの言葉に「どういうことです?」と、

 エミリアは質問すると今度はサクラちゃんが答える。


「この魔法、魔物以外には効かないんですよ。邪悪な存在なら消えなくても、能力を激減させたり一部の魔法を無効化させたりはできますけど……」

 魔物じゃない存在……というと。


「……僕達みたいな?」

「そうね、仮にアンデッドと化した人間だとしても結界の影響を受けてしまう。

 なら、こいつの正体は、私達と同じ『人』でしょう」


 カレンさんの言葉を遮るように、デウスが叫ぶ。


「おのれ!! 小娘共め!!」

 その声に反応したのかは分からないが、デウスの身体から黒い煙のようなものが立ち上ぼり、それが人型を形成していく。


「あれは、まさか……魔王の影?」

 ネルソン選手と同じような形の影がデウスに集まっていく。


「この影の力で、貴様たちを滅ぼしてくれる!!!」

 そして、完全に姿を形成した後、その男は口を開く。


「我が名は魔王軍魔軍将の一人、デウス・マキナ! 偉大なる魔王軍の力を思い知るが良い!」

 彼はそう名乗った後、背中から漆黒の翼を広げ、宙に浮かぶ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る