第382話 二択
王都の外は既に騎士達と魔物達の戦いが始まっていた。
現状、王都に被害は出ておらず、魔物の侵攻は食い止めている。
「今のところ王都に被害はないみたいだね。
なら、僕達が直接行って奴を仕留めに行こう」
僕達は雷龍のカエデの背中に乗って、
魔軍将ロドクの位置を割り出し直接戦いを挑むことに決めた。
そして、それから少しして、
技能で魔軍将ロドクの位置を補足していたレベッカが反応をした。
「どうしたの、レベッカ?」
「いえ……
「動いた……?」
「……どうやら、こちらの接近に気付いたと思われます」
上空から大きな竜に乗って近づいているのだ。いくら遠くても、雷龍の姿を知っている奴には気付かれてしまうのは仕方ない。
「構わない。このまま接近しよう」
『分かった』
カエデは僕の指示で一気に加速し始める。
しかし、途中で僕達の頭の中に声が響いてくる。
『来たか……勇者ども』
「―――っ」
「この、声は……」
低く地獄の底から響くような声に聞き覚えがある。
「ロドクっ!!」
『待っていたぞ……。
魔軍将デウスと連絡が付かなくなった。お前たちの仕業だな?』
どうやら僕達三人に念話か何かで声を送っているようだ。
「……そうだ。お前たちの計画は失敗したぞ」
『どうやらそのようだ。
大会中に混乱に乗じて一気に乗っ取る予定だったが……仕方ない。
奴が死んだ以上、私が計画を引き継ぐしかないな』
ロドクの声はそこで途絶えた。
「通信は切れたみたいですね……嫌な予感がします」
「すぐに向かおう。奴が何かする前に妨害しないと―――」
「レイ様! あれを!」
背後にいたレベッカが後ろを向きながら声を上げる。
レベッカが指を指した方向を見ると、平野の数か所から黒い魔法陣が噴出していた。そこから何十体ものアンデッドモンスターが出現し始める。
「く……、もう仕掛けてきたのか」
アンデッドの数は不明だが、最低でも数百は出現している。
王都の外で戦ってる騎士たちは目の前の敵達と戦うことに手一杯だ。
これ以上の増援に対応できるだけの余裕が無い。
「不味いですね。魔物達が王都に雪崩れ込んでしまうかもしれません!!」
「これが狙いか……ロドク……!」
悔しげに唇を噛む。
あのままだと、騎士団長達が合流しても数の差で押し切られてしまう。
『――――さて、どうする勇者よ?』
また、頭の中にロドクの声が響き渡る。
『お前たちが我を決着を付けたいのであれば望み通り相手になってやろう。
ただし、我に構っている間に、アンデッド達が王都の騎士達を喰らい尽くしてしまうかもしれんがな』
「…………っ」
「レイ様、どうされますか!?」
レベッカが僕の顔を見て判断を仰ぐ。
「くそ……どうすればいいんだ……?」
ここで無視して魔王軍の将を討つべきか、
それともロドクを放っておいてでも王都を守るべきなのか。
『―――勇者レイよ。お前の性格は大体把握できている。
僅かな親交であったとしても、お前は簡単に仲間を見捨てられる薄情な人間ではあるまい?』
「………」
僕は自分がそこまで善良な人間だとは思っていない。
だけど、そう言われてしまうと……。
「カエデ……一旦、近くの場所に降ろして」
『……分かった』
僕の指示に、カエデはすぐ近くの場所に着地し、僕達は一旦カエデの背中から降りる。
「……今、あの男を見失ってしまうと取り返しがつかなくなる気がします。
奴がこのタイミングで増援を呼んだ理由は、私達に撤退を促しその隙に自身の身を隠して何処かで奇襲を仕掛けるつもりなのでしょう」
エミリアは、僕の迷いを察したのか、そんな言葉を掛けてくる。
「わ、分かってる……でも……」
それでも、後方で一生懸命戦ってる彼らに何かあったら――
「……レイ様、一つ提案があります。よろしいでしょうか?」
「……何? レベッカ」
僕が静かに、返事をするとレベッカは極力落ち着いた表情で言った。
「その前に……エミリア様。まずは質問です。
レベッカの質問に、エミリアは首を横に振る。
「……不可能です。不特定多数の気配を探るならまだしも、一つの気配を追い続けるのは私の技量では難しい。それに奴は私よりも優れた魔法使いです。索敵を振り切る手段も無いとは限りません」
「では、多数の気配の中から魔力の高い者だけ抽出して探るというのは?」
「……そのやり方なら相手次第では可能です。
ですが、奴も馬鹿じゃない。不必要に魔力を垂れ流しているわけではありません。現に、さっきまで奴は魔力を感じ取れずに、レベッカが遠目で奴の姿を捉えるまで気付きませんでしたし」
「……では、奴が常に魔力を高めなければいけない状況に追い込めば?」
「……それなら可能です。
ただ、一瞬では駄目です。近くならともかく、十数キロ離れてしまえば、不特定多数の魔力の中から厳選して位置を割り出す時間が必要になります」
「……なるほど」
レベッカは、こくんと頷いた。
「……レベッカ、一体何を考えてるの?」
僕は、レベッカが何を言おうとしているのか、
薄々勘付いてしまい、確認するために問いかけた。
「では、言わせていただきます。
わたくしが単独で、魔将軍の元へ向かい、戦闘を仕掛けて参ります。
お二人は、一旦、王都に戻って彼らの支援をお願い出来ますか」
……やっぱり、そういうことか。
「ダメですよ! レベッカ一人で行かせるわけにはいきません! それに、何故奴にわざわざ戦いを挑む必要が!?」
エミリアは、珍しく感情的になって声を荒げて言った。
「あの魔軍将を放置するのは危険です。
放置すれば更に配下を召喚し戦力を強化してしまいかねません。ですが、一人が奴の足止めをしてしまえば、奴も自身の戦闘に集中せざるおえなくなる。
レイ様とエミリア様は、王都まで戻り、闘技場の猛者たちが増援に加わるまで彼らの支援をお願いします。
その後に、エミリア様の
「でも、それじゃあレベッカが……」
「はい。最悪の場合、死ぬかもしれません。
……ですが、ここで彼らを見捨てるような選択はしたくない。
それなら、命を賭して護りたい……わたくしは、そう考えております」
レベッカは、穏やかな表情で笑った。
「……」
僕は言葉を失った。
彼女は覚悟を決めているのだ。
「………わかった」
「レイ!?」
僕が、そう答えたところで、エミリアは僕に掴みかかる。
「正気ですか!? レベッカに『死ね』と言っているようなものですよ!
あいつと戦ったことのあるレイなら分かるでしょう!? レベッカ単独で戦えるような相手じゃない!!」
エミリアの言葉に、僕は何も返せなかった。それは事実だったから。彼女の実力は飛躍的に向上しているが、それでも魔将軍相手に一人で戦わせるのは無謀すぎる。
だけど……。
「……僕は、レベッカの案には賛成だよ」
「レイ……あなた……!!」
エミリアは、信じられないという表情で僕を見る。
「……レイ様、ありがとうございます」
「……だけど、その役目はレベッカにやせない」
「―――え?」
レベッカは、今度は僕の言葉に、一瞬声を詰まらせる。
「魔軍将の相手は、僕がやるよ」
「なっ――!?」
僕の宣言に、エミリアは驚愕の表情を浮かべる。
「だ、ダメですよ。いくらレイでも無事では済みません!」
分かってる。それでも、これは譲れない。
「……レイ様、何故ですか?」
レベッカは僕にそう問いかける。
「……そんなの、今更答える必要なんてないよ」
「……レイ様」
そう、答えなんて分かりきってる。
言葉に出さずとも、レベッカにはその言葉だけで十分に気持ちが伝わったようだ。
「それに、僕も命を捨てる気はないよ。
一応、レベッカが戦うよりも勝算はあると思ってる」
「レイ……それはどういうことですか?」
エミリアは、さっきまでかなり動揺してたけど、
僕とレベッカが落ち着いて話すから少し冷静さを取り戻せたみたいだ。
「いくつか理由はあるけど……。
魔軍将ロドクと戦闘経験が一番多いのは他でもない僕だ。
それにどういうわけか奴は僕に執着してる節がある。それを利用して虚を付ける可能性がある」
奴は僕の身体を乗っ取って自分の身体にしようと以前話していた。
今でもそのつもりなら、後々自分で使うための事を考えて全力の攻撃を仕掛けるような事は無いはずだ。もしあちらが全力で来れないのなら、こちらも時間稼ぎがしやすくなる。
「……しかし、それはレイの希望的観測ではありませんか?
確かに、レベッカが向かうよりは望みがありそうに思えますが、危険な事には変わりない」
「そうだね。だから、もう一つだけ賭けてるものがある」
「……というと?」
僕は、鞘から剣を取り出す。その剣は、眩い青色の光を放っている。
「
聖剣は魔物に対して強力な効果を発揮する武器だ。それはアンデッドのあいつにも同じだと思う。
レベッカの槍やエミリアの魔法よりもダメージは与えられるだろうし、一時的に聖剣の力を解放すれば、危機を乗り越えて逃走することも出来るはず。……どうかな?」
僕の質問に、エミリアとレベッカは顔を見合わせる。
「確かに、レイの言う通りですが……」
「レイ様の言いたいことはわかりました。
それでしたら、わたくしが奴と戦うより生存率は上がると思います」
二人は一応納得してくれたみたいだ。
「……レイ、勝算はどの程度だと考えますか?」
「……それは」
エミリアの質問に、すぐに答えることが出来ない。
前回戦った時に比べて、僕は以前よりも強くなっていると思う。
以前よりも身体能力が上がっていて、装備も聖剣を使用可能になったことで強化されている。しかし、それを踏まえても単独で勝てる可能性は高くはない。
僕の表情で思考を察したのか、エミリアは言った。
「レベッカ、私とレイに
「はい」
レベッカは詠唱を開始し、僕に二つの魔法を付与させる。
一つは
もう一つは
二つの魔法が付与された僕は、
通常時よりも格段に戦闘力が向上したはずだ。
「ありがとう、レベッカ」
僕は彼女に礼を言って、頭を撫でる。
「……お気を付けて、レイ様」
「レイ、私達は一旦王都に戻ります。あちらの増援が間に合えば、すぐにレイの救援に向かいます。それまで、絶対に死なないでくださいね」
「うん、わかった。……カエデ、二人を送ってあげて」
雷龍のカエデの身体を撫でながら、僕はそう言った。
『桜井君……私も一緒に……』
「ううん、カエデは二人の事を頼むよ。大丈夫、僕だって二度は死ぬつもりはないんだ。今度はいつの間にか居なくなったりしないよ」
『……信じてるからね』
カエデは、僕の耳元で小さく声を出してから、二人の元へ歩いていきその背中に乗せた。
「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
「ええ、私達もちょっと手助けして戻ってきます」
「ではレイ様、お怪我なさいませぬように」
エミリアとレベッカは僕に一時の別れを告げてから、カエデに乗って飛び立っていった。
さて……これからが本番だ。
僕は魔軍将ロドクの元へと向かうために、奴の居た方角を目指して一気に駆けて行った。
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