第383話 勇者 vs 魔王軍幹部

【視点:レイ】

 ―――十分後、僕は魔軍将ロドクと対峙していた。


 場所は、奴のいた場所から少し離れた場所にある廃墟のような建物の中だ。周囲には誰もいないし、近くにも気配を感じられない。どうやら、部下はこの場におらず王都に戦力を投入しているようだ。


「(あくまで、目に見える範囲だけど……)」

 この男は召喚士だ。

 その気になれば、空間を歪めて魔物を呼び出すことも出来る。

 今、この瞬間であっても。


『以前と姿が異なっているが、我には分かる。勇者レイだな』

「……」

 僕は無言で奴に近付く。

 奴は、僕の姿を確認するとこのような事を言った。


『……意外だったな』

「……?」


 アンデッドであるロドクは骸骨の化け物だ。

 表情などは読めず、声に抑揚が無いため感情が読みにくい。

 だからすぐに言葉の意味が理解できなかった。


『お前たちの行動の事だ。予想では王都に戻り防衛に徹するものだと考えていた。しかし、まさか仲間だけ帰還させ、単独で我の元へ訪れるとはな……』


「……アンタを放置するわけにはいかなかったからね」


『ふむ、我の召喚魔法を警戒しての判断ということか。

 確かにその気になれば更に魔物を呼び出し、強引に王都に攻め入ることも不可能ではなかった。我を自由にさせるのは危険だと判断したのは正解だと認めてやる』


「……それはどうも」

 返事をしながら、僕は奴との距離を測る。


「(距離にして二十メートル、一気に接近して斬り掛かるにはまだ遠いか)」

 相手は魔法使いだ。接近戦はさほど強くない事は以前の戦いで学んでいる。逆に今の距離はロドクの射程範囲でありこちらにとっては危険だ。近付いて僕の剣の届く射程に持ち込む必要がある。


『だが……果たしてそれが正しい選択なのか?』

「……何が言いたい」


『貴様一人では、我を倒すことは出来ない。

 確かに貴様は一度は我の身体を切り裂き、戦闘不能に追い込んだ。

 だが、結論で言えば貴様は我を倒すことは出来なかった。それどころか、我を倒すために大怪我を負ってしまった。もし仲間がいなければ、治療も出来ずに復活を果たした我に敗北していただろう』


「……そんなこともあったね」

 奴の会話を聞き流しながら、一歩ずつ距離を詰めていく。


 魔軍将の言葉通り、以前の戦いで僕は自爆覚悟で奴を一度討っている。その代償として、僕は自身の剣を失い、腕に大火傷を負って、まともに戦える状態ではなくなっていた。


 その後、仲間と共に復活を果たした奴と交戦し、

 紆余曲折うよきょくせつの末に、奴を撤退に追い込んだというのが前回の流れだ。


『だというのに、貴様は一人でここに来た。前回と同じ轍を踏むつもりか?』

「……」


 ロドクの言う事は正論ではある。

 あの時は、皆がいたからこその勝利だった。


「……どうかな、あの時はアンタの能力は把握できてなかった。

 部下の身体を使って蘇るなんて想像しようがないし、撃破したと思ったからそれ以上の追撃が出来なかっただけだよ」


 僕は、奴に言葉を向けながら、前に歩きながら鞘から聖剣を抜く。


「――だけど、あの時と違って以前よりも僕は強いと思うよ。だから、今回は確実に消滅させる」


 一歩、二歩、三歩……。


 残り十二、三メートル程度の距離まで詰めることが出来た。

 この距離であれば、初速で一気にフルスピードで接近すれば、

 三秒にも満たない時間で奴に攻撃を仕掛けられる。


『……ほう、なるほど』

 奴は、僕の剣を注視しながら言った。


『その剣、聖剣か。……なるほど、以前とは次元の違う武器というわけだ』

「……」

 奴の言葉に返事をせず、僕は奴に切り込むタイミングを伺う。


「(この距離に来ても、まだ攻撃を仕掛ける気が無い。……こっちの油断を誘っているのか?)」


 僕は警戒心を緩めることなく、相手の動きを見極めようとする。


『ふむ、確かに聖剣で斬られてしまっては、我も以前のように再生は不可能だ。聖剣の攻撃をまともに受けるわけにはいかん。……しかし』


 と、奴は一旦言葉を区切って、頭蓋骨の顎をカタカタとと震わせる。


『――――だが本音は、勝てないと思っているのではないか?』

「――っ!!」

 奴の挑発の言葉を切っ掛けに、地面を蹴飛ばして一気に接近する。


『……ほう!?』

 奴は驚いたような声を上げるが、

 即座に反応して僕を迎え撃つべく杖を構えながら炎の魔法を放つ。


「そんなの効かないっ!!」

 奴の放った火球に向かって、剣を下から上に振り上げて同時に<風の刃>ウインドカッターを放つ。風の刃の魔法によって炎が切り裂かれ、僅かな熱気が僕の周囲を掠めるが、構わず接近する。


『この程度の魔法では通用せぬか!』

 ロドクは飛翔の魔法で空を飛び、僕から距離を離そうとする。


「逃がすか!!」

 走りながら、地面を大きく蹴り上げ、跳躍する。

 空へ飛んだロドクを追って空中へと飛び上がりこちらの射程に入る。


『ふむ、面白い! しかし、これならどうだ!!』

 奴は杖から、黒い魔力を放出し、こちらに向けて解き放つ。魔力弾の大きさは直径3メートル程度、僕の身体の倍程度の大きさがある。まともに食らえば危険だろう。


蒼い星ブルースフィア、頼んだ!」

 僕の言葉に応えるかのように蒼い星ブルースフィアは光を放ち、その刀身がまばゆい光に包まれた状態で奴の魔力弾に向けて斬撃を放つ。

 光を伴った斬撃は、奴の魔力弾をいとも容易く切り裂き、貫通した斬撃は奴の頭蓋骨を僅かに掠める。


『ぐうっ―――!!』

 ロドクが苦痛で声を上げる。

 直撃ではないけど、確実にダメージを与えている証拠だ。

 しかし、飛行魔法が使用できない僕ではこれ以上武器での追撃は不可能。


「なら、魔法で――」

 一旦地上に着地し、自身のマナを魔力に変換させ魔法の準備を開始する。

 僕は、上空にいるロドクに視線を向けて狙いを定める。


『甘いわ!』

 そう言って、奴は上空からこちらに向けて杖を振った。

 ロドクの杖の先端から、巨大な氷柱が出現してこちらに放たれる。

 奴が使用した魔法は<上級氷魔法>コールドエンドだ。


「なら、こっちは、<上級獄炎魔法>インフェルノだ!!」

 奴の魔法に対抗すべく、僕は反属性の炎魔法を無詠唱で発動させる。


 二つの魔法の衝突により、数百度を超える高熱と絶対零度の冷気がぶつかり合い、周囲の建物や自然を融解させたり凍らせたりしていく。


「くぅっ……」

『ぬぅ……』


 僕は歯を食いしばりながら、必死に魔法を維持する。

 魔軍将であるロドクの魔法の威力は相当なもので、エミリアのMPとレベッカの強化魔法で能力を高めた今の状態でも不利な状態だ。


 単純な魔力量ではおよそ勝ち目がない。

 聖剣の力を借りて更にブーストして魔力を込めて魔法を維持し続ける。


『ぐ……、聖剣の助力か』

 こちらの炎が少しずつ奴の冷気を侵食し押し始める。


『……だが、魔法の扱いならこちらの方が一枚上手よ』

 奴は口角を釣り上げると、空いている左手を天にかざし、魔力を込め始める。


「なにを――」

 何をするつもりだ?

 と思った瞬間、奴の周囲に先ほどとは違う小さな魔力弾が多数出現する。


『上級魔法と魔力弾、二つの魔法攻撃だ。これを凌げるか?』


 奴がそう呟くと同時に、奴の魔力弾が弧を描くようにこちらに向かってくる。僕はそれを見て焦燥感を覚えながらも、集中力を保ちつつ魔法の維持を続ける。


 そして、こちらも魔法を維持しながら別の魔法を発動させる。


<風の盾>エアロシールド!!」

 僕の周囲に風の膜が出現し、こちらに飛んできた奴の魔力弾の軌道を僅かに逸らす。軌道をずらされた魔力弾はそのまま地面に着弾する。


「よし、次っ!!」

 僕は次々と飛来してくる魔力弾に対して、同じ要領で風魔法による防御壁を展開して防いでいく。


 風の盾エアロシールドは最近習得した魔法だが、使い勝手が良い。

 防御効果こそ高くないが、別魔法を展開しながらも容易に発動が可能だ。弓矢の攻撃や今回のように散弾のように数で押してくる魔法ならどうにか防ぎきれる。


『ほう、以前の戦いよりも出来るようになっているな!

 “男子三日会わざれば刮目かつもくして見よ”とは、正にこの事だな。

 勇者としての成長速度は恐ろしいものよっ』


 僕が風の盾で奴の攻撃をいなしている様子を見て、ロドクは愉快そうに笑う。しかし、すぐに表情を引き締めると、再び右手を振り下ろす。


『だが、こちらも負けるわけにはいかぬ。

 これでも百年以上の時を過ごしているのだからな!!

 たかだか十数年生きた小僧に負けるものか!』


 ロドクは魔力弾の攻撃を取りやめて、

 自身が展開している上級氷魔法に更に魔力を込め始める。


『さぁ、我が魔力にひれ伏せ、勇者よ―――』

「く………ま、負けない……!!」

 

 奴が魔力を込めたことで、奴の周囲の温度が下がり、辺り一面が凍り付き始める。僕も対抗するように魔力を込めて炎を圧縮し、奴の魔法に対抗する。


上級氷魔法コールドエンド上級獄炎魔法インフェルノの魔力同士がぶつかり合い、互いの魔法が拮抗し、互いの魔法の威力が上がり続ける。

 

 しかし、魔法のぶつかり合いは意外な形で終息を迎えることとなった。

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