第384話 召喚士ロドク

『さぁ、我が魔力にひれ伏せ、勇者よ―――』

「く………ま、負けない……!!」


 上級氷魔法コールドエンド上級獄炎魔法インフェルノの魔力同士がぶつかり合い、互いの魔法が拮抗し、互いの魔法の威力が上がり続ける。


 しかし、魔法のぶつかり合いは意外な形で終息を迎えた。


「なっ!?」

『む……これは?』

 突然、僕とロドクの魔法が共鳴し、ガラスが割れるような音が響き渡る。


 そして、互いの魔法が反発し、両方の魔法が一瞬で消失する。

 同時に反発した魔法の中心から圧力が掛かり、僕とロドクは上昇気流による熱風で数メートル吹き飛ばされる。


「くっ、これは……!」

 なんとか倒れずに態勢を整えた僕は、

 剣を構えながら、今起こった現象に困惑する。


『……ふむ、珍しい現象だ。反属性かつ、威力がほぼ互角の状態で極限まで魔力を高めあった故の結果か……なるほど、面白いものだ』


 奴は、顎の骨をカタカタと鳴らす。笑っているつもりなのだろう。


「……何がおかしい?」

 僕はそんな奴の様子に眉をしかめると、奴は声を上げて笑いだす。


『クカカッ!!いや、すまぬな。まさかこのような結果になるとは思っておらんかった。しかし、驚いたぞ。短期間の間に随分と実力を上げたではないか。

 魔法だけではない。さきほどの踏み込みの速度も剣の技の鋭さも以前とは比べ物にならぬ』


「それは、どうも……」

 褒められて悪い気はしないけど、敵に褒められても素直に受け取れない。

 奴は、こちらと距離を取りながら、ゆっくりと飛翔の魔法を解除し、地上に降りてきた。


『王都で行われていた闘技大会の情報は、デウスの部下から伝えられていた。

 貴様ら勇者パーティの戦いぶりもな……。そこから推測される貴様たちの能力は大体把握していたつもりだったが――――』 


 カカカ、と顎の骨を震わせながら言葉を続ける。


『想定以上の強さだ。

 いやいや、あるいは、こちらのスパイの存在に気付いておったか?

 あえて闘技大会では力を抑えて戦っていたのだな? 大したものよ』


「……」

 見抜かれたか……。

 だけど敵にこちらの強さを誤認させる作戦は成功していたようだ。


「デウスと戦ったのであろう?

 奴は研究者であるが、自身の想定した状況以上の事が起こると途端に弱くなってしまう。故に、負ける事などありえないという油断があったのだろう。……そして、その隙を突いて勝利したと』


「……ああ、そうだよ。

 確かに、あいつは凄く強かったけど、僕達を見下していて油断してた。

 だから他の魔軍将と比べたら戦いやすい相手だった」


 反対に、目の前の相手は厄介だ。

 実力的にはそこまで離れている感じはしないのに、以前の戦闘の経験故か、全く油断してくれない。

 それどころかこちらの強さを認めながらも、自身は強さの底を見せない。


『当然か。いくら魔王様に力を授かったといえど、ただの狂った人間など、あの程度が限界というものよ。女神の加護を得た貴様に負けるのは必定……、さぞ無様な死に様だったのであろうな』


 魔軍将デウスの事に関しては同情の余地は一切ない。

 あいつは確かに人間ではあったけど、やってることは魔物よりも悪質だった。

 だからこそ、この手で倒したことに後悔の念など無い。


 だけど、今のロドクの言葉には、仲間に対する侮蔑が含まれていた。


「……随分酷い言い方だね。

 魔王軍は仲間に対しての同情の気持ちとか、

 せめて一矢報いてやる、とかそういう感情は無いのか?」


『ふむ……』

 僕の問いに対し、ロドクは少し考えるような仕草を見せると――


『残念だが魔王軍など、魔王様の力に魅せられた寄せ集めでしかない。魔軍将デウスに至っては、そもそも人格が破綻した狂人だ。魔物ですらない人間の奴に憐憫の感情など一切湧かぬ』


「……アンタも元は人間じゃないか?

 <接続点召喚>コネクトサモンとかいう魔法技術を編み出した、偉大な魔法使いだったって話をエミリアに聞いたことがある。人間だったなら、少しは元同族に対する気持ちとか無いのか?」

 僕の質問に、奴は横に首を振った。


『我の事を知っていたか。

 確かに、十六年ほど前に、我は人間の姿に化けて人間と一緒に研究をしていたことがある。しかしアンデッドになったのはそれよりも遥かに昔の話だ。

 とっくに人間の感情など捨てている。ましてや、あのような異端者など、まだ敵対している貴様の方がマシだ』


 忌々しそうに吐き捨てる。

 デウスと同様に人間に対して同族を想う気持ちは無くなっているようだ。


「……一応、アンタたちは味方同士だったんだろ?

 そこまで慣れ合わない相手だったのに、協力して戦っていたのか?」


『味方……か。広義的に言えばそうだ。

 だが、元より思想も人種も違うはみ出し者の集まりの魔王軍に協調性などあるものか。

 いくらか人間の思考が理解出来て、作戦立案能力のある我が出るしかなかったにすぎん。でなければ、我が、あの王都に手出しなど―――」

 と、ロドクはそこまで話して、言葉を途切れさせる。


「……?」

 今の発言、何かおかしなところが無かったか?

 まるで奴は王都に攻撃を仕掛けたくなかったような言い方に聞こえた。


「(まさか、そんな筈はない)」

 王都イディアルシークは、魔王軍にとって最も敵視している場所のはずだ。

 魔王軍結成前から、魔物の群れは何度もこの王都に攻撃を仕掛け、そして返り討ちにされていたと聞いている。

 こいつら魔王軍にとって、攻撃を躊躇する理由は無い。


 ……はずなのだけど。


 僕は、剣を構えながら、ゆっくりと口を開く。

「……言いたくないんならいいけど、一つだけ教えてくれない?」


『なんだ?』


「どうして、この国を攻めてきたんだ?」


『決まっているだろう。この国が、魔王軍にとって邪魔な場所だからだ。

 女神を崇拝し、魔物に対して最も強力な軍隊を率いるこの国を野放しにするわけにもいかん』


「……気に入らないけど言いたいことは分かる。だけどロドク、それはアンタの考えなのか?」


『……質問の意味が分からぬ。何が言いたいのだ』

 肉も皮も目玉も無い奴のドクロの目で威圧され、僕は一瞬話すのを躊躇してしまったが……。


「……魔王軍の意思とアンタの考えが違うように見えた」


『……我が、攻撃を躊躇しているとでも言いたいのか、下らん―――』

 そう言って、奴は僕の質問のばっさり切り捨てる。


『言ったであろう。我は既に人間の心など残っておらんと。

 貴様の目的は分かっている。出来るかぎり、時間を稼いで仲間の救援を待っているのだろう。少々、興が乗ったから付き合ってやったが、ここまでにしよう』


 ロドクはそう言いながら、奴は更に距離を取る。

 そして、奴は詠唱を行う。


『我は、命ずる、我が魔力により契り交わした魔物よ、次元の門を開き、我との契約に応じよ――』


 奴の前方から黒い魔法陣が二つ出現する。

 その魔法陣の中心は、空間が破けたのように周囲の光景が歪む。

 そして、何かがその奥に潜んでいた。


「これは、召喚魔法か!」

『その通り……失伝魔法ロストミスティックと呼ばれる数百年前に失われていた魔法技術だ。

 貴様がさっき口にした<接続点召喚>コネクトサモンとは、これに至るまでの過程として我が実験的に作り出した魔法に過ぎぬ。

 その魔法をベースに、我はこの身をアンデッドに変えて長い試行錯誤の末に、召喚魔法を復活させたのだ』


 魔法陣の破れた空間から二体の魔物が這い出てくる。それは、鋼のような物質で構成された、人間の三倍強の大きさを持つゴーレムだった。


「これは、ストーンゴーレム?」

『少し違う。これは、普通の魔物では無い。

 魔力で生まれた魔物とは違い、存在によってガーディアンとして配置されていた存在だ。我が見つけた時は、既に滅んで機能停止していたが、それを我の力で修復させた』


「……とある存在?」


『ふ、貴様にとっては、馴染みのある存在、とだけ言っておこう。

 ―――さあ、行け、アンティークゴーレムよ、その勇者を叩き潰せ!』


 命令を受けた二つの巨体が動き出す。

 僕は、目の前の敵を打倒すべく、剣を振るう。

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