第551話 学校22

【視点:エミリア】


 数日後―――


 私、エミリアは、子供達に魔法の知識を披露すべく授業を行っていました。

 この言い方だとまるで私がやりたいからやってるように見えますが、ちゃんと授業なので誤解無きように。ちなみにレイとハイネリア先生は職員室で生徒の事で話し合っています。


 そういうわけで、今この教室に居るのは私と生徒たちだけです。


「エミリア先生~」「……ん?」


 黒板にチョークで文字を書いていた私は、聞こえてきた声に反応して振り返る。声の主は生徒の一人の女の子、セラでした。彼女はまだ9歳らしいのですが、外見が妙に大人びて見えますね。


「なんですか、セラ」

「エミリア先生ってレイ先生とどういう関係なんですかー」


 ああ、所謂、色恋沙汰の話ですか。

 私が学生時代の頃、私の周りのクラスメイトもこういう話が大好きでしたね。

 私はそんな話したことありませんけど、ぼっちでしたし。


「今は授業中ですよ」

「いいじゃないですかー、レイ先生もハイネリア先生も居ないですしー」

「……まぁ、砕けた話をするいい機会ではありますね」


 私はチョークを仕舞って、腕を組んで考える。


「(そうですねぇ……一言で言い表すと……『相棒』でしょうか)」


 でも、レイは私と恋人になりたいっぽいんですよね。

 まぁ私も一度は彼の告白を受け入れていますし、嫌ではないのですが。

 ただ、彼とはもっと違う関係でいたいと思うのです。


 とはいえ、子供達になんて言えばいいのか。

 私は少しだけ考えて、答える。


「それは勿論、将来を誓い合った仲ですよ」


 はい、嘘です。

 子供達はこういう返答を期待していると思ったので言ってみました。


 てへっ☆

 

「えっ!? そうなんですか!?」

「レイお兄様と!?」

「え、マジっ!?」

「エミリア先生とレイ先生が……!?」


 教室の生徒たちが、私の想像よりも騒ぎ始めました。


「(……あ、これ収集付かないかもですね)」


 冗談でも言うべきでは無かったと、私はちょっとだけ後悔しました。


 なので、すぐ訂正します。


「嘘です」


「「「「「…………?」」」」」


 子供達が目を丸くしました。私、もしかして空気読めてないです?


「冗談です」


 二度目の否定、そこで何人かの子供達がハッとした顔をしました。


「……あ、そ、そうですよね! びっくりしました」


「よ、よかった……レイお兄様は浮気なんてしてなかったのね……」


「そもそもキミとレイお兄さんは付き合ってすらいないよ、リリエル」


「リリエルちゃん、気が早いの……」


 窓際の席に座ってる女の子三人が面白そう……じゃない、可愛らしい会話を繰り広げています。この三人は、リリエル、コレット、メアリーの仲良し三人組ですね。


「(もし『告白されたことがある』って言ったらどうなるんでしょう)」


 リリエルあたりはショックで寝込むかもしれませんね。

 ちなみにこっちは事実です。


「それで、エミリア先生。さっきの話なんですけど」


「さっきの?」


「はい、レイ先生との関係です」


 ふむ、本当の事が訊きたいと?


「そうですね、親友というべきか、恋敵というべきか、迷う所ですが……」

「こ、恋敵……?」


 主にレベッカを巡っての恋敵である。

 もっとも、レベッカに対する私の感情は自分なりに整理出来てはいるのです。


「レイは、可愛い弟というか、放っておけない人ではありますね」


 私にとっては無難な回答をしたつもりです。

 ですが子供達には好評だったようで、子供達は目を輝かせはじめました。


「す、素敵……なんというか憧れちゃいます!」

「熟年夫婦っぽいです!!」

 その言い方だと逆に冷めきってるみたいに聞こえますね。


 しかし、この子達。

 男の子はともかく、女の子は精神年齢高めな気がします。

 しっかりしてるというか、おませさんというか。


「じゃあ質問です、エミリア先生」


「ん、また質問ですか、まぁいいですよ、この際聞いてみてください」


「レイ先生とエミリア先生の馴れ初めを教えてください!」


「馴れ初め?」

「はい!」


『馴れ初め』とは、男女間の恋愛の始まりの事を指す言葉です。

 私とレイは、完全な意味で恋人というわけではないので違う気がします。

 

「(とはいえ、的外れでもないか……)」

 何だかんだでレイは私を最初から意識してたようですし、

 私もなんとなくそれに気付いてて嫌な気分じゃなかったですしね……。


「そうですねぇ、レイと最初に会ったのは―――」

 そうして私は生徒たちに、レイと出会ったことを語るのでした……多分に脚色を加えて。


 ◆◆◆


【視点:レイ】


「レイさん、付き合って貰ってありがとうございました」


「いや全然構いません、先生一人だと大変でしょうし」

 僕とハイネリア先生は子供達の指導方針をひとしきり話し終えた後、二人で一緒に職員室から出て教室に向かっていた。


「エミリア一人で授業を任せちゃったけど大丈夫かな……?」


「あの子も随分と成長していますし、上手くやると思いますよ」


 僕がそう言うと、ハイネリア先生は少し寂しげに笑う。


「レイさんは信じられないでしょうけど、私と彼女が初めて会った時、彼女は今と比べると随分と大人しく弱気な子だったんですよ」


「そうなんですか?」


「当時の彼女は同学年の生徒たちと比較して、学力こそ上位ではあったんですが魔力が乏しく、魔法の習得も周りと比較して遅れていたんです。そういう事情があったせいかいつも落ち込んでて、自信なさげでした」


「(そういえば、エミリアもそんな事言ってたっけ……)」


 魔法学校時代では、自分は落ちこぼれだったと彼女自身が言っていた。


「彼女の闘技大会の映像を陛下に頂き、私は最近になって拝見しました。彼女があそこまで強力な魔法を行使できるようになると誰が想像したでしょうか。

 それに映像ではとても嬉しそうに魔法を放っていました。昔は魔法を行使しようとするたびに辛そうな表情だったというのに……やはり、子供は無限の可能性を秘めてますね……あの子の努力が報われてよかった……」


 ハイネリア先生は、心底安堵したような表情する。


「……で、ですね……僕もそう思います」

 僕は若干引き攣った笑顔で答える。


 ハイネリア先生が嬉しそうだったからあえて言うつもりはない。

 しかし、あの時は敵どころか味方すら盛大に攻撃魔法に巻き込んでいた事に、映像だけを見ていた先生は気付いて無さそうである。


 もし先生がそれを知ったら卒倒してしまいそうだ。


「さぁ、早く教室に行きましょう。元教え子が子供達にどういう授業を行っているのか……ふふふ、楽しみですわ……レイさんも、一緒に見守りませんか?」


「そ、そうですね……」

 僕は内心で冷や汗を流しながら答える。

 ハイネリア先生は機嫌良さそうに教室に歩いていく。


 しかし、二階に上がって教室の前まで来たところで、教室の中が騒がしい事に気付いた。


「おや、随分と賑やかですね。確か、エミリア先生は魔法の座学の授業をしていた筈ですが……」


「僕の記憶でもそうでしたね、何やってんだろ……エミリア」


 僕は、こっそりと教室の引き戸を少しだけ開けて中の様子を窺う。すると、中には生徒達が全員立って教卓の前に集まって、エミリアと話をしているようだ。


 僕とハイネリア先生は、聞き耳を立ててみる。

 するとエミリアが、杖を構えてポーズを取って元気よく話していた。


「―――その時、私はこう言ったのです!! ははは、私に掛かればお前達魔王の眷属なんてイチコロです、全て灰燼と化してあげましょう!……と」


「きゃー! 素敵です!」

「格好いい!!」

「エミリア先生最高!!」


「そしてその戦いが終わった後、レイは私にこう言いました。エミリア、僕はキミと出会えてよかった。これからは僕の生涯を全てキミに捧げるよ。だから僕の愛を受け取ってほしい―――と」


「えー!? じゃあ二人は恋人同士なんですかー?」


「違いますよ、私は『貴方の気持ちには応えられません』と言いました。

 レイは『それでも僕はキミを愛している……』と言ったんです。まぁ、私、強いだけじゃなくて、これだけの美貌をもつ美少女ですから、レイを虜にしてしまうのも仕方ありませんねぇ、あっはっはっは!!!」


「きゃああああああ!!!」


「れ、レイお兄様がそんなことを言うなんて……!!」


「リリエル、話半分で聞いた方がいいよ……」


「でも、レイ先生なら、そんなキザなセリフ、恥ずかしげもなく言えそうだよな……?」


「あー、昨日も言ったもんなー」


 子供達は、エミリアの語る物語に夢中になっているようだった。


 どうやらエミリアは、自分の事を語って聞かせてるようだが、少なくとも僕はそんな事を言った覚えはない。


「(エミリア……何やってんだよ……)」

 僕が頭を抱えていると、ハイネリア先生が真顔になっていることに気付いた。


「……レイさん、エミリア・カトレットは一体何を言ってるんですか……?」


「……多分、子供達にせがまれて、僕達が冒険していた頃の話をしてるんだと思います……」


 ただし彼女にとって都合よく脚色されている。

 しかも本人は割と本気の口調で言ってるのがタチが悪い。


「レイさん……これはどういうことでしょうか? 私の可愛い教え子達は、どうしてこんな作り話を真剣に聞いているんでしょうか……?」


「まぁ子供達からすると、本当かどうか確かめようがありませんし……」


 コレットちゃんを含む数人は、エミリアの話を半信半疑で疑っているようだ。ただ、僕にとって一番の問題なのは、リリエルちゃんがエミリアの話を真に受けてしまっていることだ。


「り、リリエルのお兄様が、そんな……!」

 と、普段の明るいリリエルちゃんからは考えられないほど、彼女は深刻な表情を浮かべており、メアリーちゃんが彼女の頭を撫でて励ましている。


「(エミリア、なんてことしてくれてんだよっ!!)」

 間違いなくリリエルちゃんに誤解されている。

 そしてこの後、僕はリリエルちゃんに涙目で詰め寄られるだろう。

 本当に辛い、勘弁してください。


「…………」

 ハイネリア先生は、肩を震わせて無言になってしまった。そして、ハイネリア先生は引き戸を勢いよく開けると、ズカズカと教室に入っていった。


「は、ハイネリア先生……」

 エミリアは突然入ってきたハイネリア先生に怯えた様子で後退りする。


「……エミリア先生、あなたは魔法の座学の授業をやっていた筈では?

 それに、この話は一体何でしょうか。本当にあったかのような言い方してますが、随分と都合のよい展開ですね。レイ先生に聞いたところ、随分と面白おかしく改変されているそうですが……」


「あ、いや、それはですね……」


 ハイネリア先生は、額に青筋を立てて笑顔でエミリアに近付く。

 エミリアは、完全に恐怖して涙目になっていた。


「………エミリア先生、授業が終わり次第、職員室に来て下さい」

「……はい」


 エミリアは、ガックリと項垂れながら返事をする。その後、エミリアはハイネリア先生に二時間は説教され、更に始末書まで書かされたとか……。


 ―――余談。


「レイお兄様、どういう事か説明してくださいっ!!

 お兄様はリリエルのお婿さんになってくれるんじゃなかったんですかっ!!」


「ちょっ、リリエルちゃん落ち着いて!!

 っていうか僕、キミとそんな約束したことないからっ!!!!」


 こっちはこっちで子供達の誤解を解くのに大変でしたとさ。

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