第550話 学校21

「それじゃあ、最後はコレットちゃんだけだね」

「……はい」


 コレットちゃんは深呼吸して、地面に置かれた木刀を手に取って僕の前に立つ。


「せんせー、女の子なんだから手加減してやれよー」

「怪我させないようになー」


 他の子供達が口々に言う。

 コレットが女の子という事で彼女に気を遣ってあげてるのかもしれない。


 少なくともこの子達に悪気はない。

 だけど、彼らはコレットちゃんの実力を把握しきれていない。

 その実力を知ってるのは、僕や彼女の友達だけだろう。


「………」

 コレットちゃんは、僕と向かい合ってから無言で木刀を構えている。

 おそらく、さっきの男の子達の声は聴こえていない。凄い集中力だ。


「(……これはちょっと侮れないな)」

 他の子供達は分からないだろうけど、彼女の動きはとても洗礼されている。

 構えも、足の位置も、重心の移動も、全てが綺麗だ。


「(それに、隙が無い)」

 まるで剣を構えたまま、その場で静止しているかのようだ。

 だというのに、こちらが何かすれば即座に反応できるだけの鋭さがある。


「……フゥリ君、試合の合図お願いできるかな」

 僕は彼女から視線を逸らさずに、フゥリ君にお願いする。


「おう、……それでは、はじめ!」

 と、フゥリ君は力強く開始の合図を宣言する。


 その瞬間―――


 コレットちゃんは、張り詰められた矢が放たれたかの如く、僕に向かって突進してきた。


「……っ!」

 彼女は僕との距離を一気に縮めると、腕を伸ばして薙ぎ払うように僕目掛けて横に木刀を振るう。


「っと、危ない」

 僕はその攻撃を軽く身を捻らせることで回避を行う。彼女は攻撃を回避されたことを把握すると、後ろに一歩下がって再び木刀を構え直す。


 彼女は腕を伸ばして攻撃することで、僕とのリーチの差を埋めようとしたのだろう。攻撃を回避されたと同時に後ろに下がったのは、僕の反撃を警戒して離脱するためだ。


「(しなやかで機敏な動きだなぁ、それに考えて動いてる)」

 他の子供達は攻撃一辺倒で、力任せに攻撃してくる子が多い。

 しかし、彼女は違うようだ。


「じゃあ今度は僕が攻めるよ」

 僕は宣言してから前方に一歩動いて、木刀を上段に構える。狙いは彼女の被ってる兜だ。威力は当然手加減して怪我が無いように真っすぐ上段から木刀を下段に振り降ろす。


「……っ!」

 すると、彼女は僕の攻撃に反応して防御姿勢をとる。

 僕が頭を狙っていることを把握出来た彼女は、素早く木刀を頭の上に持って行き防御を行う。

 ガキンと木刀がぶつかり合い、僕の攻撃がガードされる。その1秒後、コレットちゃんは素早く横に動きながら僕の木刀の範囲から逃れ、そこからさらに追撃を仕掛けてくる。


「……っ!!」

 コレットちゃんの攻撃は、横から胴を狙おうとする一撃だった。薙ぎ払いでは無く、突きの攻撃、本来であれば危険な一撃であるけど、この試合に突きは禁止なんてルールは無い。


 僕はその突きの一撃を見極めて、最小限の動きで体を捻らせ回避を行い、同時に木刀を振り下ろしていた右腕を肘打ちのように突き出し、彼女の木刀を持つ左手に当てることで、木刀を上に弾いた。


「……あっ」

 木刀が上に弾かれた事に驚いたのか、コレットちゃんは声を出す。

 しかし、彼女は自身の突きが防がれたことをすぐに理解し、弾き飛ばされそうになった木刀を引き戻し、その場から素早く後ろに跳んだ。


 そして、彼女は予想外の行動を起こす。

 彼女は木刀を左手だけに持ち替え、右手を突き出しながら言葉を発した。


<魔法の矢>マジックアロー!」

 彼女が発したのは魔法の矢マジックアローの魔法。

 コレットちゃんの右手から小さな矢が出現し、僕目掛けて飛んでくる。


「ま、まほうっ!?」

「剣の勝負だろ、これっ!?」

「……いや、ルールでは一応オッケーだったはず」


 外野の声を聞きながらも、僕は冷静に対処する。


 魔法の矢マジックアローの魔法は、最も基礎的な攻撃魔法だ。故に威力が低く、魔力が相当高くないと大したダメージを与えられることが出来ない。


 僕はその魔法の矢目掛けて木刀を振るって魔法の矢を迎撃する。予想通り、魔法の矢は簡単にかき消すことは出来た。しかし、魔法の矢を放ったコレットちゃんの姿が消えていた。


 ―――そして次の瞬間、僕の上空に影が差した。


「……っ!!」

 コレットちゃんは空から僕目掛けて落下するように、木刀を真上から振り降ろしてきた。自身の重さと落下の衝撃を加えたその攻撃は、少なくとも彼女の細腕では通常出せないほどの威力だ。


 しかし、この攻撃は本来なら失策と言える。


 通常なら相手に攻撃を看破された時点で回避行動を取られてしまうからだ。そうなれば、空中で自由に動けない攻撃側が大きく不利になり、更に着地の際に大きく隙を晒してしまう事になる。下手をすれば足を怪我してしまう危険性さえある。


 だけど、今、僕はこの攻撃を回避することが出来ない。

 もし回避してしまえば、細身の彼女を怪我させてしまいかねないからだ。

 そして、それは彼女も分かっている。だからこの賭けに出た。


「考えたねっ!!」

 僕は咄嗟に彼女の攻撃に合わせる様に、木刀を真上に掲げる。

 そうする事で、彼女の攻撃を受け止めることが出来る。


「くぅ……!」

 コレットちゃんは、僕が受け止めた事で苦悶の声を上げる。そして勢いを無くした攻撃を僕は腕に力を込めて弾くと、彼女は勢いに逆らわずに軽く後方へ跳び、軽い音を立てて地面に着地する。


「……はぁ、はぁ、はぁ……」

 コレットちゃんは肩を大きく上下させて呼吸をしている。今の一連の攻撃は彼女の全力の攻撃だったのだろう。魔法による目晦ましと、跳躍力を活かした空中からの強襲は素晴らしかった。


 何が凄いってその身体能力もだけど、僕が絶対に攻撃を避けない事を信頼しての一か八かの賭けに出た事だろう。まだ彼女は幼いというのに、ここまでの動きと一瞬の判断が出来るのは相当な才能だ。

 

 ……とはいえ、これ以上試合を長引かせるのは彼女にとって負担だ。


 あれだけの跳躍をしたとなると、

 まだ身体が成長しきってない彼女にはかなり負担のはず。

 

「コレットちゃん……続けるかい?」

 僕はコレットちゃんにそう問いかける。すると、彼女は首を横に振った。


「……いいえ、ボクの負けです。ありがとうございました」


 自分でも限界が来ているのが分かっていたのだろう。

 彼女は僕に頭を下げてお礼を言う。


「うん、こちらこそ良い経験になったよ」


 僕も彼女に頭を下げる。

 こうして、僕達は互いに握手をして、試合は終わった。


 ◆◆◆


「せんせー、強かったなぁ」

「でも、コレットも凄くね? 正直、俺自信無くしたんだけど……」


 グラッド君は、自分が一番上達してると思っていたのだろう。だけど、実際はコレットちゃんの方が遥かに上手うわてだった。ショックを受けるのも仕方ない。


「なぁ、コレット。どんなトレーニングやったらあんなことできるんだ?」


 グラット君は、コレットちゃんに質問する。

 参考にするつもりなのかもしれない、向上心のある子だ。


「……え? ……そうだね、早起きして屋敷の周りを10周走ってから、その後に精神を落ち着ける瞑想を30分。その後に剣の鍛錬を1時間程、最近だと魔法の練習もやってるから更に追加で1時間、これを毎日やってるよ」


「………すげえ……」


「すげぇ……じゃねぇだろ! お前どんだけ無茶してんだよっ!?」


「え、無茶っていうか日課だし……」

 コレットちゃんは不思議そうな顔をする。どうやら、彼女は自分の行動がかなりハードスケジュールであることに気付いていないようだ。


「ねぇ……先生も同じような事やってるの?」

「う、うーん……どうだろ?」

 ネィル君にそう尋ねられて、僕は答えに詰まる。王都に来る前は僕もそれなりに剣の鍛錬と魔法の鍛錬はやっていた。だけど大体は実戦で賄えるし、最近はそこまで力を入れてない。


「最近は忙しいからそこまでじゃないけど、似た様な事はやってたかも」

「え、なんでそんなことするんですか?」


 ネィル君に奇異の視線を向けられる。

 『なんで出来るの?』じゃなくて『なんでそんな事をするの?』なのがミソだ。

 こればっかりは、自身の経験が無いと理解できない感情だろう。

 

 でも、強いて挙げるのではあれば―――


「強くなりたいから……かな」

「……うん、ボクもレイ先生と同じ」


「……」

 僕達の言葉を聞いて、ネィル君は黙り込んでしまった。


「なぁ先生、なんで強くなろうと思ったんだ?」


 フゥリ君は手を挙げて質問する。


「……そうだね、守りたい人達が居るからだよ」

「守りたい人?」

「うん、僕はその人達の為ならどこまでだって強くなれる、そう信じてるよ」


 僕はそう言って、微笑みかける。すると、何故か皆が赤面した。


「なんで赤くなるの?」


「いや、先生、恥ずかしげもなくそんな事言うから……」


「え、僕そんな事言ってる?」


「素でそういう事を言えちゃうのは、さすがレイ先生だよね……ボクも似た様な事を思ったけど、流石に口にするのは恥ずかしかったよ」


「そ、そうかな?」

 コレットちゃんの言葉に、僕は頭を掻く。


「でもね、強くなったとしても心は変わっちゃいけないと思うんだ。強くなりたいと思ったその時の気持ちは忘れずに、その時に感じた想いは未来の自分の原動力になる。だからこそ皆には、今この時の憧れの気持ちや、目標を大事にして欲しいなって思うよ」


 僕がそう締め括ると、子供達はポカンと口を開ける。


「先生……言ってることが難しいよ」

「あはは、ごめんごめん」


 自分にしては随分と変な事を言ってしまった気がする。僕は笑って誤魔化す。


「それじゃあ今日の授業はこの辺にしとこうね。

 みんな疲れただろうし、この後は鐘が鳴るまで教室で自習していいよ」


「やった、自由時間だ!」

「じゃあ、せんせーお先にー。……おい、ネィル、いつまでだらけてるんだよ」

「……あー、疲れたぁ……早く家に帰りたい……」


 子供達は話しながら校舎の中に帰っていく。

 しかし、コレットちゃんだけは何故か帰らず僕の元から離れなかった。


「コレットちゃん、どうしたの?」


「……ボクはレイお兄さんみたいになりたいです」


 彼女は真剣な目で僕を見つめてくる。


「僕みたいに?」


「……あの時、レイお兄さんがボク達を守ってくれた時に思ったんです。この人がボクが理想とする姿なんだと……だから、ボクは貴方を目標にします。いつかボクが、貴方の隣に立っても恥ずかしくない大人になれるように頑張ります」


「……コレットちゃん、キミはそこまで……」


「……な、なんて言っちゃいましたけど……あはは、恥ずかしいですね……レイお兄さんみたいに、自然とカッコいい言葉言えるのはしばらく無理かもです」


 コレットちゃんは照れ臭そうに笑う。


「……うん、その時が来るのを楽しみにしてるよ」


「はい、期待しててください」

 そう言って、コレットちゃんは僕にウィンクをした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る